アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~ 作:丸・ぱそ男
朝早くに町を発ち、金鉱へと赴いたリスカムたち。本来ならその後は探知機とツルハシを携えて(盗賊の監視付きで)坑道へと潜るのが常であったが、今日は違った。
金鉱跡の旧管理棟。その所長室にリスカムはフランカ、ガンマンと共に訪れ、盗賊団の面々……リーダーのナイジェラとその両脇に控える女エラフィアのアリサ、マリオという名のウルサスの盗賊と対峙していた。
「今日は随分早くから来てくれたと思ったら」
執務机の向こうで両手を組んで腰を落ち着けるループスの女盗賊が、リスカムたちを見回して言った。
「話があるとって話だけれど」
「ええ。とても重要なことです」
リスカムも首肯する。これから切り出すのは、アーチーズタウンで彼女たちが引き起こした一連の騒動の元凶に関する話だ。
ナイジェラはその金の瞳を関心に煌めかせ、両手を広げてわざとらしく驚いた仕草を取った。
「まぁ、それは楽しみだわ。じゃあ早速聞かせていただける? あなたの言う大事な話が、一体どういう内容のものなのか」
「それは──」
リスカムは一度言葉を切り、こちらで話を進めても問題ないかという確認を込めて、フランカとガンマンへ視線を送る。
フランカは頷いて手を差し出す身振りで促してくる。一方ガンマンは一瞥するだけで何も言わず、顎を一味へしゃくってみせてから窓辺へと歩み寄ると外の景色を眺め出した。
彼の行動を暗黙の了承と理解してリスカムは息を吸い、ハッキリと告げた。
「あなたたちの探す黄金の隠し場所について、です」
盗賊たちは皆一様に目を丸くした。
ナイジェラの向かって右側に立つアリサは思わずといったように一歩踏み出し、反対側ではウルサスの盗賊が組んでいた腕を解く。
「つまり……おめぇたちは見つけたってことか? 黄金を?」
「ええ。あの暗号を解くのには苦労したわ」
(いや、解いたのはガンマンさんでしょ)
ウルサスの盗賊へわざとらしく肩を竦めるフランカへ胸中でそれとなく突っ込みを入れつつ、リスカムは先を続けた。
「はい。正確には黄金の隠し場所を突き止めた、というところでしょうか」
「フンッ、嘘くさいな。本当は別の魂胆があっておれたち嵌めようとしてるんじゃないだろうな?」
踏み出していた足を引いたアリサが、両手をジャケットのポケットに突っ込んで目を細める。どうやら信用していないらしい。
「そうつれないことを言わないでアリサ」
「けどリーダー──」
「真偽の程を確かめるのはまず傭兵さんたちの話を聞いてからよ」
「ただ、黄金に関する話をする前に一つ条件があります」
「条件だと?」
ウルサスの盗賊が聞き間違いでもしたのかといった具合で、声の調子を上げて繰り返した。
「はい。金鉱に残る最後の住民を解放──それが話をする条件です」
「馬鹿言うな」
リスカムが条件を提示した瞬間即座にアリサが抗議の声を上げた。
「住民はお前らブラックスチールが下手を起こせないように縛るための人質なんだぞ?」
「アリサの言う通りだ、まだ隠し場所を突き止めただけで
「黄金はコッチで見つけてるのよ。それくらいは受け入れてくれても良いんじゃない?」
「順序の問題だ。お前たちが見つけた黄金をおれたちが黄金をいただく。住民の解放はその後だ」
彼女の言い分にウルサスの盗賊も乗っかってくる。
当然と言うべきか、やはり盗賊たちの中に住民の即時解放には強い抵抗感があるようだ。
(まあ、当然の反応だとは思うけどね)
盗賊たちの想定通りの反応にリスカムは特段驚くこともしなかった。彼らの懸念は尤もなものである。何故ならその懸念はこれから
──掃除、ですか?
──凡そは想像出来るけど……掃除の内容って?
──簡単なことさ。金鉱にのさばってる連中を一人残らずあの世に送ってやるだけだ。
──やっぱり……でも向こうには人質として住民が残ってる。下手は打てないわよ。
──そこで、だ。黄金の在処をダシにする。
──再度交渉という訳ですね。
──良いじゃない。その話乗ったわ。
──……そっちの嬢ちゃんはあんまり乗り気じゃなさそうだな。
──リスカム、まさかとは思うけどあなた。盗賊連中とはいえ騙し討ちに抵抗があるワケじゃないわよね?
