アークナイツ サイドストーリー ~源野落陽~   作:丸・ぱそ男

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第五話 アウトロー

「だから言っているだろう」

 

 階下から響いてきた怒鳴り声が、階段へ差し掛かったリスカムの鼓膜を揺すった。

 壁際へ寄って足を止め、その場にしゃがみ込むと気配を消してリスカムは耳を澄ませた。

 

「お前たちが連れてった町の若い連中は一人も戻って来ちゃないない。いない奴を連れちゃ来れん」

 

「へぇそうか。だがな、念のため上の宿部屋は覗かせてもらうぞ」

 

 フェリーンのマスターの張りのある声と、荒っぽい口調の男──恐らく盗賊の三人組の一人だろう──が押し問答しているようだ。

 そっと階下を覗き込み観察する。

 酒場のホール中央。広い背中をこちらに向けるフェリーンのマスターが三人組と対峙していた。

 三人組は似通った幅広の庇をした帽子を被るウルサス、サヴラ、ヴァルポで、荒野に生きる人間特有の埃っぽさと、犯罪者特有の荒っぽい雰囲気を醸している。まさしく無法者とは何ぞやに対する模範解答のような風体だった。

 狡賢そうな顔をしたヴァルポがマスターとやり合っているらしく、短槍を手に店内の壁沿いで縮こまっている住民たちを無言で威圧しているのが黒い肌をしたサブラで、恰幅の良いウルサスは手近な丸テーブルの縁に腰掛けつつ仲間のヴァルポとマスターとの問答の成り行きを見守っていた。

 

「上には誰もおらん。そもそもこんな辺境を訪れる物好きは滅多にいないんだ」

 

「マスターさんよ。そのいるかいないかを確認するために上を見させろって言ってるんだよ」

 

「時間の無駄だな。大体、そんな用事で店に来られちゃたまったものじゃない。酒も頼まないのならさっさと出て行ってくれ」

 

 マスターと盗賊たちの会話を遮って出て行ってもいいが……ホルスターに収まる愛銃のグリップに軽く触れ、盗賊たちの機先を制す頃合いを見計らう。

 

「ハッ! よく言うぜ、それにしちゃ町の連中が雁首揃えてる割には誰も酒なんて頼んでねぇようだな?」

 

「この店は集会所も兼ねてるんでな。クルビアの開拓地に生きるお前たちもそれくらいは知ってるだろう」

 

「とぼけやがって」

 

 ヴァルポの吐き捨てるような短い笑い声に続き、それまで声を発さなかったウルサスが、組んでいた腕を解いてテーブルから腰を上げた。

 

「俺たちが何の根拠もなく、こんな寂れた店に顔出したとでも思ってるのか?」

 

「人が集まる場所に当たりを付けただけだろう」

 

「当てずっぽうてか。なら、山ん中から()()()()()()()()()()()についてはどう説明する?」

 

「! それは──」

 

 ウルサスの盗賊の指摘に、それまで毅然とした態度を取っていたマスターが初めて身動いだ。

 不味い、とリスカムは僅かに腰を浮かせる。

 盗賊が言う血痕の主は十中八九安静中のフランクのものだろう。それを分かっていた上で、盗賊たちはマスターのぼろが出る機会を窺っていたのだ。

 彼が覗かせた一瞬の感情の揺らぎ。逃げ出したフランクの所在を探る盗賊たちにとっては十分な証拠であった。

 

 フン、とウルサスの盗賊は鼻を鳴らし、仲間のヴァルポへ顔を向けると上階……今まさにリスカムが潜む階段へと顎をしゃくった。

 

「ルイジ。上に行って逃げ出したフェリーンの野郎をここに連れてこい」

 

「おう」

 

「おい、待て!」

 

 ニヤつきながら横を通り過ぎようとするルイジと呼ばれたヴァルポをマスターが制止しようとする。

 

「おめぇはこっちだ」

 

「っ、ぐっ!」

 

「マスター!?」

 

 だが、ウルサスの盗賊が彼の肩を掴んで向き直らせると頬を張った。肉の軋む鈍い音と共にマスターが床へと倒れ込み、傍観するしかない住民の中から短い悲鳴が上がった。

 リスカムも反射的に飛び出しそうになったが、理性で静止を掛ける。姿を晒すのはこのタイミングではない、眉間に皺を作りながらもここは待ちに徹した。

 

「この……っ」

 

「ファン、俺と一緒にこの嘘つき野郎を袋にするぞ」

 

