*【テープエンドの行き先】のコミュからなる諸々のネタバレ含みます。
透、誕生日おめでとう。好きだよ
『どきどきしてますか。命、してますか。
どうか、変わらないでください』
どきどき、しているよ。
命、しているよ。
10年前の私の頃から変わらずに。
「私……プロデューサーのこと……」
「好き」
好きだよ。
アイドルやってた頃から変わらず、好き。
やっと、口に出来た。
「えっ…………今」
「1回しか言わないって言ったー」
10年の間一度もちゃんと伝えることが出来なかったから、安堵のような感情が湧いてくる。
目頭が程なくして熱くなってきた。
「ふふふっ」
目の潤みを見られたら恥ずかしいから、カメラのファインダーを覗いてまた一枚、彼の写真を撮る。
面食らったようなプロデューサーの顔も、好き。
「もう一回聞きたいなら、つかまえてよ。私のことー!」
あの時みたいに、走る。
目に浮かびかけている涙をその場に置き去りにする為に。
また、プロデューサーにつかまえて貰うために。
アイドルだった頃の無邪気な笑顔で、走る。
少し息があがりそうになる前に、追いかけてきたプロデューサーに左手首を掴まれて止まった。
プロデューサーが息を整えて、私の両肩を掴んで正面に向き直す。
「……聞く?もう一回」
「いや、ちゃんと聞こえた……透、その……」
ドクン、ドクンと心臓が高鳴るのを感じる。
顔を僅かに背けられ、沈黙が流れ出す。
沈黙がかえって私に行け、と叫ぶ。
「ねー。してもいい?キス」
そのまま両手を彼の頬に伸ばす。
アイドルだったからできなかった。
ただ、それだけだから。
恥ずかしさは残るけど、欲求に忠実に動ける。
「アイドルじゃないしさ、付き合おうよ、私たち」
目を閉じて唇を突き出そうとした時、彼の口が開いた。
「結婚してるんだ……透……。
だから、透の気持ちに答えきれない」
頬に触れていた両手を離し、プロデューサーの左手に置く。
ごめん、プロデューサー。
わかってた。今日会った時から。
「そう、だよね。ごめんプロデューサー」
分かってた理由となる鉄の輪を、指の腹でそっと擦る。
5、6年前には無かった、プロデューサーの左手の薬指に嵌められた指輪。結婚指輪。
「流石にこれの意味ぐらい、分かってたから」
どちらともなくそっと距離を取る。
ごめんって。そこまで暗い顔しないでよ。
電話で不定期に話し合ったりしてたけど、知らなかった。
「いつから?できてたの」
「6年程前に良縁に恵まれてな。
丁度この前5歳になった息子もいる」
「おー…………パパだ」
なんで教えてくれなかったの、とか、私という良い女がありながらーとか、そういった怒りは無かった。
子供もいるのはかなり驚いているけど。
「やっぱ、ちゃんと会っておかないと分かんないね、互いの近況。
プロデューサーも私が海外で何を食べて、休みの日は何を見ているか、わかんないでしょ」
「……そうだな。日々の忙しさを言い訳にしていいはずがないが……おっと、川沿いだから風が来ると冷えるな、被るか?」
そう言ってプロデューサーは背広を脱いで貸そうとする。
「いい。どこか行こ、公園とか」
あの、ジャングルジムのある公園に2人で歩いて向かった。
道中で私は海外にいる時の生活の全てを、プロデューサーは彼の奥さんとの出会いから子供のことを互いに教えあった。
話を聴きながら、大きな嫉妬心が芽生えることはなく、彼の幸せを喜べる私の心に安堵した。
…………公園に着いたが、ジャングルジムは何処にもなかった。
撤去されていた。
「最後にここに来たのって、透が二十歳になった時ぐらいか。
時代も変わったし、今の子供はもうジャングルジムで遊ばなくなったのかもしれないな」
ちょっと寂しいな、と、顔で語ってくる彼に首を横に振った。
「大丈夫。もうなってるから、大人に。
それに、2人で一緒にのぼった事は、無くならないから」
思い出は残り続ける、その時の気持ちも、息をしている限り。
「嘘。やっぱ寂しいかも。
寂しさに耐えられるように大人になったことが」
「透…………」
「ごめん、プロデューサー。
今だけちょっと甘えたい。いい?」
撫でて。自分で頭をぽんぽんして訴える。
少し間を置いて。
優しく、撫でてくれた。
アイドルだった頃の触れ合っていた感触が思い返されて、さっきの出来事も気持ちも丸めてふわふわにしてくれる。
さっきの告白で気まずさが残っているだろうに。
ありがとう、大人になる前の時と変わらない接し方をしてくれて。
「じゃあ、一旦帰るわ。半月ぐらいは実家にいるから。
もっかいぐらい、また会お?」
プロデューサーも仕事を夜に後回ししている事もあるだろうしね。
手を振って足早にジャングルジムがなくなった公園を去ろうとする。
「透!忘れ物だぞ!」
すぐにプロデューサーが駆け寄ってきて、テープレコーダーを手渡した。
「今日、10年前のテープを一緒に聞いてさ。
思い出を形にして残す大事さを改めて認識したよ。
仕事がひと段落したらまたこっちから電話するから!」
いいね、ぐー。
返事代わりのサムズアップを返し、帰宅した。
「プロデューサーさん、連れ帰ってないじゃない〜」
「あー、家庭持ってたわ、とっくに」
お母さんと帰宅の挨拶を交わしてすぐ聞かれた。
もしかしてめっちゃ気になってた?
