亡き王女の為の讃美歌   作:ヨマオ

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第5話 デーモンロード

 落ち着いた足音が近付いてくる。足音のする方を見ると、紅白の巫女がそこにはいた。巫女は感情を押し殺すように声を落として話し始める。

「さっきの奴は?」

「死んだよ」

「……そう」

霊夢は言葉に詰まる。人間のように。レミリアは普段の調子になるよう努める。

「咲夜たちは? 殺したの?」

「いや。戦闘不能にはしたけど生きてる」

 レミリアは呆れたように笑った。

「やっぱりあんたは夢想家ね。夢の域を出ない」

「何とでも言っていいわ」

 霊夢の様子は先までと明らかに違っていた。無駄な身振りなどなく真っすぐそこに立っていた。その語気は淡泊で、どこか諦観の念がある。手から滴る返り血。

 陰陽玉が現れる。霊夢はレミリアの一挙手一投足を見逃さないよう目を凝らしていた。だがレミリアはへたり込んだままだ。

 吸血鬼は溜息をつく。もう霊夢は止まらないだろう。霊夢自身でも制御できないのかもしれない。

 まだ情動の整理がつかない。普段ないことが立て続けに起こったからだ。このまま殺されるかな。それも美鈴の遺志に反するかな。もがれた翼。夢想。ゆらりと立ち上がる。

「そこの2人。ちょっと待ってもらおうかしら」

 霊夢とレミリアの間に少女が立っていた。2人はすぐさま後ろに引く。少女は手を合わせて音を鳴らした。

「まあそう殺気立たせずにさ、落ち着こうよ。私に害意はないよ」

「どこから入ってきた?」 とレミリア。 「廊下は迷宮屋敷になっているはずだけど」

「迷宮って言っても空間魔法の類でしょ? 式さえ解ければ手に取るように分かるよ」

 少女はショートカットの、ブロンドヘアをたくし上げる。

「誰あんた」

 霊夢が口を挟む。少女は深紅の瞳を霊夢、レミリアと順に向ける。そしてスカートを摘み上げ会釈してみせた。

「初めまして博麗の巫女。私はフランドール・スカーレット。吸血鬼よ」

 フランは背部の枝のような翼をはためかせた。骨しか残っていない朽ちた翼には、ギラギラとした宝石がクリスマスオーナメントのようにつけられている。レミリアは怪訝そうにフランを品定めする。

「スカーレット? 私にいとこなんていないと思うけど」

「久し振りねお姉様。495年振り」

「あー財産目当ての鼠ね。その大層な宝石を売ったら?」

「あら、私は本当のことを言ってるのよ? お姉様?」

 フランは無邪気に笑った。レミリアは頭を振る。

「あんたみたいな手合いは初めてじゃないけど、こんなに頭が足りないのはお目にかかれないね。素直に頭を下げれば残飯程度恵んでやらんでもないのに」

「何か姉妹の証拠を出した方がいいのかしら。お母様とお父様は人間に殺されたって話は?」

「そんなの巷じゃ常識よ」

「じゃあ好きなワインの銘柄」

「それも周知の事実」

「うーん何が良いかなぁ」

 フランは顎に手を当てて考え込む。レミリアは辟易していた。ただでさえまとまらない頭が余計に引っ掻き回される。

「何が目的よあんた」 霊夢がフランに話しかけた。

「素敵なお茶会を開くことよ。博麗の巫女さん?」

 返答も待たずフランは指を鳴らす。フランを中心に巨大な魔法陣が描かれ、廊下全体が地震のように揺れ始めた。そして急激に上から押さえつけられる感覚と浮遊感が3人を襲う。上昇している。レミリアが事も無げに考えていると、天井が一気に開き紅い空が見えた。そこは紅魔館の屋上だった。

 聳え立つ時計台。血の饐えたような匂い。ここなら人里に伸びる霧がよく見える。霊夢は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「お姉様はいつもここでティータイムを楽しんでいるのよ!」

