アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~   作:丸・ぱそ男

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第三話 目撃

 

 

 

 今から三十年以上も前のこと。

 広大なクルビアの辺境に連なる小さな山脈の裾野にアーチ何某(なにがし)という男が辿り着き、そこに開拓拠点を築いたのがアーチーズタウン──彼の名を冠した町の歴史の始まりだったという。

 彼がどういった経緯で開拓地へと赴いたかには諸説あるそうだが、クルビアの荒野、その大地の果てのような場所でありながら──のちにクレアモント山脈と名付けられた──山々より流れ出る水源と生い茂る草木、山腹に眠る鉱物などがもたらす自然の恵みが、開拓拠点を築く決め手になったと言われている。

 時が経過した今日においてもアーチーズタウンの人々がこの地を離れず、開拓拠点から町へと発展し暮らし続けているのは大地の恵みにあやかり、生活を送ることが出来るに他ならなかった。

 

 

 

「辺鄙なド田舎だからな。大掛かりな設備を導入してまで開発するにもコストが掛かるとかで、採算が合わないから企業連中も見向きもしない。そのお陰もあって、俺たちは今もここに暮らすことが出来てる訳だよ」

 

「確かにそうですね。この辺りに来るまでにかなりの距離を移動しましたから」

 

 物資の回収を終えて帰路に着く道中、アーチーズタウンの成り立ちや近辺の地理に関するマークの話にリスカムは額の汗を拭いながら耳を傾けていた。

 

「だろう? こんな辺境じゃ何にもないからな。楽しみと行っても月に一度やって来る隊商(キャラバン)と年に一度傍を通りかかるか掛からないかの移動都市(トカロント)ぐらいで、若い連中の多くは国内の移動都市なり他国なりに飛び出すやつが多いのよ」

 

「そこはどの国も変わらないものですね」

 

 多感な年頃であれば刺激を求めるのが常であろう。ヴイーヴル連合の出身であるリスカム自身、彼の話はどことなく身に覚えがある。

 

「通りで若い男性を町で見かけなかったのも腑に落ちます」

 

「お、おお。そうともさ……若いのはみーんな娯楽に飢えててしょうがない」

 

 マークは決まりが悪そうに頷く。リスカムは怪訝に思いつつも何も言わず、彼から顔逸らして進行方向へと向き直る。

 町に近づくにつれ岩と乾いた地面ばかりであった光景に緑色がちらつき始める。荒野と山脈との境目とも呼べそうな、景色に変化が生まれそろそろ町に到着すると行ったところでリスカムははたと気が付いた。

 

「あれ、あそこにいるのは?」

 

「んー……ありゃあジルじゃないか?」

 

 目元に手のひらを翳すマークの声にリスカムも目を凝らす。

 町と外界との境界線を示す役割を持つ木の柵の傍。リーベリの種族的特徴である頭に生えた灰色掛かった羽にロングスカートを纏った少女側佇んでいる。

 確かにあれは短いながらもリスカムにとっても見慣れた少女、ジルで間違いなさそうである。

 

「あの娘のことだ、きっと俺たちを出迎えに待ってくれてたんだろう」

 

「そこまでしていただかなくとも……」

 

 決して小さい町でもないのに、町の外れにまで足を運んでくれた彼女の思いやりに自然と頬が綻む。彼女のお陰で物資の回収が非常に捗ったことを伝えよう。そう考えたリスカムだったが……近付くにつれて違和感を覚え始める。

 彼女の様子がどうもおかしい。キョロキョロと周囲を見渡したり、町の方へ何度も振り返ったりして落ち着きがない。

 

「……あっ、マークさん! リスカムさん!」

 

 こちらに気が付いたジルが駆け寄って来る。

 その表情はどこか切羽詰まっており、嫌な予感がしたリスカムはそれとなく身構えた。

 

「戻りましたよジルさん」

 

「た、大変なの!」

 

「どうしたんだそんなに慌てて?」

 

 手綱を引いて駄獣を止めてリスカムが騎乗から声を掛けるが、ジルは余裕がないのか聞こえてないように無視をして、マークへと顔を向けたままである。

 思わず目を丸くするリスカムだが、それにも気付かない様子でペッローの老人へ何かを伝えようと言葉が出てこない有様だった。

 荒んだ息遣いのまま口ごもるジルを見かね、駄獣から降りたマークが落ち着かせるように彼女の肩で手を置いた。

 

「落ち着け、そんなんじゃ何が言いたいのかさっぱりだぞ」

 

「フ──」

 

「フ?」

 

「フ、フランクさんが……フランクさんが帰ってきたの!」

 

「な──なんだって……!?」

 

 必死の表情のジルと、彼女の口から飛び出した名前に皺の刻まれた顔を驚きで歪ませたマークを前にして、リスカムは町の人々に抱いていた()()()が表面化したことを直感した。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ジル! フランクはどこに!」

 

「マスターのところ!」

 

