数珠丸提督、神戸鎮守府に着任す   作:神谷京介

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4.榛名の決意

 神戸鎮守府の工廠は怒りの波動に満ち溢れていた。

 熊野を深海棲艦にし、熊野の執念を利用して神戸の街を壊滅させようとしている何者かに。

 

 だが神戸鎮守府のメンバーの力でその何者かをどうにかする方法は存在せず、目下できることは深海棲艦化した熊野をどうにかすることだけだった。

 

「とにかく、居場所も正体も判らない黒幕に恨み言を言っても始まらない。

 今最優先でやらないといけないことは、深海化した熊野をどうするかということだ。」

 

 数珠丸恒次の一言に全員が鎮まる。

 

「なあ、あいつを沈めずにどうにかすることはできないのか?

 俺は直接対峙したから判ったけど、あいつ、日本に帰ることしか考えてなかった。

 俺たちに攻撃してきたときも、あいつの進行先に先回りしてゆく手を遮ったときだけで、それ以外の時は敵と認識すらしていなかった。

 できるなら、俺はあいつを神戸に帰らせてやりてぇよ。」

 

 何とか熊野を無事に神戸に帰らせられないかを摩耶は尋ねるが、衣笠がすげなく答える。

 

「無理よ。

 話を聞いた限りでは、熊野は話を聞ける状態ではないし、説得して止めることはできないと思う。

 周りに頓着しないなら、死角から近づいて死角から爆弾のみを抜きとることも考えられるけど、恐らく爆弾を仕掛けた相手もそれは対策しているだろうし。

 最も安全に事を収めるには、爆弾を傷つけずに熊野本体を沈めてしまうしかないと思う。

 

 熊野には悪いけど、神戸の街や鎮守府を守るためには仕方がないわ。」

 

 衣笠の返答を聞いた摩耶は再び激昂する。

 

「くそったれ、どこの誰かは知らねぇけど、熊野にあんなことをした奴を俺は絶対に許せねぇよ。」

 

「それでも現状我々ができることは、深海棲艦化した熊野は止めることだけだ。

 つらい思いをさせて申し訳ないが、無辜の民を原爆の脅威にさらすわけにはいかない。」

 

「くっ。」

 

 数珠丸恒次の説得に黙り込む摩耶。

 再度静寂に包まれた工廠に声が響いた。

 

「私がやります。」

 

「榛名?」

 

 声の主は榛名であった。

 

「熊野さんが日本に帰るために修羅の道を進む羽目になったのは、私のせいなのです。

 だから、熊野さんをこれ以上苦しめないように、私が止めなければいけないのです。」

 

「どういうことだ?」

 

 理由を尋ねる数珠丸に榛名が答える。

 

「レイテ沖海戦の中の一つ、サマール島沖海戦でのことです。

 熊野さんはその時第七戦隊の旗艦をやっていたのですが、敵の放った魚雷に当たり艦首を破損しました。

 

 熊野さんはその時点で最大発揮速力14-15ノットになり、敵艦に迫られてかなりのピンチになったのですが、私の砲撃がその敵艦に命中し、退けることができたことで撤退することができたのです。

 

 結局、その後熊野さんは一人で日本へ向かうことになり、敵の度重なる攻撃にさらされて、たった一人で異郷の地で沈むことになったのです。

 

 もし私がその時砲撃しなければ、熊野さんはその場で轟沈することになったのでしょうが、以降の修羅場を味わうことも、皆と離れてたった一人で海底に沈むこともなく、同じ線上で散った鈴谷さんたちと一緒に眠ることができたかもしれません。

 

 熊野さんがつらい思いをしたのも、寂しい最期を遂げることになったのも、私の砲撃が原因なのです。」

 

 肩を落とす榛名に伊勢が声をかける。

 

「榛名、それはただの結果論だ。

 その砲撃で熊野が助かったのなら、それはファインプレーというべきだ。

 その後に発生したつらい現実も悲しい終末もそれが運命だったというだけだ。 あんたが責任を感じることじゃないよ。」

 

「ありがとうございます。 伊勢さん。」

 

「とにかく、榛名達の回復をもって六人で出撃して迎撃し、倒せる奴が倒すでいいんじゃない?

 過去の因縁や何やらで手間取って、結果爆弾を爆発させたら元も子もないわ。」

 

 足柄の一言に全員がうなずく。

 

「どうやら方針が決まったようだな。

 なら私は指令室に戻る。 六人揃った時点で直ちに出撃し、深海棲艦が神戸に到着する前に仕留めてくれ。

 以上だ。」

 

 そう言うと数珠丸恒次はこの場を離れようとする。 それを見とがめた衣笠が数珠丸の襟をつかんで引き留める。

 

「ちょ、ちょっと提督。 私たちを放置して一人で出ていくなんて、ちょっと淡泊過ぎない?

 せめて全員が隊列組むまでここにいた方が良いんじゃないの?」

 

「いや、それ以前に私がここにいたのでは榛名達が工廠から出れないだろうが。 そろそろ回復が終わる頃合いだし。」

 

「あ。」

 

 そそくさと退場していく数珠丸恒次を見ながら足柄がつぶやく。

 

「ハァ~、なんか締まらないわねぇ。」

 

 少し場の緊張感が薄れるが、気を取り直すと榛名と摩耶に向かって話した。

 

「それはそうと提督も言っていたけど、榛名も摩耶もそろそろ行けそう?」

 

「おう、ばっちりだぜ。」

 

「私も回復が終了したので、着替え次第みんなに合流します。」

 

「了解。 それじゃみんな準備でき次第鎮守府の埠頭に集合。 決着をつけるわよ。」

 

「「「「「おう(はい)。」」」」」

 

 摩耶と榛名の返事を聞くと、足柄は全員に号令をかける。

 

 そして全員一丸となって出航の準備を始めるのだった。

 




 史実のレイテ沖海戦で、熊野ははジョンストンの放った魚雷で艦首を失ってピンチに陥りますが、味方の戦艦がはなった砲撃でジョンストンが決定的な打撃を受けたことで、司令部を鈴谷に委譲して撤退します、
 で、ジョンストンに決定的な打撃を与えた戦艦については諸説あります。
 大和だったり金剛だったり榛名だったりと諸説あるのですが、本小説ではシナリオにドラマ性を持たせるため、敢えて榛名説を採用させてもらっています。
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