アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~ 作:丸・ぱそ男
窓枠に身を預け、掌に収まる黄金の輝きを暫し見つめた後、夜闇に浮かぶ家々の灯りと夜空で輝く星々と二つの月へ視線を移す。
「てっきり、自分がどうかしちまったかと思ったが」
浮かぶ双子月を見上げたまま咥えた細巻き葉巻──シガリロを摘み、口内に混じった煙草葉をプッと吐き出すと部屋の中を一瞥する。
明かりを落とし、闇に包まれる室内。ポールハンガーには脱いだ帽子とポンチョが掛けられ、愛馬から降ろした雑多な荷物が床の上に置かれている。
「依頼の
ガンマンはかぶりを振り、吐息交じりに紫煙を吐き出した。
「どいつもこいつも動物の耳やら尻尾やら生やして……」
一度言葉を切り、逡巡しするように紫煙を燻らせながらガンマンは腰に吊るした相棒──
「……こいつで仕留め切れないとなると、さて。どうしたもんか」
少しの間を置いてコルト拳銃から手を離し、シガリロを窓の外へ投げ捨てると同時に罵倒する。
「Jesus Christ」
そしてガンマンは窓を閉めた。
「彼のこと、どう思う?」
カーンと響いた音に合わせ、リスカムは左腕に走った衝撃を構えた盾の角度を変えて和らげる。
「ガンマンのおじさまのこと?」
「荒事にも慣れてる、雰囲気からしても堅気ではないだろうけど
「あれじゃない、賞金稼ぎってやつ」
お返しとばかりに警棒を握る右腕を振るうが、フランカの握る鞘に収まったままのレイピアの切っ先にいなされる。僅かに重心を崩され、フランカはその隙を見逃さず流れるようにレイピアが横薙ぎに払った。
「っと。賞金稼ぎ、か。それなら納得もいく──けど!」
リスカムも体を横ざまに倒してレイピアの斬撃を躱し、起こしながら盾を叩き付ける──が、手応えはない。ヒラリと飛び退いたフランカに距離を取られてしまった。
相手に息づく暇を与えまい、とそのまま盾での体当たりを放とうとして足を踏み出しだそうとして……。
「何を考えてるか当ててあげる。チームを組む相手を測りかねてて背中を預けられるか心配なんでしょ?」
「うっ」
図星を突かれリスカムの体が強張った。
「はいっ、隙あり〜」
フランカはその一瞬の隙を見逃さず、側面へと回り込むと盾を掻い潜るようにしてレイピアの切っ先をリスカムの喉元に突き付けた。
「……それだけレイピアも振れれば大丈夫そうだね」
「ま、七割方の調子ってところかしら。ウォルツ先生には感謝しないと。それで? 実際のところはどうなのかしら」
息を吐き出して構えを解き、リスカムは得意げにレイピアを肩に担ぐフランカを半目で見やった。
「名前すら名乗ってくれないんじゃしょうがないでしょ。でも、それ以上にナイジェラ一味の討伐にまだ乗り出せてないことがね……」
逃げ出したフランクを連れ戻そうとした盗賊たちを撃退し、アーチーズタウンの住民を苦しめる彼らの討伐の要請を受諾してから既に三日。
だが未だに盗賊団の排除、住民たちの解放が実行に移されてないのだ。
「フランクさんの話じゃ一味は渓谷にある金鉱跡にキャンプを張っていて、連行した人たちに隠された金塊を発掘させてるって話でしょ?」
リスカムとフランカ、そしてガンマンの三人で安静にしていたフランクの元へ強制労働に従事している住民たちの拘束状況や盗賊たちの装備拠点に関する情報の聞き取りに訪れたのが二日前。
拠点となっている金鉱跡の現地調査を行うためガンマンが渓谷へ偵察へ向かったのが一日前。
「敵地の偵察は重要なのは当然だけど、お荷物扱いは心外としか……」
「それには同感だけど──上手く駄獣を乗りこなせないなのは確かだもの。受け止めるしかないわね」
不服からリスカムが顔をしかめると、レイピアを下げ直したフランカが苦笑を浮かべて肩を叩いてくる。
そう、受け止めるしかないのである──
『俺が行って見てくる。案内役には犬の爺さんで、嬢ちゃんたちは留守番だ』
『いえ、私たちも同行します。この目で現地を確認しないことには敵の弱点を突くことも──』
『
『……あなたの言う
『そうかい、で、その駄獣っていうのをちゃんと乗りこなせるのか?』
『それは──』
『一暴れしに行く訳じゃないんだ、嬢ちゃんたちの出る幕じゃない』
