亡き王女の為の讃美歌   作:ヨマオ

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最終話 運命を操る程度

 屋上に降り立つと霊夢が手すりに手を置き外を眺めていた。体温のような生温かい風が吹き抜ける。

「戻ってきたの?」 霊夢が振り返る。

「戻ってきたの」

「フランはあんたは戻ってこないって言っていたけど」

「なのに帰らなかったのね」

「全部見届けなきゃいけないから」

「まあ、あいつが帰ってくる前に終わらせましょうか」

「ええ」

 陰陽玉が現れる。レミリアは手首を噛み千切る。滝のように血が流れ出しそれは槍の形を作った。

「グングニル」

 粉塵が舞い上がった。霊夢とレミリアは争う鷹のように回りながら上昇していく。

 レミリアは蹴り飛ばされ時計台の文字盤に激突する。陰陽玉に削られる片足。

 痛みを堪えてレミリアは槍を振るうが結界に防がれる。そして槍先を掴まれ、下に投げ飛ばされた。吐血。投げられた先には陰陽玉が浮いており、それがレミリアの腹部を貫通する。

「やるじゃない」

 霊夢の目は冷たく燃えていた。甘い希望など宿していない今を直視する目。レミリアは屋上の穴に落ちていく。

 レミリアは旋回し廊下を飛行する。霊夢もそれを追う。レミリアは燭台から蝋燭をもぎ取り業火を放つ。しかし結界を展開され煙さえ霊夢に届かなかった。そのまま廊下の端まで追い詰められ、レミリアは結界と壁に押し潰された。

 霊夢は結界を解き着地する。潰れたトマトのような血溜まりからレミリアの身体が治っていく。霊夢は掌をかざし、衝撃で壁を吹き飛ばした。壁は崩れて庭に落ちていく。壁の瓦礫からレミリアの腕が飛び出す。その腕も陰陽玉に削られた。

「痛い」

 片腕のないレミリアが立ち上がる。レミリアは息を切らし、肩を鼓動のように動かしている。霊夢は少しだけ目を逸らすも、向かい合って口を開く。

「あの門番のことは謝る。ごめんなさい」

「いいのよ別に」

「私は私が奪ったものにけじめをつける」

「良い心掛けだよ」

 レミリアは腕の断面から紅い霧を噴出させる。霧の密度が濃くなり視界が紅くぼやける。霊夢の口元に結界が張られた。

 レミリアは槍を投擲する体勢をとる。霊夢は迎え撃つ構えをとる。2人の耳には何も聞こず、鼻は匂いを感じない。2人の目にはお互いしか映っていない。レミリアの腕は治癒を終える。霊夢は息を吐き切る。陰陽玉。グングニル。血が隅々にまで巡る。全身が脈動するようだ。紅い月だけが顛末を見守っている。

 レミリアは槍を握り締め、腕に全身の血を集め、全霊を込めて投擲した。槍は地面と壁の瓦礫を巻き込ながら光のように飛んでいく。槍が霊夢の腹に刺さり始める。ぴくりと動く霊夢の指。腹に結界が張られ、槍は皮膚を切り裂きながら大きく逸れた。霊夢はすぐさま地を踏み込みレミリアに向かって駆け出す。片手に陰陽玉を持って。槍を振り抜いた勢いで、レミリアは1回転する。向き合ったレミリアの手には、もう1本のグングニルが握られていた。霧で隠していたのだ。目を丸くする霊夢。結界は間に合わない。レミリアは笑って、槍を霊夢の胸部に突き立てんとする。

 霊夢は肩を前に突き出した。槍は肩の骨まで深く突き刺さる。霊夢の勇み立つ叫び声。次の瞬間、レミリアの半身は陰陽玉に抉られた。

 

