アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~   作:丸・ぱそ男

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第十話 執行者

「ヴイーヴルのお嬢ちゃんたちはいるか!」

 

 卓上に地図を広げ、フランクの話と現地の偵察へ向かったガンマンの情報に齟齬が生じていないかを整理していた最中、突如として切迫した声と共に扉が明け放たれた。

 反射的に拳銃の銃把(グリップ)へ手を掛けつつ振り返るリスカムだったが、そこにいたのは扉の枠に手を掛けて息をつくペッローの老人だった。

 

「マークさん?」

 

「何かあったの?」

 

 強張った顔のマークの様子に只事でないとリスカムは察する。

 フランカも同様に察した様子で、探るようにペッローの老人を観察しながら尋ねた。

 

「と、盗賊団の奴が町に来やがった……!」

 

「! それは──」

 

 リスカムは目を見張る。

 恐らく先日のイザコザに対する報復だろう。先手を取られたことにほぞを噛みつつもフランカへ視線を飛ばすと彼女と目が合った。

 表情からして盗賊団の行動が報復であると同じ考えの様子で、彼女は頷くと再びマークへと顔を向けた。

 

「マークさん、相手の人数は分かるかしら?」

 

「ひ、一人だけだ」

 

「一人?」

 

 返ってきた答えの内容にフランカが片眉を吊り上げる。

 町の人々とトランスポーターの情報を整理したところによれば、ナイジェラ一味の構成人数は十八人のはずである。

 だというのにたった一人でやって来たというのは一体?

 

「襲撃ではないのですか?」

 

「それが……」

 

 リスカムが確認をするが、マーク自身事態を飲み込めていない様で、どう伝えるか迷っているるようだったが少しして言葉を絞り出した。

 

「あんたたちに会いに来たらしい」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 盗賊はスイングドア脇の壁に凭れ掛かり、両腕を組みながら目的の連中が上階(うえ)から降りてくるのを待つ。

 

(歓迎されないのは分かり切ってたけど……)

 

 首をもたげて客の姿がまばらな店内を見渡す。

 恐怖、軽蔑、不快感……そして怒りが混じる視線に晒され、鼻を鳴らして帽子の庇を下げると、ジャケットの内ポケットから煙草を一本取り出した。

 火を灯さない煙草を咥え、トントンと二の腕を人差し指で叩く。

 

(確か相手はブラックスチールの傭兵とガンマンだったか)

 

 先日のことだ。嵐に乗じて逃げ出した住民を連れ戻そうと町へ繰り出した仲間が傷を負って帰って来たのは。

 聞いた話では逃げ出した住民を連れ戻そうと町に残った連中と()()()()をしていたところにヴイーヴルの傭兵が割り込んできたとのことであったが……。

 

(いざそいつとやり合う段階でガンマンがやって来て、あっという間にのされただ?)

 

 盗賊団の中でも古参であるマリオ(ウルサス)がいながら手も足も出せず、オマケに当初の目的も達せず逃げ帰って来るなんて考えてもみなかった。

 

(──チッ、こんなことになるなら姉さんにもっと強く言っておけば良かったぜ)

 

 個人的には一人くらい逃がしたって大した問題でもないと考えていたのだが、連れ戻してこいとリーダーが頑なだったこともあって却下されたのだが。

 とはいえだ。盗賊としては仲間をやられ、ナイジェラ一味に恥をかかせられたのだ。傭兵とガンマンには機を見てキッチリとお礼をしなければ。

 

(大体、おれは住民を攫って金を掘らせること自体反対だったのに、なんだって姉さんは──)

 

 と、思考を巡らせているとバタバタと騒がしい音が盗賊の鼓膜を揺すった。

 

「ん?」

 

 盗賊が顔を上げると、黒を基調とした物々しい装備を纏うヴァルポとヴイーヴルの女、そしてガンマンと思しき男──パッと見種族は分からないが銃を携えているのだからサンクタだろう──の姿が視界に飛び込んできた。

 

「あれが、そうか」

 

