アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~ 作:丸・ぱそ男
「マリオ!」
執務机の裏。傭兵たちの攻撃をしのいだアリサは血が付着するのも構わずマリオを揺さぶった。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
「う……死にゃしねぇが、かすり傷とは言えねぇな……」
「クソッ、あいつら……っ!」
「待ちなさい、アリサ!」
血の流れる右肩を抑えたまま苦痛に顔を歪ませるマリオの軽口に胸を撫で下ろしつつ、彼をリーダーに任せてアリサは粉塵が収まった所長室の壁に空いた穴から這うように外へ出ると、飛び込んできた光景に目を見開いた。
「ぐう……いてぇ……っ!」
「姿勢を低くしろ! 弾に当たるぞ!」
仲間たちが遮蔽に隠れ、身を低くしながらブラックスチールの傭兵たちと対峙している。
が、所長室からも聞こえていた絶え間ない銃声によって手も足も出せていなかった。おまけに血を流して動かない者、血は流れていないが苦痛に顔を歪ませて蹲る者と、惨憺たる有様だ。
「狙撃手は銃撃の間を縫って射掛けろ! 他の奴はその隙を突いて突っ込むんだ!」
「んな言ったって、こんな弾幕じゃ……!」
「ファン!」
「! アリサか──っ」
管理棟の陰に身を寄せたまま、アリサは廃材の裏で地面に伏せて仲間たちへ指示を飛ばす黒いサヴラの名を呼んだ。
振り返ったファンの側を銃弾が掠め反射的に身を縮ませてから彼は叫んだ。
「五人はやられた! こっちは銃撃の身動きが取れない!」
「ルイジは! 高台に立たせてただろう!」
「奴ならタンクの裏で縮み上がってるよ!」
「何のための狙撃手だ……!」
壁際から給水タンクを睨み付けたアリサの耳に、唸り上げるエンジン音が響いてきた。
目を向ければ、BSWの傭兵が乗るオフロード車が土埃を巻き上げながら金鉱を飛び出していき、見慣れない駄獣が土埃の中を突っ切って後に続いていくところであった。
「あいつら……っ!」
去り際、駄獣の背に跨るガンマンと視線が合い、その薄い青色の眼差しが挑発的に感じたアリサは苛立ち紛れに声を張り上げる。
「動ける奴は車を出せ! 後を追うぞ!」
「おう!」
「ルイジ!」
ファンへ指示を飛ばしつつ、クロスボウを両手に抱えて駆け寄って来た狙撃手のヴァルポを怒鳴りつけた。
「このヘボ! 何のためにお前を給水タンクの上に立たせてたと思ってるんだ!」
「わ、悪い……あいつらの銃の射程距離が意外とあってよ……」
「言い訳するな! ともかく、お前もついて来い! やられっぱなしでいいと思ってるのか」
「と、当然だ!」
狼狽えつつも頷くルイジから視線を外し、アリサは帽子の位置を調整すると右目の下の源石へ手を伸ばした。
「逃げられると思うなよ*クルビアスラング*共……おれたちを、姉さんをコケにしたことを後悔させてやる」
◆
「どう? 追手が来てる様子は?」
オフロード車の後部座席に陣取ったリスカムが揺られながら後方を警戒していると、運転席からフランカの確認が飛んできた。
「ううん。大丈夫そう」
「おじさまはちゃんと仕事をこなしてくれたみたいね~」
笑う彼女の声にリスカムも愛銃へ
ガンマンに任せたのはナイジェラ一味の所持する車両のタイヤをパンクさせ、彼らの追撃を遅らせることであった。
「……
「あまり考えすぎちゃダメよ。確かに金鉱で全滅させることがベストではあったけれど、一味の数を減らして残りを金鉱から引き摺り出せたと考えればいいわ」
「でも戦場を町に移すのはリスクが大き過ぎるって、フランカも言ってたでしょ」