「そっかー残念ね。ずっと好きな人だったのにね」
「………………」
「ねー透、一緒に晩酌しない?」
「え、いや、まだお昼すぎじゃん。
早いって」
「ほらほら、透ったら全然プロデューサーへの思いを喋ってくれなかったじゃない!
これを機にお酒の力も借りて全部お母さんに聞かせてよー!」
………………次に目を開けると暗い自室のベッドだった。
めちゃくちゃ酔い潰れていたみたいだ。
あまりお母さんと話した内容を覚えていない。
……いや、だんだん思い出してきた。
今までで一番お母さんに赤裸々に喋り尽くしてた。
リビングに降りたくない。
恥ずいわ。もう知らん。
スマホを開くと20時を回っていた。
仕事が終わったら電話するって言っていたけど、着信履歴にない。
10年程経っても、子供を持っても、プロデューサーはプロデューサーで。
ずっとアイドルの為に全力でプロデューサーをやり続けているらしい。
「…………待つか」
持って帰ったテープレコードを再生してみる。
2分にも満たない私の声は、朝に聴いたそれと何ら変わりない。
もう一度再生する。
声が崩れる事も、内容が変わることもない。
再生する。
でも、聴くたびに命が揺らぐ。
再生する。
私が、揺らぐ。
どうしてだ。聞くたびにどきどきする。
ああ、そうか。
今、私はこのテープを通じて10年前の浅倉透と話している。
再生しても聴こえてくるのは同じ言葉だけど、10年前の浅倉透は叫んでいるんだ。
私に追いついて、過去が。
私が遠いところに行っても、追いかけて一緒にいて欲しかった。
「……無理だから。プロデューサーは283プロのプロデューサーで、私はアイドルを辞めて海外を飛び回ってるから」
もっと早く、告白すれば良かったのかな。
「互いに忙しかったじゃん、めっちゃ。
それに、進み続ける人生を後悔なく楽しめているから」
プロデューサーも、私のこと、好きでいて欲しかった。
「フラれた訳じゃないよ。
きっと、私を大事に想ってくれた結果でもあると思う」
結婚指輪、欲しかった。
彼との子供を授かって、背負ってみたかった。
「………………………………」
prrrrrr
スマホの着信音が鳴り、ハッとして電話を受けた。
『ああ、悪い。今仕事が終わった。
約束してたのに遅くなってすまん!』
「ううん、大丈夫。
呑んでたから、お母さんと」
『あははっ、いいな、
実はさっきまで仕事しながら透が昔出てた映画を観てたんだ。
ヒロインを務めたあれ、覚えてるか?…………』
いつもの様に、電話越しに話してくれる。
過去の私は鳴りを潜めた。
今の私はプロデューサーの現状に納得していても、多分、過去が燻っている。
奪う訳にはいかない彼の愛に、飢えているんだと思う。
なら、飼い慣らさなきゃ。
前を向いて進まなくちゃ。
プロデューサーの力を借りよう。
「プロデューサー、聞いて」
一週間後 9月末 横浜某船着場
『それではオセアンブルー出航しまーす』
船長の合図で、私と、プロデューサー一家を乗せたクルーザーが出航した。
「きょうはよろしくおねがいします!あさくらさん!」
「おー、もう敬語が使えてる。
えらいね、力也くん」
私は今日このレンタルクルーザーに写真家浅倉透として乗船している。
クライアントは、プロデューサー。
ほんとは私がプロデューサーを家族ごとカメラに納めたいって頼み込んだんだけど。
テーマと言うか、目的は七五三だ。
だから、力也君は羽織袴、プロデューサーの奥さんは着物、プロデューサーはいつもの様な格好で来ている。
「奥さんも、スケジュールを合わせてもらって、すみません」
「いえ!主人はそろそろ283プロのファン感が大詰めと聞いていますので、11月よりこのぐらいの時期がベストなので!」
話で聞いていた通り、明るく、笑顔が眩しい女性だ。
力也君も、明るく元気で、今にも船内を走り回りそうだ。
と言うか、走り回ってプロデューサーに抱っこされて嗜められてる。
程なくしてカメラを構えた。
「んじゃ、何枚か撮るけどなるべく私のこと、気にしないでー」
七五三といえば神社かスタジオで撮るイメージだが、プロデューサーと話し合った結果、私の理想のイメージを優先して欲しいとのことで。
力也君には、海を知って欲しいから、生命を、息を、感じて欲しいから。
だから、海で撮影出来るようにした。
「力也くんイケメーン、奥さんパワーかも」
「「「あははっ」」」
形式ばった写真より、その時の動きを残すようにシャッターを切る。
今しかない瞬間を、本気で切り取る。
30分ほど経って、船長にクルーザーを止めて貰った。
三人に船室を出て、屋根の上に立ってもらう。
あたり一面が海で、建物も見えない。
「よーし、ベストプレイス」
整列してもらい、直立で微笑みだけ残させて撮影をする。
が、プロデューサーだけ不安そうな表情でレンズではなく私を見つめる。
「ほらプロデューサー、笑って」
「いや、透、危ないよ。もう少しこちら側に寄ってくれ。
屋根の端すぎて落ちないか心配だ。
それに海水が跳ねたら事だろ?」
「大丈夫。鍛えたれてたから、体幹」
それに構えている一眼レフは完全防水仕様だ。
「そ、それならいいんだが……」
全員笑顔になってもらえたので、改めてシャッターを数回切る。
やるか、そろそろ。
「最後に一枚ー!とびっきりの笑顔で!自由なポーズでー!」
奥さんは両手で大きなピースを、プロデューサーと力也君は……ガオー?
