結局あの後、慎二さんが口を開く事はなかった。
いつも通り、不機嫌な顔をして食事を平らげ、無言で食器を片付け、挨拶もなく家を後にした。片付けをしてくれるあたり、やはり悪い人ではない。
周囲の好評さと普段の傍若無人な行いとの差の所為ではいったいどちらが本当の慎二さんなのか、自分でも測りかねている。
そんな答えの出ない問答を繰り返しながら、学校への道を歩く。
二月といえば季節は春だが、この冬木ではまだ寒い日が続く時期だ。
日が照らしているお陰で朝ほどではないものの、時折目につく自身の白い息と、先日降り積もった雪の残骸が寒さを実感させる。
それでもここはもう、自分が通っている学校……穂群原学園にほど近い通学路。
自分と同じ制服を着ている人間や、通勤のために歩いているサラリーマンが行き交い、その人の気配の影響か、寒さはそうきつくはない。
「お〜い、なにぼ〜っと歩いてるんだよ、衛宮」
「っ⁉」
不意に後ろからかけられた声に、大仰に振り返る。
そこにいたのは、派手な様相をした青年だった。
制服の胸元は開け、そこには円錐形の飾りがついたペンダント、両耳には十字架のピアスが揺れる。
世が世なら、というより今も十分不良扱いされて然るべき様相だ。
そんな彼が、人に好かれそうな屈託のない笑みを浮かべているのは、かなりのギャップだろう。
「なんだよ、オーバーなリアクションだな衛宮。通学路のど真ん中で、ちょっと意識飛ばし過ぎじゃないか?」
「……こんな道のど真ん中で声を掛けられると想定していなかっただけだよ、後藤」
後藤はクラスメイトであり、自分の数少ない友人だ。
学生という立場においては実に不真面目で素行が悪い男だが、友人としては気さくで明るく、気の許せる人格だ。
実際、友人は多く、クラスの中心的人物だ。そんな奴が、何が面白いのか愛想のない自分にばかり話しかけてくるのだから不思議だ。
「それにしても、随分早起きじゃないか後藤。お前がこんな時間にわざわざ登校するなんて、らしくない」
「お前にいったい俺がどう見えているのかは、一回問いただしておきたいがな、」
普通に素行が悪く見える、とは言うまい。真実は時に伝えすぎると毒になる。
自分の横に並ぶと、屈託のなかった表情は消え、どこか真剣な表情でこちらを見る。後藤のそんな姿は、今まで見た事がない。
「どうした? 随分真面目な顔じゃないか。もう今年度は雪が降らないという話だったが、そうではないかもな」
「……衛宮、どうしてお前は表情も変えずに堂々と冗談が言えるんだ」
「冗談はコミュニケーションの第一歩と教わった」
正しくは慎二さんに『お前冗談の一つも言えないの? それじゃあ手駒(ともだち)も出来ないだろ』と言われただけだ。
手駒と友達という言葉が同義なのは、流石慎二さん。きっと頼れるご友人が沢山いるのだろう。
「教えた人は、面白い人なのかズレてんのか……あいや、そんな事は良いんだ。
実はふと、昨日の夜考えたんだよ。俺にとって重要なものはなにか。なにか学校に通う中で重要な事を見落としているんじゃないか、と」
「後藤……」
真剣な表情の後藤に、思わず驚きで言葉が零れる。
とうとう、勉学の重要性に気付いて――、
「朝の爽やかな道、出会う男女、発展する恋。ドラマの起点は登下校にある‼」
……訂正。
彼が勉学の重要性に気付くことは、今後もないだろう。永遠に
「二年近くその可能性を潰していたなんて……俺はなんて愚かだったんだ‼」
「ああ、そうだな。最後の言葉に関しては激しく同意する」
自分の隣で熱弁している彼の顔は、本当に気持ちいいほど晴れやかだ。よくぞここまで情熱を注げるものだ。
そんな彼の生き方に憧れない訳ではないが、見習おうとは決して思えない。
堅物と言われるのもこの性格の所為かもしれないが、二年と過半数の学校生活の半分以上を遅刻で過ごし、それを別方向で悔いている人間になりたいと誰が思うか。
「なんだよ衛宮ぁ、お前だって恋愛をして、青春を謳歌しようって思わないのか? それでも男か?」
「謳歌しなくても、男なのは自明だ。
したくない訳ではないが、お前ほど熱意を持てないだけだ」
こちらを覗き込んでくる不満げな顔を避けながら答える。
――そもそも恋愛の良さとやらを、自分はいまいち理解出来ていない。
後藤がどこそこの女子と付き合ったやら、別れたやらで一喜一憂する姿を見ていても、呆れこそあれ羨望を持った事は一度もない。
自分もいずれ、そういう恋物語に身を投じる事があるのだろうかと、どこか遠くに感じるのみだ
「そんな事言ってぇ、案外出会いがあるかもしれないだろ。
いきなり路地からパン咥えた少女が走ってくるとか、」
「どこからの出典だそれは。食べ物を口に入れての移動は消化に良くない」
「空から少女が降りてくるとか、」
「現実的ではないな。骨折どころか命に関わるぞ、それは」
「それから、――美少女が、通学路で猫と戯れているとか」
「? それだけ、随分と現実的だが、」
唐突に言葉を切った友人の横顔を見てみると、視線は一点に釘付けになっている。視線を追いかけてみれば、彼の言葉通りなのが分かった。
少女が一人、道に座り込み、猫と戯れていた。
前書き・後書きで書くネタがないので、淡々としているのはご勘弁を。
次話は明日の同じ時間に更新します。