「他の連中は?」

 

「放っておけ。俺たちに向かって来る度胸のあるやつはいねぇんだ」

 

 言葉短かな黒いサヴラの問いに対し、住民たちを睨め回しながら吐き出すと、ウルサスの盗賊はマスターを見下ろした。

 

「おめぇを見せしめに痛め付ければこの町から歯向かう奴はいなくなる。一人目は()()()()()、二人目はおめぇだ。親父」

 

「この、悪党どもが……!」

 

「言ってろよ。おいルイジ」

 

 顔を殴打され、床に倒れ込んだフェリーンのマスターが自分を見下ろすウルサスへ絞り出すように悪態をつくが、言われた盗賊は鼻を鳴らして一蹴する。

 続けて、階段の一段目に足を乗せた姿勢で止まり、痛めつける様をニヤついて鑑賞していたヴァルポの仲間を急かした。

 

「ボサッとしてねぇでさっさと見てこい」

 

「へへっ、はいよ」

 

「血痕が残ってんだ。怪我人が隠れてるってんなら、そいつは逃げ出したペッローで間違いねぇ──」

 

 

 

「それは私の相棒の血ですよ」

 

 

 

 ──ここだ。

 ウルサスの盗賊の言葉を遮るようにしてリスカムは壁際から飛び出し、自らの姿を晒した。

 酒場のホール全体の視線が突き刺さる。

 

「誰だ、この姉ちゃんは?」

 

「ただの観光客ですよ」

 

 ルイジと呼ばれたヴァルポの間抜けた顔へそう嘯き、リスカムは階段の手摺りに空いた右手を乗せ、ゆっくりと階段を下っていく。

 

「……上には誰もいないんじゃなかったか?」

 

「嬢ちゃん……どうして」

 

 場の空気を支配し、完全に独壇場と思っていたのだろう。まさか乱入させるとは思っていなかったのか一瞬目を丸くしたウルサスの盗賊が平静を装いつつ、足元のマスターを睨みつけた。

 だが、彼はその視線を一顧だにせず信じられないといった様子でリスカムを見上げている。

 

「すみません。ですが、ジルさんやマスターに助けてもらったのに何もしないという選択肢は取れませんよ」

 

「嬢ちゃん……」

 

「それに、マスターが暴力を受けているのを黙って見過ごすことも出来ませんから」

 

 ジロジロと無遠慮な視線を向けて来るヴァルポの横を過ぎつつ、リスカムは酒場のホールへ降りるとウルサスの盗賊と正面から向かい合った。

 

「それで? 観光客が口を挟もうってか?」

 

「暴力はいけません。誘拐もです。ああ、それと強制労働もですか」

 

「ほう?」

 

 お前たちの行いは全て知っているぞ、と敢えて口にすることで酒場に居合わせる全員へ明確なメッセージを送る。自分はアーチーズタウンの人々の味方であり、彼らを脅かす盗賊団の悪事を見逃すつもりはないことを。

 対してウルサスの盗賊は片眉を吊り上げ、囁き合っていた住民たちを睨み回した。

 

「これはな、俺たちの問題だ。嬢ちゃんには関係がねぇ」

 

「あなた達の行いは立派な犯罪です。見過ごすわけには行きません」

 

「なんだ? こいつらに用心棒とでも雇われたのか?」

 

「言ったはずですよ。私はただの観光客です。ただ、先日の嵐に遭難しかけたところを助けていただいた恩があるだけです」

 

「馬鹿な真似は止せ──」

 

「おめぇは黙ってな」

 

「う……」

 

 割って入ろうとしたマスターを足蹴にし、腕を組んだウルサスの盗賊は試すような眼差しで見下ろしてくる。

 

「つまり、嬢ちゃんはこいつらに恩返しのつもりで俺たちとやり合おうって訳か?」

 

「そうです」

 

 自分よりも頭二つ弱も身長差のあるウルサスの盗賊を見上げ、目を逸らさずに即答した。

 

「──はっ!」

 

 一瞬の静寂を背後から響いてきたヴァルポの小馬鹿にしたような笑い声が破る。

 

「聞いたかマリオ、こーんなちんまい姉ちゃんが俺たちと? はははっ! こいつは傑作だ!」

 

 無遠慮に近付いたかと思うとリスカムの顔を覗き込み、これ見よがしに腹に両手を当てて笑い続けた。

 

「一丁前に装備は整えてるみてーだが、そんな盾で俺たちとどうやりあおうってんだぁおチビさん。んん?」

 

