Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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03 呪炎の兆と遁走 C

 

 

 

 

 

 ――そこは海の上だった。

 荘厳という言葉とはかけ離れた、質実剛健な作りの無骨な甲板。

 縄などの船を動かすのに必要な物ばかりでなく、衣服や酒樽、果ては剣といった武器の類まで散乱する、騒然とした場。

 

 その中で、野太い声の歌が聞こえる。

 異国の、古い言葉。きっと舟唄のようなものなのだろう。

 男達は船を動かす為に動き回りながらも、陽気に歌を歌い続ける。

 

 波は高い。荒れている、と形容しても良い程度には。

 それでも、男達は手を止めない。楽し気な表情を曇らせる事もない。

 その甲板を見下ろせる船首に、人影がある。

 

 服は海水に揉まれ、酷く草臥れている。

 剣の鞘には所々に消しきれない汚れの後。

 胸当ては酷く錆び、とても防御力があるようには見えない。

 

 それでも、彼女の口元は笑みを絶やさない。

 揺れる船の中で舵を握るその手は力強い。

 瞳は真っ直ぐで、美しい。

 

『――そうそう、人間ってこうじゃなきゃ』

 

 彼女の表情は明るい。

 まるで興味深い玩具を見つけた時の子どものように。

 

 実に楽しそうだ。

 実に嬉しそうだ。

 

『さぁ、野郎ども!

 冒険に出掛けるわよ!』

 

 彼女の号令に、応と力強い答えが返る。

 

 きっと、辛いだろう。

 きっと、危ないだろう。

 きっと、戻れないだろう。

 

 外洋は未知の世界で、もし海の切れ端に堕ちてしまえば世界の外に真っ逆さま。

 

 行きて戻れぬ旅。

 生きて帰れぬ冒険。

 

 それでもなお、男達は気にしない。

 ――彼女は、気にしない。

 

 

 

 だって、それ以上に楽しいモノがある筈だから。

 

 

 

                   ◆

 

 

 

「――ん、くッ、」

 

 目覚めの瞬間に感じた全身の痛みで、思いがけず苦悶の声が出る。

 呼吸をする度に痛みが走る。呼吸器官の異常ではない。

 それを支える骨が、それを包み込む筋肉が。

 

 過度な酷使のツケだと、不平不満を言っているようだ。

 ……いいや、〝ようだ〟等と言うのは言い訳だ。実際、相当の無茶をした。

 それに、

 

「……この疲れは、恐らくソレだけではないんだろうな」

 

 音が聞こえる程盛大な溜息が、口から零れる。

 魔力欠乏による疲労。痛みとは別に横たわる抗いがたい倦怠感の正体は、きっとそれだろう。

 走り続けるバイクを維持する為の、器物への強化魔術。その後に、防御姿勢を取るための無理な魔術回路の励起。

 

 ――そして、

 

「……あれが、セイバーの宝具、か」

 

 気を失う直前に見た、赤黒い炎。

 宝具の真名は……正直、あの轟音の中で上手く聴き取れはしなかったが、威力は一瞬見ただけでも理解出来る。

 

 あれを初手で出していたら、とも思うが、直ぐに考えを改める。

 

 宝具は強力であるものの、気楽に使えるものではない。

 サーヴァント自身の正体を露見させる可能性があるだけではない。

 

 いくら自分の魔力量が通常の魔術師よりも多くない上に、消耗した後の事だったとしても、気を失うほどの魔力消費を必要とするのだ。

 そう易々と乱発は出来ないだろう。

 

「……まぁ、使えない物ではない。と分かっただけ充分か、」

 

 

 

「――そうね。ある意味、今回の中の成果の一つでしょう。

 もっとも、貴方のというより、セイバーのですが」

 

 

 

「……………………」

 

 不覚だ。

 いくら不調や疲労があったところで、この狭い部屋にもう一人いる事くらい、何故気付けないのか。

 気が抜けている、どころではない。

 

「……もしかして、また世話になってしまったか? 桜小路」

 

 自分が身を起こすと、部屋の隅で座っている桜小路が見えた。

 このような状況でも姿勢を崩さず、正座している姿は凛々しい。いったい何時からそうしていたのか分からないが、短い時間ではなかっただろう。

 スカートの皺ひとつないとは流石、クラスメイトから優等生扱いされる訳だ。

 

「世話をした、という程ではありません。セイバーは魔術師特有の体調変化に疎いようでしたから、助言した程度です。

 今回は外傷もありませんから……無茶をした事に、変わりはありませんけど」

 

 表情は不満げだが、声に怒気は感じない。

 

「怒っては、いないんだな」

「必要性がありませんから。囮を頼んだのは私ですし、衛宮君は充分役割は果たしました。

 あの対応には驚きましたが……まぁ、セイバーの性格上、しょうがないかと」

 

 納得は出来ないが、理解は出来る。

 満点ではないが及第点、というところなのだろう。それなら、まぁ、良かったと言えるだろう。

 桜小路はそのまま、綺麗な所作で立ち上がる。

 

「今後の事は、また後で話し合いましょう。

 貴方はまず、やるべき事をしてください」

 

「? やるべき事?」

「ええ、やるべき事です……貴方のパートナー、相当落ち込んでますよ」

 

 

 

                   ◆

 

 

 

「……これは、また、」

 

 その光景を見て、次の言葉がすぐには思い浮かばなかった。

 

 ――寝ている。

 

 姿だけであれば、そう表する事が出来るだろう。

 セイバーが縁側にうつ伏せで寝そべり、表情は見えない。だが、起きているのは、寝息などが聞こえない事で分かる。

 

