ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ   作:スカビオサ

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43話(ともしび)

「かんぱーい!」

 

帆波の号令に合わせて、掛け声を合わせる。

オレンジジュースが、なみなみ注がれたグラスをぶつけて、乾杯する。

 

「お疲れ様」

「うん、葵君もお疲れ様」

 

ジュースを飲む。日頃は飲まないからこそ、こういう機会に飲むと、より美味しさを感じる。

 

「何とか1位を取れてよかったねー」

「うん、正直Cとの差は大きくなかった。場合によっては2位に沈むこともあっただろうから」

 

話しながら、料理を摘む。パーティーは教室を使って行なっている。ケヤキモールの店舗には出前に対応してるものもあり、それらをフル活用して、料理を用意した。

 

立食パーティーのような形式になっていて、かなり盛り上がっている。星之宮先生なんて酒を飲んでいる。

 

あっ、こっちに来た。

 

「木之原くぅーん!」

 

もうふらふらしてるのか…そういや、この会が始まる前から飲んでたな。酒瓶を持ちながら、絡んで来る。教師ってこんなんで良いのか?

 

うわ…酒くさ!

 

「本当に木之原君は良い子ねえ、よしよし」

 

頭を撫でられる。距離感おかしいだろ…とは言え、女性に触れて引き剥がすのも、セクハラでは?と思い、何も出来ないでいると、帆波がやって来て、星之宮先生を引き剥がす。

 

「もう…先生飲み過ぎですよ」

 

先生を引っ張って、強制的に座らせる。すると、すぐ机に突っ伏して寝始めた。

 

「ごめん、助かったよ」

「良いよ、気にしないで。先生は割とクラスに入れ込むタイプだから、嬉しかったんだろうね」

 

僕にしか本当の事言ってないから、生徒思いの教師みたいになってるけど、この人、茶柱先生のところが4位で残り32クラスポイントになった事を喜んでるだけだぞ。

 

呆れていると、頭を撫でられる。

 

「帆波、どうしたの?」

「えへへ、私もやってみたくなっちゃって。いつも偉いね、ありがとーね」

「酒でも飲まされた?」

「飲んでないよ。でも先生には、させてたんだから、私も良いでしょ?」

 

僕はされるがまま、帆波に体を委ねる。

数十秒経つと、満足したのか。頭を撫でるのを止め、こちらに体を寄せてくる。

 

「これからもみんなで頑張っていこうね」

「そうだね、試験を乗り越えて、またこうやってみんなで騒げると良いな」

 

二人でクラスメイトの方を見る。

クラスメイトがこちらにやって来る。

 

「二人ともお疲れ!」

「ほら、これ食えよ!美味いぞ!」

 

僕たちはクラスメイトにもみくちゃにされる。

僕たちは日が変わるまで、騒ぎ続けた。

 

 

 

 

 

同日 1時間前 特別棟 裏手

 

「どういうこと?」

 

日頃、天使のような笑顔を振りまく少女が鬼のような形相で詰め寄る。彼女に好意を抱く少年がその有様を見たならば、その恋もたちまち冷めることになるだろう。

 

「何がだ?」

「とぼけないでよ。堀北を虐めるって話じゃなかった?」

「だから虐めてやっただろう?1位を獲れないように木下や矢島をぶつけてやった」

「随分と優しいのね。今日のやり方を見ても、腑抜けたようにしか見えない」

「そうか、お行儀よくやってやったのが、そんなにも気に食わねえか…なあ、櫛田。勘違いするなよ。お前から得た情報をどう使うのかは俺の自由だ。お前如きが俺の行動を縛れると思い上がるなよ。お前がクラスを裏切ってること、告発してやっても良いんだぞ」

 

櫛田に対峙する龍園はそう言って、脅しつける。

 

「あんたの言う事なんて、誰も信じないわよ」

「確かにな、だが手はいくらでもある。匿名で情報を流し、噂として蔓延させる。それが大きくなれば、誹謗中傷として訴え出ることも可能になるだろうな…勿論、事実無根なら、だが。そして、訴え出ないお前をクラスメイトは怪しむことになり、お前は信頼を失う。鈴音との因縁について、流すのも面白そうだ。詳細は分からねえが、過去に何かあったかを」