『んー、慣れない移動手段で撤退するのも不安が残るし、こっちの偵察がバレて最悪交戦状態になったら連中が人質に手を出さない保証もない……ここはおじさまとマークさんに任せましょう』
『そういうことだ。盗賊共は俺に任せて、こっちは頼んだぜ』
ベッドの上で身を起こし、毛布に覆われた膝の上に広げられたアーチーズタウンを中心に作成された近辺の地図を元にフランクから金鉱跡のある渓谷に関する地理情報を収集し終え、いざ行動に移そうとした矢先のガンマンによる指摘。
フランクの同行を望んでいたものの重傷のため治療に専念する必要があります、代わりに彼の父であるマークに案内役として白羽の矢が立った。
かつてはこの老人も一攫千金を夢見て泥と埃に塗れてつるはしを振るっていたのである。
町の防衛を担うという役割に渋々同意しつつも、彼の口振りにリスカムは納得いっていなかった。
「──…………」
「なぁに? 足手まといって言われたこと根に持ってるの?」
「そういう訳じゃ……事実は受け止めないと」
「でもリスカムって今まで駄獣に跨ったことがなかったのね〜。意外だわ〜」
「……いいでしょそれくらい」
「駄獣から降りるのも苦労したって話じゃない?」
「っ、ど、どうしてそれを……っ!」
からかうようにして覗き込んでくる相棒へ背を向けて無視するリスカム。
……駄獣を乗りこなすことに苦戦していたことを彼女に知られたことがちょっぴり恥ずかしかったからだ。
◆
「そういえば、あなた『ナイジェラ一味』って聞き覚えはあった?」
「ううん、初耳。過去に担当した任務でも聞いたことがない」
「あたしもよ。でも結構有名な盗賊団みたいよね」
『ミランディージャ』へ戻る道すがら、ふとフランカが尋ねてきたのでリスカムは首を横に振る。
この二日間。ほぼ待ち惚け状況であるリスカムたちではあったが、何も収穫がなかったわけではない。
ガンマンとマークが金鉱跡に向かっていた最中。アーチーズタウンで模擬戦トレーニングという名で待機していたところ、トランスポーターが帰還したのだ──盗賊団がアーチーズタウンを襲撃した際、奇跡的に難を逃れることが出来、フェリーンのマスターや医師のウォルツと内密に外部への救援を請いに荒野を駆けていたのである。
「リーダーはループスの女で、盗賊団の名称はそのリーダーの名前から取られてる。懸賞金は五万ドル……少しの間は遊んで暮らせる額ね」
「他のメンバーも金額の大小こそあれ全員の首に懸賞金が掛かってる。三つの移動都市から指名手配されていれば、それだけの金額にもなるよ」
トランスポーターが持ち帰って来た情報。
それには良いニュースと悪いニュースの二つがあり、良い方に関しては盗賊団の素性が判明したことだ。
ルイジとかいうヴァルポの盗賊が口走っていた『ナイジェラ一味』──この盗賊団はかなりの札付きのようで、トランスポーターが持ち帰った情報を見たところでは詐欺、窃盗、誘拐、強盗、殺人──悪事の見本市のような犯罪経歴であった。
対峙した際も感じたことではあるが、一筋縄ではいかない相手のようだ。心して掛かる必要がある。
「凶悪犯ではあるわ。けれどむしろ加減する必要がないからやりやすいと言えばやりやすいわよ。それより問題なのは──」
「治安当局の応援もない、ってことだね」
困り顔で頭を描くフランカに対し、リスカムも唸ることしか出来なかった。
悪い方のニュース。こちらは最寄りの移動都市に到着後、当局へナイジェラ一味に関する情報の照会に際しアーチーズタウンの苦境を伝え、盗賊団討伐のための移動都市警備隊の派遣を要請したのだが……。
──該当地域は当警備隊の管轄外であるため、現地保安官とその協力者にて対処されたし。
……などと何ともお役所仕事丸出しの回答を突き付けられ門前払いを食らってしまったのだった。
相手の素性が判明したところで、対処する実力が伴わなければ意味がない。トランスポーターは己の無力さに苛まれながら町に帰還したのだが、自分たちが盗賊団討伐に名乗り出てくれたことを知るやいなや歓喜に打ち震える有様であった。
狂喜乱舞するトランスポーターを落ち着けるのを程々に、リスカムたちは最寄りの移動都市からロドスの駐在事務所へ外勤任務に出ているこちらの現状の報告と救難要請を依頼した。
