アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~ 作:丸・ぱそ男
道もなく
木々の合間を縫うように避け、地面にへばりつくように生える下草を踏み分け、デコボコとしたけれどもなだらかな斜面を下っていく。
暫くの間斜面を降り続け、夜の闇が薄くなり始めた頃、開けた平坦な場所に出た男は手綱を引き、馬の足を止めると馬上から首を巡らせる。
周囲を確認し、元来た道を振り返る。そこには日の出を浴び、暁を背にして稜線を浮かび上がらせる山並みが眠るように横たわっている。
そして────稜線の向こう側には沈みゆく
目深に被った帽子の庇の下の眼差しを細め、男は暫しの間その光景を黙して見つめ続ける。
朝日が昇り、虫たちの合唱も知らずの内に絶え、月
取り出した細巻き葉巻に火を付け、紫煙と当たる朝日に眼差しをより鋭くした男は、マッチの火を振り消して投げ捨てる。次いで、下草を食んでいた愛馬へ手綱をくれると、朝露に濡れる草木の中を再び進み始めた。
それっきり、男は元来た道を振り向くことはなかった。
p.m. 15:37 天気/晴天
クルビア南西部の荒野にて──
見渡す限りに広がる大地。雲一つない空と照り付ける陽光。
雄大で開放感に満ち、或いは神に見放されたような気持ちを起こさせる荒漠とした起伏と植生に乏しい荒野を横切るように、一台の四輪駆動車が土埃を巻き上げて走行していた。
「ふあぁ……」
その四駆の助手席で、フランカは口で手を覆いながら欠伸をついた。
「こうも景色が一本調子だと流石に飽きがくるわね〜」
窓枠に肘を乗せ、頬杖して額をドアガラスに着けて後方へと流れていく代わり映えのしない荒野を眺めつつ、何度目か分からない感想を溢す。
初めの内は車窓越しの大パノラマを鼻歌混じりに鑑賞していたフランカだったが、代わり映えのしない同じ景色が何時間も続いていれば、流石に飽きもくる。
「油断しないの」
退屈なのがへたった狐耳にも表れている中で、隣からため息混じりの突っ込みが入る。振り向くと、運転席に収まるヴイーヴル──相棒のリスカムがハンドルを握ったまま胡乱げな視線だけをくれていた。
「任務が終わったからって何も起こらない訳じゃないんだから、最低限の警戒は維持しないと」
「『帰るまでが外勤任務』かしら? リスカム先生」
「茶化さない、まったく……」
フランカが茶化すとリスカムが呆れたように息を吐き、視線を正面へ戻した。
今、フランカたちは駐在先である製薬会社ロドス・アイランドから遠く離れたクルビアの西部……人々が開拓地と呼ぶ地域を訪れており、地面の
長時間シートに収まっているせいで強張った体を伸びをして解しつつ、フランカは言葉を返す。
「んー、今回の外勤任務は柄にもなくハッスルしちゃったから疲れたわ〜」
「よく言うよ。いつもと変わらず前へ前へ突き進まれて、フォローしてる私の方が疲れちゃったよ。主に気疲れで」
「あなたのお陰でのびのびと任務に集中出来てるのよ。いつもありがとうね」
「褒めたって何も出ないし、私の負担は変わらないけれど……受け取っておくよ」
「もうっ。素直じゃないんだから」
フランカは冗談混じりに感謝を述べるが、リスカムは鼻を鳴らすだけ。
いつもと変わらぬやり取りを繰り広げつつ、クルビア──BSWからの出向組である自分たちとっては馴染み深い国だ──での外勤任務を終えて、ロドス本艦への帰路に着いていた。
「けど、せっかく開拓地での外勤任務だったていうのになぁ」
「駄目だよ」
「……まだ何も言ってないんだけど?」
「どうせ『名所の一つも見ずに帰還するのも味気ないわよね?』とか言おうとしたんでしょ?」
