アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~ 作:丸・ぱそ男
『金』──その貴重さから資産としては無論のこと、物質そのものが持つ特徴から医療、工業に至るまであらゆる場面でも多用される富の象徴にして金属の王。
何人たりとて抗うことの難しい
クレアモント山脈では多種多様な資源が採掘出来ることはマークの話でも耳にしてたが、まさか金も採れるとは……。
「しかし、どうしてジルさんたちは盗賊団のことを黙っていたのですか?」
幾つかの謎が解き明かされ納得しつつも、リスカムは率直な疑問を呈す。
彼女たち住民が自ら暮らす町の直面する問題をひた隠す理由が正直に言って理解出来ないでいた。
「それは──」
「あんたたちを巻き込みたくなかったんだよ」
ジルが答えあぐねていると背後から低い声が返ってくる。
声のした方へリスカムが振り向くと、上階へから戻って来たフェリーンのマスターが階段を降りてくるところだった。
「マスター……」
ジルの弱々しい声を掻き消すように、居合わせる大人たちが口々にペッローの青年──マークの息子であるフランクの容態についてマスターへ浴びせ掛けた。
「フランクは大丈夫なのかい?」
「万が一があったりは……」
「先生も言ってたろう、フランクの命には別状はない……疲労と出血が酷いから暫くは安静にする必要はあるとさ」
「マークの奴はどうした?」
「上でフランクの治療に立ち会ってる。倅のやられっぷりがよほどショックだったらしい……いつもの無駄口はどこへ行ったのやら」
近場の椅子を引き寄せ、ドカッと腰を落として大きく息を吐かフェリーンのマスターへリスカムは言葉を投げ掛けた。
「巻き込みたくなかったとはどういう意味です?」
「言葉の通りだ。あんたたちは他所からやって来て、しかも怪我をしていた。そんな状態の人間にウチの事情を知らせたところで余計な負担を増やすだけだからな」
「それはマスターの判断でしょうか?」
「いや」
彼は首を横に振り、続けてジルの方へ顎をしゃくった。
「ジルの考えだよ」
「ジルさんが……?」
「あんたたちの職業を聞いて、俺やウォルツ先生のところに相談に来てな。最終的に彼女がそう判断したんだ。他の連中には伝えないでおこう、って」
「マスター、それ以上は──」
ジルが咎めるような声を上げる。が、マスターは彼女を一瞥し諭すように続けた。
「ジル、お前の気持ちは分かる。だが遅かれ早かれこの小さな町で過ごしていれば、嬢ちゃんたちに事が露呈するのは目に見えてた」
「でも、リスカムさんたちには関係ないのことで──」
「なあマスター、ヴイーヴルの嬢ちゃんたちがどうしたんだよ」
「ただの観光客なんじゃなかったの?」
食い下がるジルの横から遮るようにして、住民の怪訝そうな質問が飛んでくる。
「今の話からすると只者じゃなさそうみたいだが……」
「そうだ。このヴイーヴルの嬢ちゃんたちはブラックスチール……民間軍事会社に所属する傭兵だよ」
「な、なんだって?」
「本当かい、それ」
『傭兵』。フェリーンのマスターが発したザワリと店内がにわかに騒がしくなる。
「通りで物騒な
「な、なあ。嬢ちゃんが傭兵っていうのは本当なのか?」
「……確かに私たちはBSWに所属する安全保障員ですが」
「つまり傭兵なんだな?」
「そうです」と住民たちからの食い気味の問いに、感情が表情に出ないよう努めつつ短く頷く。
「な、なら荒事は得意なんだよな?」
「連中に痛い目見せてやってくれ」
「息子を取り返しておくれよ……!」
「この町を救ってくれ、頼む!」
「
口々に救いの言葉を吐き出す住民たち。
リスカムは彼らの必死の懇願に晒され、何故ジルが自分たちの身分を彼らへ伏せ、かつ自分たちにも黙っていたのかを疑問に思っていたがここに至って理解した。
盗賊団に目を付けられた町の人々だけでは現状を解決出来ず、外部への救援も望みは薄い。