 組んでいた腕を解き、右目をまぶたの上からそっと触れ、盗賊は階段からこちらを見下ろす仇──傭兵とガンマンを睨み付けた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 至急で装備を整え押取り刀で階下へと向かったフランカの後に続くリスカム。

 

「マークさん、盗賊は?」

 

 最後尾から着いてきたペッローの老人へ鋭く問うフランカ。

 

「あ、あそこだ。扉の横にいるあいつがそうだ」

 

 彼が指差した先。右目に手を当てているエラフィアがこちらを見上げていた。

 

「リスカム。まさかとは思うけど……」

 

「ええ、恐らくですが」

 

 フランカの問い掛けに頷くリスカム。

 トランスポーターから齎されたナイジェラ一味に関する情報。

 構成員の中で要注意人物が二人いるとの情報があった。

 一人目は盗賊団の名前にもある、頭目を務める女ループス。そしてもう一人が──

 

()()がナイジェラの右腕、『早抜きのアリサ』ですか」

 

 『早抜きのアリサ』……ナイジェラ一味が犯した犯罪の内、暴力を伴う事案で必ずその名が上がる、盗賊団の実行部隊長を務める女エラフィアだ。

 その盗賊団の実質的ナンバーツーが仲間も連れず、一人でやって来るとはどういった了見なのだろうか?

 リスカムが彼女の意図を測りかねていると、エラフィアの女盗賊が声を張り上げた。

 

「お前たちがBSWの傭兵とガンマンか!」

 

「あなたはナイジェラ一味のアリサですね?」

 

「どういう噂を聞いてるか知らないが、おれがアリサだよ。そんなことより、ボケっとしないでさっさと来い!」

 

 リスカムの誰何に対し意外にも素直な答えが返ってきたが、荒っぽい口調で降りてくるよう指示が飛んでくる。

 

「そんな怒鳴らなくても聞こえるわよ──リスカム」

 

 手摺りに手を掛けたフランカがエラフィアの女盗賊へ返事し、続けてレイピアの柄に手を乗せながらこちらへ合図を送ってきた。

 リスカムは相棒の意図──いつでも抜剣出来るよう構えを悟られないよう盾での遮蔽の指示──を察し、盾を僅かに持ち上げて頷く。

 

「大丈夫。ただ民間人もいるから相手が動いた時だけだよ」

 

「当然──今からそっちに行くから変な気は起こさないでよね」

 

 フランカの呼び掛けを横に、先行して階段を降りるリスカム。フランカ、ガンマンが後に続くが、「ここにいな」とガンマンの制止の声が耳に届く。マークに危険が及ばぬよう遠ざけてくれたようだ。

 

「嬢ちゃんたち、気を付けろあいつは──」

 

 フェリーンのマスターの警戒を促す声を手で制しつつ、リスカムは酒場のホールのド真ん中に歩み出たエラフィアの女盗賊の真ん前に進み出て、真正面から彼女を見据えた。

 くすんだ色の皮ジャケットにブーツと帽子姿──クルビアの荒野を生きる人々と変わらぬ服を着込み、口には火の付いていない煙草を咥えている。背は自分よりも高く、擦れた生活を送ってきたことを示すような女盗賊のやさぐれた表情を見上げる形となった。

 

「私たちに用があるとのことですが、どのような要件でしょうか?」

 

「BSWの傭兵って聞いたからどんなどんなデカブツかと思ったら……マリオたち、こんなチンチクリンな連中にやられやがって」

 

「どういった要件ですか?」

 

 小馬鹿にした調子で身長に触れられリスカムは内心ムッとしたが、見え透いた挑発だったので無視を決め込んだ。

 考えることは同じようで、こちらを出し抜けるようジャッケットのポケットに突っ込まれた左手が何かを握る素振りを見せている。

 相手が行動に移す名分を与えるつもりなど毛頭ない。

 挑発が不発に終わり、女盗賊はつまらなそうに鼻を鳴らすと右目を覆っていた手を降ろした。

 

「っ」

 

「リーダーがあんたたちに会いたがってる。特に後ろのガンマンにだ」

 