とはいえ、アーチーズタウンで盗賊たちを迎え撃つことを提案したガンマンに対し、住民を再び争乱に巻き込むのは本末転倒であるとリスカムは反対し金鉱内で制圧することを主張した。
最終的に地理的な不利、釣り出した盗賊たちは町と外部との境界線で迎え打つ方針を取り、金鉱での戦闘は限定的なものに留めることを決めたのだが、内心歯がゆい思いをするリスカムではあった。
「そりゃあ町のド真ん中で切った張ったをするようなマネごめんよ? でもコッチの被害を抑えることも考えたら多少のリスクは受け入れないと」
「そうだけど……」
「心配のし過ぎよ。大体、これ以上町の人たちを傷付けさせるつもりはあなたもないでしょ?」
図星を突いてきたフランカにリスカムは言葉がつかえてしまう。
「……当たり前でしょ」
「よね~。隊長ならそう言ってくれると思ってたわ」
調子良さそうに笑うフランカに苦笑してしまう。彼女に傷を負わせてしまったことで少し臆病になっているのかもしれないな、と自嘲するリスカムだったが──
「──ん?」
後方から微かに聞こえてくる唸るような音にリスカムは目線を上げた。
「フランカ」
「何?」
「ガンマンさんの仕事にケチを付けなきゃいけなくなったかも」
「何ですって?」
背後でフランカが振り向いた気配がしたがリスカムは目をやることはせず、後方からものすごい速度で山道を駆ける一台のオフロード車──確実にナイジェラ一味の追手だろう──を睨み付けた。
「ちょっと! おじさまは何やってたのよ?」
「ともかく、迎撃は私に任せてフランカは振り切ることに専念して」
「町に戻ったらあとで文句言ってやるんだから……っ」
フランカのこの場にいないガンマンへの恨み言を聞き流すことが難しかった。左手には山の斜面、右手には谷と山中の
因みに当のガンマンは自分たちとは別のルートで町へと戻るようで、彼も、彼の駄獣の姿も影も形も見当たらなかった。
(一台しか追跡がないのは気になるけど……)
ガンマンのミスがあったにしては追手の数が少ないことに疑問を抱きつつ、リスカムは接触に備えて脇に置かれた大型の銃器……ガンマンから預かり受けたそれへと手を伸ばし、接近するオフロード車をまっすぐに見据えた。
◆
「追いついたぞ傭兵ども……」
仲間を率いて追跡に打って出たアリサは運転手へ檄を飛ばし、デコボコとした山道で出せるだけのスピードで車を走らせ、どうにかして山脈を出る前にブラックスチールの傭兵たちを捕捉することに成功した。
成功したのだが……。
(銃さえなければあいつらなんかすぐに仕留められるっていうのに!)
前方、車三台分先を行く傭兵たちの乗る車の後部座席に陣取ったヴイーブルの銃撃にこれ以上の接近は困難で、そのことがアリサを苛つかせていた。
たとえ近付けたにしろ、運転手かタイヤを狙われれば右側の谷へとダイブすることになるだろう。
「クソ! 弾幕が厚くてまともに狙えねぇ……!」
後部座席の隣、窓からへっぴり腰で身を乗り出し、応戦するルイジの泣き言も苛立ちを加速させる要因でもあった。
大体、高度なアーツユニットである銃器を振りかざせるあの傭兵たちがおかしいのだ。しかもサンクタでもないのに大型の銃器まで扱えるなんて聞いたことがない。ガンマンも同様であったが
「そういえばあいつは一体どこに──?」
「うわ!?」
パリンッ、と銃撃によってフロントガラスに放射状のヒビが走り、運転手の悲鳴で思考を遮られたアリサはチッと舌打ちをした。
「……」
忌々しげに吐き捨てると、アリサはクロスボウで応射しているルイジの上着を掴み、無理やり車内へ引っ張り戻した。
