アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~   作:丸・ぱそ男

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第二話 荒野のストレンジャー

「────うう、ん」

 

 暖かな陽の光が顔を照らす、その眩しさにリスカムは目を覚ました。

 

「…………?」

 

 少しして、彼女は自分がベッドに寝かされていることを認識する。どうして寝かされているのだろう、と微睡む頭で考えを巡らし、記憶を遡り──

 

「……フランカッ!?」

 

 一気に覚醒するとベッドから飛び起きた。

 リスカムは必死になって辺りを見渡して彼女を探す。

 周囲の様子からしてどこかの一室で寝かされていたようだ。そこそこの広さの室内には簡素な調度品が置かれ──扉の横には自分の盾やフランカのレイピアなどが壁に立て掛けられている──、部屋もそれに見合った特徴のない内装であった。

 

「…………」

 

 いた。右隣のベッド。頭に包帯を巻かれた彼女が、穏やかな顔をして静かに寝息を立てていた。

 続けてリスカムがふと自分を見下ろすといつもの服は脱がされており、肌着の状態で寝ていたようだ。そして、体のところどころに包帯が巻かれていることから、治療されていたようである。

 

「……〜っ」

 

 普段ならそうお目にかかれないフランカの寝顔と、自分たちに施された治療跡。それらを認識した瞬間、リスカムは再びベッドに身を投げ出した。

 ……安堵で全身から力が抜けてしまったのだ。

 

(ジェシカたちが見たら驚くだろうな)

 

 彼女の無防備な横顔に、リスカムは大きな嘆息と共に苦笑を溢した。

 続け、視線だけで周囲を窺いつつ思案する。フランカと共に嵐を乗り越えて町に辿り着き、明かりの灯る建物へ踏み込んだところまでの記憶はあるが……どうにか助けてもらえたようである。

 

「……良かった」

 

 額に腕を乗せた肌着の状態でベッドに身を預けていると、コンコンと扉がノックされる。

 

 開かれた扉から姿を見せたのはリーベリの少女だった。

 

「良かった! 目が覚めたのね」

 

 入室した彼女は笑顔を浮かべ、スタスタとリスカムたちの方へと歩み寄って来る。

 

(助けてくださった方、でしょうか?)

 

 反射的に上半身を覆っていた腕を下ろし、身を起こしたリスカムは並ぶ二つのベッドの真ん前で立ち止まった、リーベリの少女へ当然の疑問を抱きながら問い掛けた。

 

「声が聞こえたから様子を見に来たんだけど……ホッとしたわ」

 

「あの、ここは一体?」

 

「ここは『ミランディージャ』の二階にある宿泊部屋よ。あ、『ミランディージャ』は酒場(サルーン)のことね!」

 

 要領を得ない質問をしてしまったと反省するリスカムだが、気にした風もなく人差し指を立てる彼女の説明になるほど、と得心がいく。

 サルーンとは開拓地を舞台にしたクルビア映画によく出てくる、酒場と宿屋が一つになった施設のことだ。

 嵐の中、人の気配を感じる建物を目指して飛び込んだはずだがさもありなん。開拓地において酒場は人々の集う中心地となることが多い。

 偶然であったとはいえ、リスカムは自分の直感と選択に感謝をした。

 

「三日間も熱に浮かされて寝ずっぱなしだったからもう駄目かと……でも、その様子なら大丈夫そう」

 

「三日も、ですか……」

 

 胸を撫で下ろすリーベリの少女とは対照的にリスカムは顔を顰める。嵐の中、それも暴風雨に長時間晒されていたのだから致し方ないとはいえ三日も寝込んでいたとは……。

 早急にロドスへの現状報告と救援要請──元はと言えば自分たちに非があるのでとても後ろめたい……──を出す必要がある。

 悶々と思案するリスカムの姿にリーベリの少女は不思議がって首を傾げながらも話を続ける。

 

「ヴイーヴルは種族的に頑丈だっていう話、本当の話だったのかって驚いちゃった。きっと皆も驚くわよ、怪我だってしてたのにって」

 

「確かに頑強さは私たち(ヴィーヴル)の取り柄ではありますが……ところで、フランカの容態はどうなんでしょうか?」

 

「フラン……? ああ! ヴァルポの人なら大丈夫よ。ウォルツ先生の話だと命に別状はないみたい。あっ、ウォルツ先生はこの町のお医者さんのことね」

 

