――ティルフィング。
三度の勝利と栄光を与える代わりに、持ち主に必ず破滅を送る魔の剣。
古の王が二人の妖精に造らせたそれは、血族の中で脈々を受け継がれた。
願いを叶えながら。
破滅を招きながら。
実に六人の持ち主を渡り歩き、最後の持ち主と共に姿を消した。
宝具、言わば伝承の武具とはその英雄を体現するものの一つだ。神話によって原点はあるが、所有者を渡り歩く武具は珍しい。
つまり、このティルフィングという宝具を持っている英霊は六人いる、と言っても良い。
この宝具そのものを触媒にして召喚を行うなら、狙った英雄を呼び出すのは難しいだろう。
……いいや、今そこは重要ではないな。
「今は……セイバーについてだ」
自分は一人で呟く。
無意識にだが、声は小さくなった。場所の事を意識してだから、だろうか。
視線を周囲に彷徨わせると、図書館に人は少なかった。
普通の学生でも携帯端末を持ち、インターネットに気軽に接続できるようになった昨今では、本を直接読んで調べ物をする者など少なくなってきているのだろう。
見かけるのは既に仕事を引退したご老体か、小学生くらいの子どもくらいだ。
……いや、良いのだ。
いくら後藤や慎二さんから、携帯電話くらい持てと言われようが、自分が電子機器の使用に向いてなかろうが。
本があれば、調べ物としては十分だ。
自分は誰に言い訳するでも無くそう思いながら、手元の本に再び目を落とす。
タイトルは、『北欧神話全集』とある。
自分は伝承などに詳しくはないので、ここまで探すのには少し苦労したが、それでも見つけた。
「魔剣、か」
文字をなぞりながら呟く。
天真爛漫、自由気儘を絵に描いたような、明るいセイバー。彼女との繋がりを、ここまで感じない言葉があるだろうか。
――しかし、あれは確かに魔剣だった。
感じる魔力の性質、人を傷つけるという指向性を持った呪いの塊。
人を脅かす、魔の剣とはああいう物の事を言うのだろう。
……調べるべきではないとは、思っている。思考や記憶を守る術を持っていないのだと、自分で決断したのだから。
だが、
「自分ばかり頼っていても仕方がない、か」
彼女に話しているのは自分の事ばかりだ。
今のセイバーとの関係性を、――少なくとも戦闘面以外では――対等にしたいのであれば、彼女の思想や考えも飲み込まなければいけない。
飲み込む以上、背景は知っていなければいけない、と思ったのだ。
だから、このような場所でコソコソ調べ物に勤しんでいる。
「……とはいえ、だな」
目の前で開かれている本のページを捲る。
宝具という大きな糸口を手に入れたところで、ハッキリとした答えを手に入れていないのが現状だ。
何せ、かの魔剣の持ち主は六人。
殆どが男性だが、素性を隠していた等という可能性だって見過ごせない以上、否定は出来ない。
少なくとも剣を持っている以上この中の誰かなのは分かっても、明確にこの人だと断言できない。
断言できない以上、推察も出来ない。
同じ魔剣を有したというだけであり、六人の個性や歩んできた道は大きく異なる。当て推量で喋るわけにもいかない。
あまり良い事をしている訳でもないのだ、さらに墓穴を掘る訳にはいかない。
「――おべんきょう?」
不意な幼い声に、顔を上げる。
自分が座っているすぐ横で、本を覗き込んでいる人影があった。
黒髪の少女。
日に当たる事が多くないのだろう、少し大きすぎる服から出ている手や顔は、体調を心配してしまう程白い。
しかし、その目は好奇心に染まっている。
自分よりも年上の人間が読んでいる本は、興味をそそるのに充分なものなのだろう。つい先ほどまで、近くにこんな子どもはいなかった筈だ。
自分が集中し過ぎていたのか、彼女がサーヴァント並みの気配遮断の能力でも持っているのだろうか。
……いいや、子どもの無軌道な行動を察する等不可能だろう。
「ねぇ、おべんきょうしてるの?」
こちらの困惑は一切気にしていない様子だ。彼女はこちらを痛い程真っ直ぐ見つめながら、自分の返答を待つ。
周囲を一瞬見渡す。
保護者らしき人物は見当たらない。彼女一人で来たのか、たまたま一人で来たのか。
少し考えたが、それも止めた。
考えたところで、この状況を打破する手段はない。
「――、ああ、ある意味ではそうだ」
声に少し緊張が混じっているのを自覚しながらも、言葉を淀ませる事はしない。
子どもには、依然怖がられたばかりだ。そんな中、こんな公共施設で不審がられたら、それこそ自分の立場を危うくする。
流石に自分が悪くないのに、不審者扱いは困る。
「ふーん、むずかしそう、」
あちらから聞いてきた割に、興味は無さそうだ。
不思議そうにページを捲る姿は、本に慣れていない様子が伺える。
見てみると、年齢は……想像でしかないが、小学校低学年くらいか。そもそも、本を日常的に読む訳ではないのだろう。
「ああ、確かに難しいかもしれないな、」
何だったら、あっちに絵本コーナーがあるぞ。
等と気の利いた事を言えたなら、どれほど良かっただろう。
しかしそんなコミュニケーション技術を持ち合わせてはいないし、そもそも次の言葉は、
「――おにいさんは、こうこうせい?」
彼女からの追い打ちで遮られた。
……まぁ、うん、そうだろうな。
制服を着ているのはこの図書館で自分くらいだ。興味を惹くのは当然だな。
「ああ、この近くにある穂群原学園だ。知っているか?」
「ううん、しらない」
再び、そうだろうなと心の中で納得する。
「ねぇ、おにいさん、がっこうって、たのしい?」
「……ああ、そうだな、楽しい、と思う」
「おもう?」
「――いいや、楽しい」
彼女に再度問い詰められて、初めて断言する。
退屈で、難しい所もあるが、学校そのものが嫌だと思った事はない。
友人である後藤もいる。三綴先生を始めとした教師陣も嫌いではない。
「――そっか、いいなぁ」
そんな自分の言葉に、彼女の言葉は端的だった。
端的だったが、同時に深かった。
……もしかしたら、何か事情があるのかもしれない。顔色から感じたように、もしかしたら学校にいけない程の病気なのかもしれない。
どのような言葉を伝えれば良いのだろう。
そう思いながらゆっくりと口を開け、
「――ここにいたのか」
再び、不意の言葉に留められる。
読んでいただいてありがとうございます。
次回の更新は、6/14㈰に行います。
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