「黙れ!」

 

櫛田は殺意を込めて、龍園を睨みつける。

 

「お前がこの場でどれだけ粋がろうが、俺には勝てねえよ、暴力でも頭脳でもな。不用意に俺に情報を与え、それで脅されるなんて、何がしたかったんだ?」

「……」

「まあ、良いさ。これからもお前の情報を期待してるぜ」

 

龍園はゆっくりとその場を去る。

 

「ああああああああ!!!!!!」

 

櫛田は狂乱しながら、壁を蹴りつける。

 

「死ね!死ね!」

 

その叫びは、誰もいない裏手にて虚しく響き渡るだけだった。

 

 

 

 

 

「堀北、ここに居たのか」

「須藤君、どうしたの?」

「どうしたの?って姿が見えないから、探しに来たんだが…すまねえ、邪魔したな」

 

彼女の瞳に溜まるものを見てしまっては、ここに留まるなんて無粋な真似は出来ない。

 

「いえ、そうね…もし良かったら、聞いてくれないかしら。勿論、誰にも何も話さないと約束してくれるならだけど」

「お…おう!分かった。約束する」

 

まさか堀北がそんな提案をしてくるとは思わず、須藤はたじろぐも、真剣に聞く姿勢を作る。惚れた相手に下手な姿は見せらない気持ちもあったし、何より傷ついてる姿を見ては、茶化すことも出来ない。

 

「今回の体育祭、私なりに頑張った自信はあったわ。陸上部の人たちには勝てなくても、何度も上位を取ったし、団体戦でだって、やるべきことは出来た。そう思っていた。勿論、クラスの結果は満足いくものでは無かったし、今回浮き彫りになったクラスの大きな問題もある。けど、兄さんに私の走りを見てもらえば、少しは理解してもらえると、頑張ったなと認めてくれるとそう思っていたの」

「兄さん?」

「生徒会長の事よ」

「ああ、あの…リレーの時もすげえ速かったな」

 

須藤は生徒会長の姿を振り返る。あの走りを見るまでは真面目そうでいけ好かない野郎だと、そう思っていたが…あの走りを見せられて、印象が大きく変わった。

 

「そう、結局、私は兄さんに届かなかった。いえ、それ以前の問題ね。兄さんはアンカーが並ぶ場所で私の姿を見つけた瞬間、冷たい視線を私に向けたわ。今、冷静になって考えてみれば、当然よね。クラスのため、勝利を目指すなら、アンカーになるべきは、私では無く、須藤君、あなただったんだもの」

 

堀北は自嘲する。自分の愚かさを呪う。

 

「でも、それは戦略ってやつだろ。そう言ってたじゃねえか」

「そうね、でも結局、あれは後から取って付けたように話したものに過ぎない。ただ兄さんに見てもらいたくて、アンカーをやれば、少しは気を惹けるかもって、それだけの自己中心的な行動に過ぎないのよ」

「そうか…」

 

須藤は言葉を失う。今までこうやって誰かに寄り添ったことも無かった。それ故に適切な言葉を投げかけてやれない自身を情けなく思う。

 

「ごめんなさい。貴方に言っても、何も解決なんてしないのにね」

「それは…そうかもしれねえけどよ、じゃあ、何で俺に言ったんだ」

 

須藤は下手に慰めようとしても、逆効果だと悟り、敢えて素で接することに決めた。

 

「確かにそうね、きっと誰かに聞いてもらいたかったんだと思うわ」

「そうか、少しは楽になったかよ」

 

須藤は堀北から視線を逸らしながら、聞く。

 

