数珠丸提督、神戸鎮守府に着任す   作:神谷京介

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7.榛名は大丈夫です

 ズバァーーーー。

 

『グァァァァァァ。』

 

 数珠丸恒次の斬撃に続いて深海棲姫から大きな悲鳴が上がる。 

 

 数珠丸恒次の斬撃は、深紅の戦艦棲姫・カストルに甚大なダメージを与えた。

 

「フッ。」

 

 敵を蹴って背後に飛び退る数珠丸恒次だが、そこは海の上。 着地できるはずもなく、足から海の中に没していく。

 

「おわっ。」

 

 思わず叫び声をあげるがそのまま沈んでいくことはなく、何者かの手で肩をつかまれて胸から上の水没は免れた。

 

 数珠丸恒次の肩をつかんだのは伊勢だった。

 

「何やってんだ、あんたは。 神戸に帰ったんじゃなかったのか。」

 

 伊勢の後ろでは榛名もあっけにとられている。

 

 数珠丸恒次は伊勢たちに続きを言わせず、大声で指示を出した。

 

「今だ、敵はひるんでいる。 一斉射撃だ。」

 

 二人はハッとしてはじかれたように体制を整えると、敵戦艦棲姫に対して、同時に主砲の砲撃を行った。

 

 ズガァァァァァァン。

 

 砲撃の煙が晴れると、深紅の戦艦棲姫はまだ立っていた。 しかし、すでにボロボロで明らかに大破の状態だった。

 

『バ、バカな、こんな小物どもにこの私がここまでやられるとは・・・・。』

 

 深紅の戦艦棲姫は自分の惨状に驚くものの激高したりはせず、すぐに現状を分析し始めた。

 

『クッ、潮時か。 現状呉鎮守府は既に廃墟になっており、当初の目的は果たしている。

 残存している二隻もすでに戦える状態ではないが、これ以上追撃するとこちらが轟沈する危険がある。

 ここは引き下がった方が賢明か。』

 

 そう言うと深紅の戦艦棲姫・カストルは、何も言わずに撤退していった。

 

 

 少しの沈黙の後、最初に言葉を発したのは榛名だった。

 

「ハァ、何とか一矢を報いることができましたね。」

 

「それはそうだけど、提督も無茶をしすぎだよ。 海に浮かぶこともできないのにこんな沖まで増援に来るなんて。」

 

「まぁまぁ、でもそのお陰で敵を退けることができたんだし。」

 

「そうなんだけどね、神戸に帰った後もこれと同じことを何度もやったりしたらどうなると思う?」

 

「うっ。」

 

 榛名は小さくうなった後、数珠丸恒次に向き直った。

 

「提督、今回は助かりましたがこういう事は二度としないでください。

 次は助けられるか判らないですし、万が一助けそこなったら、それまでの戦いがそこで終わってしまいます。」

 

「うっ、ぜ、善処する。」

 

 数珠丸恒次の返答を聞いて、伊勢は小さなため息をつきながら言った。

 

「ハァっ、やれやれ。 これで基地に帰るまで沈められなくなっちゃったわけだ。

 このことは生まれ変わった後も覚えておかないといけないね。 」

 

 数珠丸恒次は、伊勢の言葉から不穏なものを感じ取った。

 

「沈められない? 生まれ変わる? それはどういうことだ?」

 

 質問する数珠丸を伊勢の反対側から支えながら榛名が答えた。

 

「そのことは基地に帰ってからお話しします。 今は一刻も早く基地に帰還しましょう。」

 

 そう言うと、伊勢と榛名は左右から提督を支えながら、無言で基地に帰還したのだった。

 

 

 

「それで、沈められないとか生まれ変わるとかとはどういうことなんだ?」

 

 基地に帰った直後、数珠丸恒次は二人が言っていた気になる話について尋ねてみた。

 

 伊勢があっけらかんと答える。

 

「何ていうか、私たちは既に『轟沈』してしまっているという事さ。」

 

「え?」

 

「他はどうか知らないけど、私たち艦船は沈没することが確定してしまってもしばらくは浮いて居られる場合がある。

 

 こういった場合、近くに味方がいる場合は魚雷で介錯してもらったりするのが通例だし、そうでない場合は沈むまでその場で漂っているんだけどね、

 海の上を走れない提督をあの場所に放置する訳にいかないから二人で苦労して港まで戻ってきたわけさ。 あの涼月のようにね。」

 

「ええ、本当に大変でした。」

 

「ちょ、ちょっと待て。 港に戻れたのなら何とか復活する方法はあるのではないのか? あるいは神戸にいる仲間にここに来てもらい、曳航して神戸まで戻るとか。」

 

 しかし、伊勢の回答は残酷なものだった。

 

「残念ながら呉鎮守府は既に壊滅していて工廠も全損、資材もアイテムも何もかも無くなっている。

 仮にアイテムが残っていても、もうどうにもならないだろうね。

 それに私たちが浮かんでいられるのもいいとこあと数分、神戸に伝えても、とても間に合わないさ。」

 

「そんな。」

 