「大体観光客だと? 笑わせる」

 

 逆撫でするような挑発に表情には出さないがムッとするリスカム。一発この場で殴り飛ばしてやろうかと邪な考えを抱いていた時、不意に声を上げたサヴラの盗賊がこちらを振り向いて──

 

 

 

ブラックスチール(BSW)の名前が入った盾を担いだ観光客がいる訳がないだろうが」

 

 

 

 ……それは確かに。

 目聡く指摘したサヴラのもっともな突っ込みに、リスカムも何も言い返せず苦い顔をするしか出来なかった。

 対して先程まで小馬鹿にし腐ってたヴァルポは仲間の発言に「え、マジで?」と僅かに狼狽える様子を見せる。見事な三下振りである。

 一人溜飲を下げていると、ウルサスの盗賊が唸るように言葉を発した。

 

「……嬢ちゃん、BSWの傭兵なのか」

 

「傭兵が観光をするのはおかしいですか?」

 

「傭兵にも休暇は必要だろうよ。だが殺しを商売にしているような連中にとやかく言われるのは気に入らねぇ」

 

 ウルサスの盗賊がぶっきらぼうに答える。その声音には傭兵に対する不快感が幾分か含まれていた。

 リスカムは反応を示すことはせずその場に膝を突き、殴られた頬を抑えて床に座り込むマスターの背中へ右手を添えた。

 

「マスター、怪我の具合は?」

 

「大丈夫だ……軍隊時代の教育に比べたら大したことはない」

 

「すぐに止められずすみませんでした……皆さん、マスターの怪我の治療をお願いします」

 

「あ、ああ」

 

「お嬢ちゃんはどうするんだい?」

 

 上階のウォルツ先生に診せてくれ、とそれとなく彼の介抱を住民たちへ頼み、リスカムはウルサスの盗賊を避けて酒場の入り口へと足を向けた。

 

「どこへ行こうってんだ」

 

 ウルサスの盗賊の制止に対し、リスカムはスイングドアに手を掛けたまま振り返った。

 

「話の続きは外で。まあ、この様子だと話し合いでは済まない様子ですし、店内で暴れられてこれ以上マスターや皆さんに怪我をされては大変ですから」

 

 それに、と普段であればしないであろう不敵な笑みを浮かべ言葉を続けた。

 

「私としてもそちらの方がてっとり早いですしね」

 

 あからさまな挑発によって盗賊たちの雰囲気が僅かに硬化したことを肌で感じ取り、リスカムはスイングドアを押し開けた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 通りの向こう。視線の先に横たわるクレアモント山脈から吹き下ろす風がリスカムの頬を撫でる。

 木造建築と現代建築が混じり合った軒並みに挟まれた通りのど真ん中。酒場『ミランディージャ』の真ん前の地面剥き出しの通りを踏み締め、盗賊たちと正対した。

 

「俺たちに楯突く度胸は認めてやるよお嬢ちゃん」

 

「それはどうも」

 

「ボスからは女子供にゃ手を出すなってキツく言われてるが……ふっかけたのはそっちだぜ」

 

「そうですか」

 

「泣く子も黙るナイジェラ一味にケンカ売ったことを後悔させてやる」

 

 聞いてもいないことをベラベラと喋るヴァルポだな、と少し呆れつつ聞き捨てならない部分があったことは確かだ。

 

(……聞き覚えはないけど手掛かりにはなるか)

 

 ナイジェラ一味──生憎と耳にしたことのない盗賊団の名前である。

 クルビア連邦警察の犯罪データベースに当たることが出来れば調べも着くだろうが、生憎外部との連絡手段がトランスポーターのみであるアーチーズタウンの立地上の問題もあって詳細を調べることは叶わないが。

 ともかく、彼らの素性を当たるのは今でなくともいい。まずは目の前の三人組を無力化することに集中する。

 

(槍持ち、鉈持ち、それにボウガン使いか)

 

 彼我の距離は十メートル程。左からサヴラ、ウルサス、ヴァルポの順に横並びとなった彼らの得物を確認し、頭の中で制圧の順序を整理する。

 まずは長距離支援が可能なボウガンを背負った右端のヴァルポの無力化を優先する。だが、相手も遠距離攻撃の手段を持つ自分が初めに狙われることくらいは想定しているはず。どうにかして射線を切ろうとするだろう。

 丁度、真ん中に立つ大型の鉈腰に下げた体格のいいウルサスの盗賊もいる。仲間を盾にしてボルトを番え、狙い撃って来るかもしれない。

 

