Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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02 不明な剣と不明な術 C

 

 

 

 

 

「――それで?」

 

 夕暮れと呼ぶには、まだ早い時間。空には茜が混ざりはじめ、道に微かな彩りを着けはじめた頃合いだ。

 

 昼から夜へ。

 日常から非日常へ。

 

 変貌の予兆を感じさせる中を歩く白衣の男は、手を繋いでいる少女にそう聞いた。

 ややぶっきらぼうに聞こえるが、彼を知っている人間からすれば、悪意がないと解る声色で。

 

「どうだった? 彼を間近で観察してみて」

 

 少女はそれに、少し考えこんでから答える。

 

 

「――〝ふしぎ〟」

 

 

 端的な言葉だけを返す。

 

「……いいや、違う。そうじゃないだろう」

 

 男は溜息を零す。

 呆れの色よりも、どちらかと言えば疲れの様なモノを滲ませて。

 

「君の言語野が発達していないのは、既に承知しているが、もっと努力は示してほしい。

 解読するにしろ、取っ掛かりというのは必要だ」

 

 男の言葉に、少女は更に考え込む。

 頭の中にある数少ない言語を引っ張り出し、慎重に子土馬を選んでいく。

 

「――かれは、〝まじゅつし〟じゃない」

 

 彼女の目は、ひどく冷静だ。

 

「まじゅつは、しってるとおもう。つかえると、おもう。

 でも、ちがう。〝まじゅつし〟じゃない」

 

「……なるほど、やはりそうか。

 妙だとは思ったんだ。彼からは、神秘の徒たる警戒心も、敵愾心も、何も感じなかったからな」

 

 魔術師には、自負と意地がある。

 

 自分が、あるいは自分の血統が、世界の真理を探究し続けているという矜持。

 そしてそれを、どこかの匹夫に掠め取られはしないかという恐怖。

 歴史を重ねれば重ねる程、魔術師には、魔術師の血にはそれが染み着く。それは、男もイヤと言う程心得るところだ。

 

 しかしそれが青年――衛宮藤汰にはなかった。

 

「つまり彼は、魔術をそうと知らずに継承してきた不完全な家系か、あるいは最近になって他の魔術師に見出されたか……。

 どちらにしろ魔術的側面で、こちらが遅れを取る事はない、という認識で良いだろう」

 

「うん、ない……けど、」

 

 少女はそこで、言葉を一度止める。

 目には鋭さはない。だが確かに、何かを見透かす聡明さがあった。

 

「あのひとは、ふつうじゃない。

 たぶん、たたかうひと」

 

 たたかうひと。戦闘を生業にする、一種のプロ。

 そう言いたいのだろう、と男は即座に答えを出した。

 

「……その根拠は、説明できるか?

 こういってはなんだが、そのような感覚は僕には分からないんだ。出来れば理論的に言語化してほしい」

 

 

 

「あのひと、ゆだんしてなかった。

 せんせいにも……わたしにも」

 

 

 

「……なるほど、それは不思議で、普通ではないな」

 

 たった数語の言葉だったが、男に疑う様子はなかった。ただほんの少しだけ、眼光を鋭くさせるだけだった。

 

 油断をしない人間……そんな人間は、多くない。

 

 特に相手が子ども等、自分よりあからさまに弱い存在、劣っている存在に見えれば猶更だろう。

 そんな相手には油断するし――舐めてかかるものだ、大なり小なり。

 だからこそ、一見弱い相手を前にして油断をしていないというのは、それだけで十分異常だ。

 

 本能に近い部分の思考を、戦場の意思で捻じ伏せる。

 

 訓練や修行といった特殊な手法で刷り込まれるこれらは、生半可な事で体得できるものではない。

 少なくとも、一介の学生が身に着けられるものではない。

 

「つまり、こちらも油断するべきではない、という事だな……理解していなかった訳ではないが、こうなって来るといよいよ簡単にはいかないな」

 

 男の表情は、絶望を通り過ぎて諦めの境地に達している。

 その表情を覗き込んで、少女は無表情で小首を傾げる。

 

「……せんせいでも、むり?」

「無理だ」

 

 男の返事は素早く、ハッキリしていて、恥も何も感じさせない程堂々としていた。

 

「僕達は、弱い。数ある陣営の中で最弱と言っても良い。君にしても僕にしても、手札を出したところで彼らの足元にも及ばないだろう。

 彼女をちゃんと見ていたか? 『腐っても鯛』とはこの国の言葉だったか……流石、最優のクラスに滑り込んだだけはある」

 

 男の脳裏には、藤汰の後ろに立っていた女性――セイバーを思い出す。

 戦闘能力は、恐らく高くはないのだろう。少なくとも、男が感じた魔力量は破格ではあったものの、それはあくまで普通の人間と比較して、である。

 魔力で身体を構成しているサーヴァントとしては、非常に小さいモノだった。

 

 ――それでも、男は彼女と正面から戦う気にはなれなかった。

 

 少女流に言えば、『油断がない』どころか『警戒心なく警戒』していた状態だったのだろう。

 もしこちらが攻勢に出ていたならば、気付いた時には頭と胴が離れていたに違いないと、確信できる。

 

「……じゃあ、ごうかく?」

「――いいや、勘違いしないでくれ、フロイライン」

 

 男は頭を振る。

 

「僕は人に合否を与えられるような、高尚な立場ではないよ」

 

 その口調と表情は、ひどく自虐的だ。

 自分の過去を一瞬で振り返り、後悔するような深く暗い色合いに染まっている。

 少女はそれに、何も言わない。

 

 彼女に、慰める等という機能は存在しない。

 彼女に、その必要性はない。

 彼女は、そのように造られていない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)のだから。

 

「……だが、どちらにしろまだ見たい部分はある」

 

 男は自分で気持ちを持ち直すと、言葉を続ける。

 

「精神的には頼れる存在かもしれないが、戦力として頼れる存在とは限らないからね」

 

「――じゃあ、ヤる?」

「――ああ、そうなるな。君達(﹅﹅)には苦労を掛けるが」

 

 その言葉に、少女は動じない。

 

 そのような機能は存在しないから。

 そのような必要性が無いから。

 そのように造られていないから。

 

 だから表情は乏しいまま、言葉を続ける。

 

 

 

「――さんだんアイスでいい」

 

 

 

 白衣の男は一瞬だけ目を見開くが、直ぐに表情が崩れる。

 どこか微笑ましさを含んだその表情は、先程よりもずっと人間らしく見える。

 

 

「――夕食を食べられるなら、良いだろう」

「だいじょうぶ、よゆー」

 

 

 心なしか無表情な彼女の顔に、喜色が見えた気がした。

 

 

 

 

 







読んでいただいてありがとうございます。
次回の更新は、7/7㈰の17時ごろを予定しています。
よろしくお願いいたします。


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