深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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キミの名を

 

 

 

 

 昼休憩に入ってからは、鹿野ちゃんと別れて、姉さんと合流してから父さんを探す。

 小さな日陰の方で、最近、目元に隈が出来始めている父さんが座って待っていた。

 

「奏、玲音。こっちだよ」

 

 そう言いながら、僕と姉さんを手招きで呼んでいる。

 

 小走りで父さんと合流した。

 

「奏、お疲れ様。よく頑張ったね」

「なんとか走り切れて良かった」

「これを機に運動をしてくれると、僕としてはありがたいよ」

 

 姉さんが出たのは午前の第二部。女子単独リレーの第一走者だった。

 かなり疲れたようで、終わった後は肩で息をしていた。体力がないのはいただけないから、是非運動して欲しい。それに関しては、父さんもだけど。

 

「うう……。苦手なんだよね」

「……無理強いはしないから、無理のない範囲で、適度にやって欲しいな」

 

 適度な運動は、ストレスの緩和や血流の改善。仕事がら座っていることの多い父さんも、趣味で座っていることの多い姉さん。

 血行が良くなれば、血が頭に行くようになって思考も回るようになるらしい。創作をするなら、座りっぱなしよりも偶には立って動いた方がいいんだろう。

 

「父さんもだからね」

「言われちゃったか。今度、玲音の朝のジョギングに一緒に行こうか」

「なら、わたしもそうしようかな」

 

 僕のジョギングについて来るのか……。となると、ペース配分と距離を縮めないと。

 

 父さんが取り出した四つのお弁当。

 彩多めで、冷えても食べやすいように味は濃いめで作ってある。

 今日は朝早くから、父さんが手伝ってくれたおかげで見た目も凝れた。満足。

 

「今日はかなり凝ったよ」

「キャラ弁? これは、……初音ミク?」

「うん」

 

 姉さんのは初音ミク、父さんの弁当は鏡音リンとレン。僕のは、巡音ルカ。予備の一つは、KAITOとMEIKO。

 全部、海苔を切ってお米に貼ったりしただけのものだけどね。楽しかった。

 

「そういえば、予備って一つ追加で持ってきたけど。何か用途があるのかい?」

「つまみながら運動会見れるよ」

「と言うことは、僕のために?」

「うん。父さんが食べるだろうって思って」

 

 予備として持ってきたのは、爪楊枝で刺して食べやすいものにしてある。それに、おにぎりにミニキャラ化させて海苔を貼っただけだから、米部分も食べやすいよ。

 

 みんな少食だけど、父さんは仕事に集中して食べてなかったりもするから。食べれる時に是非とも食べて欲しく思う。

 

「お父さんは、もうお腹いっぱいなんだけど」

「無理に食べなくて良い。でも、食べると元気になれるからさ」

 

 食事は精神の活力につながる。

 栄養を取れば、思考も回る。

 スランプ防止にも貢献してくれると思うからさ。

 

 僕の心意を察したのかはわからない。でも、父さんは優しく微笑んだ。

 

「ありがとう。玲音」

「どういたしまして」

 

 何に感謝されたのかは、いまいちわからないけど。

 僕の頭を撫でる父さんの手は、大きかった。

 

 ……ああ、そうだ。鹿野ちゃんを紹介したかったんだ。

 食べて談笑してたら時間が近づいてくる。とても惜しい気分になる。

 でも、もう準備しなきゃ。

 

「時間になるから、先に行ってくるね」

「応援合戦って、午後の初めからだっけ」

「時間は大丈夫なのかい?」

「うん。まだ、大丈夫。だけど、少しギリギリかな」

 

 時間には少し余裕を持っていたいし、もう行かなきゃ。

 

「だから、行ってくるね」

「ここから見てるから、頑張ってきなさい」

「うん」

 

『ここから見てるから』。父さんと母さんが、何かをやろうとする僕に向かって、よくかけてくれる言葉。

 無条件に肯定してくれている。ちゃんと見てくれてるなら、僕は安心してできる。

 

「行ってきます」

 

 そう言って、小さな日陰から出る。

 

 日は高い。さて、父さんと姉さん、鹿野ちゃんに良いところを見せよう。

 

 合戦に参加する人の待機場に向かって、先輩から学ランを借りて頭にハチマキを巻く。

 

 気合を入れていこう。イメージするのは。

 いや、今の僕(オレ)は、目の前の誰かを応援する応援団員なんだから。

 

 校庭で列を成して並び、腹から響かせるように声を上げる。

 

 横にいる、驚いた表情の人の視線など気にしない。

 ただ、鼓舞するように声を飛ばす。

 

 その声に、激励を。

 その声に、雄叫びを。

 その声に、攻勢の意志を。

 

 ただの叫びになってしまわないように。

 

 

 

「……」

 

 終わる頃には喉を痛めてしまった。喉に負担をかけすぎたらしい。

 

「宵崎! お前、あんなに叫べるんだな!」

「……」

 

 なんか、暑苦しそうな先輩に絡まれた。

 助けて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暑苦しい先輩の圧をのらりくらりとかわして、僕は少し校舎側を歩いていた。

 

