Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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諸事情あり、早めの更新になります。
楽しんでいただければ幸いです。


05 宝具開帳 A

 

 

 

 

 

 ――夜風が体を刺す。

 冬は終わりを告げ始めているとは言え、まだ夜中は凍える寒さだ。

 それでも外気温より強い寒さを感じているのは、きっと自分の体がいつも以上に熱を発しているからだろう。

 

「――ハァ、」

 

 深呼吸をする。

 普段よりも、心臓が早く動いているのを感じている。

 身体の中心が不自然に強張り、まるで今にも声を上げて走り出しそうになるような焦燥感が、手を、足を震わせる。

 

 これが、緊張。

 これが、不安。

 これが、恐怖。

 

「あの時よりも、余程緊張するな」

 

 ランサーと戦った……いいや、逃げていた時とも違う。

 セイバーを庇い、バーサーカーの前に飛び出た時とも違う。

 バイクにしがみ付き、必死に魔術を走らせていた時とも違う。

 自分がタイミングを誤れば、あるいは自分達の策略が敵に気付かれ失敗すれば、勝利を得る事は出来なくなる。

 

 自分の行動が、選択が、判断が、誰かの命を背負っている。

 

 その重みに、吐き気すら湧き上がってくる。

 自分が起こした事の結果で、自分だけ(﹅﹅)がどうにかなってしまうのは、当たり前の事だった。

 

 

 

 自分の所為で自分が死ぬだけなど――なんて気楽だったのだろう。

 

 

 

「……落ち着け、ここで緊張している場合じゃないだろう」

 

 自分の震える手に言い聞かせる。同時に、自分自身の心の中にも。

 どんなに怖かろうと、ここから逃げ出す事は決してしない。

 それが非力な凡人に出来る……唯一の事なのだから。

 

 ――不意に肌が粟立つ。

 皮膚が風とは違う、微かな振動を感じる。

 

「――来た」

 

 拳を握りしめる。

 手の中には、一粒の宝石が握り込められている、

 濃い黄土色の中に、一筋の白い線が引かれたような天然石……俗に猫目石と呼ばれるモノ。

 

 一見すれば単なる宝石だろう、いいや、宝石としての価値があるのかどうかも、自分には分からない。

 しかしそこに込められた膨大な魔力と、精緻な魔術は素人に片足を突っ込んでいる自分にも分かる。

 

 ――タイミングは一瞬だ。

 遅れれば、自分は死ぬ。

 早すぎれば、策は潰れる。

 

 

 

「――来い、ライダー。

 お前の言う平民の底力だ」

 

 

 

 まだ見ぬ敵に、自分はそう呟いた。

 

 

 

                 ◆

 

 

 

 轟音同士のぶつかり合い。

 車輪が道を削り、四つの蹄が道を砕く。

 ほぼ横並びの状態で、彼らは互いを追い越す事はしない。

 

「ほぉうら!」

 ただ並走する強者を害そうと、その身を相手に叩き付ける。

 

「ぐっ!」

 

 機体は想定されていない衝撃に金切声を上げ、セイバーは苦悶の表情を浮かべる。

 怪馬から襲ってくる圧は、通常の生命体の重さではない。

 そもそも魔術で再現しているだけとは言え、こちらは金属の塊だ。本来であれば悲鳴を上げるのは、怪馬の方だ。

 

『Gruaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa‼』

 

 それでも怪馬は傷を負った形跡どころか、怯む事すらしない。

 何故倒れない。

 何故自分の横を走り続ける。

 

 そのような怒りに狂っているだけだ。

 だが、

 

「――あと、もうちょっと、」

 

 セイバーは相手に聞こえないように呟く。

 悠然とこちらと競い合っているように見えるライダーだが、その奥底で焦れているのが、セイバーには分かる。

 

 いつまでも行われ続ける鬼ごっこ。

 時間をかければ、有利なのはライダーの方だ。セイバーがいくら魔術で生み出された乗り物を操っているにしろ、宝具で生み出された怪馬とは比べようもない。

 

 しかしセイバーは知っていた。

 

 このような、自分を強者だと思って疑わない人間こそ、圧倒的な勝利でなければ納得出来ない。

 ギリギリの勝利ではダメなのだ。

 セイバーを実力で圧倒し、肉体も心も……それこそ本人が言っているように蹂躙しなければ気が済まない。

 