 そう言ってエラフィアの女盗賊は背後に立つガンマンへ顎をしゃくるが、リスカムは彼女の隠れていた右目──正確にはその目元の方に気が向いてしまっていた。

 

「あなた、その目……」

 

 全身を晒さぬよう盾の陰に控えていたフランカが小さく息を呑む音がする。

 

 女盗賊の右目を覆うようにして黒く光りする結晶──源石(オリジニウム)が密集していた。

 活性源石に汚染された環境に長時間、あるいは高密度の環境に置かれることで鉱石病を発症する。

 彼女の鉱石病の症状がどの程度か正確には分からないが、体表に源石が確認できるということは鉱石病の症状がかなり進行していることを意味している。

 実際に体器官にも影響を与えているようで、青い左目と異なり右目が白く濁ってしまっていた。

 だが彼女はこちらの驚きなど意に介さず話を続ける。

 

「クルビアの開拓地に生きる人間なら鉱石病なんて珍しくないだろ。ともかく、リーダーが呼んでるんだ」

 

「……何故ですか?」

 

 声を低くして疑問を投げ掛ける。

 あまりにも怪しすぎる。対立する盗賊からの面会の依頼とは罠としか思えない。

 しかしエラフィアの女盗賊は肩を竦めるだけで理由は答えなかった。

 

「リーダーに直接聞くんだな」

 

「あたしたちを一網打尽にするって魂胆?」

 

「どうだか……そんなの俺だって聞きたいさ」

 

「あなたたちの提案を拒否したらどうなりますか?」

 

「どうもしないさ。ま、個人的にはこの場でカタを付けてやりたいと思ってるけどな!」

 

 フランカの探りに対しても突っぱねるだけで、むしろ彼女自身も盗賊団の長であるナイジェラの考えに納得していないのが見て取れる。

 枝のような、それでいて確かな太さのある角が生えた頭を苛立たしげに振り、エラフィアの女盗賊は再度確認してくる。

 

「それで? 来るのか、来ないのか。どっちなんだ?」

 

 左右で色の異なる双眸で睨まれ、リスカムはフランカへと首を巡らせる。流石のフランカもこれには判断を下しかねているようで、顔を寄せて耳打ちしてきた。

 

「で、どうするのよ隊長」

 

「いやどう考えても罠でしょ。そんなホイホイとついていける訳ないよ」

 

「よねぇ……でも彼女の様子じゃあたしたちを連れて行くこと自体が不本意っぽいじゃない?」

 

「そこが不可解なんだよね……」

 

 声を潜めつつエラフィアの女盗賊を盗み見る。

 確実に金鉱跡の手ぐすね引いて待ち構えているはずだ、と直感が訴えかけてくるのだが目の前にいる彼女の佇まいから理性がそれを否定する。

 

(普通こういうのって直感が理性を否定するものなんじゃないっけ?)

 

 挙げ句どうでもいいことに思考が飛躍してしまっているくらいにはリスカムは困惑していた。

 

 

 

 ──シュッ。

 

 

 

 背後から不意の擦過音。

 続けて甘ったるい香りが紫煙に乗って鼻をくすぐる。

 

「ガンマンさん?」

 

 これまで背後に控えていたガンマンが紫煙を燻らせながら、その長駆を女盗賊との間に割り込ませた。

 

「……なんだよ」

 

 色違いの双眸を鋭くして身構えるエラフィアの女盗賊。しかし──

 

「は?」

 

「なんだ、いらないのか?」

 

 火を付けた自身の細巻き葉巻を差し出され、目を丸くする。

 呆気に取られた彼女は警戒しつつも目の前の火種を摘み上げ、ガンマンと細巻き葉巻に視線を幾度か往復させて、意を決したように煙草に火を移した。

 

「〜〜っ、ケホッ! んんっ……!」

 

 煙を吸い込んだ途端に思えばむせかえる女盗賊の様子に、リスカムはフランカを振り返った。

 

「……あれ、無理して吸ってるよね」

 

「得意じゃないものをわざわざ口にするなんて、変わり者ねぇ」

 

