Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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02 闇は寄り添う A

 

 

 

 

 

「にゃー、にゃー?」

 

 彼女は道端に座り込んでいる猫が気になってしょうがないらしい。

 どこかの誰かから貰ったのだろう餌を、美味そうに頬張っている猫に、彼女は熱心に猫語で声を掛け続けている。

 無論猫は反応しない。餌に集中しているのだから。

 それでも彼女は果敢にコミュニケーションを取ろうと必死だ。

 

 そこまで意識を向けてもらいたいのか。

 道行く他の学生も彼女の行動が気になっているようではあるが、話しかけず通り過ぎている。

 半径1メートルは誰も彼女に近づいていないのだから、自分の世界に入った人間は一種の結界使いにも等しいだろう。

 

 彼女の名は、桜小路(さくらこうじ) 凪子(なぎこ)

 

 一週間前に転向してきた、曰く『一生お目にかかれない程の美人転校生』。

 転校生とつける意味はあまりないだろうという無粋な突っ込みは一週間前に済ませているので、ここでは割愛する。

 彼女は確かに、後藤を含めた多くの男子が殊更に〝美〟と付けるのに違和感を抱かないほど、容姿が整っている。

 

 少し異国の雰囲気を感じさせる淡い黒髪、伏せられた若草色に見える目と、綺麗な所作。

 転校初日から現在に至るまで、男女関係なく注目を集めている。慣れるまでは、自分も視線が向きやすかった程だ。

 

 もっとも自分が気になったのは美しさよりも、その所作だった。

 どんな相手にも線を引き、干渉しすぎない。しかしそれを感じさせずに誰とでも接する彼女の行動に、少し興味が湧いたのだ。

 

「――ほら見ろ衛宮! 言った通りだろう⁉」

「何が言った通りなんだ後藤」

 

 自分の肩を掴んで激しく揺らしてくる後藤の手を払い除けるが、後藤はそんな事もお構いなしに、熱を持って話し始める。

 

「ちゃんと出会えただろ⁉ こういうシーンに出会いたい為に、俺は眠い目を擦ってわざわざこ登校したんだよ‼」

「それ抜きでも時間通り登校はすべきだし、登校の本分はそこではない」

「ああ! 早起きは三文の徳ってこういう事を言うんだな衛宮!」

 

 聞いていない上に、慣用句の使い方を間違えている。

 落ち着かせようと思ったが、この様子では自分の指摘など耳に入らないだろう。

 後藤から視線を逸らし、桜小路の方を見る。

 これほど大声で話しているにも関わらず、彼女も猫もこちらを見向きもしない。

 猫は餌に夢中なだけだが、桜小路は文字通り自分達が眼中になさそうだ。

 

 ……この反応を間近で見て、まだ芽があると思っているのか、後藤。

 自分が冷めていくのに対して、後藤の行動は実に俊敏だった。さっと髪を整え、口臭を一度確認し、声の調子を整える。

 この一連の行動には五秒とかかっていない。流石だ。

褒めてはいない。情熱があらぬ方向を向いているのだから、褒めようがない。

 

「お、おはよう桜小路さんっ。こんな所で奇遇だねっ」

 

 後藤は桜小路の横に近づき、少々緊張気味に声をかけた。

 同じ学校に通っていて、同じ通学路を使っているのに奇遇というのもどうなのかとも考えたが、口には出さない。

 自分が無粋なのは分かっているが、後藤の努力を無にする程ではない。

 

「………………ああ、後藤くん。おはようございます」

 

 猫を見て一瞬返事をするか逡巡し、彼女はいつも通り笑顔で後藤に応対した。

 かなりの猫好きとはいえ、クラスメイトを無視するのは憚られたのだろう。それを好印象と受け取ったのか、後藤の表情は一層明るくなった。

 

「いやぁ、こんな寒い中猫がいるなんて驚きだねっ」

「ええ、そうですね。きっと餌に釣られて出てきたんでしょう」

 

「そうかもねっ、あ、桜小路さんは猫好きなのっ?」

「ええ、とても。この気ままな姿が良いんです」

 

「そ、そうなんだっ」

「………………」

 

 後藤気づけ。彼女はお前に興味を持っていない。

 後藤が話しかけている間にも、視線は猫を追っている。返答は極めて真っ当な分、何か感情を寄せている様子も見られない。

 後藤が緊張しているのを気にした風ではない。気にならないのではなく、本当に気にしていないだけだった。

 気にするほど、後藤を重要視していないだけ。

 

「衛宮くんも、おはようございます。お二人は学校以外でも一緒にいるんですね」

 