「ちょ、おい! 何すんだよ──」
「クロスボウ寄越せ。フィッツ」
言葉短かに告げて驚く彼の腕からクロスボウを引ったくり、運転席の仲間に指示を出す。
「次、U字のカーブが見えたらアクセルを踏み込め」
「なんだって?」
「おいおい正気かよ……!?」
「馬鹿っ、早とちりするな! ……カーブに入る直前で急ブレーキだ。いいな」
顔を青くする仲間たちへそう言ってアリサは帽子のあご紐をきつく締め、角がぶつからないように窓から身を乗り出すと屋根へと手を掛けた。
「あいつらに、おれの『早抜き』の意味を教えてやるんだよ」
◆
(アーツを用いない銃を撃つことになるなんて)
エンジンを唸らせて後方から迫ってくるナイジェラ一味へ向け、一定の間隔で発砲しながらそんなことを考える。
ガンマンから借り受けた大型の銃器──全長が一メートルを超えるライフル銃であり、銃身下部に伸びる銃身と同じ長さの筒型マガジンに銃弾を装填する珍しいタイプであった──をサンクタでもない自分が撃つ日が来るとは思いもしていなかったからだ。
但しこのライフル銃、連射はきくものの
……それでも追手の盗賊にいる狙撃手のクロスボウとは比較にならない連射力があるのだから文句はなかったが。
「違和感が凄いけど、ね!」
アーツコントロールを介さない操作への奇妙さを声にしつつ引き金を引けば、右肩に走る反動と共に甲高い銃声がけたたましく峡谷に木霊し、銃口から白い硝煙と銃弾が吐き出される。
運転席を狙った弾はしかし僅かに逸れてフロントガラスにヒビを走らせるに留まるが、それに驚いたのかナイジェラ一味の車が左右に揺れながら速度がやや落ちた。
「フランカ、相手が怯んでる内に!」
「オッケー!」
フランカがオフロード車の速度を上げ、ガタガタと地面剥き出しの山道の凹凸に揺られながらリスカムがレバーを押し下げると、真鍮色の機関部から吐き出された薬莢が顔を掠め、薬莢の熱を頬が感じ取った。
「あの時は不思議にしか感じなかったけど……」
かつてサルゴンで邂逅し関係を築いたレインボー小隊が脳裏に浮かぶ。彼らが所持していた銃器もアーツを介さない特殊な代物であったが……なるほど、アーツの才能が一切不要な銃とはつまり、文字通り誰にでも撃てるということに他ならなかった。
(もしこの類いの銃が普及でもしたら……)
アーツ能力に秀でておらずともその取り扱い方法さえ理解していれば扱えるのだ。今の自分のように。
極一部の人間にしか使うことを許されなかった武器がそうでなくなったとき、テラの大地にどれだけの惨禍が生まれるのか想像も出来ず、その事態をクルビアの辺境で理解するに至り、リスカムは背筋が寒くなる思いに駆られてしまう。
「でも、今は感謝しないとだね」
とはいえ、ガンマンのライフル銃をリスカムも扱えたからこそ自分の愛銃の弾を節約出来ているのだから、とリスカムは場違いな不安を振り払った。
「次! 大きなカーブが来るわ!」
フランカの注意に前方へと向き直る。
見れば、地滑りか何かで山肌が抉られ、かつては直線に続いていたであろう道が窪みに沿ってU字型に大きくカーブを描いている場所であった。
「彼らが体勢を立て直す前に距離をつけて!」
「まっかせなさい! こういうときは──」
待ってましたとばかりに声を上げたフランカは減速するどころか速度を上げてカーブへと突っ込んでいく。
「え、フランカちょっと待──」
「コーナーで差をつける!」
「お、落ちる落ちる──っ!」
そのまま崖下に突っ込むのかとリスカムの顔から血の気が引くのも構わずフランカは高速度を維持したままハンドルを思い切り左へと切る。
