諸事情あり、早めの更新になります。
楽しんでいただければ幸いです。
――夜風が体を刺す。
冬は終わりを告げ始めているとは言え、まだ夜中は凍える寒さだ。
それでも外気温より強い寒さを感じているのは、きっと自分の体がいつも以上に熱を発しているからだろう。
「――ハァ、」
深呼吸をする。
普段よりも、心臓が早く動いているのを感じている。
身体の中心が不自然に強張り、まるで今にも声を上げて走り出しそうになるような焦燥感が、手を、足を震わせる。
これが、緊張。
これが、不安。
これが、恐怖。
「あの時よりも、余程緊張するな」
ランサーと戦った……いいや、逃げていた時とも違う。
セイバーを庇い、バーサーカーの前に飛び出た時とも違う。
バイクにしがみ付き、必死に魔術を走らせていた時とも違う。
自分がタイミングを誤れば、あるいは自分達の策略が敵に気付かれ失敗すれば、勝利を得る事は出来なくなる。
自分の行動が、選択が、判断が、誰かの命を背負っている。
その重みに、吐き気すら湧き上がってくる。
自分が起こした事の結果で、自分だけ(﹅﹅)がどうにかなってしまうのは、当たり前の事だった。
自分の所為で自分が死ぬだけなど――なんて気楽だったのだろう。
「……落ち着け、ここで緊張している場合じゃないだろう」
自分の震える手に言い聞かせる。同時に、自分自身の心の中にも。
どんなに怖かろうと、ここから逃げ出す事は決してしない。
それが非力な凡人に出来る……唯一の事なのだから。
――不意に肌が粟立つ。
皮膚が風とは違う、微かな振動を感じる。
「――来た」
拳を握りしめる。
手の中には、一粒の宝石が握り込められている、
濃い黄土色の中に、一筋の白い線が引かれたような天然石……俗に猫目石と呼ばれるモノ。
一見すれば単なる宝石だろう、いいや、宝石としての価値があるのかどうかも、自分には分からない。
しかしそこに込められた膨大な魔力と、精緻な魔術は素人に片足を突っ込んでいる自分にも分かる。
――タイミングは一瞬だ。
遅れれば、自分は死ぬ。
早すぎれば、策は潰れる。
「――来い、ライダー。
お前の言う平民の底力だ」
まだ見ぬ敵に、自分はそう呟いた。
◆
轟音同士のぶつかり合い。
車輪が道を削り、四つの蹄が道を砕く。
ほぼ横並びの状態で、彼らは互いを追い越す事はしない。
「ほぉうら!」
ただ並走する強者を害そうと、その身を相手に叩き付ける。
「ぐっ!」
機体は想定されていない衝撃に金切声を上げ、セイバーは苦悶の表情を浮かべる。
怪馬から襲ってくる圧は、通常の生命体の重さではない。
そもそも魔術で再現しているだけとは言え、こちらは金属の塊だ。本来であれば悲鳴を上げるのは、怪馬の方だ。
『Gruaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa‼』
それでも怪馬は傷を負った形跡どころか、怯む事すらしない。
何故倒れない。
何故自分の横を走り続ける。
そのような怒りに狂っているだけだ。
だが、
「――あと、もうちょっと、」
セイバーは相手に聞こえないように呟く。
悠然とこちらと競い合っているように見えるライダーだが、その奥底で焦れているのが、セイバーには分かる。
いつまでも行われ続ける鬼ごっこ。
時間をかければ、有利なのはライダーの方だ。セイバーがいくら魔術で生み出された乗り物を操っているにしろ、宝具で生み出された怪馬とは比べようもない。
しかしセイバーは知っていた。
このような、自分を強者だと思って疑わない人間こそ、圧倒的な勝利でなければ納得出来ない。
ギリギリの勝利ではダメなのだ。
セイバーを実力で圧倒し、肉体も心も……それこそ本人が言っているように蹂躙しなければ気が済まない。
それが王という存在だ。
それがライダーの本性だ。
そしてそのような相手に、セイバーは常に勝ってきた。
握ったアクセルを捻り、機体は更に加速する。
既に処理しきれない熱で、あり得ない部分から焦げ付く匂いが漂い始めるが、気にせず回す。
視界の端に、規則的に並ぶ街灯が目に入る。
道路に整備されたそれとは衣装が異なるソレが、セイバーにとっては目印だ。
――そしてそれは、ライダーにとっても。
「――お、」
ライダーの目が見開かれた。
歓喜なのか、動揺なのか。
見ていたセイバーにはどちらか判断はつかなかったが、
「オ、オオォォオオオォォオォォオオォオオ」
ライダーの咆哮に合わせたように、怪馬の脚が加速する。
その視線は、セイバーが向かう先……海浜公園の真ん中に立っている、衛宮藤汰に向かっていた。
◆
『――人間は脆い』
いつか、息子達にそう語ったものだ。
『人間は脆い。簡単に心挫ける生き物よ。ただ、挫き方は選ばねばならん。
ただ本人を傷つけるだけでは駄目だ。誇り高い人間であればある程、傷つくだけこちらに反抗してくるからだ。
だが自分ではないモノが――家族が、親友が、恋人が傷つけば、それを救う為ならどんな事でもする。
人間とはな――大事な者がいればいる程、弱くなる生き物なのだ』
人間は一人では生きていけない。
だが、それは同時に弱点を増やす事に他ならない。
だからこそ、ライダー……チンギスハーンは、弱点を作らなかった。
妻や息子も、自分の一族も、自分が築いた帝国も結局、自分の欲望を生み出す駒に過ぎないのだ。
「オォオオォオオォォオオオォォオオ‼」
ライダーは歓喜した。
わざわざセイバーのマスターが、堂々と立っていてくれたのだから。
追走するセイバーを捨て置き、ライダーは手綱を振るう。
怪馬の脚はそれに答えるようにさらに力強く前に進む。
片手を離し、スラリと剣を抜き放った。
宝具ですらないが、ライダーが生前幾人もの首を切り落とし、内臓を抉り出し、蹂躙する為に使った剣だ。
サーヴァントですらない小僧一人――何という事はない。
数度息を吐く隙に、間合いは簡単に詰まった。
唖然とするセイバーのマスターの顔を見て、ライダーはさらに笑みを強め、その剣を振るう。
剣の切っ先は――衛宮藤汰の体を切り裂かず、空を切った。
「な、に、」
動揺はしたが、頭は妙に冷静に状況を理解していた。
幻覚だったのだ。
セイバーのマスターである衛宮藤汰の姿は既にそこにはなく、ライダーは河岸ギリギリに急停止した。
「ああ、――」
ライダーが振り返ると、既にそこにはセイバーが立っていた。
呪いを封印する為に纏われた呪符は外れ、その全容を露わにしていた。
血と呪いで塗り固められた刀身は黒曜石のように輝き、嘗ての絢爛さを思わせる。
だがそれでも、それは呪いの塊だった。
他者を害し、滅ぼし、朽ちさせる為の魔剣。
その血煙と呪詛は周囲を犯し、歪んだ魔力は血飛沫の渦のように周囲に渦巻く。
「――教えてあげる、蹂躙の王」
聞こえる筈がないセイバーの声が、確かにライダーの耳朶を打った。
「これが本当の、〝蹂躙〟ってやつよ」
――ああ、してやられたわ。
言葉にならなかった言霊には、怒りよりも喜色が勝った。
「父祖より継ぎし、呪いに沈め。
――『
楽しんでいただけたでしょうか。
次回の更新は3/1㈰の17時頃になります。
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