数珠丸提督、神戸鎮守府に着任す   作:神谷京介

10 / 15
5.最高武勲艦

 伊勢が飛び出していった後、しばらく沈黙が続いた。 耳が痛くなるような静寂の中で、ただ榛名のすすり泣く声だけが聞こえてくる。

 

 やがて、榛名が涙声ながら、私に話しかけてきた。

 

「提督、伊勢さんの言う通り、私を置いて神戸に帰ってください。 私はここに残り、呉鎮守府と運命を共にします。」

 

「ばかな。 今の其方は戦闘ができないのだろう。 こんなところに残ってはそれこそ無駄死にではないか。」

 

 私の反論に、簡抜を入れずに榛名は答えた。

 

「無駄死にではありません。 私が生きている限り、神戸で眠っているもう一人の私は目を覚ましません。 戦えない私が生き残れば生き残るほど、神戸にいる私の成長機会を奪うことになります。」

 

「そんなもの、其方自身が神戸に行って傷を直し、・・・」

 

「私の気持ちも知らずに、勝手なことを言わないでください。」

 

 私の言葉は榛名の大声にかき消された。

 

「やったんです、私も。 金剛お姉さまや他の仲間たちを守るために思いっきり戦ったんです。

 でも誰も守れなかった。 かつての戦いのように誰も守れなかった。 どんなに頑張っても私たちの運命を変えることはできなかったんです。」

 

「それでも其方はかつての戦いでは最後まで戦い抜いた。 かつての戦いで敵軍に対して最後に砲撃をした戦艦は其方だ。 

 最後に敵機を撃墜し、捕虜を獲得したのも其方だと聞いている。」

 

「その捕虜たちがどうなったかご存じですか?」

 

「いや、知らないが。」

 

「彼らは大本営に移送されるリーダーを除き、広島の収容所に送られたそうです。」

 

「まさか。」

 

「そう、そのまさかです。 彼らは広島に投下された原爆に身を焼かれ、命を失ったんです。  

 私はその時は既に大破着底の状態にあり、原爆の投下を阻止することもできず、何の役にも立てなかったのです。」

 

 榛名の告白が熱を帯びる。

 

「私は何もできなかった。 私は呉の軍港も広島の町も守れなかった。

 私が頑張った結果は、原爆の炎でやられる犠牲者をただ増やしただけだった。

 

 もう嫌なんです。 どんなに頑張ってもなにも守れない。 誰も助けられない。」

 

 私は小さくため息を吐いた。

 榛名は今までの戦いで身体はおろか、心の中までひどく傷ついている。 これでは確かに神戸に連れて来ても役には立てないだろう。

 だからと言って、この場で見捨てて行くなどという選択肢はあり得ない。

 

 私は座り込んで泣いている榛名の背後に回り、両手を肩にあてた。

 

「何を?」

 

 驚いて振り向く榛名にかまわず、私は話を続ける。

 

「今から、私の力の一部を其方に渡す。」

 

「提督の力?」

 

「私は刀剣男子、数珠丸恒次。 私には人などの魂の色を見抜く力がある。 その力を使って広島の方を見てみるとよい。

 余人の魂なら見抜ける範囲も知れているが、自身と同一の魂なら、相当遠くのものまで見渡せるはずだ。」

 

 私はそう言うと、自分の力の一部を榛名に譲渡する。

 本来この力はホイホイ他人に譲渡できるものではないのだが、榛名の魂とは尼崎で戦艦榛名のマストを見つけた時、既に触れ合っていたので、榛名本人は知らないことだが、比較的簡単になじませることができるのだ。。

 

 しばらく榛名に力を注ぎこんでいると、いきなり榛名が驚きの声を上げる。

 

「な! 広島のあちこちに私の魂を同じものが、私がいっぱい、どうして?」

 

「どうやら見えたようだな。 其方に見えているのは、全て戦艦榛名を解体して作られた資材に含まれているものだ。」

 

「え?」

 

「戦艦榛名は大破着底後、引き上げられて解体され、資材となった。

 そして、その資材は戦後荒れ果てた街を復興するために使われた。

 

 確かに其方は町を守ることはできなかったかもしれない。 だが、町を復興する役には立っているのだ。

 

 日本戦艦で最も多くの海戦を生き延び、かつ、戦後復興のシンボルにもなった。 そんな戦艦は其方以外にはありえない。

 だからこそ、後世の人間の多くから其方は戦艦の最高武勲艦と呼ばれているのだ。」

 

 榛名は黙って私の話を聞いていた。

 これで榛名が立ち直れるかはわからない。 だが、今の彼女を見るにつけ、こう言わずにはいられなかった。

 

 しばらくの間、静寂があたりを包んだ。

 

「そうですか。 後世で私がそのような評価に・・・」

 

 先ほどまで泣いていた榛名はいつの間にか泣き止み、すっくと立ちあがった。

 

「本当は今でも戦うのは怖いです。

 でも、後世の人たちにそのように思われているのなら、怖いなんて言っていられませんよね。

 

 提督、ありがとうございます、最後に榛名を勇気づけてくれて。」

 

 榛名はそう言うと私の反応も待たず、伊勢を追って海に出て行ったのだった。

 

「榛名!いざ、出撃します!」

 




追記
 戦艦「榛名」の資材は、終戦後、主に民間の製鉄所で解体・再利用されたことは事実です。
 ただし、実際は他の資材と混ぜられて再利用されているので、どこでどのように使われたのかはわかっていません。
 
 戦後に倉橋島(呉港の沖合にある島)の鹿島や向島ドックで解体されたところまでは判っているので、一部が広島の復興に使われた可能性が高いのではないかとは思いますが、本編で広島の復興に使われたように書いているのは、基本的に創作だと思ってください。

 今後も話を盛り上げる都合上、事実にそぐわない記述がされることもありますので、全ての情報を鵜呑みにしないよう、お願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。