「――ねぇ、アーチャー。私はこう思うの」
「ああ、なんだマスター」
「緊張感、というのは非常に大事だなと。
過度なものは良くはない、とは思うわ。大は小を兼ねる、なんて諺あるけども、過ぎたるは猶及ばざるが如しも事実。
でも、必要最低限ってあるじゃない? 特にいつ、誰から襲われてもおかしくないこの状右京なんだもの。警戒はして足りない、なんて事ないわ」
「……ああ、同感だな」
「ええ、
――ねぇ、聞こえてます?」
「ん? ああ、そうだな……味噌汁、いるか?」
「要りません! それに話を聞いてください!」
自分の言葉に、先程までアーチャーに滔々と語っていた桜小路が絶叫する。
「あー、桜小路。何に怒っているのか分からないが、夜中に大声は近所迷惑になるから、やめておいた方が良い」
「ねぇ、アーチャー。ここまで堂々と皮肉っている筈なのに、解っていないってどういう事? 私がおかしいの?」
「……マスター。もう彼らのマイペースさに惑わされない方が良い。君が付かれるだけだ」
怒る桜小路、呆れるアーチャー。
「その……すまない」
自分は謝りながら、セイバーの分の味噌汁をカップに注ぐ。
ここは、未遠川の付近に隣接している公園だ。
普段は人々の憩いの場所だが、現在は闇に包まれ少し不気味さすら感じられるだろう。
もっとも、それも自分達が賑やかしているのだから、少し薄まってはいる。
同時にここは、自分達とライダーが対決した場所でもある。
普通であれば、原因不明の事故として報道され、封鎖され、警察などの関係各所が殺到していてもおかしくない場所だ。
しかし、そんな気配は何処にもない。
宝具二つが放たれた場所にしては、あまりにも整然としていた。
熱で溶かされたアスファルトも、抉られた大穴もそこには存在しない。何もなかったかのように道は整えられ、焦げすらも残っていない。
ここ何日かニュースを注視していたが、事件になるどころか、ニュースで報道される事すらなかった。
戦闘跡は既に消え、普段と同じような景色が広がっている。警察どころか、規制線すら張られていない。
「まるで、何もなかったようだな」
「っ、……そりゃ、何もない、って事にしないと困るでしょ?」
そう言ったのは、今自分が作ったおにぎりを、ようやく長い咀嚼から飲み下したセイバーだった。
「私は会ってないけど、神父って名乗っていた男の仕業でしょ? 少なくとも、こんな大事を誤魔化せるのは、事情を知っている組織力がある人間だけでしょ」
「……なるほど。それはそうかもしれないな。」
どこか不可思議に感じていた状況に、少し納得する。
監督役であるあの神父が、何か手配したのだろう。
神秘の秘匿は絶対だ。
それは魔術集団である魔術協会も、神を崇める聖堂教会も変わらない、というところだろう。
そもそも、何百年と続いている戦争が一般人どころか魔術師達にすら噂程度にしか囁かれないのだ。尋常でない秘匿工作が為されているのも納得だ。
「……いや、だから、そういう話じゃないんです。
衛宮くん、セイバーさん……こんな所で、のんびりピクニックをしている場合じゃないってのは、解っていますか?」
怒りはもう飛び越えたのだろう。少し疲れたように、桜小路が端的に状況を説明してくれる。
集合して、ここに来るまでに小一時間だろう。
目的は街を探索し、未だに姿を見せない他サーヴァントを見つける事。
――なのだが公園について数分後には、芝生上で、今自分達はシートを広げ、夜食を食べ始めていた。
……まぁ、座り込んでいるのは自分とセイバーだけで、桜小路とアーチャーはその横で佇んでいる。
セイバーは今、のんびりと自分の作った夜食を食べている。
リクエストで作った、昆布と鮭のおにぎりだ。外国出身のセイバーにしては、だいぶ渋いリクエストだったが、手間のかかる具でなかったのは幸いだ。
「と、言われてもな……自分はセイバーからの依頼に答えただけなんだが」
「いえ、そんな普通の事みたいに答えないでほしいんですけど……じゃあ、セイバーさんはなんで、こんな場で食事の希望なんて出したんですか?