「ふふふっ……はい、チーズ!!」
掛け声と共に大きくバックステップした。
ジャンプの最高到達点に達する限界までシャッターを切り続ける。
バチーン!!
そのまま海面に激突、ゆっくりと沈んでいく。
プロデューサーにオーダーされたから。とびっきりの一枚ってやつ。
ちゃんと撮れたよ。
抵抗はしないから、みるみると水と同化していく。
記憶が、意識が海と混ざりあう。
時間と空間の感覚が混濁して、一瞬で、永遠のような。
来て。つかまえてよ、私のこと。
目に入る海水のしょっぱさに耐えきれず、瞳を閉じる。
流れに身を任せていると、今までのプロデューサーの日々が私を満たす。
出会って、のぼって、それぞれ一緒にはいなくなった。
たったそれだけ。どこにでもある様な命。
でも、どの過去も、今も、きっと未来も、プロデューサーがいるから、命、出来てる。
プロデューサーが、好き。
ずっとドキドキすることがとても幸せで。
今、一つの抑圧が爆発した。
涙が溢れて海水に混じる。
呼吸が出来ないのに嗚咽が溢れて苦しい。
服装がラフだから、きっとまともに泳げて海面に向かって浮上は出来ているだろうけど。
心が、溺れている。
苦しいよ、プロデューサー。
溺れてよ、一緒に。
次の刹那、身体が抱き締められた。
感触でわかる、プロデューサーだ。
やっぱりプロデューサーは、私が怪我したら、怪我してくれるし、濡れたら、濡れてくれるね。
目が塩の痛みでやられるのを承知で、彼を見た。
両手を彼の背に回し、顔を近づける。
最後のわがままにするから、許して。
キスをした。
深い、深いキスをして、瞳を閉じた。
プロデューサーは強く抱擁を返す事で、答えてくれた。
やっぱ、どうしようもなく、好きだ。
あの後、すぐに船着場まで戻されて、でかいストーブの前でプロデューサー共々こっぴどく叱られた。
それは、そうだわ。
先に服が乾いたプロデューサーが車の鍵を奥さんに渡して力也君と先に駐車場に行くよう伝える。
戻ってきて濡れていなかった背広を私に被せる。
いつか感じた、ひだまりの匂いがした。
「ありがとうプロデューサー、いい写真撮れたわ」
「……透、無茶するのは、これで最後にしてくれ」
隣に座って、頭にタオルを掛けてくれる。
「うん、好きでいるの、最後にするから……」
違う、と、いつもより低い声で否定し、タオル越しに私の髪を撫でてきた。
「俺には家庭があるから、戸籍上も、その、肉体とかでも一緒になる事は出来ない。
けど、透が透でいる限り、透が羽ばたき続ける限り、一緒にのぼった俺という存在は透にどこまでもついていくよ」
「プロデューサー……?」
「俺がそうでありたい。そうであり続けさせてくれ。
欲を言えば透が海外に飛ぶたびについてきて、同じ景色を見たいよ。だから」
彼の口を手で塞いだ。
もう、十分わかったよ。
好きであり続けるまま、前に進むから。
プロデューサーは、いつも通りに
そしたら、過去の私は飢えずに満足できるから。
目で、訴えた。
さすが私のプロデューサーだ。
言いたいことをすぐ咀嚼して、理解してくれた。
最後に軽い抱擁を交わし、その場はお開きとなった。
10月 フランス レンヌ空港
スーツケースを受け取り、大きく伸びをする。
同時にチェインの通知が鳴って、画面を開いた。
『この前の撮影ありがとな。
どの写真もとっても綺麗に撮れてたよ』
『手紙も、ありがとな』
くすりと笑うと、もう二件通知が。
一件は写真で、先月の私の笑ってる顔の隠し撮り……?
『お返しだ、綺麗だぞ。透』
ふふふっ、ありがとうプロデューサー。
これで今日も自由に撮影できる気がする。
世界の隅々まで、このカメラで撮り尽くせる。
「あー、お腹へった」