希望もなく、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ他なかった彼らの前に振って湧いたように傭兵である自分たちが現れたのだ。
ジルが最初から自分たちが傭兵であることを住民たちに吹聴していれば、あらゆる手を用いて町の現状解決のため頼み込んできたであろう。
(けどジルさんはそれを嫌った)
チラとリスカムがジルの方へ視線を送る。
「ヴイーヴルのお嬢ちゃんたちが傭兵だって初めから知ってたのかい?」
「教えてくれてたらもっと早く助けを求められたじゃないか。なにも黙ってなくとも」
「ご、ごめんなさい」
自分よりも年嵩の住民たちの驚き混じりの非難めいた小言を俯いたまま、シャツの裾を握り締めて黙って受け入れている。
彼女はそれを是としなかった。
利用することも出来たのにどころか町の現状も伝えず、怪我を負い、衰弱していたところを『困っているから』とそれだけで手を差し伸べてくれた。
「────」
ジルの萎縮した姿を前にリスカムが口を開こうとした、その時だった。
店の外から複数の短い悲鳴。
「今のは?」
振り返るリスカム。バタバタと複数の駆け回る音をかき消すような源石エンジンの唸り声とクラクション、甲高いブレーキの鳴き声が店内まで響いてきた。
「ちょっとあの音……」
「お、おいまさか」
「くそ、もうフランクの奴を連れ戻しに来たのか……!」
リスカムの疑問に答える代わりに、眉間に皺を寄せたフェリーンのマスターが椅子から立ち上がると足早に窓辺へ突き進む。
周囲の住民たちがあからさまに怯えを見せる横を横切ってマスターを追い、彼に倣って窓越しに通りの様子を窺う。
「彼らは……」
「盗賊団の連中だよ」
蜘蛛の子を散らしたように走る住民たちを横目に、通りのど真ん中に停車した自動車のドアが開き、三人の人影が現れた。
「あいつらが町の車を片っ端から山の中へ持って行ったせいで外へ避難するのも、助けを呼ぶこともできやしない」
「車を接収したのですか?」
盗賊団を観察するリスカムだったが、怒りを滲ませた表情で続けるマスターの話にリスカムは思わず振り返る。
これだけの辺境で自動車という移動手段が用いられていないのはおかしいとは思っていたが、なるほど。通りで自動車の存在が確認出来なかった訳だ。
(町の皆さんの足を奪うとは……)
しかし、ただの盗賊団にしてはやけに手際が良いというか、手慣れているというか。
(随分と組織立ってるな)
それが、リスカムの率直な印象だった。
「! あいつら、こっちに来るぞ」
別の窓から様子を窺っていた住民の一人が引き攣った声で外を指し示した先。盗賊団の男たちがこちらへズンズンと歩み寄って来ている。
「ど、どうするんだ? このままフランクを引き渡すなんてことは……」
「馬鹿言うな。あいつらの相手は俺がする、皆は口を出すなよ。それとジル、お前は上で待ってなさい」
「……うん、分かった」
「嬢ちゃんもジルに着いてやってくれないか」
マスターが店内の住民とリーベリの少女へ指示を飛ばす様をリスカムが見守っていると、不意に水を向けられる。
「あんたが居合わせちゃ面倒になりそうなんでな。それに──ないとは思うが、俺に何かあったときはあの娘を守ってやってくれ」
「良いのですか? てっきり彼らと対峙してほしいものとばかり」
ここまでのやり取りから予想していたことと真逆の対応をせ頼まれ、意外に思ったリスカムが自分の率直な意見をぶつけると、マスターは首を振って──
「個人的にはそうしてもらえるなら何よりだが、ジルがそれを望まないからな」
「何故です?」
囁き声で告げた彼へ鋭い声で問い掛けてしまう。
マスターはどうして厳しい状況下にありながらジルの──言い方は悪いがごく普通の少女である──意見を尊重するのだろうか? という疑問が思わず前に出てしまったからだ。