 実際後藤との会話に少し嫌気が差したのか、曲がりなりにも同席しているクラスメイトを無視するのを気にしてなのか。

 どちらもあり得そうだが、桜小路は朗らかに自分にも挨拶してくる。

 自分もそれに、軽く会釈をして口を開いた。

 

「たまたまだ。自分はさっさと学校に向かいたいが、後藤がしつこいからな」

「ちょ衛宮⁉」

 

 自分の言葉に後藤が悲鳴にも近い抗議の声を上げるが無視する。

 付き合ってやっているのだから、これくらいの意趣返しは許してほしい。

 自分達のこれを談笑と思ったのか、桜小路がこちらに向ける表情は実に穏やかだ。

 

「ふふっ、あんまり話したわけじゃないけど、ちょっと衛宮くんらしいですね」

「自分らしい、か?」

「ええ。そういう真面目な感じは、衛宮くんらしいと思います」

 

 顔を綻ばせる桜小路の言葉に、自分はちょっと首を傾げた。

 〝自分らしい〟が何なのか自分は分かっていないし、自分が真面目であると思った事もなかったからだ。

 ……いや、少なくとも後藤よりは真面目だが。

 

「褒め言葉として受け取っておく。それより桜小路、のんびりしていて大丈夫か? 時間に余裕があるとはいえ、ここは寒いだろう?

 猫が好きなのは結構だが、長居していい場所ではないと思うが」

「………………」

 

 急に、桜小路は口を噤んだ。目を見開き、驚いたように表情は固まっている。

 いや、ちょっと待て。何故そこで意外そうな顔をするんだ?

 

「あ、いえ、すいません」

 

 考えが顔に出ていたのか、彼女は慌てて居住まいを正す。

 

「衛宮くんは、あんまり他人の事を気にしない人なのかなと思っていたので……気遣ってくれたのが、少し意外で、」

 

 ――ああ、なるほど。

 確かに転校してきた彼女を、クラスメイト一同で構い倒していた中、自分は事務的な事以外で話しかけなかった。

 彼女個人を嫌ってというわけではない。しつこく話しかける程の事ではない、と思っていたからだ。

 それが、『人に興味がない』ように見えたのだろう。文句は言えないし、言うつもりもない。

 

「興味とまでは言わないが、関心がない訳じゃない。曲りなりにもクラスメイトだ。体が冷えるのを心配くらいはするだろう?」

「それはそうかもしれませんけど……すいません、もしかして気に触りました?」

「いいや、ちょっと新鮮だっただけだ」

 

 自分の性格を指摘するのは、いつも慎二さんか後藤くらいなものだった。

 強烈な皮肉を込めた批判と、呆れが混じった助言という違いはあるものの、内面まで含めた深い話をするのは二人だけ。

 別に困る事はなかったし、今も性格を変える程ではないと思っているが……今後は意識してみても良いかもしれない。

 

「それじゃあ、衛宮くんから助言です。せっかくなので、素直に従ってみます」

 

 そう言うと、桜小路は座っていて若干皺になったコートを整える。

 どうやら猫への興味は、一旦諦めが付いたらしい。

 

「それじゃあ、また教室で。衛宮くんも、後藤くんも」

「え、あ、桜小路さん俺も一緒に、」

「ああ、またな桜小路」

 

 後藤が引き留めようとするのを止めながら返事をする。

 わざわざ学校に行く人間を止める必要はない。恋愛感情のみが理由なら、猶更だ。

 自分達のその仕草がよほど面白かったのか、また少し頬を緩ませると、桜小路はそのまま学校に向かって歩き始めた。

 

「桜小路凪子、か」

 

 言い方は悪いかもしれないが、少々気になるクラスメイトくらいの認識でしかない彼女が、話してみると意外と興味深かった。

 自分とは違う価値観や見方を持っている人間と話す事は、悪い事ではないらしい。これからは、少しこちらから話しかけても良いかもしれない。

 このような事を考えるのは、自分でも意外ではあるが。しかし、

 

「……え〜み〜や〜!

 なんで先に行かせちゃうんだよ‼ つうか、なんで俺よりもお前のほうが仲良く話せてんだよ⁉ タラシか⁉ 興味がないと見せかけて、実はタラシなのか衛宮⁉」

 

 それよりも、今はこの面倒な友人の対応に注力しなければいけない。

 溜息を吐きながらも、自分は結局道すがら、後藤を宥め賺す事になったのだった。

 

 

 

 

 

 




次話は明日の同じ時間に投稿します。
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