 霊夢とレミリアは折り重なるように倒れ込む。霊夢はすぐさまそこから跳び退き、荒い息で傷口を抑えている。

 レミリアには半身の肩から腰がなかった。レミリアは何が起こったのか分からないという顔で仰向けになっている。翼を動かそうにも片方しかない。

 傷口はドクドクと蠢くが治癒する兆しはない。それどころか焼き爛れたように皮膚が変色していく。

「痛い……」

 痛かった。今まで受けたどんな痛みよりも痛かった。傷口は焼かれるように熱いが、身体の芯は凍えるほど寒い。土の匂いがする。美鈴もあの子も、みんなこんな気持ちだったのだろうか。

「お姉様!」

 フランが慌てた様子で飛んで降り立つ。そしてレミリアに駆け寄り素早く傷口に魔法陣を描いた。魔法陣が光ると痛みが収まってくる。

「何をした?」

「鎮痛の魔法だよ」

「寒いな……」

 レミリアは身を捻り立ち上がろうとする。それをフランは必死に制止する。

「駄目だよお姉様。もう動けないよ」

「動けない? あぁ動けないのか。そうか。死ぬのか」

 レミリアはひどく冷静だった。負けて悔しいだとか霊夢が憎いだとか、そういう感情はほとんど感じていない。ただ当たり前のことのように状況を俯瞰していた。このまま自分は跡形もなく消えていく、と。レミリアの心情に反して、フランは顔をうずめてドレスを濡らしてくる。

「お姉様は頑張ったよ。本当に頑張ったよ」

「まだやるの?」 霊夢がフランを睨む。

「やらないよ。意味ないもの」

 フランは顔を上げ、レミリアの乱れた前髪を直す。

「お姉様が死ねば霧も止まるわ。もう目的は達成したでしょ? もう来ないで」

 霊夢はしばらく立ち尽くしていた。自分の成したことを目に焼き付けるように。憂いの色彩を深めるように。しかし唐突に宙に浮き、そのまま飛び去った。レミリアは苦笑する。

「もう見向きもされないか。本当に終わりだな私」

「私が見てるよ」

「死に際なら私が感傷的になると思ったか?」

「そんなのじゃないよ」

「私はお前のこと嫌いだよ。フランダル」

 あっさりとした言葉。フランの顔が白む。半開きの口が動かなくなった。

「お嬢様?」

 聞き慣れた声が聞こえた。顔を向けると咲夜がこちらに飛んでくる。フランは思わず場所を譲る。

「どうしたんですかお嬢様? 病人みたいな顔して」

「やあ咲夜。私死ぬみたいだよ」

「え、本当に死ぬんですか? 全然想像できないんですけど」

「まあどっちでもいいよ」

 咲夜はレミリアの上体を起こす。その皮を張った人形のような身体に、咲夜は動揺した。全身のどこにも力が入っていない。いつも活き活きとしていた紅い瞳が消えかかっている。レミリアはか細く言葉を発す。

「パチェはどうしてるのかな」

「……こちらに向かってますよ。まあお嬢様が生きてる内には」

「何で来るのかな」

「何でって、お嬢様が心配だからですよ」

 扉を開け放つ音。パチュリーがメイドを引き連れてやってきた。パチュリーは慌てた様子で駆け寄ってくる。

「遅くなってごめんなさいレミィ」

「あー、本当に来たんだ」

「来て悪いことでもあるの?」

「いや、何でもない」

 レミリアはメイドたちに目を向ける。レミリアが死にかけにも関わらず、彼彼女らは相も変わらず震えていた。パチュリーもメイドたちに気が付く。

「ごめんなさいねレミィ。ずっとあんな調子で」

「あれが普通の反応じゃないの?」

「あなたの普通の基準は分からないけど、私はとんでもない恩知らずだと思うわ。改善されないから何も言わないけど」

「それもそうね」

 レミリアは顔を綻ばせる。パチュリーも合わせて笑う。

 唐突に疲れが襲ってくる。同時に1つの不安が醸成され首をもたげる。この子たちの未来は?