「それは…いえ、ずっと辛いままね」

「堀北は頭が良いからよ。もう何をすべきかってのは分かってるんじゃねえのか?」

「ええ…今回の事で兄さんが求めているものは分かったと思うわ。けど…遠いのよ。私は兄さんほど頭も良くなければ、他者を率いる力も無い。せめて、クラスを他のクラスとも渡り合えるまで導くこと、これが最低限。でも、クラスの今の現状は最悪よ。今回の結果でクラスポイントは32ポイントまで後退したわ。Aクラスは1700ポイント、50倍以上もの差があるのよ。もう私はクラスを勝利に導くビジョンが見えないの…」

 

日頃、強い姿を見せている堀北の弱った姿。須藤は堪らず、言葉を発する。

 

「なら、俺を、クラスメイトを頼ってくれよ。勿論、俺なんかがこんなことを言うのは間違ってるって分かってる。俺にはクズの血が流れてる。暴力沙汰を起こして、停学になって、クラスのみんなに迷惑を掛けて…今回挽回しようと頑張ったが、このざまだ。俺自身、学年別最優秀賞は取れなかったし、クラスも4位だ。だけどよ。それでも1人よりは2人の方が絶対に強い。俺はどう動けばいいとか良く分からねえからよ。堀北、お前に託すぜ。俺がお前の仲間になる。諦めたらそこで試合終了だぜ?」

「…貴方らしくない物言いね。でも、そうね。元々0ポイントからのスタート、どん底だったのは変わらないものね。こんな頼りない私だけど、付いてきてくれるかしら?」

 

堀北は俯いていた顔を少しだけ上げる。

 

「ああ!当たり前だろ」

「そう、ありがとう」

 

須藤は堀北の少しだけ希望を見つけたような微笑みに目を奪われる。

 

「それで、これからどうするんだ?」

「まずはクラスの裏切者を見つけるところからね」

「おう!…って裏切者!?」

 

須藤は想像もしていなかったのか、オーバーに驚く。

 

「今回の競技、おかしいところは無かった?須藤君が出る時にはやけに運動能力が低い生徒が一緒に出場していたとは思わない?」

「それは確かにな。偶然と呼ぶには偏りはあったな」

「勿論、Aとの密約もあったけど…明確にCクラスは須藤君相手に足が遅い生徒をぶつけてきていた。つまり、参加表がCクラスに漏れていたということよ」

「おい、そんなこと誰がするんだよ。自分のクラスの首を絞めて、何も良いことなんてないだろ」

「そうね、プライベートポイントか、それとも別の理由か。認めたくは無いけれど、裏切者がいることは間違いない」

「でも、どうやって見つけるんだ?」

 

堀北は少し考えると、案を出す。

 

「参加表を提出した後、私と平田君以外に、確認しに来た生徒がいなかったかを茶柱先生に確認するわ。もし、裏切者なら参加表が最後確定したかを確認する可能性は高いもの。もし、私と平田君が独断で入れ替えていたら、裏切りも上手くいかなくなり、何かしら得られるはずだった利益を損なうことになる。」

 

堀北は自分なりに考えをまとめたからか、すぐに動き出す。須藤はそのまま後を追った。

 

 

 

 

 

「なるほどな、体育祭が終わってから、悠長に裏切り者探しとはな」

 

茶柱先生は2人を蔑むような目で見る。

 

「遅い、遅いんだ。何もかもな」

 

隈が目立つ目で強く睨む。最近は化粧で隠すことも億劫になりつつある。

 

「不良品が分不相応な夢を見る事が間違ってるんだ。ここで仮に裏切り者を見つけ出す事ができたとして、お前はクラスをAに導けると思っているのか?」

「それは…分かりません。自信は正直に言えば、ありません。けれど、可能性を残すためにも今、動かないといけないのは確かです」

 

堀北は真っ直ぐに茶柱を見つめる。茶柱は目を逸らす。

 

「はあ…私は惨めだな。堀北、お前の探す条件に合致する人物はいた。櫛田桔梗だ」

 

茶柱は観念したように口を開き、該当する人物を告げる。

 

堀北は少し動揺したのちに、自分の中で納得したのか頷くが、須藤はありえないと驚愕している。

 

