「――で、本当にこれで良いのか、セイバー」
夕暮れ時。木々も建物も、置かれているもの全てが茜色に染まり始めている時間。
新都中心部に位置するこの公園からは、既に人の気配は消えかかっている。歓楽街になっている地区ならばいざ知らず、このような公共の場でそれは当然だろう。
そんな公園のベンチに自分は座り、セイバーは自分の前でのんびりと景色を眺めている。
手荷物は……大量に手に入れたセイバー用の洋服と、ゲームセンターで取った景品類の事だが……送ってもらえるように手配した。
少々出費はしたが、何が起こるか分からない以上、手荷物はない方が正解だろう。
「そもそも、効果はあったのか? 方便とはいえ、全てがそうだという訳ではないんだろう?」
「アハハ、まぁそうなんだけどね」
セイバーは自分の方に向き直らずに答える。
「半分くらいは期待している、くらいかなぁ。
正直、昼間の時間帯を監視に使っているのも分からないし、そもそも私達が誘いをかけている事に気付いていない、とも限らない。
まぁ、賭けよ賭け」
「賭けとは……希望的観測が過ぎるんじゃないか?」
「そうかもねぇ」
自分も責めている訳ではないが、そうにしてもセイバーの言葉に申し訳なさは含まれていない。
元々そういう性格なのだろう……と言ってしまえばそれまでだ。
だが、そうではない事も、自分は何となく察している。
「ねぇ、トウタ。我がマスター、ここで問題。ちょっとしたクイズね。
魂食いをするようなサーヴァント、ないしマスターって、どんな性格(ひと)?」
「どんな性格、か。
……それは、魂食いが邪悪で醜悪で、愚かしいという部分――ではない(﹅﹅﹅﹅)部分の話か?」
直感で零れた言葉に、セイバーは半ば振り返る。
普段の天真爛漫なセイバーとは違う一面――人というモノに達観している、自分よりも遥かに成熟した女性の表情。
「そうそう、そういう事。トウタ、人間ってね、実は本質的には〝自由〟なの。
やらなければいけない事も、やっちゃいけない事もない。それはあくまで、法律やら宗教やら倫理なんていうのが外付けされているから生まれているに過ぎない。
そういう部分を取っ払うとね、人間に良い事悪い事もない、
……この場合の何でもとは、本当に何でもなんだろう。
その考えに照らし合わせてみて、今回の敵――仮想ライダーは、あるいはそのマスターはどのような人物だろう。
恐らく、先ほど言った法や倫理は無いのだろう。
もしくは、法や倫理を説き、敷く側の存在なのだろう。
自分達から見れば酷い横紙破りや、悪逆な行いも相手にとっては重要な物ではないのだろう。
「――つまり、敵は自分達が想像する以上に自由……何でもあり、という事か?」
「そう、何でもあり
――だから、
セイバーが指さした先に居たのは、犬だった。
いや、犬と言って良いのだろうか。夕日の中に落とす影は、確かに犬そのものだった。
だがその様相を見れば、普通の犬出ないのは分かるだろう。
身体の節々から骨がむき出しになり、顔の半分は既に肉の全てが落ちていた。
肉はまるで土塊のようで、不思議と腐臭はしない。ただ液状化せず、身体に張り付いたようにくっ付いているだけだ。
明らかな異形。
人間の領域にいない――魔術の領域に属する存在。
――人の気配は既に公園にはない。
人払いの結界を張ったのか、それとも異質な気配を感じて、自然を離れていったのか。
……恐らく、後者だろうな。
自分だって、戦いの場に身を置く覚悟をしていなければ、こんな気配を感じれば目を逸らし背を向けるに違いない。
「こんな真昼間から異形を配するなんて、随分利口な事。見つかったらとか考えないのかしら……ううん、考えてないのね」
『――現代の民草は盲目のようなものだ』
セイバーの呆れた言葉に答えたのは、その異形の犬だ。
『見たいモノしか見ず、見たとしても自分の頭の中にあるモノでしか理解しようとしない。
幻想の類は文字通り、連中にとっては幻に過ぎん。
いつも光る板を見つめ、人を見ずに話をする――故に、このような異形が横を闊歩していても、気付きもせなんだ』
言葉には、威圧感がある。
体高は自分の腰程しかない犬は、その体を巨体に幻視してしまうような、確かな威光を放っている。
そんな姿に、それでもセイバーは気にした様子もない。嵐の中の風を、涼やかな表情で歩いているように。
「格好つけた言い方しちゃって……ようは、こっそり隠れながら来ましたって事でしょ?
