亡き王女の為の讃美歌   作:ヨマオ

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第6話 冬の孤独を

 レミリアは螺旋階段を1段1段下りていく。ようやく下り切った先には見慣れた紅い色彩の図書館が広がっていた。高い本棚の森を歩き開けた先には、多くのメイドが誰かを囲って騒めいている。近付くレミリアに気付かないほど熱心だ。レミリアは少し不貞腐れながら声を掛ける。

「やあみんな。そんなに必死にどうしたんだい?」

 皆が一斉に肩を震わせたと思うと、お嬢様! とぎこちなく顔を作って兵隊のように頭を下げた。こんなこと教えた覚えはないんだけどな、とレミリアは肩を竦めて歩いていく。メイドの囲いの中心にはパチュリーが座っている。

「レミィ」

 パチュリーは深刻な顔で一言だけ呟く。レミリアはパチュリーと机を挟んで座った。机に手に収まるほどの水晶玉が置いてある。レミリアが覗くと自身のつむじが拡大されて映っている。

「見ているなら迎えに来てもらっても良かったんじゃない?」

「あの金髪に空間魔法の主導権を奪われたのよ。法式も意味が分からないほど書き換えられてね。相当な技量よあいつは。妹だって?」

「妹なんて知らないわよ。ここより地下にいたっていう話だけど」

「隠蔽魔法なら有り得なくもないわ。完璧に痕跡を消すなんて私じゃ考えられないけど」

「気味の悪い話ね」

「そして私たちは閉じ込められている。あなたも罠にかかったわね」

「罠?」

 レミリアは頭を傾けてきょとんとした。パチュリーが投げやりにレミリアの後方を指差す。振り返ると図書館の出入口は石垣に塞がれなくなっていた。

「空間魔法でいじくったんでしょうね。もう2度とここから出られないわ」 パチュリーは冗談めかして言う。

「じゃああいつも殺さなきゃね」

「そもそも出る手立てがないわ。レミィは魔法なんて分からないでしょ?」

「天井をぶち破ればどこかしらには着くでしょ」

「流石頼もしいわね」

 今までにない呆れを、パチュリーは上がり切らない頬で体現した。レミリアは他人の心など分からないように顔を綻ばせる。

「ねえパチェ、何で私がここまで降りてきたか分かる?」

「美鈴たちのことでしょ」

「そ、美鈴たちのこと」

 2人の口調はいたって冷静だった。メイドは不安そうに手を前で揉んでいる。

「パチェがよこしたの?」

「そうよ。あの子が望んだっていうのもあるけど」

「どうなったか知ってる?」

「知ってるわ。始終見てたもの」

 パチュリーは淡々とした声音で話す。つまらない事務報告をする感じだ。しかし段々と目線が下がっていく。大きく溜息をつき、痛そうに頭を抱えた。

「分かってたわよああなることくらい。あなたの戦いぶりを見ていれば。でもあなたがいれば死ぬことはないって思っていた。いや、そう信じたかっただけかもしれないわね」

「パチェ。私はあんたたちを責めたいわけじゃない。何であんな危険を冒したのか聞かせてほしいだけ」

「あなたの助けになりたかったからよ。レミィ」

 パチュリーは机に乗り出し訴えた。レミリアは表情を変えない。

「ずっとあなたの戦いを見ていた。あなたが傷ついてどんどん弱っていって、それでも笑っている姿を。目が覚めたのよ。私たちはレミィに何をさせているんだと」

 パチュリーの手が震え始める。

「私たちは本当に愚かよ。庇護されることを当たり前と思い込んで、あなたに全てを押し付けてしまった。あなたが戦っている間、私たちは何をしていると思う? 何もしていないのよ。無関心にいつも通りの日常を続けている。本を読んだりあなたの愚痴を言ったりね。あなたが今何をして何を思っているのかなんて想像することさえないわ」