テレパシーのように思考を読まれ、リスカムに機先を制されたフランカは図星ど真ん中だったので思わず口を曲げてしまった。
この堅物優等生め、と半眼になってヴイーヴルの相棒を睨め付ける。
「そんな目をしたって駄目なものは駄目」
「そうは言っても、任務も予定より早く片付いたんだし、スケジュールにも余裕もあるじゃない。自分たちへのご褒美でちょっと観光して行きましょうよ? ね?」
「幾ら予備の物資を積んでるから余裕があるとはいえ──」
フランカも食い下がるものの、取り付く島もない様子でリスカムは言葉を紡ぐ最中で何かに思い至ったようにハッと目を丸くする。
その様子にフランカも「ヤバ」とつい漏らしてしまった。
「……まさか。開拓地での任務を利用して景勝地を見て回る気だったの? 始めから」
「なんのことかしらねぇ」
「だから普段ば面倒臭がるくせに今回の任務の必要物資の事前申請を引き受けたんでしょ?」
「たまにはあなたの負担も減らしてあげたくて──」
「わざわざを身銭を切って予備の物資まで準備してたのはこういうことだったんだね……」
「んー……」
相棒の鋭くなる眦に比例してフランカの誤魔化し笑顔も深くなっていく。
「備えあれば憂いなしよ」なんて宣っていた自分が憎い。
過去の自分へ口は災いの元だと叱りつけてやりたいが、もう後の祭りである。
……クルビアの駐在オペレーターから物資を受け取る際に「なんか……多くないです?」なんて首を傾げられる程に物資を詰め込んでしまったことも、今回の企みを勘付かれる一つの要因であったのだろう。
「……全部計算ずくだったのか」
「……てへっ」
目論見を全て見抜かれてしまい、フランカはやけくそ気味にコツン、と自分の頭を小突いて舌を出した。
「…………」
「…………」
暫し見つめ合い、長い沈黙が車内に満ちた後──
「さっさと帰還して余った物資を返却しに行くよ」
「ちょ、待って待ってよ!」
四駆の速度を上げ、ドスを効かせた声でリスカムが宣言したのでフランカは慌てふためいた。
「自腹で用意したのよ! 確かに今回の任務期間と必要物資は多く見積もってたけど、全部消費し切るつもりは全く無くて余った物資は全部返却する前提で……っ」
「待つ訳ないでしょ。任務終わりに旅行を企画するようなことを許すと思ってたの?」
フランカは言い訳気味に言葉を募るが、リスカムにジロリと睨め付けられて口を噤んでしまう。
開拓地を見て回る分の余分な物資については自費で受領しているからといって許される行為とは言えない。
ロドスだって資源が潤沢な訳ではない。本来別のオペレーターへ行き渡るはずだった物資が今回の件で不足する可能性だって十分に想定できる。極論を言えば必要だった物資が行き渡らず、外勤任務での生死を分ける、なんてことすらあり得る。
適切な必要物資の算出、受領、運用……これらは外勤オペレーターに求められる能力であり、プロの傭兵である自分たちが蔑ろにするなど許されることではない。
その点は当然フランカも理解しているからこそ、言い訳する言葉にあまり力がこもってなかった。
「……どうして物資の過剰申請をしてまで観光しようなんて思ったの。今までこんなことなかったのに」
リスカムが少しだけ柔らかくした声音で問い掛けてくる。
自分が許されぬ行為に走っていることは、フランカだって十分に理解しているはずである。
「……どうしても行きたかったのよ。だって」
相棒に詰問されう~と唸るフランカだったが、観念しバツ悪く呟いた。
「開拓地なら、人の目を気にする必要がないんだもの」
──
万能の鉱物
鉱石病に侵された人々は感染者と一括りにされ、差別の対象として激しい迫害を受けている。その迫害は感染者と非感染者との対立を呼び、深刻な社会問題にもなっている。