 口元を手で覆い声を低くして揶揄する傍ら、女盗賊の呼吸が整ったのを見計らったガンマンが口を開いた。

 

「……俺もおたくのボスとお目にかかりたいと思ってたところでね」

 

「なんだって?」

 

「ちょっと待ってください」

 

 勝手に話を進めるガンマンの腕を掴んで制止を掛ける。何か考えがあっての行動かと思いきやまさか二つ返事で了承するとはリスカムも想定していなかった。

 それは自分たちの頭目に回答が出てきたことに驚いているエラフィアの女盗賊も同様のようだ。

 

「何か問題でも?」

 

「問題も何も……罠の可能性が高いんですよ。だというのにそんなあっさり彼女の誘いに乗るのは慎重さに欠けます──」

 

「こっちから乗り込むか、向こうから招待されるかの違いだろう」

 

 女盗賊から取り上げた細巻き葉巻を咥え直し、彼はこちらを見下ろしながら言葉を続ける。

 

「騙し討ちされるようなら、それこそ()()()()()()の嬢ちゃんたちの出番だ」

 

「それは……その通りかもしれないけど」

 

 ガンマンの言に対してフランカが思案するように顎に手を添える。荒事はBSW(ピンカートンとは恐らく民間軍事会社だろう)の専門分野だろうと、暗に仄めかしているのだから。

 情報が不足し、不確定要素の絡む任務に臨むことも多々発生する。常に透明性を確保して任務を遂行することの難しさは痛い程理解していた。

 ガンマンの言に一理あることに同意しつつ、それでもリスカムは幾つかの懸念材料が浮かぶため彼の意見に賛同することを躊躇ってしまう。

 

「なんだ、この間は三人相手に回してたのは()()()の嬢ちゃんだろう。ここに来て怖気付いたのか?」

 

「む──」

 

 ガンマンの台詞にリスカムは思わず閉口する。

 リスカムとしてもこれまでヤワな訓練を受けてきたつもりも手を抜いたこともなく、実戦においてもより過酷な状況下で任務に当たった経験もある。

 そういったこちらの実力を話の中で推し量り、待ち伏せをされたとしても切り抜けられると判断した。だから彼はあえて煽るような言葉を選んだということである。

 

(……なるほど。見事な発破の掛け方です)

 

 なら彼の思惑に乗ってやろう。

 それに、彼の言う通り、盗賊団の拠点へ向かうことは決まっていたのだ。その実行のタイミングと事情に変更が発生したと考えればいい。

 

「──まさか」

 

 ガンマンの薄い青色の瞳を真っ直ぐに見上げ、リスカムは床に立てていた僅かに盾を持ち上げ宣言する。

 

「何が起ころうともこの盾で守り切ってみせますよ」

 

「……そうか」

 

「それと、私の種族はサヴラではなくヴイーヴルです。以後間違えないでください!」

 

「……そうか?」

 

「何故そこで疑問形になるんですか……」

 

 未だに種族を勘違いしていることを注意するが、ガンマンはピンときていない様子なのでつい半目で睨んでいると、フランカがしなだれ掛かってきた。

 

「フフッ、リスカムったら乗せられちゃって〜」

 

「……別にそんなことないし」

 

「まったまた〜。あっ、あたしはその人について行くのは賛成よ。悪の親玉の顔くらいはちゃんと見ておきたいじゃない?」

 

 軽い調子でガンマンに乗っかる彼女へリスカムは肘を張って引っ剥がす。

 

「ようし決まりだな」

 

 プッと口内に混じった煙草葉を吹き出してガンマンはエラフィアの女盗賊へ向き直った。

 

「早速おたくのボスのところまで案内してくれるか?」

 

「……フン」

 

 それまでのこちらのやりとりを冷めた視線で眺めていたエラフィアの女盗賊が鼻を鳴らす。

 そして咥えていた煙草を落として火を踏み消すと、顎をしゃくって外へ出るよう指し示した。

 

「ならさっさと準備しな。それと言っておくが、リーダーはあんたたちと事を荒立てるつもりはないみたいだけど……変な気を見せてみろ。そん時が最期になるからな」

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