R るび
B 傍点
目の前にたたずむ相手を見据える。
放たれている圧は静かながら暴力的で、あの桜のように死の気配に満ちている。
その瞳からは光がなく、ぼんやりとこちらを見つめている。しかし、それは ”生気がない” というわけではない。
深淵のような深く、昏い、どろどろとしたなにかをはらんだ眼。
その感情が本人のもので、俺に向かっているモノなのか、それとも桜のモノなのか。どちらにせよ、いつも以上につかみどころがない。
「あなたは、もう十分苦しんだ」
「それはどうかな。生きる苦労っていうのはそんなものだろう」
つかみどころがないような雰囲気をまとう彼女から、明らかな困惑、そして悲しみのような、複雑で渦を巻いた感情が顔を出す。
そして、絞り出すように声を出した。
「……なぜ、救いを拒むの?また、私を拒絶するつもり?」
圧力が増し、空気が軋む。指の間から除く瞳には明らかな殺意があった。
…どうにも、話し合えないようだ。
「拒絶?それは申し訳なかった、でもまだやることがあるんだ、俺が救われるにはいささか早いね」
それを聞いて、彼女は手で覆っていた顔をこちらに向け、言い放った。
「そう……でも、私はアナタを殺すわよ。しょうがないでしょう?」
「死は救いなんだから」
「ねぇ、伊織」
戦いが始まる。
数刻前。
冥界の結界が破られると同時に、ものすごい速度でこちらへと近づく気配が一つと、それを追いかけるようにもう一つの気配を感じ取る。
庭先で剣の鍛錬をしていた妖夢も気づいたようで、急いで屋敷を飛び出していった。
正直、今の妖夢ちゃんでは魔理沙ちゃんと互角、霊夢には触れることもできないだろう。しかし、格上との戦いは何にも代えがたい経験となる。
今の妖夢ちゃんに必要なことだ。
…霊夢が随分と殺気立っているから気を付けてくれるように祈っておこう。
それよりも、今気にすべきは桜のほうだ。
順調に春が集まり育ち、先ほどに比べて目で見ても分かるほどいつぼみが増え、いまにも花を開きそうになっている。
目を伏せていても頭の中に甘美な誘いをし、いざなわれる感覚。
甘ったるい花の蜜のような、はりつき、くらくらするようなのある感情……桜そのものの放つ濃密な死の気配、そして「意思」のようなもの。
こういった妖怪の放つ誘惑は、殺意などの負の感情を持つ人間と共鳴し、強く呼び寄せる。
精神が霊力によって保護されていて抵抗もできる霊夢なら、なんでか殺気立って居る今でも本人がそのままでいることを望まない限り大丈夫だとは思うが…念には念を入れよ、である。
それはそれとして。
実際におそらく、この桜は意思を持っている。
ただしそれは、人間のように感情と理性によって制御されるものではなく、自らの本能ーーー「成長」と「増殖」を求めるような、妖怪に近い。
つまり、この木は紛れもない「妖怪」であり、それすなわち、同時に人にとっての災害でもある。
紫いわく、何百年も前からあるものらしい。
ある屋敷の庭に、ずっと生えていた木。生まれた時からそうだったのか、あるいは何かあって変化して妖へと変貌したのか。
それは定かではない。
しかし、この木が確かに災害として多くの死人を生んだということは事実。
この木がかつて現世で咲いた時には紫の友達であった、生を操る権能を持つ一人の少女が自らの力と命をもって封印したという。
その時には、すでにその木によって人々は冥界へと誘われ、多くの犠牲があったそうだ。
しかし、ある一人の少女の力と犠牲をもって、その木は死んだーーーはずだった。
その木は少女による封印で木としての寿命を終え、枯果てたはずだった。
だが、その強い生への欲求、執着、そして持っていた強い「死」に関連する力によって木は冥界へと迷い込み、挙句再びその冥界へと根を下ろした。
そして、現世よりはるかに成長し、今では現世にすら影響を及ぼすほどに強大になってしまった。
今にも咲きそうになるつぼみは、鮮やかな色に薄い紫色の霧をまとい、見るものすべてを魅了する美しさを持つ。
それと矛盾するような感じられる邪悪さのかけらもない死そのもの。
これはあまり時間がなさそうだ。