──まさか。これ以上ナイジェラ一味に悪事を働かせないためにも──ジルさんのような被害者を二度と出さないためにも、ここで決着をつけよう。
昨夜の出来事を脳裏で反芻するリスカム。
内容はナイジェラ一味への不意打ちと壊滅への誘いであった。フランカはノリノリで承諾していたが、リスカムは内心複雑であるのは否定出来なかった。戦争や闘争における奇襲は常に意識するものであるが、これはそのどちらでもない。相手が犯罪集団とはいえ、自ら交わした取引を打ち捨てることに多少抵抗があったからだ。
それでもリスカムはリーベリの少女と約束を果たす為──そうジルの父親の仇討ちの為に──と折り合いをつけ、ナイジェラ一味討伐の覚悟を決めたのである。
「落ち着きなさい二人共」
気持ちの整理をしている間も繰り広げられていたフランカと盗賊たちの口論がナイジェラの声で遮られ、リスカムも現実へと意識を引き戻した。
「……あなたたちの言い分は理解出来るわ。でも黄金の発見が嘘だったと仮定した場合──疑っている訳じゃないのよ? ただ住民を先に解放したら、あなたたちにフリーハンドを与えることと同義で、私たちの身の安全の保障が疎かになってしまうのも事実」
「つまりあなたたちを納得させるに値する理由を示せと?」
「そういうことね」
──来た。とリスカムは内心で声を上げる。
向こうから求められたのであればこれ以上議論を長引かせる必要もない。リスカムは三人の盗賊を順繰りに見渡し、彼らを納得させる材料を叩き付けた。
「分かりました。私たちが住民の即時解放を求める理由」
「それは
事実を伝えた瞬間部屋の時間が、正確にはナイジェラ一味の時間が一瞬止まったように錯覚した。
それも当然だろう。一か月もの間、目当てのお宝を見つけるため延々と繰り返してきた掘っては埋めという過酷な働きは、全て無駄骨であったと告げられたのだから。
……かく言うリスカムもガンマンから告げられた際は「そりゃ見つからないよ」と思わず顔を覆ってしまったくらいだし、フランカなんか「どうしてもっと早く暗号を解いてくれなかったワケ!?」と八つ当たりしていたくらいである。
ナイジェラ一味が受けた衝撃は自分たちの比ではないはずだ。
「なら、おれたちはずっと意味のないことをしてたっていうのか? 住民を攫ってまで……」
「……どうしますか、ボス?」
思った通り、アリサとウルサスの盗賊は動揺を隠せていない。リスカムはその隙を逃さず畳み掛ける。
「ここに黄金は埋まっていない。であれば労働力として町の人々を拘束する理由もない。そうは思いませんか?」
「いい加減あの人たちを人質として抱えておくのも相当きついんじゃない? 彼らを解放すれば余計な労力も必要無くなるわよ?」
上手い具合にフランカも援護射撃を放ってくれた。痛いところも突き、住民の解放に対するメリットを提示したことで拒否することも難しいはず。
リスカムはナイジェラの様子も窺うが、ループスの女リーダーは何も言わずに組んだ両手に口元を隠すように顎を乗せ、その上から黄金色の瞳をこちらへ注いでいるだけである……その目の色は何かしらの感情を押さえ込んでいるようだった。
彼女は窓辺で細巻き葉巻を燻らせるガンマンの方へ一瞬視線を逸らして戻すと、不意に執務机の下へ腕を伸ばした。
「どうぞ」
「っと」
引き出しを引いて取り出した何かを彼女は無造作に放り投げる。飛んでくるソレをリスカムは視線で追い、放物線の先にいたフランカが両手で包むようにキャッチする。
「外に停めてある接収していた車の鍵よ」
「おいリーダー」
「ソレを持って住民たちの元へ向かってちょうだい」
「……イヤに話が早いわね」
「彼らはあなたたちが黄金を真面目に探すように仕向けるために残していたのよ? 実際、あなたたちは発見してくれたわ。ならこれ以上拘束しておく必要もないでしょう?