「……鹿野ちゃん、どこだろう」

 

 応援合戦が終わってから、僕は鹿野ちゃんを探している。

 終わって、先輩から離れて学級のテントに向かっても鹿野ちゃんは居なかった。

 まだ来ていなかったらしく、担任は早退報告は受けていないから帰っていないだろう。と言っていた。

 

 保護者席の方は探すのが大変だから、校舎の方から探している。

 

 鹿野ちゃんが遅刻をするなんて、珍しいこともあるんだね。

 いつも時間に余裕を持って動くから、学級のテントにいるものだと思っていた。

 

 どこにいるんだろう。

 

 校舎裏の方へ行くと、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 

「──じゃない。偶には来ても」

「来るなら一言欲しいって、何度も言ってるはずなんだけど」

「まあ、反抗期。そろそろ、ママ悲しくなっちゃうわ」

 

 校舎裏の影で、鹿野ちゃんと誰かが話をしている。

 

 初めに目がいったのは、毛先の黒い金髪と、ネイルをした女性。

 赤い瞳と、どこか鹿野ちゃんを思わせる風貌から、かなり近い親類であることはわかる。

 

「反抗期なんかじゃ」

「でも、私、知ってるの。彩は優しくて従順な子だもの。学校だからなのよね?」

「……」

 

 ……なんか、いやそうだ。とても苦しそうな顔をしている。

 

「──か」

 

「鹿野ちゃん」。いつものように、そう呼ぼうとした。

 でも、反射的にその呼びかけは引っ込んでしまった。

 

 鹿野ちゃん。柊彩の呼び名、〝鹿野〟は、旧姓で。

 それを親族の前で呼ぶのは良くないんじゃないだろうか。

 

 なら、なんて呼ぶべきなんだろう。

 

 柊彩さん。そう呼ぶには他人行儀になれない。

 柊さん。そもそも、柊という姓が好きじゃないって言っている友達を。その呼び方で呼びたくない。

 だからと言って、鹿野は使わない方がいい。

 

 なら、鹿野ちゃんみたいに。

 

 僕も、名前で呼ぼう。

 

「──彩、どうしたの?」

「! 玲音くん! 居たの?」

 

 僕の存在に気がついた鹿野ちゃんが少し驚いた顔をしている。

 親族らしき女の人と、鹿野ちゃんの近くへ行く。

 

 近づけば香ってくる強い香水の匂い。

 

 思わず顔が歪みそうになるのを抑えて、鹿野ちゃんに話しかける。

 

「彩、もう集まる時間だよ」

「もしかして、探しに来てくれたの?」

「うん。テントに居なかったから」

 

 そのまま探しに来たことを伝えて、鹿野ちゃんの手を握る。

 一旦、引き離そう。

 

「あら、彩のお友達?」

「……はい。初めまして、宵崎玲音です」

「ご丁寧にありがとうございます。彩の母の柊陽菜乃と申します」

 

 香水がキツイ。

 僕としても早く離れたい。

 

「ママ。もう、時間だから行くね」

「……わかったわ。ママはもう帰らないといけないから、お婆ちゃんと帰ってくるのよ」

「……はい」

 

 気が沈んでいる鹿野ちゃんの手を引いて、テントまで向かう。

 顔が暗い。

 

 あまり、母親と仲が良くないのかな。

 

「玲音くん、ありがとね」

「……気にしないで」

 

 彩の苦しそうな顔は、見たくないから。

 

「無理やり引き離してごめんね」

「いいよ。時間が過ぎてたから、集まらなきゃいけなかったわけだし」

 

 そうなんだけどさ。

 僕は、理由を振り翳して無理やり引き離したのは事実。本当にこのやり方で合っているのか。話を切って、無理やり引き離したから話がこじれないか。

 そんな心配が、頭の中を過っていく。

 

 だから、僕のせいで鹿野ちゃんが嫌な思いをするのは、とても悪く思う。ごめんね。

 

「そんなことより、私のこと名前で呼んだよね」

「呼んだね。もしかして、嫌だった?」

「全然、そんなことないよ。むしろ嬉しいぐらい」

 

 ならよかった。

 

「良かった」

「だから、私も呼び捨てでいいよね」

 

 なぜそうなるんだろう。別にいいけど。

 

「鹿野ちゃんがそうしたいなら、それでいいと思うよ」

「あー! なんで名前で呼ばないのさ」

 

 とくに呼び続ける理由もないからね。

 

「ダメでーす。認めませーん。私のことはこれから名前で呼んでくださーい」

「……わかったよ。彩」

「渋々だぁ。でも、いいよ。玲音」

 

 彩から敬称なしで初めて呼ばれた僕の名前。

 

 僕の名前を呼びながら、にっこりと笑っている彩の顔を見ていると。

 

 なんだか、少しむず痒かった。

 

 

 

 

 

「そういえばさ、なんで呼び捨てだったの?」

「……喉いたいし、敬称つけたら長いし。彩って名前に、ちゃんとか、くんとか、さん付けはあまりしっくりこなかったからさ」

「なるほどね」

 

 単純に、名前だけで呼びたくなったというのは、内緒だ。

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