「ねえ咲夜。これからどうするの?」 肺を絞る。

「そうですね、分からないですね。お嬢様のいない生活なんて」

「頼りがいのない奴らね」

「正直酷いと思いますよ。先に逝くなんて」

「先に逝くって、私が何人見送ってきたと思ってるの?」

「そんなの知らないですよ。勝手に死に急いで」

 咲夜はレミリアの肩を握り締める。力み過ぎで指が震えている。咲夜もこんなふうになるのか、と意外な気持ちになる。

「私の死体はどうしてもいいよ。食べたい奴がいたら均等に分けてもいいし、あんたが独り占めしてもいいし」

「いらないですよ」

「パチェはどう? 魔法の材料にするとか」

「良い薬ができるでしょうね」

 パチュリーはレミリアの冷たい頬に触れた。

「レミィ。今後どうするかは分からないわ。でも私は、博麗の巫女に復讐したいと思ってる」

 身体の断面に寒風が沁みる。レミリアは眉を寄せる。

「あんたさぁ、自分が何を言ってるか分かってる? 私がどんな思いで戦ってきたか想像してみな?」

「そんなあなたをこんな姿にしたのよ。黙ってられる?」

「私もやりますよ」 咲夜が口を入れる。 「お嬢様化けて出そうですし、寝覚めも悪いです」

「メイドもみんな連れ出すわ。いろいろ清算させる」

 レミリアは溜息をつく。メイドを従わせてきた何百年もの記憶が繰り返し繰り返し再生される。

「盛大な小話ね。でも笑ってあげる元気はないよ。もう疲れたわ」

「あなたらしくない台詞ね」

「私への意趣返しのつもりなんでしょ?」

「違うわよ」

 パチェがじっと目を合わせてくる。濁りのない真っ直ぐな目。昔からそこにあったのだろうか。

「死ぬよ?」 とレミリア。

「私たちは死なないわ」

「今の私にそれを言う? 説得力ないわね」

「私たちは納得しないわよレミィ。あなたを殺されて泣き寝入りしろって? 困難だとか関係ないわ。必ず巫女に責任を取らせる。それに、今のあなたに私たちを止められる?」

 レミリアは紅い目を見開く。パチュリーはレミリアの頬を撫でる。指の柔らかさ。体温。脈動。レミリアは思わず声を上げて笑った。

「卑怯な奴ね」

「あなたもそうだったじゃない」

「あーやっぱり意趣返しね」

「まあ、形ではそうなるかもね」

 悪い気はしなかった。それどころか清々しい気分だ。死の直前になって心持が変わったのだろうか。その気持ちを全面に出そうと、レミリアは精一杯笑顔を作った。

「ありがとう。死なないでね」

「えぇ」

「お嬢様」

 意識が遠ざかっていく。血の流れが鈍っていくことを感じる。こんなに穏やかに死ねるとは思っていなかった。誰からも見向きもされず死に絶えるのだと思っていた。だから、パチェと咲夜の言葉が嬉しかった。そして積み重なったひと時ひと時がこの上なく嬉しかった。

 ふと情念が湧く。あの世は本当にあるのだろうか。あるのだとしたら、私は私のままでいられるだろうか。美鈴たちはいるのだろうか。もし美鈴やあの子たちに会えたなら、またこき使ってやろう。血の河を泳ぐ亡者を肴にワインを飲もう。氷漬けの罪人からジェラートを作ろう。私から逃れられるとは思うなよ。またみんなでテーブルを囲んで、紅茶を飲んで……。

 

「死んだの?」

 フランが抑揚のない声で尋ねた。咲夜は安らかな表情のレミリアを抱きかかえている。

 夜風が吹き荒れ、霧が霧散していく。

「これからどうするの?」

「……お嬢様の、復讐をします」

 咲夜の横で、パチュリーがフランを見上げる。

「あなたはどうするの」

「手伝うよ」

 フランドールが舞い降りる。




ここまでお読みいただきありがとうございました。
続編は執筆中です。
一章分を書き上げてから投稿予定です。
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