「そうですか……」

 

「でも、頭を強く打ったせいかまだ目は覚ましてないの。暫く絶対安静が必要みたい。本当なら精密検査に掛けたいって先生はぼやいていたけど、こんな辺鄙な片田舎でしょ? 無理な話よね」

 

 隣で寝ているヴァルポの相棒を見つめながら、リーベリの少女の話に耳を傾けるリスカム。

 医師がいてくれたこともそうだが、命に関わる怪我でなかったことに安堵するが、それでも胸が痛む。フランカが目を覚ました時、まずは謝らなければと考えを巡らせていると少女から遠慮がちな声が投げ掛けられる。

 

「その、二人はどうしてこの町に?」

 

 「こんな開拓地の果てなんかに?」と当然の質問が飛んできてリスカムもむむ、と表情を難しいものへと変えた。

 嵐の中、正体不明の二人組が徒歩で現れたのだ。それもクルビアの辺境地帯で。おまけに二人して怪我を負っていると来ている。誰だって胡散臭がるに決まっている。

 

「……どこから話せばいいのでしょうか」

 

 顎に手を当てて悩んだものの、リスカムは事の始まりから話すことに決めた。

 始めに、自分たちはBSW所属の安全保障員──傭兵とストレートに言うよりは体裁が良いためだ──であり、現在はロドス・アイランドという製薬会社に駐在していること。そのロドスの指示の元クルビアの荒野で任にあたっていたこと。任務が完了し帰還の最中であったが、フランカの希望によりクルビア辺境の観光のため足を伸ばしたこと。

 その道中、嵐に遭遇してしまい、足である車両を失った上にフランカが負傷したため車両を放棄し、救助を求め徒歩でこの町に向かったこと……。

 

「──今まさに目を覚ました訳です」

 

 一通りを語り終えたリスカムは少女の反応を窺う。

 何やら考え込んでいる彼女だったが、見つめられていることに気付くと、ハッとしたように表情を同情の念のこもったものへと変えた。

 

「……それは、とんだ災難だったわね」

 

「確かに災難ではありました」

 

 少女は歩み寄り、リスカムの寝ているベットの脇に膝を付く。リスカムも言葉短かに頷きを返した。

 物資の過剰受領、破損、紛失。車両の大破等々……嵐に遭難したという不可抗力ではあるがロドスに帰還した各種報告周りのことを考えると気が重くなってしまう。

 

「……始末書が厚くなりますね」

 

「何か言った?」

 

「いえ、何でも」

 

 しかし、それらは相棒を負傷させてしまったことに比べれは些末事だ。

 命に別状がないというので気の持ちようは大分軽くはなっていたが、万が一があったらと思うと──

 

(この町から離れるのは目を覚まして、怪我が治癒してからとしても、まずは連絡を取らないことには)

 

 最寄りの駐在オペレーターとのコミュニケーションを取る。まずはそれからだが、この辺境地帯では連絡手段は相当に限られるはず。通信機での直接交信など望むべくもない。

 

「せめてトランスポーターが立ち寄ってくれればまだ可能性は……」

 

「……あのっ、私たちに出来ることがあれば何でも言って。協力するわ」

 

「え?」

 

 突然立ち上がった少女の助け舟に、考えを巡らせていたリスカムは目を丸くする。

 

「そ、そんな。既に治療していただいているんです。これ以上あなたや町の方々に何かしてもらうなんて……」

 

「困っている人がいたら手を差し出すのがクルビア開拓民! それに、久しぶりの外からのお客さんだもの。こんな時でも歓迎してあげなきゃ!」

 

()()()()?)

 

 細やかな胸を張り、自信ありげに両手を腰に当てた彼女の言葉に引っ掛かりを覚える。がリスカムとしてはその提案、善意は渡りに船であった。

 口では遠慮しつつも、町の住民の助けを借りられるに越したことはない。それに、住民全体の意志であるかはさて置き、友好的に接してくれる少女の好意を無碍には出来なかった。

 

「……ご厚意に感謝します。それと──」

 

 リスカムは表情を引き締め姿勢を正すと、少女へ深々と頭を下げる。

 

「私とフランカを助けていただき、本当にありがとございました」

 

「そ、そんなに畏まらなくても……っ!」

 

「いえ、あなたは私たち命の恩人です。感謝してもしきれません。ええと──」

 

