――そこに立っていたのは、随分、図書館という場所が似合わない男だった。
黒いスラックスと黒いタートルネックに、その暗い服装に相反する真っ白な白衣を着ている。
少し無精さを感じさせる髪型と眼鏡、その奥にある偏屈そうな鋭い目線は、どこかの研究者か、化学の教諭を思わせる。
「――せんせい、いたんだ。どこにいってたの?」
「それはこちらの台詞だ」
少女の素朴な言葉に、男は小さく溜息を吐く。
「ウロウロするなと言った筈だ。ここはそう広くないが、君は地図が読めないだろう? はぐれれば二度と再会が叶わないところだぞ」
耳朶を打つ声は落ち着いたものだが、言葉は随分皮肉気だ。
子どもに話しかける口調ではないが、少女は気にしている素振りを見せなかった。
「そういいながら、せんせいは、みつけてくれるから」
「……それはそうだが、それにしてもだ。
そもそも、――知らない人近づいてはいけないと、言っておいただろう」
男はそう言うと、こちらに視線を送る。警戒心を隠しもしない。
……まぁ、どういう立場かはさておき、面識のない人間の傍にいれば警戒は当然だろう。
「すいません、この子に話しかけられて、つい話をしてしまいました」
「――ああ、いや、気にしないでくれ。こちらも不躾に見てすまないな。
この子は少々警戒心が薄い。こちらも、少々気を張っているんだ」
男の抑揚は、その優し気な言葉に反して乏しい。
まるで書かれた台本をそのまま読んでいるかのように、感情が読み取りづらい。
「いいえ、気にしません。子どもを守る立場にあるならば、当然のことと思います」
自分がそう言うと、男は少し顰める。
「守る……ああ、そうだな。確かに守る立場だ。
それはそうと、邪魔したのは申し訳なかった……何か、勉学の最中だったようだが、」
視線は、今度は自分の前にある机の上に注がれる。
「まぁ、そのようなものです」
「ふむ……電子機器が普及している中で、このような象牙の塔に籠るとは、今時珍しいじゃないか」
象牙の塔とは、随分持って回った言い方だ。
だが、違和感を抱かせないのも不思議なものだ。彼の学者然とした雰囲気が、そうさせるのだろうか。
「どうにも、自分は電子機器と相性が悪いようで。
操作に四苦八苦するばかりで、内容が頭に入ってこないので」
「ほう……それはまた、興味深いな」
「……からかっていますか?」
男の言葉に、今度はこちらの方が眉を顰めてしまう。
「いいや、すまない、言い方が悪かったな。このような時代でも、そういう人間がいるのかと言う、純粋な感想だ。
僕も同意見だ。あの表面に流れているだけのモノを読み取れないのは、同感だ。
――君は、自分で思っているより面白い人間だぞ?」
……なんだろう。
褒められているというより、実験対象を観察した結果のような言葉に感じる。
自分の戸惑いを感じ取ったのだろう、そこでようやく、男の顔に笑みが浮かぶ。
破顔とは言い切れない微妙な違いだったが、そこには邪なものは一切含まれていない。
「重ねてすまない、少し喋り過ぎたな。
君らの邪魔をするのもなんだ。また機会があれば、挨拶くらいはさせて貰うよ」
そう言うと、男は振り返り、そっと少女の肩を抱き、歩みを促す。
「さぁ、そろそろ帰るぞ」
「でも、せんせい、」
「これ以上邪魔をするのは良くない……帰り道に甘味でも買おう」
「……あいす?」
「ああ、アイスだ」
「じゃあ、いい」
それだけを言うと、少女の足取りは軽快になる。こちらの返事も待たず、静かに、だが素早く自分の傍を後にする。
「……なんだったんだ、あれは」
静かだったが、表現するなら嵐にも等しい。
こちらを掻き乱すだけ掻き乱して、騒然と去っていく……しかし、邪魔をされたとも思えない。
予想できない関係性も込みで、不思議な二人だった。
「……ん?」
そこでふと、疑問が浮かぶ。
今、男の方は君〝ら〟と言わなかっただろうか。
いや、彼と言う事は間違いではないが、自分は一人の筈で、
「――調べ物は終わった? マスター」
「……ある程度はな」
自分は素早く本の表紙を伏せながら、聞きなれた声に返事をする。
その言葉に彼女は、ふぅん、と返事をするだけだった。そのままゆっくりとした動作で目の前に座った。
「まぁ、別に良いわ。気になるのは否定しないし、知らないのは良いわって言ったのは、私からだしねぇ。
でも、わざわざコッソリ隠れて調べなくっても良いのに」
責めるような様子はない。
むしろ平然としている風に見せかけて、口元に意地の悪そうな笑みが浮かんでいるのを、自分は見逃さなかった。
「……勘弁してくれよ、セイバー。
『気になったから教えてくれないか?』なんて子ども染みた訊き方が、出来るわけないだろう」
「気持ちは分からない訳じゃないけどねぇ、男の子ってどうしてそうなのかしら。変な矜持で問題が解決するとは思えないけどねぇ」
「……その割に、随分楽しそうだな」
「あら、バレちゃった?」
自分の言葉に、セイバーはようやく笑みを画するのを止めて、クスクスと楽し気に声を上げた。
それでも抑えているのは、場所柄だろう。
もし許されるなら彼女の事だ、きっと腹を抱えて笑っていたに違いない。
「フフ、いつもの貴方らしくない姿が見れておも――嬉しかったから、ついね」
おい、今面白いと言いかけなかったか?
自分はそう突っ込む前に、セイバーは言葉を続ける。
「で? さっきの人達は? 知り合い?」
「……いいや、先ほど子どもの方に話しかけられてな。ちょっと話しただけだ。
正直、なんであそこまで会話したのか分からないが……不思議な人達だったよ」
不思議。
何度も安易に使ってしまってはいるが、実際そう思ってしまうんだからしょうがない。
纏っている雰囲気も、姿勢も、発言も。
全てが多くの大衆が持っているソレとは違うものであり、かと言って明確に違いを説明出来ない。
不思議――だが、何が不思議なのか分からない。
「ふぅん、そっか……まぁ良いんじゃない? 貴方を害そうとしているわけではないようだったし」
イヤに、含みがある言い方だ。
「そんなの、当然だろう? 普通は、他人を害そうと思わない」
「その〝普通〟ってものに、私達が当て嵌まると思ってるの?」
「………………」
二の句が継げない。
言葉が続かない理由を、セイバーが引き継ぐ。
「私達は戦争の真っ最中。ライダーは倒せたけど、敵は最大で……ううん、最悪で残り六組。
アーチャーとナギコを除いても五組……その全員が分かりやすく挑んでくるとは、限らないんじゃない?」
暗殺、騙し討ち、言葉巧みに近づいてくる。
勝利を求め、手段を選ばなければ、どんな方法だ立ってあり得るのだから。
「……そうだな、気が緩んでいたようだ」
「え? イヤイヤ全然? むしろトウタが気ぃ緩ませてるとこ見てみたいくらいだわ。
言ったでしょ? 害意は無かったって」
セイバーは自分の目の前に置かれた本を、何の気もなく流し見ながら呟く。
「
その言葉はどういう意味なのか、訊き出す気にはならなかった。
読んでいただいてありがとうございます。
次回の更新は6/28㈰の17時ごろになります。