「……確かに受け取ったからね」
「この時間ならまだ坑道に潜る前よ。早く行ってあげなさいな」
サラリと言ってのけた彼女の食えない態度が気に入らなかったようで、指先で回していた車の鍵を握り締めるとフランカは鼻を鳴らした。
「そうね、
鼻筋に皺を作ったまま両手を後頭部に回し、
「まさか本当に暗号を解いてみせるなんてね……あなたたちを見くびっていたみたいだわ」
「それはどうも」
「それにしても気になるわね、あなたたちがどうやって暗号を解明したのか? そして本当の隠し場所はどこなのかを」
「黄金の隠し場所は……」
拍手とともに送られる不要な賛辞を流しつつ、ナイジェラから投げ掛けられた尤もな疑問にリスカムは口を噤んだ。
この先は事前に計画していた手筈で奇襲攻撃を仕掛けるにあたり黄金の真の隠し場所は共有しないことになっている。第一、ガンマンから自分たちも場所は知らされていないのだ。
「おい、その先はどうした? 隠し場所は?」
「まさかおめぇら。黄金をダシにココへきて俺たちを嵌めようとしやがるのか」
「やっぱりか……! 舐めやがって、傭兵なんて信用するのが馬鹿だったんだよ」
言葉を選びあぐねているとアリサとウルサスの盗賊が強い疑いの眼差しに怒りを込めながらにじり寄ってくる。
不味い状況に置かれていることを察知しつつも、リスカムは時間稼ぎの為にも後退りすることなく二人を真正面から受け止めようと口を開きかけ──
「──暗号はあんたらには解けないようになってたのさ」
それまで一言も発さなかったガンマンが、口を挟んだ。
「なんだと?」
彼らの注意がガンマンへと向く。リスカムは悟られないよう小さく息を吐き、この場は彼に任せて身を引き……そこで右手がホルスターへ伸びかけていたことに気が付いて脇へと戻した。
「俺たちには解けない暗号ってのはどういうこった」
「まんまの意味だよ。そこの嬢ちゃんもあんたらのお仲間だ」
窓の向こう側へ目線を向けたまま彼はフッと笑うだけである。
ガンマンの意味深な物言いにエラフィアとウルサスの二人は顔を見合わせる。
リスカムも彼らと同じ気持ちで『自分たちには解明出来ない』という言葉の真意を汲み取ろうとして、ナイジェラが遮った。
「なおさら恐れ入ったわ。ココに居合わせる者の中じゃあなただけが暗号の意味と、場所を知っている。しかもご丁寧に傭兵のお嬢さんにはあえて共有していない様子……お互いの立場が違っていたら私の仲間に引き入れたいくらい、あなたは魅力的だわ」
「正気か? ボス」
「ちょ、リーダー何を言って……!」
「この愚鈍な私たちにご教示してくださらない? 暗号の本当の意味と、それが指し示す真の隠し場所を」
何やら慌てるアリサを無視し、感心した面持ちで称賛の言葉を紡ぎ答えを聞き出そうとするナイジェラ。
しかし、彼女の問いに対してガンマンは特段の反応を示さず、何があるのか窓の外へ関心を引かれたままである。
その態度にループスの女リーダーは何を思ったのか、再び執務机の引き出しを開けて小さな包みを取り出し机の上に落とした。
「そういえばコレを返さないとだったわね」
ジャラ、と包みの口から溢れたのはガンマンが担保としてナイジェラへ預けていた金貨だった。
「あなたたちは取り引きに則って黄金を見つけた。なら、この金貨は今返すのが筋ってものよね?」
「いや──そいつは取っておきな」
「何ですって?」
卓上に置かれた際の金属の擦れ合う音にガンマンの視線が金貨へと向けられ、微笑を浮かべた彼の拒否に初めてナイジェラの表情が怪訝に歪んだ。
「言わなきゃ分からないか?」
そこでガンマンは視線だけでなく、体ごとナイジェラたちへと正対する。
「そいつぁ
直後、室内の空気が一気に冷え込んだ。
「手切れ金」
ループスの女リーダーの声の調子が下がる。
「要するに、ここまでの協力関係を破棄するってことで理解していいのかしら」
「好きなように受け取ればいいさ」
ガンマンの返答にナイジェラではなく、手下の二人の視線から殺意の色が立ち上る。
「曲がりなりにもここまで上手くやってきたじゃない。それをここで放棄することは賢明とは思えないわ」
「あんたの気のせいだろう」
そう嘯きながらガンマンが
「こっちは十八人。あなたたちは三人。勝負に出るには厳しいんじゃなくて?」
「分が悪いかどうか、そっちの
ウルサスの盗賊が殺意を増して得物の柄に手を掛け、ガンマンはナイジェラたちから距離を取るように
「……力づくで聞き出すことになるけれど、いいのかしら?」
アリサが両手をジャケットへ突っ込んだまま踏ん張るように足を肩幅に広げ、応じる様にガンマンがポンチョの裾をゆっくりと左肩へと捲り上げる。
その間──ナイジェラ一味の注意が彼へ向いている間、リスカム
「そりゃ土台無理な話だ」
「何故?」
鋭く尋ねたナイジェラへ、ガンマンはそれまで浮かべていた笑みを消した。
「
ガンマンの宣告と同時に、轟音を響かせて所長室の壁が吹き飛んだ。