 言葉に詰まるリスカム。そう言えば、と名前を尋ねていなかったことに今更ながら思い至る。「あ」とリーベリの少女も思い至って両手を打ち合わせる。

 

「ごめんなさい。私たち、お互いに名乗り合ってなかったわね……私はジル。あなたは?」

 

「リスカムです」

 

「リスカムさんね。で、そっちのヴァルポのお姉さんがフランカさんと」

 

 ジルと名乗ったリーベリの少女はこちらと目を覚ます様子のないフランカを交互に見やり、一つ頷いて笑顔を浮かべて歓迎の言葉を紡いだ。

 

「遅くなっちゃったけど、ようこそアーチーズタウンへ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 目覚めてから数日して。

 快復したリスカムは『ミランディージャ(酒場)』の前の通りに降り立ち、興味深そうに目の前の『移動手段』を眺めていた。

 

「……そういえば跨るのは初めてかも」

 

 『移動手段』──穏やかな眼差しをする駄獣の首を撫でてやると、駄獣はフンっと鼻息を吐きながら心地良さそうに目を細めた。

 

「大人しいものですね」

 

 姿形は異なるが故郷のヴィーヴルにも駄獣は生息していた。

 だが移動手段としてよりも運搬手段として用いられていたし、そもそもの個体数も少なく、BSWの安全保障員となった今では専ら徒歩が自動車での移動が常であり、駄獣に跨っての移動というものに新鮮味を感じてしまう。

 

「──これでよし、と」

 

 リスカムの撫でていた駄獣を挟み、背に鞍を取り付けていたペッローの老人──マークが鞍の腹帯を締め終わったようで声をかけてくる。

 

「待たせたなお嬢ちゃん。準備完了だ」

 

「いえ。ありがとうございます」

 

「へへっ、このくらいどうってことはねぇさ!」

 

 ヒョイと駄獣越しに顔を覗かせた老人へお礼を述べ、酒場の方を振り返る。

 

「ジルさんも相談に乗っていただいてありがとうございました」

 

「気にしないで! これくらいどうってことはないわ」

 

 酒場の軒先の板張りの通路(ボードウォーク)に腰掛けるジルへも感謝を伝えるが、リーベリの少女は手を振り、パンパンとお尻をはたいて立ち上がって隣に並び立つ。

 そして、彼女は先程の自分のように駄獣の首筋を撫でながら苦笑した。

 

「と言っても。実際に手伝ってくれるのはマークさんで、私は何も出来ないけれどね」

 

「そんなことはありません。ジルさんが皆さんに働きかけてくださったから、こうして物資の回収の目処が付けられたんです」

 

 リスカムは至極真面目に首を振ってジルの謙遜を否定する。

 これから、嵐のせいで放棄することとなった四駆へと戻り、積み込んでいた物資の回収へ向かうところだった(水没を免れ、かつ野生生物たちに車両を荒らされていなければ、という前提はあるが)。

 物資だけでも回収出来れば、これから取るべき選択肢もグンと広がると目を覚ましたからベッドの上で考えていたのだが、生憎と物資を運ぶ手立てがなかった。

 これについてジルへ相談したところ、彼女はそれなら、と住民たちに呼び掛け、志願者から道先案内人と駄獣を準備してもらったのである。

 

「お二人には──いえ、住民の皆さんには感謝してもしきれません」

 

「なぁに、遠乗りがてらちょいと駄獣を運動させたいところだったんだ。良いタイミングで声を掛けてもらってこっちは感謝してるくらいだよ」

 

「この辺りじゃ困ってる人を助けるのは当たり前のことなの。リスカムさんが気負う必要はこれっぽっちもないわ」

 

 改めて感謝の念を伝えるが、二人ともそれが当然であるという態度である。開拓地辺境という厳しい環境が、この町の住民の互助精神を育んだのかもしれない。

 過酷な環境での生活の中でなお人間性を忘れない彼らに、リスカムは好意を抱くと共に自然と微笑が溢れてくる。

 

「ありがとうございます──では、早速ですがよろしくお願いします」

 

 自分も彼らに何か出来ることがあればという想いを胸に秘めつつ、駄獣に跨り──何分初めてなの騎乗するのに四苦八苦していたら二人に笑われてしまった──、ジルの見送りに手を振って応えながらリスカムはマークと共に町を出発した。

 

「常在のトランスポーターがいるんですか?」

 