「おいおい、よりにもよって、櫛田が?先生、それは嘘じゃねえのか?」

「信用がないな…無理もないが。だが、これは本当の事だ。信じないというなら好きにすれば良い」

「いえ、情報ありがとうございます。須藤君、行きましょう」

 

2人は職員室を出る。

 

「おい、流石に櫛田ってのは無いんじゃないか?」

 

須藤は未だに信じる事ができていない様子だ。首を傾げている。

 

「確かにあなたからしたら、そう見えるかもしれないわね。勿論、私から見ても驚きではあったけど…納得できるところもあるの」

「納得できるところ…?そんなのあるのかよ?」

「これは個人的な事だし、可能性は薄いと思っていたけど…彼女は私の事が嫌いなのよ」

「はあ?いや、自分から堀北に話し掛けたりしてるし、嫌いな奴にそんな事はしないだろ?仮に堀北が嫌いだとして、クラスを裏切るなんてあり得るか?」

「普通ならそうでしょうけどね…」

 

須藤はどちらを信じるべきか分からず、頭を悩ませる。

 

「それも本人に聞いてみれば分かる事よ」

「いや、本人に聞いたとして、認めるわけないだろ」

「揺さぶりを掛けるだけでも、反応から見えてくるものはあるかもしれないもの。今、これ以外に打てる手は無いわ。2人きりで話してくるから、あなたはもう帰って良いわ、今日は、ありがとう」

「おい!」

 

須藤は引き止めようとするも、堀北は端末を触りながら、歩いて行ってしまった。

 

「まだ運動以外では頼りないって事なんだろうな…」

 

 

 

 

 

呼び出された少女は内心の不機嫌さを隠しながら問う。

 

「えっと…?何か用かな、堀北さん?」

「急な呼び出しにも関わらず、来てくれてありがとう櫛田さん」

「ううん、気にしないで。でも珍しいね。堀北さんがカラオケに誘ってくれるなんて。取り敢えず飲み物だけ先に頼もうか」

 

二人は適当に飲み物を注文し、それが届くと、堀北が話し始める。

 

「今回の体育祭、私たちのクラスは4位に終わったわ」

「そうだね、やっぱり他のクラスは強かったね…」

「それは間違いじゃない。けれど、それ以上に大きな要因があったと思わないかしら?」

「大きな要因…?」

「そうよ。心当たりは無いかしら?」

「えっ…そうだなー」

 

櫛田は質問に心から悩むように、うーんと唸っている。

 

「茶番はもう止めにしない?クラスに情報を流したのは貴女よね、櫛田さん?」

 

堀北は櫛田の一挙手一投足を見逃さないように観察しながら、櫛田に問う。

 

「えっ、どういうこと?確かにCクラスに情報が漏れてるのかなとは思ってたよ。でも、クラスに裏切り者なんていないと思ってたし、偶然、情報が漏れてしまっただけなのかと…それに私が情報を流しただなんて…ひどい冗談だよ」

「茶番は止めにしない?そう言ったわよ。私は貴女が裏切ったことを知っている、そう言ってるの」

 

堀北は強く問い詰める。その姿は本当に櫛田の裏切りを確信しているようだった。

 

「えっと…もしかして、龍園君に唆されちゃったのかな?だとするなら、酷いよ。今まで一緒にクラスメイトとして頑張って来たでしょ。私を信じて欲しいな。きっと、彼の策略だよ」

「龍園君…?私が言ってるのは、そのことじゃないわ…ずっと考えていたの。貴方が私の事を構ってくる理由をね。そして中間テストの勉強会を通して、気付いたの。あなたが私の通っていた中学校にいたと」

 

空気が冷たくなる。

 

「ふーん、堀北さんは、ずっと忘れてると思ってたよ。いや、忘れてて欲しい、そう思ってた。けど、覚えてるんだね」

「確かに当時の私は他人になんて興味は無かったもの。人数の多い学校でクラスが同じになったことのない生徒の名前なんて覚えてないわ。でも櫛田さん、あなたは人気者で、目立つ存在だったもの」