 先を行くマークが背後のジルへと呼び掛ければ、彼女はすぐさま答える。

 アーチーズタウンの真ん中を貫くように伸びた通りを駄獣に跨ったまま速歩で行くジルたちに遅れないよう同じ速度で追いながら、駄獣の背でリスカムは思案していた。

 

(やっぱり、この町では何かが起きてる)

 

 通りを進む傍ら。脇を見遣れば左右に建てられた木造の家々から住民が飛び出し、皆一様に同じ方向へと駆け出していく。

 自分たちと目的地は同様『ミランディージャ』を目指しているのだろう。

 フランクという人物が帰って来たことを祝うために? いや、恐らく違う。

 目を覚ましてからジルやマーク、町の人々に抱いていた違和感……町全体に漂うどこか陰鬱な空気と、知られたくない何かをひた隠そうとする言動が否定する。

 思考を巡らせている内に目的地の『ミランディージャ』へと辿り着くが、店の正面では既に人集りが出来ていた。

 マークが酒場の真向かいの雑貨屋の駄獣を止め、鞍から飛び降りたと同時に手綱を傍の横棒に巻き付けて酒場へと駆けていく。

 

「あ、マーク……」

 

「どけ! どいてくれ!」

 

 声を張り、酒場の前にたむろする住民たちを掻き分け、彼の姿が店内へと消えて行った。

 

「大丈夫? 降りられる?」

 

「え、ええ。まぁ」

 

 スタリと慣れた様子で駄獣から飛び降りたジルの気遣いにうっすらと頬を染めつつ、リスカムは跨るときよりはマシなぎこちなさで駄獣から地面剥き出しの道へと降り立つ。

 駆け足でジルの後に続いて『ミランディージャ』のスイングドアを押し開けた。

 

「皆さんは一体……?」

 

 店の中は外同様、住民たちがひしめき合っていた。

酒場だというのに誰も酒を嗜んでおらず、皆一様立ち尽くしに注目が一点に注がれている。

 異様な光景に眉を顰めつつ、リスカムも彼らと同じくポッカリと空いた店の中央へと目線を送った。

 

「う、うう……」

 

「おい! おいフランク!」

 

 板張りの床に膝を突く『ミランディージャ』のマスターとマーク、口髭を蓄えたウルサスの中年男性に囲まれ、床に直で寝かされているペッローの青年の姿があった。

 

「しっかりしろ! おい!」

 

「フランクさん、マークさんを連れて来たわ!」

 

 フランクと呼ぶペッローの青年の元にジルも駆け寄り、膝を付いて心配そうに覗き込む。同じように傍へ寄ったリスカムは青年をしかと捉え、思わず目を見張った。

 

「これは──」

 

 青年が身に纏った服は土と埃で薄汚れ、そこら中が破れていた。しかも、肌が露出している部分は見る限り打撲痕や擦過傷だらけである。

 特に右肩の辺りはボロ切れのようになったシャツが赤黒く変色している……それが乾いて固まった血であることをリスカムは瞬時に理解した。

 重傷のペッローの青年に触れるウルサスの男性の慣れた、かつ丁寧な手付きからして彼は医者なのだろう。医者が手当てをする傍ら、衰弱し切った青年へマークが覆い被さり、必死になって呼び掛け続ける。

 

「怪我してるのか、どこが痛むんだ? フランク、おい!」

 

「こら揺らすんじゃない、怪我人だぞ」

 

 縋り付くように肩を揺すり始めたペッローの老人を医師が咎めるが、彼には声が届いていない様子だった。

 

「う──……」

 

 マークの声が届いたのか痛みに顔を歪める青年の瞳がうっすらと開かれる。

 

「! おいフランク……」

 

「と、父さん……」

 

「お前、よく……どうやって町まで?」

 

「あ、嵐に紛れて、逃げて来たんだ……」

 

「嵐に、って一体──?」

 

 問い掛け対して青年は苦しそうに掠れた声で返すものの、なおも質問を募るマークを見兼ねたのか、痛みに苦悶する青年の代わりにジルが答えた。

 

「嵐に乗じて山林に身を潜めてたんだって。見つからないよう三日も寝ずに隠れ続けて、機会を見計らって山を下りたところまでは良かったみたいなんだけど……」

 

「結局……見つか、っちまって……このザマだよ」

 

 マークの手を握り締め、やっとの様子で頭を上げた彼は何かを伝えようと声を振り絞る。

 

「き、きっと連中はすぐに、来る……町の皆や、山に残ってる奴らに、害が及ばないように、俺のことはさっさと突き出してくれ……」

 

「馬鹿言うんじゃねぇ! やっとの思いで逃げて来たお前を連中にやる訳ないだろう!」

 

「私たちは大丈夫だから。フランクさんをあの人たちに突き出すなんてこと、絶対にしないわ」

 

「逃げ出そうなんて、考えた、のが……間違い、だった。すま……ない」

 

 二人の励ましに反応を示さず、ペッローの青年は血の気の失せた顔を自嘲で歪ませると、そのままカクリと力無く頭が落ちた。

 

「フランク!?」

 

「そんな……!?」

 

「落ち着け二人とも。気絶しただけだ」

 