タイヤの摩擦音と土煙を上げてカーブを曲がる遠心力で後部座席から吹っ飛ばされそうになるのを車体にしがみついて耐えながらリスカムは叫んだ。
「馬鹿じゃないの! 振り落とす気!?」
「んなワケないでしょ、ただテクニックを使って曲がってるだけよ!」
「そういうのはレース場での話でしょ! こんな悪路でされたら命が幾つあっても足りないよ!」
むしろ得意げに返してきたフランカにリスカムは思わず半ギレで吠えてしまった。
「そんなことより、盗賊たちはどう!」
「『そんなこと』で済ませようとしないで!」
リスカムは突っ込みを入れながらも背後を確認する。
土埃が舞っているせいで視認し辛くはあったが、少なくとも盗賊たちの車両はまだ視界に収まってはいなかった。
「まだカーブに差し掛かってないみたい!」
「了解! このまま突き放してやるわ!」
カーブの終着点が目の前まで迫り、リスカムは盗賊たちとの彼我の距離を測ろうと再び振り返る。
崖を挟んだ反対側、カーブにすら差し掛かっていない盗賊たちの車両のボンネットの上に、あのエラフィアの女盗賊が陣取っていた。
リスカムが彼女たちの意図が理解出来ずにいると、突如エンジンを唸らせながら速度を上げる盗賊たちの車両。
「何を──」
そのまま速度を落とすことなく、むしろ加速していく盗賊たちの車両を見てリスカムが目を見張り──
「なっ!?」
飛んだ──!?
崖に突っ込むギリギリで甲高い音を響かせて急停止した盗賊たちの車両。ボンネットを踏切台にして女エラフィアが跳躍した。
車の加速も合わせてとはいえ、二十五メートルはあるだろう崖をものともせずの大跳躍。彼女の大胆な行動に信じられない思いでリスカムは見上げてしまっていた。
(目が──)
こちらへ向けて飛んでくる女エラフィアと視線が交錯したその瞬間、背筋を走った寒気にリスカムは反射的にライフル銃を向けて迎撃しようとするが……。
『させるかよ』
声は届かなかったが、そう口を動かした彼女の両腕が振るわれ、投げ放たれた複数のナイフがリスカムを襲う。
「……っ!」
「リスカム!?」
(早……!?)
引き金を引く暇も無く──女エラフィアの正確な投擲と早業に驚愕する。遅れて両の二の腕と両の大腿を鋭い痛みが走る。視線を向けずともナイフが体に突き立っているのが分かる。
「こ、のくらいなんてことは……っ!」
ライフル銃を握る手が緩み、膝を突きそうになる。それでもリスカムは血が衣服に滲む感覚を無視して女エラフィアを撃ち落とそうと落下してくる彼女へ震えた手で構え直すが、続けて顔に向けて放たれたナイフを咄嗟に掲げたライフル銃で防ぐので精いっぱいだった。
受け止めた反動でよろめきながらもライフル越しに女エラフィアを睨み付けるが、彼女は背中へ腕を回し背負っていたクロスボウをこちらへ向けていた。
(撃たれる──!)
今の自分は隙だらけだ。この後の自分に降りかかる惨劇を直感して身を強張らせるが遅れてハッとする。
クロスボウの照準が僅かだが逸れている。
鏃の先は自分よりもやや上に向けられていて──
(しま)
リスカムの背筋が凍る。クロスボウで狙われているのは自分ではなく、
「伏せて!!」
リスカムが叫ぶと同時に混じって弦のしなりと風切り音がなる。
──間に合わない!
ガンマンのライフル銃を脇へと投げ捨て、フランカが運転しているのも構わずにリスカムは飛び掛かるように彼女へ覆いかぶさる。
直後、ドスリと嫌な衝撃が首筋に走り、リスカムの口から呻きと共に空気が漏れた。
本日の更新に併せてオマケ:小ネタ・元ネタ解説集に十七話、十八話中での小ネタに関する解説を追記しました。
リスフラよ。怪我させてばっかで申し訳ない……。