だが当時としては異様な大きさを誇った生物が地表にはいたという。
彼らはそこにいた。
動けない体に思考能力を持って生まれた。
細菌が鞭毛をモーターのように動かして、まるで機械のようになっているみたいに彼らもあるとないを組み合わせた機械のような思考方法を持っていた。
小さな彼らは少しずつ大きくなっていくにつれてその思考が少しずつ鮮明により多くのことを考えられることに気づいた。
いや、気づくという思考ができるほどの
外の世界を知るすべを持たない彼らは知る由のないことだが大きくなった彼らは直径1メートル高さ8メートルほどの大きさになっていた。
彼らは思考し続けた。思考し続けようと思ってしているのではない。生理現象として心臓や肺が勝手に動くように思考を続けさせられていた。
感覚器官も動かす体も無かった彼らはただひたすらに少しずつ広く、速く、大きくなっていくそれに気づき続けていた。
何も刺激がなく、ただ理性のみを備えた彼らはそれしか考えることができなかった。
その増え方が完全に分かりきってきてもなお考え続けた。気づく前から予測が出来て予定通りに進んでもなおそれしか考えられなかった。
当然のことだ。彼らはそれしか知らないのだから。彼らが認知している世界は少しずつ増えていく思考だけなのだ。
ただそれが増えたという事しか知り得ないから増えた思考をその感知の為だけに、ただそれが増えたと考える為だけに費やしていく。
そうして、幾ばくかの時間が過ぎた後に彼らにとって驚嘆すべき事が起こったのだ。もっともその時の彼らにそのような感情があったかどうかは別として。
そんな事は置いておいて彼らにとって驚嘆すべき事とは彼らの予測を超え大幅に思考が増えたということだ。それもただ気づいたというだけのそれではなく複雑な何かをしている彼ら以外の思考である。
それが何を意味しているのか、全くもって彼らには分からなかった。分からないという思考すら彼らにはできなかった。
ただそのような、思考にすらならない何かを彼らは感じた。
その複雑な思考について彼らはこれまで通りに気づき続けることにした。いや、それしかできなかったというのが正しいのかもしれない。
彼ら以外の思考はいくつかのパターンで思考していた。それも何か画像を思い浮かべながらである。彼らは文字通り見たことがないその画像に驚嘆した。もっとも見てはいないのだが。
その画像はただの黒であったり赤であったり白であったりもし、その時々によっては二色合わせたものであったりした。
それは思考しか知らなかった彼らにとって初めて感じる視覚であった。
そして、彼らに新鮮な気持ちを与えた。彼らはその色と思考のパターンが一致していることに気づいた。彼らもその色を覚えそのパターンを発するようになった。
彼ら以外の思考もそれに合わせて色とパターンを発した。気づけば彼らと彼ら以外の思考は会話のようなことをしていた。
『貴方達はなに?』
と聞かれれば
『僕達も分からない』
と返す。それは彼らにとって未体験の全くもって新しい思考だった。常に予測できないことがこんなにも楽しい事であるかを彼らは知った。
そうして何度も会話を重ねていくうちに彼らは彼ら以外の思考についての予測が出来てしまうようになった。いや、あることについて気づいてしまったと言ってもいい。
彼らと彼ら以外の思考は繋がっていたのだ。
彼らにとって急激に思考能力が大きくなることは慣れていなかった。
だから彼らは急に増えたそれを扱いきれず、増えた分を感知はできても操ることが出来ずに彼ら以外の思考がしていたこと──つまりは色を思い浮かべ特定のパターンを発するという思考だ──をクセのように繰り返していただけなのだ。
恐らく彼ら以外の思考が本当に彼ら以外の思考であったのは最初のほんの僅かな時間だけであったのだろう。
要は彼らはただ一人芝居をしていたに過ぎなかったのである。
彼らは大いに悲しんだ。というよりはがっかりした。彼らは予測できない事が楽しかったというのに。予測できてしまう彼らと彼らの自問自答に過ぎなかったのだ。
彼らはもう一度彼ら以外の思考と会うことがあるのならば、こんな風に思考が同化しないようにしようと赤と黒を思い浮かべながら思った。
彼らは、彼ら以外の思考が彼らであると分かっても会話を続けた。たとえその答えが分かりきっているとしても、ただ思考能力が増えている事に気づいたということに気づき続けるよりはまだ退屈では無かった。
あくまで気づき続けるよりは退屈ではないというだけで彼らは彼らが彼ら以外の思考を彼らだと気づいていないときのほうが楽しかった。
それからまた幾ばくかの時間が経ち急に思考能力が広がったのが分かった。
彼らはそこで新しいものをまた見た。いや、見たのではない聞いたのだ。思考以外の音を。彼らはまた新鮮な気持ちになった。
彼らは極力気づかないようにしながら色を思い浮かべたり複雑なパターンを発したりした。
そうして彼ら以外の思考がどのような返答をしてくるのかを感知しようとした途端彼らはそれが彼ら自身であることに気づいてしまった。
彼らは彼ら以外の思考を彼ら以外の思考に保つことが出来なかった。彼らがどんなに頑張ろうと気づいてしまうのだ。
これは彼ら自身であると。
新しい彼らと出逢えば新しい何かが手に入るがすぐに同化してしまう。彼らの思考の中はどんどん豊かで色彩が溢れ音が鳴り響き臭いが漂い常に舌鼓を打ち感触で満たされていようと彼らは彼ら以外の思考を手に入れる事は出来なかった。
彼らは新しい彼らと出逢うことで得られる何かが好きではあったが大きくなり、思考能力が大幅に多くなった彼らはほんの数秒の内にそれを飽きるまで感じ尽くしてしまう。
彼らは自分たちと同じような思考を持って同化しない生物が現れることを祈った。
だが待てども待てども彼らは、彼らと同じような存在と巡り合うことしかなかった。
これは彼らの知らないことだが彼らの周りには彼らよりも小さい植物か苔か菌類かまだ地上に出たばかりの動物しかいなかった。
つまり彼らの望んだような彼らと同化せずに高度な思考ができる生物などいなかったのだ。仮に高度な思考が出来たとしてもどうやってそれを彼らに伝えるというのか。そのことで彼らを責めてもどうにもならない彼らは彼らとしか会ってこなかったのだから。
もしかしたら彼らのように思考を持ちながら彼らと同化せずに彼らに思考を伝えられる生物がいつか生まれるかもしれなかったがそれが何時になるというのか、彼らには予測できなかった。
彼らは予測できないことが楽しいのではなかったかとも思ったが今はその予測ができないということがとても辛かった。
結果的には彼らはそのいつかを待つというのはできなかった。何も知らずただ思考し続けるのならばできたかもしれないが、それにはもう嫌気が差していた。
彼らは自ら滅ぶことにした。
そうして彼らはただの物言わぬ化石となった。