 言葉を継ぐ。

「ねえレミィ。私はあなたに全てを押し付けたくない。私はあなたの痛みを背負いたい。戦いたい。許してもらおうとか思っていないわ。私は、私たちの今を守りたいの」

「紅茶はある?」

 レミリアが呟く。メイド妖精がティーカップをレミリアの前に出し熱い紅茶を注ぐ。レミリアはカップに口をつけ音を立てずに啜る。

「美味しいの?」 とパチュリー。

「ええ美味しいわ」

 レミリアはゆっくりティーカップを置く。食器が擦れる小さな音が鳴る。

「この紅茶を飲むとね、安心するの。温かくて濃厚な味わい。私じゃこんな美味しい紅茶を淹れるなんて不可能よ」

「不可能?」

「そう。不可能」

 カップを眺める。精妙な造形のカップとソーサー。深い赤褐色。

「みんなは茶葉をいつ買いに行く? 店が開いているのは日中よね。私は日光に焼かれて灰になってしまうわ。お湯を注いだのは? 私の身体は流水で溶けてしまうよ。このティーカップだってそう。私じゃ買いに行けないし洗えない。あとはこの優美な館と庭。お茶を楽しむには美しい景色が不可欠よね。天井を見て? あの汚れ1つない深紅が外壁からカーペットにまで染められている。こんな大きな建物私1人じゃ掃除さえままならないわ」

 レミリアはメイド1人1人の顔を見渡す。下を向いている妖怪、本棚の陰から覗いている妖精、唇を結びながらも私を見据える人間。そしてパチュリーに目を戻す。

「そして1番の隠し味は、みんなよ。ティータイムの屋上で紅茶を飲みながら庭を眺めるの。無邪気に駆け回っているあんたたちを眺めて、目についた子の不満を咲夜が言って、私がからかって、この上なく美味しい紅茶で身体を満たす。みんながよく手入れした庭園と紅くて美しい館の下でね。こんな楽しい時間他にないわ。ゆったりしたとても素晴らしい時間。私はこの紅茶を飲む生活が好きなの」

 自然と微笑んでいることにレミリアは気付いた。反してパチュリーは目元を強張らせている。

「私たちだって同じよ。あなたとの生活が大切よ。だからこそあなた1人に全て背負わせたくないの」

「私の1番嫌いなことは何だと思う?」

 パチュリーは口を閉じる。

「私の平穏を乱されることよ。私の平穏っていうのは今の生活のこと。そして今の生活には美味しい紅茶と食事、そしてあんたたちが必要よ。私は何1つだって欠けることは許さない」

「私たちを危険に晒したくないと?」

「そう。私は私のやりたいようにやっているだけ。あんたたちには関係ないこと。私のことなんて心配しなくていいのよ。いつも通り過ごしていればいい」

「そうと言うわけにはいかないわ」

 パチュリーは語気に苛立ちを見せる。

「今まであなたには何度も助けられたし、この子たちも感謝している。あなたに恩を返したいの」

「もらえるものは十分もらっているよ」 レミリアは目を伏せる。 「私はあんたたちにこれ以上何も望んでいないわ。ただそこにいてくれたらいいの」

「レミィ。今度ばかりは――」

「くどいよパチェ。話し合いなんて意味ないよ」

 パチェは何を言おうと譲らないだろう。なら。レミリアは子供っぽく笑みを作る。

「あんたたちが何を思おうと関係ないよ。あんたたちは何も考えず私に従っていれば良いの。それか殺し合おうかパチェ? 譲れないものがあるなら、そうするしかないわよね?」

