人間は世界を、二分したがる傾向がある。
人域と聖域。
真昼と暗夜。
自身と他者。
その分け方は個々人で違いが出るモノだが、その中でも共通点は存在する。
どんな人間でも、どんな存在でも通じる共通点。
〝分かる〟モノと〝分からない〟モノだ。
見通せない、理解出来ない、共感出来ない。
そのようなものを人は恐れる。
当然だろう。対処法も、自分を害する存在なのかどうかすら分からないモノと、気楽に接する事が出来る生命体はいない。
分からないと判断する事は、限りある生命を持っている存在にとっては重要な事だった。
――そういう意味では、今この深夜という時間にある新都の一角、オフィス街は人間が安穏と過ごせる場所ではなくなっていた。
経済という、生物的でない活動の場は、瘴気に包まれ魔境と化していた。
「これは、」
「あっちゃー、これは異常ね。こんな場所、まともな人間がいたら一分だって意識を持ってらんないでしょう」
セイバーは軽口のように言っているが、実際ここは異常な状況だ。
魔術と言う異端の技術に慣れている自分だって、魔術回路を賦活していなければ立っていられないだろう。
大量の死体が仮に転がっていたとしても、おかしくはないが……街並みは平穏そのものだった。
ビルは殆どが電気が消えていて、街灯はあるもののその灯りは心許ない。
そもそも昼間の活動を主としているので当然だが、その普通の光景は故にその気色の悪さを濃くする。
「いくらオフィス街とはいえ、この人の気配のなさは尋常じゃないな」
「きっと気持ち悪さで皆帰っちゃったか……帰る人間がいないか、そのどちらかね」
「――っ」
セイバーの言葉の意味を、自分は正しく理解した。
「まぁ、見られる心配がないってのは、安心ね――それ以上に、嫌になるけど。
それよりトウタ、私のマスター、警戒して……ここはもう、相手の術中なんだから」
周囲を、警戒しながら見回す。
闇の中には何者もいない……いや、
人間の動きとは違う、関節や筋肉の制限を感じさせない動きには、生命らしからぬ嫌悪感を抱く。
その姿を見たと同時に、鼻の奥に嫌な臭いを感じる。
腐臭特有の、生臭く甘い匂い。
骨特有の、軽くも硬い物が擦れ合う音が、ビルの構造に反応し反響する。
闇夜に紛れて姿は判然としないが、それが人間ではない事だけは認識できる。
「|アレ《﹅﹅」は、――なんだと思う、セイバー」
「さあね、私はあまりああいう外法に詳しくないから。
でも、少なくとも生きている存在じゃないわね――
死んだ人間を、あるいは生きた人間を殺し、魔術的に加工して作られる異形。
殊更人を喰い、理性を持った埒外の存在を死徒……吸血鬼なんて表する事もあるが、あれらはそういう類ではないだろう。
頼りない街灯と微かな月明かりが映し出すのは、腐肉を所々に纏った異形。
グール……いや、
それが、蠢いている。
群がっている。
重なり合い、孤独に詰まった蟲の類の如く犇めき合う。
その奥は分からないが、少なくとも十や二十で効く数ではないだろう。
「アーチャーが手出しを控えるのも、当然ね。こんな物量相手に、サーヴァント一騎だけで太刀打ちしようなんて、馬鹿のする事よ」
剣を振るい、肩に預けながらセイバーは頷く。
「一つ一つは脆そうだけど、どれだけ溜め込んでいるか分かったもんじゃない。そんな肉壁の向こうで、当の本人は高みの見物。
随分趣味が良いんじゃない?――隠れてないで、挨拶ぐらいしたって良いと思うんだけど?」
「――不遜であるぞ、女剣士。
貴様が
暗闇の中から声がする。
威圧感を感じる、低い男の声。
「だが、許そう。
声と同時に、闇の中からゆっくりとその姿を現す。
馬は闇に紛れるアンデット動揺腐りかけているが、それが野生の中で生きてきた強い馬なのは見て取れた。
現代の競走馬以上の体格を持ち、その赤い瞳は野生と敵意を感じさせる。
馬に乗っているのは、一人の偉丈夫だった。
こんな状況で敵を褒めるのは可笑しいかもしれないが、それでも偉丈夫としか言いようがなかった。
革製にと肌触りの良い布の上からでも、ハッキリと感じる実用性の高い筋肉。自分よりもずっと高い身長。
背中には、小型の弓と矢筒、そして県が一振り。
被り物の奥から見える顔には髭を蓄え、野卑溢れる笑みを浮かべている。
思い浮かぶのは狼。
獲物を値踏みする、力強い視線。
「ほうれ、顔を見せてやったぞ女剣士。
貴様に、
男の言葉は、偉そうなんて安直な言葉を上回るほど強い言葉だ。威圧している訳ではないのだろうが、その態度と言葉は人の膝を折るには十分な強度だ。
「お生憎様、私は王様とかその類からそう言われると、遜れない悪癖があるの。
セイバー。貴方が私を知るのには、それだけで十分だわ。」
セイバーはそんな圧の中で、どこ吹く風だ。いつも通り笑みを浮かべ、剣の切っ先を向ける。
「そもそも、アンタの所の主はいないようじゃない? それなのにうちのマスターの名前を知りたいなんて、そっちこそ無礼ってもんでしょう?」
「――クククッ、それは然り」
男はそう言いながら手を上げる。
それに合図に、闇の中で蠢いていた肉の群れが動き始める。蚯蚓の群れにも似たそれらは壁を作り、セイバーが希望した
皮膚は布切れのように引き裂かれ、
肉は虫食いのように嚙み千切られ、
骨は陳腐な石膏のように罅が入る。
僅かに人の形を保っているソレ。
それが生命体だと証明しているのは、今も新鮮な血肉を垂れ流しているのと――今も微かな悲鳴のように聞こえる呼吸音。
「――ぐっ」
嫌悪と恐怖で口に出掛けた内容物を、喉と覚悟で押し込める。
あれにはもはや、生きているなんて言葉は相応しくない。
生かされている。
生命維持をさせられている。
楽にしないようにしている。
「これが我が召喚者だ。
朕を召喚した折、何やら『命に従え』やら『態度がデカい』等とわめいておった故な、煩くて黙らせた。
本当であれば骨の一片も残さず喰らってやりたい所だが、コイツがおらんでは戦うどころか現世に留まる事も叶わん。
故に、こうして
男の言葉に罪悪感はない。
男の言葉には愉悦しかない。
人の命を弄び、残虐な行いをする事に、何の罪も感じていないのだ。
「……こういう力を持っている奴が下種じゃなかった事はないけど、本当に
下種じゃない。
マスターが邪魔なら他にやりようはあったでしょうに」
「ハッ、わざわざ朕が手をかけて他の方法を模索する意味がない。
そも、獲物を蹂躙するのは勝者の――王の特権ぞ」
男は笑みを浮かべ我なら、手を広げる。
一切の恥ずかしげもなく堂々と、腕を振るう。
「しかしマスターの名を明かせない以上、こちらは戦場の礼儀に則るとしよう。耳に、頭に、魂に我が名を刻む栄誉を誇るが良い。
朕は世界の覇者。朕は世界を蹂躙せし者。
狼の蒼き狼と青白き鹿の仔にして、全ての王。
此度の戦場ではライダー等と言う無粋なクラスを拝命した。
貴様らの
楽しんでいただければ幸いです。
次回更新10/26㈰の17時頃に更新します。