本来は霊夢に一任するべきことだが、あくまで最悪の事態に備えておかねばならない。
紫は気づいてるのか知らないが、残念なことに冬眠していて期待できない。起きてみれば自分の箱庭がめちゃくちゃになっていれば、監督責任で俺は地獄にも冥界にも、天国どころか閻魔様にも会わせてもらえないだろう。
「それは嫌だな」
ぽつりとつぶやき、立ち上がって庭の先の桜を見据える。そして形を脳裏に焼き付け、目をつむり、手を合わせ、祈りのような所作をする。
そして、頭の中で木を包み込むような結界を想像する。
その想像した結果に、術式を組み込んでいく。結界術とはどれだけ術を洗練し組み込めるかによって結界の効力も強度も大きく変わるものだ。
たとえるなら、容量。一つの箱に多くのものを入れるにはそのものを畳んだり押しつぶしたりしてやればいい。
その容量の大きさは本人の技量と使う霊力の量によって変わる。そして使う容量はその術式の難易度、強度、洗練されている度合いによって大きく異なる。
身近な結界術の達人といえば、紫。
紫はどちらもとんでもない精度と妖力の大きさ、自らの能力であの世界の理も無視した事象を起こせる。
しかし俺はあまり霊力が大きくないから、練度を上げるか工夫をするしかない。
その手段の一つが、「結界内の把握」を正確にすることで、効率的に結界を張ること。
桜と屋敷を鮮明にイメージし、屋敷を包むように結界を張る。
その結界の効果は、外と中の断絶。
薄い透明な膜がを中心として広がり、巨大な桜と屋敷を包む。
ぱちぱち。
「お見事」
後ろから手をたたく音ととともに声をかけられる。
西行寺様だ。
この人が結界張れば俺は楽できたのに、と一瞬思ったが桜を割かせる邪魔になるようなことを率先してするわけがないと思い立ち、頭を振る。
西行寺様は俺の隣に歩み寄ると、その場に座り込む。
「妹ちゃんが来るまで、少し話さない?」
「是非」
おとなしく俺も隣に座る。
「お茶がなくてごめんなさい、妖夢も出払ってるし、客人に入れさせるわけにはね」
「構いませんよ。それに、欲しいのはお茶ではなくお菓子のほうでしょう」
「あら、ばれてた」
からからと楽しげに笑う。
なんだかからかわれているような気がするが、これはからかうのが楽しいのか純粋に楽しんでいるのかどちらか。
相変わらず読めない人だが、人をからかうのは大好きなのでなかなかにたちが悪い。しかもしばらく同じことでいじられるせいで、なかなかに敏感になってしまっている。
「そんなに勘繰らないで?まだまだからかってないじゃない。」
「日頃の行いですよ。」
「そんなに悪かったかしら?私、最近は何もしてないわよ」
とぼけたような顔でこちらを見るが、その目は明らかに笑っている。
おそらく、扇子で隠した口元はにやけていることだろう。
というか、”最近”ということは今まで悪いことをした覚えなどはない、という認識をしているらしい。
どうせお菓子の盗み食い常習犯だろうに。
呆れた目で見やれば、目を細めて楽しそうにまた笑う。相変わらずよく笑う方である。
「はーあ、いつになったら紫は起きてくるのかしらね。この桜が咲く前に起きてほしいと思ってたのだけれど、今回は長そうねぇ。いつもあんな厚着してるし、実は紫って寒がりなのかしら?」
「西行寺様が冬を終わらせないから寒くて起きれないんですよ。」
「あら、紫ったら布団から出られないのかしら?まだ子供じゃない、起こしに行ってみようかしら?」
「やめたほうがいいですよ、あの方寝起きはずいぶんと不機嫌なので」
やだ、こわーいとなんでもなさそうに言い放つ。
それはまあ西行寺様からしたらたいして怖くもないだろうが、俺は昔から寝起きの紫の指導は恐怖そのものだった。
「鈍ってないか確認」などと言って突然戦い始め、容赦なく打ちのめされる。よく生きていたものだと今でも思うくらいには死にかけていた。
まああちらからしたら死んでもいい手駒の一つで、ちょうどいい鬱憤晴らしの木偶だったというわけだろう。
というか冗談でも紫を子ども扱いしているのがばれたら俺にも当然のように被害というか怒りが向くからやめてほしいのだが。