(あとはもう一人がどう動くかだけど……)

 

 加えて槍持ちのサヴラが厄介だった。槍という武器の特性状、投擲も想定して行動しなけれなければならない。

 

一人目(ウルサス)の初撃を防いで二人目(ヴァルポ)を無力化。あとは三人目(サヴラ)の動き次第か)

 

 こちらには銃があるとはいえ、三人組のリーダー格であるウルサスとサヴラは種族的が頑強であり、その上、ヴァルポの盗賊も含め彼らは荒野を根城とするような荒くれ者である。九ミリエッチング弾を一発見舞って無力化できるとは思わないほうが良さそうだ。

 

(動けなくなるからここぞというときまでは──)

 

 奥の手であるアーツの使用も念頭に置いてはいるが、ここぞという時まで切ることは出来ない。

 アーツを使用すると身動きが取れなくなってしまう、自身の体質に歯痒さを感じずにはいられないリスカムであった。

 

(でも、映画の真似事をする日が来るなんて……)

 

 自分の置かれている状況──クルビアの荒野。褪せた町のど真ん中。住民を苦しめる悪党と対峙する自分(ヒーロー)……これではいつぞやフランカと(半ば無理やり)視聴されられた(した)映画で見た主人公そのものではないか。

 家屋の陰、室内の窓越しに成り行きを見守る町の人々の不安と期待混じりの視線を嫌というほど感じ、つい独りごちたリスカムが意識を切り替える。

 

「本当にやり合おうってんだな」

 

「引き下がってくれるなら止めますよ?」

 

「それはこっちの台詞だよ」

 

 ウルサスの盗賊と交わした最後の牽制を合図に、彼の表情が険しいものへと変わった。

 サヴラが両手で握りしめた槍の穂先を向け、ウルサスが腰に下げた鉈をおもむろに抜き放ち、ヴァルポが背に負っていたボウガンを手にし矢を番えられるように構える。

 リスカムもそれに応じて身を隠すように盾を構え、ガンホルスターに収まる愛銃に手を添えた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 通りからは音が消え、緊張が支配する。

 互いに相手の動きを見計らい、機先を制そうと隙を探る。

 十秒程の睨み合いを続け、リスカムが愛銃手を掛けようと後ろ足で踏ん張りを利かせようとした、その時。

 

「……?」

 

 ふと、視界に現れた変化に気付いた。

 三人組の背後。停められた彼らの泥と砂埃に塗れた自動車の向こう側。

 真っ直ぐな通りのその先、クレアモント山脈へと続く道から──

 

(こっちに近付いて──)

 

 

 

 盗賊たちが根城を構える()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(彼らと捕まっている住民しかいないはずじゃ……?)

 

 無意識に構えていた盾をするすると下げ、険しくしていた眼差しをより細めて接近する正体を捉えようとする。

 そうしている間にも朧だった小さな点が一本の縦線となり、一本の縦線が横に膨らんで輪郭を伴っていく。

 

「? おい、一体どこ見てやがる──」

 

 自分たちから気が逸れていることに気付いた盗賊たちが怪訝そうに背後を振り返り──驚いたような素振りを見せた。

 駄獣に跨った一人の男が、こちらへと真っ直ぐに近付いてくる。

 リスカムも盗賊たちも声を発さず、向かって来る駄獣乗りに意識を奪われてしまった。

 呆然と眺めている間にも接近してくる。そして、リスカムと盗賊たちの目の前で駄獣の足を止めた駄獣乗り姿が明白になる。

 

 

 

 鐙に掛かる拍車の着いたブーツに。長い足を覆う紺のジーンズ。目深に被った庇の広い帽子で顔は隠れ、髭に覆われた顔の下半分だけが覗いている。

 何より目を引いたのは荒野において塵や埃、日差しから身を守る外套がコートではなくボリバルでよく見かける()()()()()()()()()()()()を駄獣乗りは纏っていた。

 

 

 

「……何者(なにもん)だ」

 

 予期しなかった乱入に対するウルサスの盗賊の警戒するような問い掛けに駄獣乗りは反応し、顔をこちらへ向けた。帽子の陰に隠れた双眸がリスカムの視線と交錯する。

 

 

 

 

 

 ──眩しそうに細められた、薄い青色の瞳と。

 

 

 

 

 

 瞬間、微かな口笛の音が風に乗って耳朶をくすぐる……そんな不思議な錯覚に陥るリスカムだった。

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