 フランは得意げに指を鳴らす。するとアンティーク調のテーブル、ポット、カップなどティーセットが出現した。それらの色、造形、配置、花瓶の花の本数、椅子の位置、全てがいつものティータイムを完璧に模倣していた。

「茶葉はアッサム。巫女にも飲みやすくしたつもりよ。ケーキはないけど勘弁してね。それでお姉様にはこっちも」

 指を鳴らすとフランの手に小さく可愛らしいポットが現れる。フランはレミリアの耳元に口を寄せる。

「偶には肝も食べたら? 粉末状だけど」

「鼠にしては随分下調べが済んでいるわね」

「ずっと住み着いていたもの。ここの深い深い地下にね」

 フランはくいくいと下を指差す。地下にはパチュリーの図書館しかないはずだ。

「で? 早く消えて欲しいんだけど」 とレミリア。

「消える前にお茶でみんなに仲良くなってもらうわ」

 フランは子供のようにニッと笑う。まるで歓迎会の用意でもしているように。

「ほら、昔からお茶会ってのは和睦の場でしょ? 同じ風景を同じ紅茶で楽しみ、談笑を弾ませる。そうしたらいつの間にかわだかまりも溶けてなくなるの。幻想郷風に言うなら宴会ね。とっても素敵じゃない?」

「戯言は戯れてから言うものよ?」

 レミリアは吐き捨てる。霊夢は警戒を崩さない。フランは口を尖らせるが、すぐに緩め霊夢に駆け寄る。

「さあさあどうしたのお客様? 早くしないとお湯が冷めちゃうわよ?」

「仲良くしてどうするのよ」

「いちいち言わなきゃ駄目? 私はあなたたちの争いを終わらせたいの。あなたにとっては願ってもないチャンスだと思うけど」

「私はもう引けないわ」

 霊夢は例の諦観を帯びた声音で話した。フランは困った顔でレミリアを向く。

「もうお姉様からも言ってよ。お姉様が誘えばお客様も遠慮しなくなるよ」

 その不相応の馴れ馴れしく無邪気な態度が、レミリアは気に食わなかった。

「お呼びじゃないのよ。狂言回しさん?」

「あら手厳しい」 フランは微塵も動揺していない。 「でもやってもらうわ。この意味のない殺し合いを止めるためにね」

「意味のない?」

 意味のない、その言葉がレミリアの鼓膜に引っ掛かる。それは鳴動し頭の中をがなり立てた。フランは話し続ける。

「そう、意味のない殺し合い。無意味なことを続けるなんて非建設的じゃない?」

「何でそう言うの?」

「順を追って説明していくよ。巫女のデメリットとお姉様のデメリット。まずは巫女の視点」

 フランは偉そうに指を立てる。そして霊夢を指差した。

「博麗の巫女の最終目的は人里への被害を減らすこと。そのためにお姉様を殺すかして有害な霧を止めようとしている。でもそれは紅魔館に対しての抜本的な解決にはならないよ。何故なら人里に対する禍根は解決していないからだ」

 差した指を上に向けプラプラと渦を巻く。

「場当たり的な対処法では事態を悪化させるだけだよ。お姉様を無力化、或いは殺したとしたら紅魔館の面々の恨みは余計深まるだろうね。お姉様の面子を潰されて黙っているわけにもいかないし、彼女らも必死なの。皆殺しにするなら話は別だけど」

 霊夢は無言で、ただ言葉を受け止めている。フランは小馬鹿にするようににやにやしている。

「そもそもあなたは致命的な矛盾を抱えている。人間1人の命さえ差し出さないことだよ。お姉様は1人だけで勘弁するって言ってたよね? でも出し渋るお陰でお姉様が霧を撒く羽目になったんじゃない。コイン1枚を払って全部チャラにするか、コイン1000枚を失うリスクを抱えるか。どれだけ期待値の低い賭けをやっているか分からないの? これがあんたにとっての意味がないってこと」