 顔を引き攣らせて短い悲鳴を上げたマークとジル。

 ウルサスの医師が最悪の事態を想定した二人の早とちりを諌めた。

 彼は続けざまに『ミランディージャ』のマスターへと目線を向けて確認を取る。

 

「上の空き部屋を借りても?」

 

「問題ない。ウチに泊まりに来る客なんていないからな。マーク、フランクを運ぶぞ。手を貸してくれ」

 

「…………」

 

 首肯したマスターがマークを促すが、ショックからかマスターの声が届いていない。

 茫然自失とした彼の両肩をフェリーンのマスターが掴むと、自分の方へ向き直させ、強く揺すった。

 

「しっかりしろ! お前の息子は死んじゃいないんだ」

 

「あ、ああ……」

 

「ともかく上に運ぶぞ? ──ジルもそんな顔をするな、先生の腕は確かなんだ」

 

「う、うん」

 

「ここで待っててくれ、治療にまで立ち会わなくていい。ほらマーク」

 

 呼ばれたマークはヨタヨタと立ち上がると、マスターと協力して青年を支えるように肩に腕を回して彼の体を起こした。二人に先んじるように医療カバンを引っ掴んだウルサスの医師が、足早に階段へと足を向けて先導する。

 上階へと消えて行った彼らの背中を見送った後、黙って成り行きを見守っていたリスカムは立ち上がった。

 

「──ジルさん」

 

 次いで表情を引き締めると、なおも階段へ視線を向けたままのリーベリの少女へ問い掛ける。

 

「教えてください。この町で今、何が起きているのかを」

 

「それは……」

 

 顔を上げたジルがサッと目を逸らした。

 彼女の様子からして、後ろめたい何かが存在することは確かである。同時に、リスカムはもっと早く尋ねておくべきであったと歯噛みする。

 

「皆さんにも事情があることは理解します。ですが、マークさんの息子さんが重症を負っているんです」

 

 彼らの抱える問題に他人である自分が踏み込むのもいかがなものかと、距離を置いていたのが間違いであった。遭難し、怪我を追った自分たちに手を差し伸べてくれた町の人々は、少なくともリスカムにとってはもう他人という枠で括れなかったのだから。

 

「ジルさんや町の皆さんに助けてもらいました。だから、私に出来ることなら手を差し伸べさせてほしいんです」

 

「あ、その……」

 

「あなたたちへの恩に報いるために。ですから、ジルさん」

 

 リスカムはジルの青い瞳を真っ直ぐに見つめ、そう促した。対する彼女はどうしたものかと困惑した様子で周囲の住民たちを見やった。

 しかし、彼らも互いに顔を見合わせても何も発さず、結局は視線を落とすか首を横に振る始末。

 助け舟もなく、口をまごつかせ視線を泳がせるしかなかったジル。暫し躊躇っていた彼女だが、観念したように肩を落とした。

 

「じ、実は──」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「──なるほど」

 

 

 ジルの話をリスカムは近くにあった椅子に腰掛けて耳を傾けていた。

 彼女が語ったこの町が抱える事情を把握した後、眉間に皺を作りながら重々しく頷き、周囲を見渡した。

 リスカムを囲むように集った住民たち。不安の色を映した彼らの視線が刺さる。

 

「話を整理させていただくと」

 

 リスカムはそう切り出し、言葉通り自分の方思考も整理することも兼ねて順を追って繰り返した。

 

 

 

 今から一ヶ月程前。

 穏やかな変わらぬ日々を享受していたアーチーズタウンをどこからか現れた盗賊団が襲撃した。

 青天の霹靂の如く押し寄せた盗賊団は暴力と恐怖でもって町を蹂躙し、抵抗する間もなく人々は屈服することとなった。

 アーチーズタウンを実質的な支配下に置いた盗賊団の要求はただ一つ。若い働き盛りの男性を集めることで、彼らをクレアモント山脈へと連れ去り、強制労働に就かせることであった。

 

 

 

「そして、彼らが町を襲い、男性を連れ去った目的は──」

 

 リスカムは一度言葉を切り、躊躇いがちに続けた。

 

 

 

「──山中で眠るとされる黄金を掘り当てるため、ということですか」

 

 

 

 リスカムの言葉にジルも、他の住民たちも誰も暗い表情を作るだけで異議を唱えない。

 

(こんな映画みたいなベタな展開に巻き込まれるなんて……)

 

 いつぞやロドス本艦でBSWの同僚たちと(フランカのゴリ押しにより)見ることになった、開拓地を舞台にしたクルビア映画のような状況に自分が置かれていることが、リスカムにはにわかに信じられなかった。

 ただの大地周遊であったはずが、嵐に見舞われて怪我をした上に開拓地辺境で身動きが取れなくなり、挙句に目的地の町は犯罪集団に目を付けられているときた。

 どうしてこう立て続けに苦難に見舞われてしまったのだろう……未だ目覚めぬフランカが現状を知ったらなんて言うだろうか、とリスカムは思わず顔をしかめて天を仰いだ。

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