 愕然とする数珠丸恒次に、榛名は優しく答えた。

 

「そんな顔をなさらないでください。 提督がいなかったら私たちは何もできないままに全滅していました。

 提督が勇気を与えてくれたから、私は未来への希望をもって戦うことができたのです。」

 

「憎ったらしい戦艦棲姫にも一矢報いることができたしね。 もっともあの増援の仕方はどうかと思うけど。」

 

「しかし。」

 

 数珠丸恒次は何かを言おうと思ったが、二人にかける言葉は何も出てこなかった。

 そうこうするうちに、二人の体が半透明になって透けてきた。

 

 数珠丸恒次は思う、ああ、この消え方は我らと同じだと。

 刀剣男子はその依り代とされる刀が折れると、消滅してしまう。 数珠丸恒次も一度だけ仲間が消滅する現場に立ち会ったことがある。

 二人の艦娘が消えていく姿は、その時に見た光景と全く同じものであった。

 

 呆然とする数珠丸恒次に、伊勢たちが優しく語り掛ける。

 

「気にすることはないよ。 今回のケースは提督の落ち度じゃない。

 

 それに、神戸には私たちのもう一つの体があるんだろう? うまくいけばその体で生まれ変わったときに今の記憶が継承されていることもあるんだ。

 私たちは何も失ってはいないんだ。」

 

「提督。 私たちは必ず今の記憶を継承して生まれ変わってきます。 だから提督も元気を出してください。」

 

 そうして二人の影は徐々に薄まっていき、霞のように消えていったのだった。

 

 消えていく瞬間、伊勢の口から小さな言葉がこぼれだす。

 

「深紅の戦艦棲姫。 今度会うことがあったら、必ず日向の仇を…。」

 

 

 

 瓦礫と変わった呉鎮守府の中で、数珠丸恒次は気持ちの整理がつかず、一人たたずんでいた。

 だが、その静寂は通信機から聞こえるアラームで遮られる。 それは間宮から掛けられた緊急通信だった。

 

「ああ、数珠丸だ。」

 

 数珠丸恒次は何も考えることができないまま、機械的に通信機に耳を傾け、通信を受ける。

 その内容は、神戸で眠っていた榛名と伊勢が、数分前に目を覚ましたとの知らせであった。

 

 

 

 

 私は数珠丸恒次。 快晴に恵まれたある日の午後、私は榛名を連れて尼崎のとある神社の前に来ている。

 

 理由は、榛名が今一つ精彩に欠けているからだ。

 呉で出会った時ほどひどい状態ではないが、立ち直った後ほどの覇気もない。 実に煮え切らない状態なのだ。

 

 このままでは実戦になったときに思わぬ事故にあいかねない。 そう思った私は、榛名を連れてかつて私が訪ねた神社に向かったのだった。

 

「それで提督、こんなところに何があるんです?」

 

「見ればわかる。」

 

 そう言うと榛名を促し、神社の鳥居をくぐる。

 境内に入った途端、榛名の目は境内東部にある一本のポールにくぎ付けになった。

 

「て、提督。 あ、あのポールはまさか…。」

 

「ああ。 あれは戦艦榛名のマストと聞いている。」

 

「これは、た、確かに私の一部です。 こ、これがどうしてこんなところに?」

 

 呆然としてポールに近づこうとする榛名に私は答える。

 

「戦艦・榛名の武勲をたたえ、この地にまつることになったと聞いている。 そして、私が神戸鎮守府の提督になった切っ掛けでもある。」

 

「切っ掛け?」

 

「ああ。 最初にこの地に訪れた特、恥ずかしながら私は軍艦について何もわかっていなかった。

 しかし、この地で軍艦について学んだことで、歴史修正主義者から魂の宝玉を取り戻すときに適切な対処をすることができた。

 

 そしてそれがなければ、私が神戸鎮守府の提督に就任することはなかった。

 今、私がこの場にいるのは、全てこの地で始まったことなのだ。

 

 榛名よ。 其方が今まで積み上げてきたものが、今のこの状況を作り上げたのだ。 其方は誇っていい。」

 

「そうですか。 私が今まで戦ったことは、積み上げてきたものは無駄ではなかったんですね。」

 

 榛名は自分自身の一部であるポールを眺めながら、滂沱の涙を流していた。

 

 そして、しばらくするとこちらを向き、綺麗な姿勢で敬礼をとったのだった。

 

「榛名、感激です。 榛名は今日、この時より提督と神戸鎮守府を守るために全力を尽くします。」

 

 この娘はもう大丈夫だ。

 

 私はニッコリ笑いながら宣言する榛名を見て、そう思ったのだった。

 

 

 

 なお、呉にいた時の榛名と伊勢の記憶が、今も継承されていることは、私たちが鎮守府に戻った直後に証明された。

 

 二人とも私が瑞雲を使って、遠くの戦場に増援に行ったことをしっかり覚えていたのだ。

 

 そしてこのことは瞬く間に鎮守府のすべての艦娘に知れ渡ることとなり、艦娘たちの全会一致で私の瑞雲使用が禁止されることになったのだった。

 

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