ロドス駐在事務所を介して本艦へ情報が届けば、何かしらのアクションを取ってくれると見越しての依頼である。
その際、息をつく暇もなく再び移動都市へ駆り出されるというのに快く依頼を受けてくれたトランスポーターには頭が上がらない。
「初めからあたしたちだけで対処するつもりとはいえ、当局の応援がないことが明確になるのって正直複雑よね」
両手を頭の後ろ──普段と違い包帯を取り換える手間を考えてポニーテールにして纏めている──に回しながらフランカがやり切れない様子でボヤいた。
「仕方ないよ。だからBSWみたいな民間軍事会社は必要とされ続けているんだし、私たちも食いっぱぐれずに済んでるんだから」
「その通りなんだけど……あの人たちってば、給料に見合った仕事してるのか考えずにはいられないわ」
移動都市に在籍する治安機関をなじるフランカに対し、リスカムは何も言わず肩を竦めるだけに留めた。
酒場へと戻って来たリスカムとフランカ。バーの中でグラスを磨いていたマスターへ挨拶を交わすついでにガンマンが部屋にいることを確認し、上階へ上ると彼の泊まっている部屋の前に到着した。
「おじさまいらっしゃる? ちょっとお邪魔するわよー」
コンコンコン、と三度ノックをしてフランカはドアノブに手を掛ける。
「って、開かないわね」
「鍵を掛けてるとか?」
「というより何かが引っ掛かってるような……」
だが、ドアノブが下りないことに首を傾げる彼女を見かねてリスカムが口を挟むが、どうやら物理的に動かない様子である。
どうしたものかと顔を見合わせていると扉の向こうから近付いてくる足音が聞こえ、続けて何かを引きずるような音が響く。次いで一拍間を置いて扉が開かれた。
「なんだ嬢ちゃんたちか」
開いた扉から帽子とあの特徴的なポンチョを脱ぎ、青いシャツにベスト姿のガンマンが眩しそうな眼差しに怪訝な色を浮かべてこちらを見下ろしてくる。
「ハァイ」
「突然すみません。少々、話がしたいのですがよろしいでしょうか?」
「廊下で立ち話っていうのもなんだし、中に入っても?」
二人して見上げながら尋ねると、一瞬探るような視線で向けてきたガンマンだったが、何も言わずに脇へと避けて部屋へと招き入れてくれた。
間取り、家具ともにリスカムたちが使用している部屋と変わりはない。だが、布を敷かれた卓上には彼の銃器──リボルバー拳銃とは異なる大型の銃器が二丁、内片方は分解された状態で置かれている。
……どうやらメンテナンスの最中のようであった。
「大型の銃も使えるのですか?」
「もちろん。おたくは違うのか?」
「拳銃ならまだましも、こういった大型火器を操作できるのはサンクタくらいのものですよ──って」
どこか既視感を覚える会話にリスカムが内心首を傾げていると、視界の端に映った扉の脇に置かれた椅子に気付き、「ああ」と先程の疑問が解消された。
「なるほど。椅子の背もたれをドアノブに噛ませていたのですか」
フランカが扉と格闘していた理由。
なんてことはない。ガンマンがレバータイプのドアノブの下に椅子を置き、物理的にドアノブを押し下げれなくしていたからである。
フランカもそれを理解した様子で視線を椅子と扉へ交互に移すと、小さく感嘆の声を上げた。
「へー、こういうやり方もあるのね」
「これなら奇襲にあっても反撃する時間が稼げそうです」
「でも、窓にはそういう防護措置は講じてなさそうね。窓からお客が入って来たときはどうするのかしら?」
扉を閉めるガンマンへ意地悪な笑顔を浮かべながら質問を投げ掛けるフランカ。
「──扉から入る奴、窓から入る奴……確かにそんなこともあったかな」
「あら? 過去に経験が?」
「まぁ俺がここにいるのが答えさ。それで? 話ってのは」
彼は一瞬髭に覆われた口元に微笑を浮かべるが、スッと引っ込め眩しげな眼差しで見つめてくる。
「ナイジェラ一味の拠点となっている金鉱跡へ討伐に向かうにあたっての
「というのは建前で。お互いのことを知るためにコミュニケーションを取りましょう、ってのが本音。この子、あなたに首ったけみたいなの」
「……茶化さないの」
「んー? そんなつもりはないけれど」
冗談めかすフランカをリスカムは睨み付けるが、彼女は素知らぬ顔で唇を尖らせてそっぽを向く。
「別に世間話に付き合ってもいいが……作戦会議、ねぇ。軍人みたいな言い回しをするな」