 それが王という存在だ。

 それがライダーの本性だ。

 

 

 

 そしてそのような相手に、セイバーは常に勝ってきた。

 

 

 

 握ったアクセルを捻り、機体は更に加速する。

 既に処理しきれない熱で、あり得ない部分から焦げ付く匂いが漂い始めるが、気にせず回す。

 視界の端に、規則的に並ぶ街灯が目に入る。

 道路に整備されたそれとは衣装が異なるソレが、セイバーにとっては目印だ。

 

 ――そしてそれは、ライダーにとっても。

 

「――お、」

 

 ライダーの目が見開かれた。

 歓喜なのか、動揺なのか。

 見ていたセイバーにはどちらか判断はつかなかったが、

 

 

 

「オ、オオォォオオオォォオォォオオォオオ」

 

 

 

 ライダーの咆哮に合わせたように、怪馬の脚が加速する。

 その視線は、セイバーが向かう先……海浜公園の真ん中に立っている、衛宮藤汰に向かっていた。

 

 

 

               ◆

 

 

 

『――人間は脆い』

 

 いつか、息子達にそう語ったものだ。

 

『人間は脆い。簡単に心挫ける生き物よ。ただ、挫き方は選ばねばならん。

 

 ただ本人を傷つけるだけでは駄目だ。誇り高い人間であればある程、傷つくだけこちらに反抗してくるからだ。

 だが自分ではないモノが――家族が、親友が、恋人が傷つけば、それを救う為ならどんな事でもする。

 

 人間とはな――大事な者がいればいる程、弱くなる生き物なのだ』

 

 人間は一人では生きていけない。

 

 だが、それは同時に弱点を増やす事に他ならない。

 だからこそ、ライダー……チンギスハーンは、弱点を作らなかった。

 

 妻や息子も、自分の一族も、自分が築いた帝国も結局、自分の欲望を生み出す駒に過ぎないのだ。

 

「オォオオォオオォォオオオォォオオ‼」

 

 ライダーは歓喜した。

 わざわざセイバーのマスターが、堂々と立っていてくれたのだから。

 

 追走するセイバーを捨て置き、ライダーは手綱を振るう。

 怪馬の脚はそれに答えるようにさらに力強く前に進む。

 

 片手を離し、スラリと剣を抜き放った。

 宝具ですらないが、ライダーが生前幾人もの首を切り落とし、内臓を抉り出し、蹂躙する為に使った剣だ。

 

 サーヴァントですらない小僧一人――何という事はない。

 

 数度息を吐く隙に、間合いは簡単に詰まった。

 唖然とするセイバーのマスターの顔を見て、ライダーはさらに笑みを強め、その剣を振るう。

 

 

 

 

 

 

 剣の切っ先は――衛宮藤汰の体を切り裂かず、空を切った。

 

 

 

 

 

 

「な、に、」

 

 動揺はしたが、頭は妙に冷静に状況を理解していた。

 

 幻覚だったのだ。

 

 セイバーのマスターである衛宮藤汰の姿は既にそこにはなく、ライダーは河岸ギリギリに急停止した。

 

 

 

「ああ、――」

 

 

 

 ライダーが振り返ると、既にそこにはセイバーが立っていた。

 呪いを封印する為に纏われた呪符は外れ、その全容を露わにしていた。

 血と呪いで塗り固められた刀身は黒曜石のように輝き、嘗ての絢爛さを思わせる。

 

 だがそれでも、それは呪いの塊だった。

 

 他者を害し、滅ぼし、朽ちさせる為の魔剣。

 その血煙と呪詛は周囲を犯し、歪んだ魔力は血飛沫の渦のように周囲に渦巻く。

 

「――教えてあげる、蹂躙の王」

 

 聞こえる筈がないセイバーの声が、確かにライダーの耳朶を打った。

 

「これが本当の、〝蹂躙〟ってやつよ」

 

 ――ああ、してやられたわ。

 言葉にならなかった言霊には、怒りよりも喜色が勝った。

 

「父祖より継ぎし、呪いに沈め。

 

 

 

 

 

 ――『黙する凶刃(ティルフィング))‼」

 

 

 

 

 

 







楽しんでいただけたでしょうか。
次回の更新は3/1㈰の17時頃になります。


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