そこまで計算して楽しんでいるのだろう。いざとなったら助け舟は出してくれるだろうが、とにかく今は起きていないことを祈るばかりだ。
ため息をついて西行寺様のほうを見ると、ようやく目が合った。
気づかれたらしい。
「ところで、気になったのだけど」
先ほどと雰囲気が変わり、瞳から感情の色が消える。
「また、短くなった?」
鋭く息をのむ。
わかっていた、仕方のないことだ。権能の性質上、この人に隠し通すのは無理だと思っていたが……ここまで気づかれるのが早いとは思わなかった。
相変わらず読めない、それでいて鋭い。
意を決して口を開いた瞬間。
突如、背後にナニカが現れる。
そして振り向くと同時に、無造作に何かが投げられてくる。
「ぐえっ」
つぶれたような声を出しながらも受け止めると、それは、
「きゅう……」
ボコボコにされた妖夢ちゃんであった。
どうにも機嫌が悪かったようで、必要以上にやられたであろう跡が見える。ここまで実力に差が開いていると思わなかったが、それも仕方ないのかもしれない。
「……なんで、アンタがここにいる」
冷たい声で言い放つ、妖夢ちゃんを倒した張本人。
桜すら凌駕するような、魂まで冷え込むような鋭く重い殺気をあたりにまき散らしている。結界のせいで気づけなかったのだろう。
思ったより遅かったのは痛めつけていたからか。
にしても、ずいぶんと睨まれている。そんなに家でおとなしくしろとの言いつけを破ったのが気に障ったのだろうか。
「客人として招かれた。勿論、異変にこれ以上は介入しないからね。」
とりあえず、抱きかかえていた妖夢ちゃんをそばに寝かせる。
「答えになってない。私は、なんでおとなしく家にいなかったのかを聞いてる」
「私の言葉より優先する何かがあったと?」
どう見ても怒っている。
普通に怖い。
「今回の異変は最悪、人里に被害が出る。それだけは止めなくてはならないから、最低限の保証をするのは管理者代理の役目だろう。」
「それであんた自身が危険にさらされるとは思わなかった訳?ふぅん、ずいぶんと平和ボケしたじゃない。」
「そんなことはない。霊夢が必ず最悪の事態より前に片づけてくれると信じてるさ」
ギリ、と霊夢がかみしめ、歯が軋む音が鳴る。
「そういう問題じゃない、私はアンタが…!!」
「ちょっと、兄妹喧嘩より今は異変解決でしょう?ほーら、あなたの探していた異変の首謀者は私よ、当代博麗の巫女さん?」
声を荒げた霊夢の言葉は、西行寺様によってさえぎられる。
助かった、と息を漏らす。
まだ反抗期は続きそうだな、と少し悲しい。もう少し話したいのだが待つしかないだろう。
「あんたには関係ない。邪魔をするな」
「あなたにはあなた自身の、伊織には伊織の役目がある。それを遂行してからが筋じゃない?少なくとも、
さらに霊夢の怒りが増し、放たれる圧が重さを増す。
しかし西行寺様、なかなか煽るな…。
「そこまで言うならかかってきなさい、時間が無駄よ」
「いいわよ、やりましょうか」
そう西行寺様が言い放つと同時に、霊夢が蹴りを放つ。
紙のようにふわりとかわした西行寺様は、庭へと出て桜の前へと飛び立つ。そして、縁に立つ霊夢を見下ろす。
「あら、かかってきなさいという割に先手はそちら?そんなに焦らなくてもいいじゃない」
「黙れ」
「あら怖い」
戦いが始まる。
すみません。
シンプルに書く気が起きませんでした。一週間空いた瞬間に続きの内容を忘れて、何書けばいいかわからずスランプでした。
これからもすこーーーしづつだすので、どうかお読みいただけると幸いです。
兄上の戦う頻度は?(この先の異変でどれくらい戦うか)
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進み続けろ、曇らせタグに報いるために
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少なくして
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お前がやりたいようにしろ