闇が膨れ上がる。
破裂が指向性を持って生み出される。
〝爆発〟。
憎悪と、怨嗟と、ただ人を害そうという悪意が炸裂する前兆。
「――っ、」
膨大な魔力に、思わず喉奥から空気が漏れる。
これは、自分にも分かる。
どれほど自分に経験がないとしても、これがどういう状況なのか、頭がすぐさま答えを出す。
ライダーは今、宝具を放とうとしているのだ。
「――『
即座に魔術回路を起動する。
必要な手順は数個吹き飛ばす。
先程までの追走劇の影響で魔力は枯渇し、魔術回路は火を入れた瞬間に悲鳴を上げる。
構わず、数少ない魔力を身体の防御に回す。
ただ只管、倒れない為に。
「っ、トウタ、ふせ、――」
セイバーもその予兆を感じたのだろう。
剣を構えながら、必死に何かを言おうとするが、
その声も、途中で掻き消される。
「蹂躙せよ――『
瞬間、破裂する。
怨嗟の声。
武具と骨が擦り合わされる不快な音。
目の前を覆う、乾いた血の壁。
それらが全て、その場を蹂躙する。
ただ目の前の敵を殺しきれと渦巻く。
「セ、」
言葉が続かない。
亡霊の山津波。
それが自分の声を掻き消す。
今ここで自分がいられるのは、――目の前のセイバーのおかげだ。
ギリギリ、という言葉があまりにも拙く思える程、か細い一閃。
セイバーの剣が津波を断ち、自身と自分の立っている位置を辛うじて残している。
防波堤のようだ。
元来人の身で受ければ……否、人の身でなかったとしても喰らえばその濁流に呑まれる程の威力。
それをセイバーは、たった一振りの剣と自身の膂力のみで切り裂く。
――だが、それも数瞬だ。
圧倒的物量。
宝具という神秘には似つかわしくない、しかし絶対の力。
セイバーの剣を防ぐ方法を骸達が持っていないと同時に、自分達もこの物量をひっくり返す方法を持っていない。
この威力がどれほど続くか分かっていない場で、一時しのぎ等何の役に立つのか。
「セイ、バー、」
声が怨嗟と剛流の轟音に、掻き消されかける。
それでも自分は、手を伸ばした。
今にも死返されそうになるのを、抑え込みながら。
その流れを断ち切り、自分を守り続けているセイバーに。
自分が何か出来る事はないかと手探る。
「……トウタ、」
この怒号の中で。
嫌にセイバーの声がハッキリと聞こえる。
この状況の中で冷静で、ほんの少しだけ申し訳なさげな声が。
「――ごめん、
セイバーの背中から、魔力が膨張する。
今まで清涼だった筈の気配が、目の前の怨霊の群れと同種の――いいや、それ以上の怨念が吹きこぼれる。
自分の体の中から、彼女との繋がりを通して、微かに残った魔力が根こそぎ奪われていくのを感じる。
……ああ、そうだった。
不意に理解する。
彼女は自分の相棒だ。
サーヴァント。
英霊。
人類史を代表し、守護する程に至った、人外。
英霊である以上、彼女もまた、
「――《黙する凶刃(■■■■■■■)》ッ‼」
宝具を持っているのだから。
◆
「――この程度、か」
怨嗟の声が響く中でただ一人、涼しげな表情で立っているライダーは、酷く退屈気な顔をしていた。
英霊は、サーヴァントとして召喚する過程で多くのモノを削ぎ落される。
本来、現世に召喚し人間が使役できる存在ではないモノを、人が操れる規格、サーヴァントという器に限定する。
それがサーヴァントという機構の真骨頂と言えるだろう。
それはある意味、英霊自身の弱体化に等しい。
ライダー、チンギス・ハーンも同じだ。
本来、彼は神にまでその座を押し上げられた人物だ。
怨霊の軍勢を操る……そんなものは、ライダーの力の末端どころか、生前はそのような能力を持ち合わせてなどいない。
たまたま、残虐な側面を人類が見たから。
たまたま、それが表出する形で召喚されたから。