「そうね」

 霊夢は俯く。そして顔を上げる。

「でも譲るわけにはいかないわ。1人だろうが人は人よ」

「なら従者を奪われたお姉様の気持ちはどうなるのさ」

「それは」 間が空く。 「悪いと思ってる」

「独善的ね。それでいて軟弱。脇目振り撒きながらでお姉様に勝てるの?」

「勝つわ。あんたらを殺してでも」

 霊夢は毅然としていた。物怖じせずフランと向かい合っている。だが語尾に含まれる気負いを、レミリアは見逃さなかった。しかしフランは元々期待していなかったという風に巫女から視線を外す。

「次はお姉様の視点ね」

 今度はスポットを当てるように腕を伸ばしてレミリアを指差した。

「お姉様は目的と手段は合致していると思うよ。巫女を殺して人里の畏怖を再び奮い起こす。租を納めさせるようにね。でもその手段が良くないと思うんだ。お姉様は重大なリスクを3つ抱えている」

 フランは3本指を立てる。指の間からレミリアの瞳が覗く。

「1つに事後の見通しが甘いこと。仮に巫女を殺せたとして、その後に向かい来る妖怪たちをどう迎え撃つんだ? 色々襲ってくるだろうね。幻想郷の生態系を脅かした逆賊を成敗しようという連中、恨みを晴らしたい連中、地位を掠め取ろうとする馬鹿な連中。お姉様は前に大分顔を売ったしね」

 レミリアに反論する気は起きなかった。無気力に肩を竦める。

「2つ、お姉様はメイドたちを危険な状況に晒し続けていること」

 レミリアの眉が動く。

「まずは先も言った通り妖怪が襲撃してくるリスク。お姉様がメイドたちの主で居続ける限り標的にされるだろうね。お姉様が守り切れるとも限らないし、消耗したところを狙われたらひとたまりもない」

 フランは声の調子を変えず話し続ける。

「次のリスクは紅魔館を主戦場に選んだこと。これは言わずもがなね。お姉様がメイドを守りやすくする狙いもあるんでしょうけど。まあ私もどうすれば良かったのか思いつかないわ。でも現に美鈴が――」

「死んだわね」

 レミリアは関心がなさそうに声を発した。フランは意外そうに目を瞬く。

「まあ、そうね」

「それで? 無意味ってどういうこと?」

「分かったわ。教えるよ」

 時計台の正時を告げる鐘が鳴り響いた。音色は湖まで届き水面に波を立たせる。フランは神妙な面持ちをする。

「無意味っていうのは、戦いを通してお姉様の欲しいものは何も得られないからだよ」

 レミリアは表情を変えない。椅子に腰掛け頬杖を突く。

「お姉様の目的は人間に畏怖を刻み付け自分の地位を盤石にすること。それはメイドを守るため、メイドを支配の元に庇護するためだよね? でもその行為は致命的な矛盾を抱えている。やればやるほど、メイドは離れていくのよ」

 フランは憐れむようにレミリアを見やる。

「それは何故か。メイドたちは、お姉様の強さを目の当たりにすることになるからだ。首を吊っても死なない、串刺しにされても欠伸をする、そして100年生きた妖怪を一振りで灰にする、そんなお姉様をね。メイドにとっては恐怖そのものでしょう。及びもしない、まるで神のような存在。それが自分たちに触れられる場所に座っているの。お姉様は優しいよ。でもメイドたちの奥底で根は成長を続けている。いつかお姉様の気が変わって、皿を割った自分を灼くかもしれないって」

 ふと、殺されたあの子の顔を思い出した。幻想郷の縁で私が手を差し伸べた時の顔。私がパンを持って行ってやった時の顔。咲夜に仕事を教わっている時の顔。全ての顔が恐怖に塗り潰されていた。あの子のえくぼのできる笑顔も私を認識した途端凍り付いた。そして何とも言いようのないぎこちない笑顔を浮かべるんだ。