「確かに正規の軍人ではありませんが、私たちは民間軍事会社に所属しているので近しい立場ではあります」
「民間──何だって?」
咄嗟に聞き返してくるガンマン。
民間軍事会社という呼称はピンと来ていない様子だったため、人差し指を立てたフランカが横から捕捉を入れる。
「ざっくりと言うと傭兵なの。あたしたち」
「傭兵? 嬢ちゃんたちが?」
「傭兵と言っても業務内容は多岐に渡りますが──」
片眉を吊り上げたガンマン。
彼へ向けてリスカムはBSWの担う業務内容──要人警護、戦闘訓練・指導、政府・自治体からの要請による治安維持などを簡単に説明する。
「……なるほどねぇ。つまり
「ピンカートン?」
話を聞き終えたガンマンは何故か忌々しげに言葉を吐き出す。
リスカムはフランカと顔を見合わせて首を傾げる。少なくとも、あまりいい心象は持たれてないないらしい。
……話がズレた。
コホン、と誤魔化すように咳払いをして話題を修整する。
「ともかく。ナイジェラ一味の討伐及び人質の解放を実行に移すにあたり、現状の戦力を確認したいのですが……フランカの言う通りお互いの理解を深めつつ進められればこちらとしてもありがたくはありますけど……」
とはいえリスカムは遠慮がちにガンマンへ確認を取る。
あまり自らについて語りたがらないガンマンではあるが、問い掛けに対しては首を横に振って反対の意思がないことを示した。
「それで? 何を話せばいい?」
彼の反応にホッとしつつ、まずは個人的に気になってきた点から話を切り出す。
「よければ、あなたの銃を見せてもらっても?」
「整備中の方には触れないでくれるか?」
「あ、いえ。出来れば、拳銃の方も見せてもらえると」
「……別に構わないが。実を言えば、俺も嬢ちゃんの銃が興味ある」
「分かりました──どうぞ」
一瞬目を細めたガンマンの差し出された掌にリスカムが愛用している拳銃をホルスターから抜き、
続けてガンマンも腰に下げたホルスターからリボルバー拳銃を抜いた。
「大事に扱ってくれよ?」
「……随分と古風なリボルバーですね」
釘を差されつつ掌に置かれたリボルバー拳銃を様々な角度から眺めつつ、リスカムは声を漏らした。
形状は当然リボルバー拳銃ではあるのだが、弾丸を装填するシリンダー上部にフレーム渡されておらず──いわゆるオープントップ式リボルバーと言うやつだろうか? ──シリンダーが剥き出しになっている。
そのおかげで逆にシリンダーに彫られた彫刻が良く見えるのだが、こういったエングレーブ加工は工業製品である昨今の銃器にはほとんど見られない(そもそも構造の複雑さ、弾薬の高価格により銃器を生産する企業や運用者も極めて少ないのだが)。
オマケに
「確かにソイツは型落ちだが……そんなことよりも、コイツは本当に銃なのか?」
珍しい、一風変わった拳銃だとリスカムが評価を下す横でガンマンもまじまじとこちらの渡した愛銃を眺めてそんな感想を溢した。
「BSWから支給されるものとしては標準的な拳銃ですよ?」
「シリンダーがないし、何より
「その銃は
BSWの支給品であるありきたりなオートマチック式拳銃なのだが……まさかリボルバー式拳銃しか知らないのだろうか?
リスカムが困惑で眉毛を寄せていると、横からフランカが指先でシリンダー部分を指し示した。
「この銃、排莢はどうするの? 見た感じスイング式じゃなさそうだけど」
「知らないのか? シリンダー前部から銃身の下にある
「え……なにそれ。そんな手間の掛かる代物を使ってるの?」
「最近は
予期しない回答に少し引いた素振りを見せるフランカ。
対するガンマンも彼女の反応にお前は何を言ってるんだ、と心の声が顔にそれとなく滲んでいた。
どこか話の食い違う二人の会話。そしてこれまでの会話にサンクタでもないのに銃器を用い、大型銃器すらも携行している……。
(ああ、そうだ。
リスカムがガンマンに抱いていた違和感。
それはサルゴンでの外勤任務の際に遭遇した正体不明の傭兵たち──レインボー小隊の面々に抱いた疑問と同種のものであったのだ。
既視感の正体に思い至りつつ、彼ら以上に話が通じ難いガンマンへの疑念が一層募っていくリスカムだった。
テラにおける蛇の名称である
アークナイツの動物名称は複雑でよく分からないです…。