サーヴァントには食事は必要ないと思いますが?」
「あら、決まってるじゃない。活力の為よ」
桜小路の言葉に、セイバーはさも当然のように答える。
「そりゃあ、サーヴァントに食事は必要ない。魔力で構成されているんだもの、維持するのに必要なモノは魔力であってカロリーじゃないわ。
でも、心はそうもいかないじゃない? 生き残ろうするなら、生きるっていう自覚が必要だもの。
生きるって行動の中で最もそれを実感させるのは、食事に決まってるじゃない?」
「……腹が減っては戦が出来ぬ、という事か?」
「そうそう、正論でしょ?」
「――いや、正論だけど、正当じゃないでしょ!
今ここで必要なモノではないでしょ⁉」
桜小路の絶叫が、人のいない公園に響く。
いつも冷静で丁寧な桜小路にしては珍しい姿だ。
「えっと……大丈夫か?」
「……いいえ、全然大丈夫じゃありません。いえ、流石に冷静にはなりましたが、」
叫んだ所為だろうか。肩で息をする桜小路に、少し自分も冷静になる。
自分も自然と納得してしまったが、もう一度考えてみたらこの状況は可笑しい。
深夜の公園で、いつ戦いが起こってもおかしくない状況で、いったい何をしているんだ自分は。
「……セイバー、あまり私のマスターと、自分のマスターを揶揄うものではないよ。
あくまで悪意が無いからこそ強くは言わないが、スキルの悪用にもなっているからな」
「アハハ、ごめんごめん」
セイバーはアーチャーの呆れるような忠告も、笑って済ます。
「だって、二人とも結構素直なんだもん。なんか可愛くなっちゃって」
随分茶目っ気がある言い回しだが、かなりの事をしているのではないか。
そう思ったが、そこで特に口に出す事はなかった。そもそも、彼女のこのような行動は、自分にとっては珍しい事ではない。
……本当に、話術Bの無駄遣いのような気もするが。
「まったく、このような場所で強襲されたらどうするつもりなんです? 貴方達がどうなろうとそちらの問題ですが、こちらに被害が来る可能性があるんですから、」
「――う~ん、その心配はないんじゃないかなぁ?」
セイバーの一言で、空気が止まる。
「………………」
自分はその気配を感じながら、少し手元を片付け始める。
「……どういう意味です?」
「ん、言葉通りの意味よ。アーチャーも気付いているから霊体化解いてるんじゃないのかしら?」
「――アーチャー?」
「………………」
アーチャーは何も答えない。
ただ、手元に弓を出現させ、そっとその弦に指を添える。
言葉よりも、ずっと有言な行動だった。
「ん、やっぱそうよねぇ。私が気付いて、貴方が気付いてない筈ないもの。
……さっきから、こっちを見てる気配がある」
軽く服を払いながら、セイバーは立ち上がる。
既に彼女が纏う気配は変わっていた。
先程までの緩和したものではない、こちらの皮膚を炙るような緊張の気配に。
「様子を見ているって事は、様子見の可能性が高いわね。
ここまで油断している姿を見せるのに襲ってこないって事は、何か理由があるのか、何か能力に関係して来るのか。
どちらにしろ、ここまで隠れるのが下手って事は、
「――まさか、そこまで分かっていてわざと油断する姿を見せていたというのですか?」
「え、ううん。
夜食は普通に食べたかっただけだけど?」
「……………………………………………………………………………………」
「マスター、ここは堪えてくれ」
桜小路から怒気が放たれるが、アーチャーは少し彼女を庇うように立ち位置を変える。
「うん、そうね、お喋りはここまで。
そろそろ、来そうだから」
その言葉をきっかけにしたように、重い着地音と振動が自分達に届いた。