 遮るものがない荒野の只中。空から降り注ぐ日差しを直に浴びていたリスカムは思わず食い付いた。

 

「そうとも。ただ、今は丁度出払っちまっててな。最寄りの移動都市まで定期便を届けてもらってるんだよ」

 

「その方はいつ頃戻られる予定ですか?」

 

「んー、町を出たのがお嬢ちゃんたちが来た二日前だから……早くてもまだ一週間以上は掛かるな」

 

「なるほど」

 

 土地勘がある、ということで同行を買って出てくれたマークが帽子の庇の下で顎に手を当てつつ返してきた答えを残念に感じつつも、リスカムにとってアーチーズタウンにトランスポーターが常駐しているという情報は大きな収穫だった。

 やはりというか、通信機器は機能しないため外部との連絡手段はトランスポーターを介しているようである。

 

(トランスポーターが戻ってくるまでは待機が続きますが……)

 

 ただし、最寄りの隣町まで往復で二週間。加えてそこから外部との接触になると倍以上は掛かるだろう。

 想定外に辺境の町に長居することにはなるが、ロドスへの帰還の道筋を立てられただけ良しとする。何より、フランカもまだ快復していないのだから。

 

「……これじゃあ大地周遊はお預けだね」

 

 フランカが聞いたらなんと言うだろう、とリスカムがため息混じりに呟くと、こちらの心中を察したように駄獣がフンっ、と鼻息を付いた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 太陽にジリジリと焼かれて汗の滲む額を拭いつつ、駄獣に揺られること一時間ちょっと。特段の問題も発生せず放棄した四駆の元へ到着した。

 暗くて詳細が分からなかったがまあ酷い有様である。

 頑丈であるはずの車体は車体の底面を晒し、そこら中が歪みヘコんで、バンパーは見事なまでにペシャンコになっている。ランプなどは全て割れてしまい、前輪のタイヤがどこぞへと吹っ飛んでしまっていた。

 軽く頭痛を覚えるリスカムだったが、こめかみ辺りの痛みを無視して逆さになった車内に潜り込む。

 やはりというかあらゆる物がひっくり返り、おまけに乾いた泥がそこら中にこびり付いてこちらも酷い有様だった。

 

「……荒らされた様子は無さそう」

 

 それでも、野生生物の形跡がなかったことに安堵の息をつき、リスカムは使えそうな物資を車両から回収する。

 ルーフキャリアに積んでいた物資は転落の衝撃で殆どが散乱、破損して駄目になってしまっていた。それでも車内やトランクに詰め込んでいた物資は比較的活用出来るものが多く、一安心であった……特に、替えの服が無事だったのはありがたい。

 

「しかしまぁ。よくこの崖から落っこちて死なずに済んだな二人とも」

 

「それは、私も同感です」

 

 回収した物資を車から出し終え、一息ついたところでマークが呆れように声をかけてきたので、リスカムも同意を示すように肩を竦める。

 見上げた先。そこには十メートルはあろうかという高さの崖がそびえ立っていた。

 どうやら、この辺りは窪地になっていたようである。むしろ小さな谷と呼んでもさしつかえなかった。荒野の只中にこのような高低差のある地形が現れるとは、運が悪かったとしか言いようがない。

 

「…………」

 

 ──雷鳴と打ち付ける雨音、頭から血を流すフランカの姿が脳裏を過ぎる。

 

「自動車工がいればなぁ。そうなりゃ車も回収して修理を、って手も打てたんだがね」

 

 崖を見上げていたマークの声にリスカムは頭を振り、気持ちを切り替えながら彼の方へ顔を向ける。

 

「プロが見りゃ直せるかどうかも分かるんだろうが、俺にはてんで判断がつかんよ」

 

「町には整備士もいるのですか」

 

「いることはいるんだがね……いや、まぁ、野暮用でな。今は町に居ないのさ」

 

 考えるような素振りで顎に拳を当てて目を逸らすマークの仕草。

 その仕草に、リスカムは彼が分からない程度に眉根を寄せた。

 

(野暮用、か)

 

 靄のような疑念が胸に蟠るが、今は胸の内にしまい込んでおく。今は優先すべき事項が他にあるのだから。

 この違和感について自分を納得させる必要を感じつつも、リスカムはペッローの老人と協力し、まずは回収した物資を駄獣の背へ積み込むことへ専念することにした。

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