──かくいうフランカも、その感染者の一人であった。
「この体じゃ行きたいところへ行ってみたいなことは出来なくなった。でも人も疎らな開拓地だったらそこまで気にする必要がないじゃない?」
「…………」
「それに、開拓地を見て周るとなると、一ヶ月や二ヶ月の休暇じゃとてもでしょ? だったら、任務がある度に一箇所ずつでもいいから、行ける内に訪れてみたかったの」
フランカ自身、自分が感染者になったことは既に受け入れている。だが、周囲の人々……非感染者はそうもいかない。
自分も感染者になりたくないという恐怖、鉱石病に対する理解不足……フランカの夢
だからフランカは密かに計画し、リスカムも共犯者に仕立て上げなし崩し的に二人で開拓地観光を、と目論んでいたのだが自分の行いがあらゆる観点から非難される行為であることはフランカも百も承知である。
後ろめたさからフランカは黙り込んだままのリスカムから視線を外し、窓の外の景色へ向けると潔くリスカムに従うことにした。
「でも、あなたが正しいわリスカム。少しワガママが過ぎてたみたい。このままロドスの駐在所に戻って……」
「どのくらい」
「え?」
突然の口を開いたリスカムの言葉に、思わずフランカは振り返る。
「あなた、今なんて」
「ふぅ……フランカが行きたいっていう名所は、現在地からだとどのくらい掛かるの?」
「でも……いいの?」
まじまじと見つめながらフランカが問い返すと、苦々しげなリスカムの表情がフッと緩み、苦笑へと変わった。
「その代わり、ちゃんと今回の件については
そう言ってそっぽを向いた相棒の顔に、うっすらと朱が差しているように見えた。
真面目なリスカムの発言に呆気に取られるフランカ。だが、相棒の発言の意図を飲み込めた途端に、嬉しさが込み上げてきた。
「……もっちろんよ! ありがとうリスカム! 持つべきものは理解ある相棒よね〜!」
「それで? 一番近い名所はどこにあるの?」
「ここから最寄りの名所だと確か──」
フランカは満面の笑みを浮かべて体をよじり、後部座席に放り込んでいた装備の山へ手を伸ばす。バックパックから手帳を取り出し、ページを開いて今まで書き留めてきた『いつか訪れたいスポット集』から目的地の名を探し出した。
開いたページをリスカムへ突き付けて主張するが、手帳の向こう側から鬱陶しげなぼやきが飛んでくる。
「ここここ! ここに行きましょ!」
「いや運転してるんだから見れないって……」
「もうしょうがないわね〜! 仕方ないからこのあたしがナビゲートしてあげるわ! ここから南に下って行った先に町があるんだけど、山脈の麓にあって──」
「あーはいはい分かったから。ルートだけ指示くれれば大丈夫だから」
フランカはご機嫌にハンドルを握る相棒へ行き先を指示し、目的地へ誘導を開始しつつ、目的地についてのレクチャーを講じるも上の空の返事しか返ってこなかった。
だが──
「大地周遊……少しくらい付き合ってもバチは当たらないよね」
一方的に話かける最中リスカムがポツリと溢した呟き。
今回の件に関して目を瞑ってくれた相棒の言葉に、フランカは自分にしては珍しく拾うことはせず、聞こえていない振りをしながらリスカムへ只々感謝した。
◆
「もう何よこの嵐──っ!?」
だが神はその不正を見逃さなかった。
「さっきまであんなに晴れてたのに……!」
クルビアに点在する最寄りのロドス駐在所へ向かっていた当初のルートから逸れ、南下していたフランカたちは嵐の真っ只中にいた。
先ほどまでは雲一つなかった青空に濃い灰色の雲が漂い始め、ポツポツと車体を叩く音と共に雨が降ってきたかと思えば、間髪入れず滝のような強雨へと様変わり。