 パチュリーの目が揺れ動いている。メイドの膝や手の震えが激しくなっている。

「それは最もあり得ないって分かってるでしょ?」 とパチュリー。

「それもそうね。あんたたちじゃ私に勝てないから」 レミリアはいつもの、余裕を含んだあっさりした声で話す。

「私たちが無理矢理にでも参戦したら?」

「送り返すわ。捻るようにね」

「私たちがあなたに従わなければ?」

「そんなことさせないよ」

「元々私たちに選択肢なんてなかったわね」

「そうよ」

 レミリアはぐっと紅茶を飲み干し立ち上がる。

「命令よ。もうあんたたちは危険を冒さないこと。それとティータイムの用意をしておくこと。いいわね」

「分かったわ」

 パチュリーの掌に描かれる魔法陣。すると無数の本が本棚から浮遊し、レミリアをドーム状に囲んだ。

「どういうつもりかしら?」 平静のレミリアが聞く。

「仕方ないことよレミィ。そこで大人しくしているか私を殺すか、ね」 声が震えている。

「喘息持ちが大ぼらを吹けるようになったわね」

「巫女は帰らせて、霧も停止させる。茶菓子でも出すわ」

「早く開けてくれない?」

「決めたことなの。話し相手にもなるわよ」

 レミリアは指を差し光線を放つ。そしてパチュリーの掌を焼いた。パチュリーは痛みで咄嗟に手を引っ込める。そして現実でないものを見たようにレミリアを向いた。

「ごめんねパチェ」

 ボロボロと崩れる本の壁を踏み付けレミリアは出口に足を進める。メイドは怯えた様子ではけていく。

 これでいい。レミリアは思う。ずっと前から続けてきたことだ。パチェや美鈴の意思も私には届かない。美鈴はどう思うかな。命を懸けた訴えを、踏み躙る私を憎むかな。裏切ることになるかな。でもあの時、私を慮ってくれて嬉しかったよ。

 レミリアは出口の石垣に光弾を発射して破壊した。

 

 レミリアは青々とした石が囲む廊下を歩いていく。ブーツの足音が虚空に吸い込まれる。じっとりとした空気が頬を撫でる。灯りは1つもなかったがレミリアの目は暗闇でもよく見えた。

「迷ったの?」

 フランが正面に立っている。彼女は五指をバラバラに動かし鳴らす。レミリアは思わず噴き出してしまった。

「ええ迷ったわ。巫女に会うにはどの道を行けばいいかしら?」

「残念だけど博麗の巫女には会えないよ。お姉様はここで終わり」

「というと?」

「私がお姉様を半殺しにするの。巫女には手を引いてもらう」

 フランの周囲に魔法陣が描かれる。魔法陣から巨大な石の腕が伸び、レミリアを掴み上げた。

「いい度胸じゃない。さっさと駆除しておくべきだったね」

「お姉様は満身創痍、私は万全、制空権も手にしている。結果は明白ね」

 レミリアを掴む手がひび割れ弾け飛ぶ。レミリアは広げた腕を元の位置に戻し床に降り立った。フランは爪を噛む。

「お姉様は無計画すぎるのよ。もっと筋道立てて論理的に考えてみたら?」

 フランは一息置く。

「ねえお姉様。私が何で地下から出てきたと思う?」

「さあね」

「私が地下に息を潜めていたのはお姉様の沽券に関わると思ったからよ。吸血鬼が2人もいたらどちらかが霞むでしょう?」

「戦るならさっさとやりましょう? 暇は嫌いなの」

「何で495年振りに地下から出たか。それはお姉様に死んでほしくないからよ」

 レミリアは鼻で笑い肩を竦める。

「思い上がりすぎじゃない?」

「お姉様の力の強さはよく知ってる。見てたもの。でも今度ばかりはお姉様は勝てないわ。本当に相手が悪すぎるのよ。お姉様は巫女の力で完全に殺される。この世に魂は残らない。あの世で魂が廻る時お姉様はお姉様ではなくなる。パチェやメイドたちと離れてもいいの?」

「私は殺されないわ」

「いいや殺される。お姉様も分かっているはずでしょ? これ以上皆を危険に晒してもいいの?」

「あー耳が滑るわね」

「私たち姉妹でしょ? 心を開いてよ」

 フランは初めて、胸の奥から湧き出たような言葉を放った。レミリアは眉1つ動かさない。

「心を開くだって? 言っている意味が分からないわ」

「じゃあもっとたくさん話をしましょ」

 無数の魔法陣が床、壁、宙とあらゆる場所に描かれた。魔法陣で廊下が神秘的に照らされる。

「もう話すことはないわ」

 レミリアは水晶を取り出し床に叩き付けた。うねり始める廊下。フランはバランスを崩し目を皿にしている。レミリアとフランの間から床がせり上がり壁となった。

「お姉様!」

 壁越しから声がする。何度も何度も叫んでいるが石が動く音と共に遠のいていく。そして完全に聞こえなくなった。

「持ってきて良かったわね」

 粉々に割れた水晶の破片には魔法陣の断片が描かれている。空間魔法の制御元らしい。これを無効化したお陰で紅魔館の間取りは戻った。空間魔法に慣れすぎて元の間取りが分からないが。

 レミリアは上に向かって光線を放つ。全身を紅い月明りが包み込む。

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