ったく、何でも上から目線で話さないと気が済まないわけ?」
『然り――
「……ああ、そういう感じ? アンタみたいな奴がこのご時世に来たんじゃ、そりゃあこんな結果になるのも当然かぁ。
貴方、ここら辺で魂食いをしている奴でしょう? ここで私達に話しかけるって事は、何か話したいことがあるんでしょ」
『更に然り。餌を撒いて……いいや、狩りをしていて正解だったというべきか。
貴様らが我が面前をうろつき、挨拶も無しに素通りしようとするのでな……骨を折って出てきてやったのだ』
表情を生み出すような筋肉もない筈の、骨身の顔が愉悦に歪む。
『辺りの民草は薄味だったからのぅ。
お前は美味そうだ、そこら辺の民草より、余程な』
獰猛、という言葉をそのままにした表情。
人間に向けるそれではない。姿と同じく、まさしく獣のような相貌を、各紙もせずに見せつける。
「……だから、回りくどいってのよ」
風を切る音が一陣吹く。
瞬く間にセイバーは服装を変え、武装を終えていた。
それだけではない。
既に腰に凪いでいた剣を抜き放ち、振りぬいていた。
残っているのは、頭と身体が分かれた犬の遺体のみ。
『――クク、クカカ! 善し! それでこそ、曲がりなりにもこの闘争にはせ参じた英傑よ! その躊躇いのない一撃、実に善し!
狩り甲斐がある獲物は悦ばしい事この上無しである!』
夕闇の虚空に歓喜の笑い声が木霊する。
首はそのまま視線をこちらに向ける。
『新都中心街の大通り――そこを、今宵の狩り場にする。
必ず来い、女剣士』
犬の首も体も、そのまま塵になっていく。
血の一滴も残さずに、骨の欠片も残さずに。最初からそこに居なかったかのように。
「……って事だけど、どうする?
アレが待ち構えている場所に、私達がわざわざ出る必要もないけど……って、そうでもないか。アーチャーと組んでいる以上、私達は出なきゃいけないのか~」
「セイバー。自分がそういう理由をわざわざ持ち出さないのは、分かっているんじゃないか?」
額に掻いた汗を拭う。
自然と忘れていた呼吸の所為で、荒くなる息を整える。
「セイバー、アレは自分を見ようともしなかった。
アレは自分の、……存在すら、認識していなかった」
使いの犬越しに話しているだけだったし、こちらを見ようともしなかったが……いいや、見ようともしなかったからこそ分かる。
アレは、自分を精々、駄賃くらいにしか見ていなかった。
喰うに値しない……喰うにしても、一口で飲み込める程度の存在としか見ていなかった。
人間をそんな風に見る存在を……自分は、〝悪〟だと認識する。
「あんなモノを放っておけない。
仮に桜小路との共闘がなかったとしても、アレを放置する事は出来ない」
「……うん、まぁトウタならそう言うと思ってたわ」
セイバーは剣を腰に収めながら振り返る。
そこには、昼間の明るかった彼女はいない。
「じゃあ、トウタ。
ここからが、私達の聖杯戦争本番よ」
戦士の顔。
戦いに集中しながらも、戦いを楽しむ顔をしていた。
楽しんでいただければ幸いです。
次回は10/19㈰の17時頃に更新します。