 何も今に始まったことではない。咲夜も美鈴もパチュリーだって、1度は私に対してあの顔を見せた。あの恐怖に満ち満ちた顔。

 フランは言葉を継ぐ。

「私はさ、お姉様のこと頑張ってると思うよ。お父様とお母様が死んでから力を高め続けてきた。そして吸血鬼の力を広く知らしめて、今やお姉様の名を出せばみんなが片膝付いて阿るようになった。これはすごいことだよ。お姉様の努力の結晶だよ。でもそれは裏返しだ。本当に欲しいものは零れ落ちていく。手に残るのは形骸な名声だけだよ」

「で? 何が言いたいの?」 レミリアは足を組む。

「どれだけ頑張っても報われないってことだよ。メイドはいっぱい集まったよね。お姉様に肖ろうって子やお姉様が拾ってきた子、でも実態は空虚なものだよ。どれだけ集まってもみんながみんな同じ思考回路。お姉様のご機嫌取り。彼女たちから真に繋がりを得られることはないよ。お姉様はどんどん孤独になる。しかもどれだけ孤独になったところで、必ず彼女らを守れるわけじゃないよね。ふとしたところで殺される。何の意味もなく。美鈴みたいに心を開いてきた者から死んでいくのよ」

 フランは流し目をする。

「もういいと思うよ。お姉様はよく頑張った。メイドたちに嫌われてまで守ることないじゃない。矛盾することに心血注いでも意味ないじゃない。力を抑えて質素に生きよう」

「そうね、矛盾しているわね」

 美鈴の泣き腫らした笑顔が浮かぶ。レミリアは立ち上がりフランを見据える。

「でもあんたが何を知っているの?」

「お姉様を見てきたよ」

「何を見てきたっていうの?」

「全部」

「お前は何も見えていないな」

 フランは口を止める。レミリアは微笑する。

「私が孤独に咽び泣いているように見えたか? 行いは無意味だって苦しんでいるように見えたか? そもそも私が孤独に見えたか? そう見えたのならお前の目か頭はがらんどうね。あの子たちは可愛いよ。掃除を頑張っていたり、庭を駆け回る姿はいじらしい。そして私に必要だ。私は何一つ不自由していない」

 フランは眉を顰める。

「論点が違うよ。私の話聞いてた? まさかメイドの心向けに実感がないの? ……いいや違うわね。そうやって目を背けて自分を鈍くしているのね。悪い癖だよお姉様」

「私が何から目を逸らしているって? 私は私がやったことはちゃんと理解しているよ。過程も私がもたらした結果もよく分かっている」

「恐れられることを容認してるって? 嘘ね。お姉様は実在しない未来に手を伸ばしているだけだよ。そしてその事実を認めたくないだけ」

 フランは自身の胸元を握る。

「でも……でも私は違うんだよ。私はお姉様の未来になれるんだよ。私以上にお姉様に寄り添える人なんてないよ」

「あぁ、あんたは私を可愛そうだと思いたいのね」

 フランは言葉を失った。

「そうやって私を幽閉のお姫様に仕立て上げて、自分を物語の主人公だと錯覚したいのね。でもお生憎。お前の中でいくら妄想を掻き立てても私を変えることなんてできないよ。私はあんたの頭の中の住人じゃないからね。私を否定するなんて、誰にもさせないしできないわ」

「……嘘だわ。強がっていても私には分かる。お姉様のことなら何でも知ってるよ。私はずっとずっと見ていたもの」

「無駄な時間を過ごしたね。そのまま石の下から出てこなければ良かったのに」

「お姉様……!」

 フランはまだ何か喋ろうと口を開きかけるが、躊躇って閉じる。言いかけたことなど、レミリアにとっては心底どうでもいい。

「あぁそうだ。咲夜たちはどうしてる?」

「私が図書館まで送り届けたよ」

「私あの子たちが乱入してこないか心配なの。道を作って、その間巫女を引き留めてくれる?」

「そうねお姉様。様子を見て来るといいわ」

 フランはすんなりと了承した。魔法陣が地面に描かれ、穴が開き下に続く階段が現れる。レミリアは霊夢を一瞥する。

「またね。霊夢」

 レミリアは言葉を残すと階段を下りて行った。

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