「いーよ、別にそんな誤魔化さなくて。覚えてるんでしょ?」

 

櫛田から発される空気感が、更にひどく冷たいものに変わる。

 

「そうね、細かい内容は知らないけど、貴方のクラスが何らかの要因で学級崩壊し、それが二度と戻ることは無かったとそう聞いているわ。それ以外には何も知らない」

「ふふ、その言葉を信じられれば良いんだけど、それは出来ないんだ。じゃあ、納得してくれたよね?私がクラスを裏切る理由が」

「そう、認めるのね」

「認めるしかないでしょ。龍園から教えられたのか、それとも別の理由か、あんたは確信を持って私を問い詰めてる」

「そうね、茶柱先生からあなたが参加表を一人で確認しに来たと聞いたわ。勿論、それだけじゃ不十分でしょうけど、Aクラスを目指す、私の足を引っ張りたいという理由もあれば、そこに辿り着くのも難しいことじゃない」

 

櫛田は堀北の語りを聞くと、おかしさを堪えられなくなったかのように笑う。

 

「足を引っ張りたいね…おかしな話だなあ。私がね、堀北さんにして欲しいのはね。退学、それだけなんだよ。今回は龍園が温い手ばかり使うから、勘違いしちゃったのかもしれないけど…私はね、貴方が同じ空間にいるってだけで、本当につらいの、ストレスなんだ」

「ねえ、退学してくれない?もうAクラスなんて目指せないでしょ。ここに居たって意味なんて無いと思わない?」

「生憎だけれど、私はまだ諦めていないの。ねえ、櫛田さん。Aクラスに上がるために力を貸してくれないかしら?」

「は?何言ってるか分かってるの?私は裏切り者なんだよ?」

「ええ、分かっているわ。でも今のクラスに貴女を切る余裕はない。貴方の力が必要なの。少しでも多くの力を重ねなければ、Aクラスには到底上がれない」

「もしかして脅すつもり?」

 

櫛田は顔を歪め、堀北を睨みつける。

 

「そんなことはしないわ。私は本心から仲間として協力して欲しい、そう言ってるの」

「状況分かってる?私は貴女に退学して欲しい、そのためならクラスの情報だって売る。そんな相手を仲間?笑わせないで」

「あなたの本心が聞けて、より一層その気持ちは固まったわ。へらへらと感情を隠しながら、接されるよりはよっぽど信用できるもの」

「は…?あんた、頭おかしいんじゃない?」

「そうね。否定はしないわ。兄さんに見放されて自棄になっている。自分でもそう思う。けど、そんな心境の今だから、日ごろなら躊躇うことも行える。今回の事と言い、さっきの発言と言い、龍園君に裏切られたんでしょう?情報を渡したけど、満足に私を攻撃はしてくれなかった、違う?」

「答えると思う?勘違いしないで、本心を聞けたからって距離が近くなったなんて思ってるようだったら、それは大間違い」

「答えないのなら、その前提で話を進めるわ。恐らく、貴方はクラスを裏切っている事実を基に脅されたんじゃないかしら」

 

堀北は続ける。

 

「そんな人間にこれからも律儀に情報を降ろす必要は無いでしょう?櫛田さん、貴女が協力してくれるなら、龍園君に偽の情報を流してくれないかしら?これからの特別試験、それが活きてくる場面が」

「そんなことしたら、私の居場所は無くなるでしょ。一度は騙せても、報復を受ける」

「情報を掴まれている以上はどうにもならないことよ。そんなことについて考える意味は無い。それとも無駄に搾取され続けるのがお好みなのかしら」

「そうやって割り切れたら、私が今、こんな状況になってないって分かるよね?」

 

淡々と話しを進める堀北に櫛田はいら立ちを止められない。

 