「……今話せる内容じゃない。ほら、早く行ってくれ」
言葉を詰まらせ、語ることを拒んだマスターに思わず眉根を寄せたが、彼の言うとおり今は深掘りすることではないのかもしれない。
リスカムは素直に頷くと促されるままジルの元へ駆け寄り、彼女の手を取りながら言葉を掛ける。
「行きましょうジルさん」
「え、ええ」
住民たちが緊張と恐怖に表情を強張らせて身構えている中、ジルの手を引いて階段へと足を向けるリスカムがチラと彼女を一瞥する。入り口の方へ首を巡らせていたリーベリ少女の表情はどこか固かった。
◆
「さ、ジルさん」
宿泊部屋の扉を押し開けてジルを先に入らせると、階段へ続く廊下を一瞥してからリスカムも部屋へ──自分たちが間借りしている部屋である──と滑り込んだ。
包み込む形で両手を組む彼女へ声だけを返す。
部屋の中はリスカムが目を覚ました時とほとんど──ジルが摘んできてくれたルピナスの花が飾られているくらいだろうか──変わらない。
フランカが目を覚さない事も含めて。
「……ごめんなさい。その、怒ってるわよね?」
後ろ手に扉を閉めながら──ただし、階下の様子を音で探れるよう扉を僅かに開いたままにしておく──ジルの言葉に首を傾げた。
「どうして怒る必要があるのですか?」
「どうしてって、それは……盗賊のことを黙ってたし、結局は巻き込んじゃって──」
オドオドしつつも気遣いをみせるリーベリの少女の姿にリスカムは苦笑する。確かに、アーチーズタウンの抱える問題を知ったときは頭を抱えたが、逆に言えばそれだけである。
誰にも、何事にも事情はあるものだ
(いや、良くはないのか)
と思いつつも一人首を傾げてしまうが、ともかくだ。すべきことは明確であり、腹も決めている。
「いいんですよ……ジルさん、あなたはここで待機していてもらえますか」
「それってどういう……?」
「これから下へ戻って彼らと
リスカムがそう告げると、ジルは信じられないように目を丸くした。
「そんな! 一人であいつらに立ち向かうなんて……!」
「そこはご安心。これでもBSWの安全保障員ですから」
「でも……町に立ち寄っただけなのにどうして」
「あなたはフランカを助けてくれました」
リスカムには救うに足る十分な理由がある。傷付いた自分とフランカを助けてくれた。ジルを、町の人々に手を差し伸べる理由としてそれだけで十分であった。恩には恩で報いなければならない。
あとは……複雑な経緯があるとはいえ、彼女を責める住民たちへの反発も無くはなかった。
とはいえリスカムは苦笑する。町の問題に自分たち部外者を巻き込みたくない、という彼女の好意を無下にすることには変わりないのだから。
「助ける理由としては十分です」
そう告げてリスカムはガンホルスターから愛用の拳銃を取り出した。
弾倉を引き抜いて残弾を確認、再び弾倉を押し込む。スライドを引いて
「私が部屋を出たら鍵を掛けて、極力音を立てないように待っていてください」
「わ、分かったわ」
何か言いたげな、不安と緊張が綯い交ぜになった面持ちのジルへ念を押しておく。チラ、と彼女から視線を外した。
(あなたならお人好しって言うかもね)
未だ目を覚まさないフランカを一瞥し、胸の内で溢す。
──報酬も出ないのに依頼を受けるなんて、優等生様は聖人君子様でもあったのね〜。
そうぼやきながら肩を竦め茶化してくるフランカの姿が目に浮かぶ。
だが同時に、呆れながらも共に武器を手にする彼女の姿も想像に難しくなかった。
フランカから視線を切ると、リスカムは愛用の盾と拳銃携えて部屋を出る。
「リスカムさん!」
直前、ジルに呼び止められ、リスカムは彼女へと振り返る。
「はい?」
「その……気を付けてね」
言葉を飲み込み、祈るように両手を握り合わせた彼女の見送りの言葉に、リスカムは深く頷き、最後に言い残していく。
「ないとは思いますが──私に万が一があったら、フランカのことをお願いします」