「えっと、何をしているんだ、セイバー。というか、慎二さんはどうした?」

 

 縁側に続く居間の方を見れば、時間はもう朝とは言えない時間だ。

 自分がそれほど寝ているという状況は滅多にない。状況を訝しんだ慎二さんが自分を起こしに来ない筈が無いのだ。

 

「……昨日の夜中に、シンジが来てね。色々誤魔化しといたわ」

 

 床に顔が着いている所為か、くぐもった声が聞こえる。自分が想像した以上に落ち込んだ声だ。

 

「あの御仁はあの性格だから、『誤魔化されてくれた』が正解だけかもしれないけど……それでも、詳細は何も聞いていかなかったわ。

 そんなシンジから伝言よ、『無茶をするな、警告は二度目だぞ』だって」

 

「……それは、穏やかじゃないな」

 

 伝言には、セイバーが想像している以上の怒気が籠っている。

 何とか、無茶をしないで……というか、無茶を気付かれないようにしなければ。

 

「……それで? セイバーはどうしてそんな姿勢を?」

「………………」

 

 自分が彼女の横に座りながら聞くと、彼女はすぐには答えなかった。

 ただ黙って寝転がり続ける。

 ……暫く、その時間が続いた。

 矢継ぎ早に話を続けるセイバーにしては珍しいが、不思議と気まずくはならなかった。

 

「――いや、ちょっとやり過ぎたかなぁって」

 

 ポツリと、セイバーが答える。

 

「予想してなかったわけでも、動揺したわけでもなかったけど。

 それでも、貴方がいるってのが……と言うより、私が普通の人とはちょっと違うんだなぁってのが、改めて実感出来たのよ」

 

 ――それは、つまり、

 

「自分がサーヴァントだって忘れていたっていうのか?」

 

 自分で言ってて、つい面白くなって口元が緩む。

 サーヴァントがサーヴァントである事を自覚するなんて、そんな当たり前の事を忘れるとは。

 セイバーはその言葉に反応してか、ゆっくりと体を起こす。

 表情は、どこか不満げだ

 

「忘れてた、とはちょっと違うわ。

 これでも、サーヴァントとして現界したのは初めてなのよ。私の身体能力や能力は、生前よりずっと強い。

 それを自覚してなかった……私に出来る無茶は、貴方にも出来ると思い込んでた」

 

「……それは、君らしい勘違いだな」

 

 皮肉ではない。

 人を過小評価しない。自身を過大評価しない。

 ある意味、自分の事を認めてくれたセイバーらしい間違いだ。そしてそれは、どこか嫌な気分にならない間違いだ。

 何せ、自分の事を本当の意味で信頼して、ああいう行動に出た、という事だ。

 

「まぁ、命があったから別に構わない。魔力が多少枯渇するくらい、なんて事はないさ」

「……貴方、意味分かってる?

 私はサーヴァントなの。で、貴方はマスター。貴方の命を守るのは私の仕事よ」

 

「ああ、そうなのかもしれないが……それ以上に自分達は、相棒なんだろう?」

 

 セイバーの言葉に、自分は自然と答えた。

 不思議と、違和感はない。

 

 相棒。

 仲間。

 

 ストレートにそう言おうと思って出た言葉ではないが、それでも、悪くはない。

ああ、悪くはない。

 

「多少の無茶は付き合う、多少の賭けには乗るさ、きつかろうがな。

 仲間とはそういうもの……なんだろう?」

 

 横見てみると、セイバーはジッと自分を見ていた。

 目を丸くし、少し呆然としたような表情。見た事もないような、信じられないようなものを見るような表情だ。

 

「……なんだ? 自分の顔に何かついているか?」

 

 寝起きの顔だ、目脂でも付いていただろうか。

 そう思って目を擦ると、セイバーは噴き出した。

 

「ウフフフ、いや、違うのよ。

 貴方からそういう言葉を貰えるのが意外だったの……その顔もね」

 

「顔? やはり、何か可笑しいか?」

 

「ううん、可笑しくないわ……可笑しくないのが、奇妙なだけ」

 

 ? よく分からない。

 自分が首をひねると、セイバーはさらに嬉しそうに破顔する。

 

「アハハ、こっちがちょっと落ち込んでたのが馬鹿みたい。

 ……よっし、反省終了! ここからは前向きに行くわよ」

 

 彼女は立ち上がり、勢いよく伸びをする。

 さっきまでの暗い表情はない。いつも通りの、明るいセイバーだ。

 それを見ているだけで、少し安心する。

 

「ああ、そうだな。

 ……で、どうするつもりだ? ライダーは予想以上に強敵だぞ」

 

 ライダー。

 チンギスハーン。

 

 ユーラシア大陸の大半を支配したかの英霊の宝具は強力だ。

 圧倒的な物量。神秘の濃さなど意に介さない、文字通りの人海戦術。能力も高い方法もある意味簡潔だが、同時に厄介だ。

 攻防一体のあの宝具を突破するのは、宝具を利用される前に倒すか、物量を突破する破壊力が必要だ。

 

「ウフフ、確かに、あのおじさん結構やり手よね。

 

 

 

 でも、思い返してみましょうトウタ――私達、独りじゃないんだから」

 

 

 

 セイバーが、不敵に、勝気に笑う。

 

 

 

 

 







更新が遅くなり申し訳ございません。
お楽しみいただけたでしょうか。

次回は、1/18㈰の17時ごろを予定しています。
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