「では、どうするつもり?このまま脅され続けて、情報を流して、要らなくなったら裏切りを暴露されて、貴方は今の地位を失うことになる。それで良いの?」

「それは…」

「必要なことはクラスメイトに裏切りがバレた時にどうするべきかという所じゃないのかしら。もし、その裏切りの関係を通して、龍園君のクラスに打撃を与えられたのなら、龍園君に暴露されたとしても、傷は浅く済むはずよ。クラスに貢献したという事実、それは誰にも否定できない」

「分かってない、分かってないよ。私はね、櫛田桔梗という存在はね。どんな理由があれ、裏切りが発覚した時点で終わりなの。表向きの顔のメッキは剥がれ、私がどれだけ良いことをしてやったとしても、嘘だ、偽りだと自分勝手な言葉を投げかける」

 

櫛田は過去を思い出す様に語る。

 

「理由なんて関係ないのよ、どれだけ良くしてやった、助けてやったかも関係ない」

「そう、私ならそんなことで離れていくような人間は要らないわね。こちらから願い下げよ」

「私は違うの。みんなからの賞賛を浴びて、みんなから信頼される。みんなが誰かなんて正直どうでも良いのよ。賞賛され、信頼されて一番になれれば、それで良いの」

「じゃあ、あなたは延命のために龍園君に情報を流し続けると?いつ、裏切られるかも分からないのに?」

「方法は無いわけじゃない、龍園を退学にさせればいい。そしたら次は誰にも頼らず、あんたを退学にする。これで私は私で居られる」

「私だけを退学にするより難しいことが分かっているのかしら。彼はそんなに簡単に倒せる相手じゃないわ」

「分かってるわよ、けど、それしかないのよ」

 

堀北は考える。櫛田桔梗という人物像、それを崩さずに龍園からの暴露を乗り切る方法を。これさえ乗り切れば、互いに望まない、龍園からの情報の搾取は防げる。

 

「対策を考えましょう。龍園君が暴露したとしても、貴女の地位が揺るがない方法を」

「は?何それ?一緒に仲良く考えようって?馬鹿じゃないの?」

「元々、脅されたらどうするつもりなのか考えてはいたの?」

「勝手に話を進めないで」

「で、どうなの?」

 

堀北はぐいぐい押し続ける。

 

「…チッ。最初は信頼の差でどうにかなると思ってた。根も葉もないうわさだって、裏切ってなんかないって、そう私の発言力で言えば、龍園君の策だと大勢は思うでしょ。信じることは無い。けど、見通しが甘かった。噂が蔓延し、私の誹謗中傷まで発展したときに、私が言葉で対応するだけで、明確に強制力を持つ方法で対処しなければ、違和感を持たれる。人によっては、私が裏切ったことを信じる人間もいるはず。そうなれば私という仮面にひびが入る。それだけは嫌」

 

もし、事実無根だと戦うならば、敗北は必至。何せ裏切ったのは事実だからだ。

 

「なら、逆利用は諦めるべきね。内通の実績を積むのは逆効果。それよりはダメージを減らす方向へシフトした方が良い。自分からクラスの皆に謝るのはどうかしら?」

「そんなことして何の意味があるの?理由は?どう説明するつもり?脅されてたとかなら理解はされるだろうけど、でっち上げたら、それこそ訴えを起こされる」

「はあ…相当に面倒な状況ね。ねえ、櫛田さん。聞いてみたいのだけれど、貴方はそうやってチヤホヤされる為に善人を気取って、苦しくないの?」

「は?辛いに決まってるでしょ。ストレスが溜まって仕方ない。けど、仕方ないのよ。そうしないと私は一番になれないんだから」

「いつもの貴女よりは、私は素のあなたの方がよっぽど好感が持てるのだけどね」

「嘘つかないで。仮にそうだとしても、それはあんたがひねくれてるだけ…他の奴らはそうは思わない」

 

櫛田は安易な言葉一つで相手を信じられるほど、人を信用していない。

 

堀北は考え込むと、一つ案を出す。 

 