つまり彼にとってみれば、意思も力も持ち合わせていない雑兵を増やし、使役する能力など、児戯だ。
しかし、それでも王。
王の児戯は、無辜の凡人の神業である。
「……つまり、貴様も無辜の凡人だった、という事か」
滑稽だ。
退屈だ。
不服だ。
マスターに召喚され、ただ蹂躙し奪う事を主義とするが故に召喚に応じてみれば、この程度の児戯すらひっくり返せない。
それが最優のサーヴァント……セイバー等と、聞いて呆れる。
「しょうがない……暫くすれば肉団子に成り果てよう。
そうしたのち、喰ろうてやれば良い」
女を喰うのは、悪い気はしない。
寧ろ、三大欲求を二つも満たせるこの宝具はある意味で優秀だ。
この悪癖はサーヴァントとして召喚されたからこそ変質したものだが……本質的に、素質がない訳ではなかった。
骸の濁流の中で、ライダーは笑う。
だがその笑い声は、濁流の渦を劈く轟音で掻き消された。
「――なんだ、」
ライダーの目に留まったのは、
炎だ。
赤黒く、地獄からそのまま沸き上がったような、憎念の炎。
その炎は爆発にも似た勢いで膨れ上がり、ライダーの雑兵を巻き込む。
爆発である筈なのにあまりにも静かに、その場を飲み込んでいく。
その炎を前にすれば、骸の軍団は枯れ枝の群れに等しい。
悲鳴もなく焼き尽くされ、灰燼に埋もれ、這うように使い手の――ライダーのいる方に向かって爆ぜる。
「ッ、――雑兵共! 貴様らの王(ハーン)を守れ‼」
その言葉に、返事の言葉はない。
そんなものを不要とする程早く染み出し、ライダーの前に壁を作る。
古城の城壁にも匹敵するほどの厚みを何層にも重ねる。
これを突破する事は、並の宝具では出来ない筈だ。
そう、
呪炎は蝕む。
それはもう、炎の形を取った呪いでしかない。
熱はない。
激風もない。
渇きすら齎さない。
ただ業火の形を取った呪いは、城砦を撫で崩す。
「――ッ」
初めて、ライダーはその場で身構える。
初めて、防御の姿勢を取った。
初めて、その攻撃を
――その炎はせいぜい、ライダーの防御を撫ぜる程度で止まった
燻ぶった煙の中で、その炎が燃え尽きるのを見た。
神秘で作られた呪炎はその魔力を失い、靄のように晴れていく。
「――陽動、か」
ライダーの声は、愉悦に染まっていた先程のそれとは違い、緊張をはらんだものだった。
セイバーとそのマスターであろう少年の姿はどこにもない。
川を背にしていた以上、そちらに逃げたのだろうが……そこが水である以上、ライダーに追う術はない。
――だがそこには、落胆や同様とは違う感情が籠っているのを、理解出来る存在はそこにはいなかった。
「――ククッ、フハハハハハ!」
歓喜する。
喜びの笑いが闇夜に木霊する。
「
あれ程の業、あれ程の怨念を背負ってなお平然としているとは!
流石、聖杯戦争と名の付く戦場!――退屈させないではないか」
ライダーは兵士を仕舞い込むと、そのまま踵を返す。
「足りぬ、足りぬわ。
あの憎悪を蹂躙し我が物にする為には、些か今の兵力では不安が残るでな」
ライダーの宝具は消耗が激しく、本人が誇張するような無限ではない。
むしろ、非常に現実的な、有限の宝具。
宝具内に屍を積み重ねておかねば……あるいは過去の亡霊を召喚できる程の魔力を潤沢にしておかねば機能しない。
もし、彼のマスターが健在であったならば、魔力枯渇に悲鳴を上げていただろう。
尤も、今の宝具に取り込まれた彼に、叫ぶような機能はないのだが。
「ああ、再戦が楽しみだぞ、女剣士!
否――セイバーよ‼」
ライダーの感嘆の声を受け止める者はいない。
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次回の更新は1/11㈰の17時頃になります。
今後も拙作をよろしくお願いいたします。