荒れ狂う嵐となって襲い掛かられ、フランカはシートの上で跳ねるように揺さぶられながら悲鳴を上げた。
「フランカの目論見に乗ったからバチが当たったかな……っ!」
「私のせいなワケぇ……!?」
リスカムの冗談に聞こえない毒づきに、フランカはアシストグリップを握って姿勢を保った姿勢のまま思わず突っ込み返した。
大粒の雨がフロントガラスを叩き付け視界はゼロ。暴風に横っ腹を煽られ今にも横転しそうになる四駆をハンドル捌きでどうにかいなしているリスカムの額に汗が浮かんでいた。
「この辺りは比較的天候は安定してるって聞いてたんだけど……!」
「机上でしか物事を捉えられないデスクワーカーはこれだから……っ!」
それにはフランカも同意だった。
ロドスに腰を落ち着ける以前、新米傭兵の頃にBSWの教官からここ近辺の自然状況に関わる講義を受けた遠い記憶記憶が今更ながらに蘇る。
実際任務中は天候の変化などほとんどなく、晴れ通しであったためにこの天気の急変ぶりに対応が後手後手となってしまった。
この急変ぶりには『天災』かと身構えもしたが、車両に装備されている観測機材は反応していない。
最悪の事態からは免れただけマシと自らを慰めつつ、フランカは運転手を担うリスカムを見やった。
「とにかく今は──」
「嵐から抜け出さないと」とフランカが言いかけたその時。
──瞬間、世界が白に染まる。
バリバリバリッッ!! と次いで間髪置かず、大地が裂けるような爆音と衝撃が車体と鼓膜、全身を貫いた。
「落雷!?」
「ちょっと嘘でしょ!?」
フロントガラスを覆う雨のべールをぶち抜き、視界を焼いた稲光に目を剥く。
視界を奪う豪雨に鉄の塊を木っ端のように吹き飛ばさんと吹き荒れる暴風。今度はおまけに雷と来た。
「こんな開けた荒野で雷なんて洒落にならないわよ!?」
フランカの表情から余裕が無くなる。
万が一雷が自動車に直撃したとて車内に入れば被害がない、とは良く言うが今し方落ちた大木のような太さの雷光を前にして、そんな悠長に構えてはいられない。何よりこの荒野で足である四駆を失う事態は絶対に避けねばならなかった。
「ねえリスカム! あなたのアーツで落雷を逸らしたり──」
「馬鹿言わないで! 出来る出来ない以前にあんな雷誘導しようと外に出ようものなら私消し炭だよ!? 冗談も休み休みにしてよ!?」
「半分大真面目よ!」
「だったら尚更だよ!? そんなことするよりもフランカがレイピア掲げる方がよっぽど誘導できるでしょ!!」
「あんたあたしに死んで来いって言ってるの!? あたしのレイピアは避雷針なんかじゃないんだから!」
今にも車体を横転させんばかりの暴風にハンドルを取られまいと格闘するリスカムへやけっぱちの提案を投げ掛けるが一蹴されてしまい、売り言葉に買い言葉で思わず罵り合ってしまう。
「そんなことより! 目的地までの距離は!」
「あと五キロは切ってるはずよ!」
ここまでの移動速度と移動距離から凡その行程を伝えるフランカ。
「分かった、このまま嵐を凌ぎ切って──」
リスカムは己を叱咤しようとした最中、進行方向目の前に雷が落ちる。
「く──!?」
視界を白く焼かれ、隣でリスカムが反射的にハンドルを切る。それに併せてシートベルトで固定された体が遠心力で振られ。
──直後、フランカの体を浮遊感が襲った。
「は?」
フランカの喉から間の抜けた音が漏れ出る。
「衝撃に備え──」
つんのめるように傾く車内。浮遊感を失い重力に引かれる感覚を覚える中、リスカムが強張った声で何かを伝えようとし……。
次いで、世界が逆転すると同時に衝撃が全身を叩き、ガラスの割れる音が脳内に響くと共にフランカは意識を手放した。