「龍園君に悪評を流されるのは甘んじて受け入れる。訴えず、否定だけする。訴えない理由は、貴女ならいくらでも誤魔化せるでしょう。その段階では疑惑でしかないわけだから、貴女が裏切ったと大勢に考えられるより前に、カバーストーリーを用意しておく。これなら上手く行けば、信頼をほとんど損なわずに乗り切れる筈」

「今の段階から動きましょう。Cに情報が漏れていることを皆に伝え、その原因の推測を話す。シナリオはそうね…利用できるとしたら、Aとの契約かしら」

「契約?Aとは協力するとは言ってたけど、結局、何をしたわけ?」

「それぞれのクラスの上位層が競合する事がないようにレースの順番を調整したのよ」

「あくまで上位層だけ?ああ…その内容から順番を予測されて、情報が漏れましたって伝えると」

「いえ、漏れたと断言はしないわ。契約には口外禁止も盛り込まれていたから、その場合はAクラス側の契約不履行を訴えることになってしまう。そうなると勝ち目はないわ」

 

「契約内容をそのまま伝え、そこから予測した順番が他クラスに流れた可能性があるという表現に留めておく。あくまで推測だと強調する」

 

互いの上位層の出走順を知れば、ある程度の予測は立てられる。自分のクラスの上位層や相手のクラスの上位層には下位層を当てる事は予測できるし、そこから少しは絞れる。勿論、今回のような正確な配置は絶対に出来ないけど、そこはAクラスの信用を使わせてもらう。快進撃を続けるAクラス、その首脳陣ならそんな読みを通してきてもおかしくないのでは?ということ。そう勘違いさせられれば良い。堀北はそう思考する。

 

「あくまで可能性だから、Aを訴えたりはしないという事ね、ただ悪評を流布するようなもんだし、逆に訴えられない?」

「その場合は可能性を提示しただけだと言い逃れるわ。無理なら素直に謝罪して、取り下げる。重要なのは櫛田さんが裏切った事が悟られない事だもの。公的な答えは必要無く、生徒が納得する答えがあれば良い」

 

一度、その疑惑が流れれば、否定した所で、疑惑が完全に消える事はない。ただAに攻撃し過ぎるのは不味い。もし、Aとも対立することになれば最悪だ。龍園君との対立を抱えている中で、そんな事をする余裕は無い。

 

「他にもクラスメイトが話している所を盗み聞きされたとか、いくつも考えられる候補を提示して、クラスに裏切り者がいるという考えがよぎる可能性を少しでも減らすわ。それが浸透すれば、龍園君が、櫛田さんが裏切り者だと噂を流したところで、彼の戦略だと言えば、ダメージは少ない筈」

 

Aから漏れたというのは、推測のうちの一つ。他にも答えをいくつか用意して、印象を薄める。これなら痛烈に反撃してくる可能性は低い。

 

「上手い作戦とは言えないけど、これならどうにかという感じね」

 

堀北は方針がまとまったことで息を吐く。

 

「ねえ、何で私なんかのために、そこまでするの?」

「貴女らしく無い、しおらしい発言ね。味方になってもらうには恩を売っておくに越した事はない、それだけよ」

「たとえ今回をうまく凌いだとしても、私はあんたを退学させるのを諦めるつもりはない」

「そう…それでも今回は協力できるって事で良いのよね?」

「今は龍園の方にムカついてるからね、あいつの思い通りに事を運ばせる方がもっと癪」

 

堀北は櫛田に向けて、手を伸ばす。

 

「じゃあ、仲間としてよろしくお願いするわね」

 

しかし、櫛田は手を取らず、部屋から出て行く。

 

「誰が仲間よ。龍園の暴露に対抗するまでよ。それまではクラスを裏切らないであげる」

 

「全く…前途多難ね」

 

堀北は溜息をつく。しかしほんの僅かに、未来に光が差したように見えた。

 




ストックが切れたため、活動報告でも書いていますが、一月ほどお休みします。
これから忙しくなる予定のため、執筆ペースは落ちると思いますが、ペーパーシャッフル編の構想は出来てるので、混合合宿編までは書いて、毎日投稿を再開できると良いなと考えています。
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