榛名達六人が出発しているころ、瑞鶴は追い詰められていた。
彼女は榛名と摩耶を神戸鎮守府に送り出した後、一人で現場に残って深海熊棲姫の足止めのために射程外から艦載機を展開していたのだ。
しかし、深海熊棲姫の対空能力が思いのほか高く、有効なダメージを与えられない。
「なに? あの異常な防御力。 彩雲で確認した限りでは弾幕の厚さ自体はたいしたことないけど、命中率が半端ない。
これじゃ全力攻撃しないとまともにダメージが入らないじゃない。」
相手に大ダメージを与えるのが目的なら、艦載機を一斉に出撃して全力攻撃するのが常道である。
しかし、それをしたら攻撃終了後に帰還した艦載機を収納、整備して再出撃するまでの間、大きな隙ができてしまう。
つまりその間、深海熊棲姫がフリーになり、足止めができなくなってしまうのだ。
「でも仕方ないわね。 今回は相手の足止めが目的。
ダメージを通せなくても小出しにしていくしかないわね。」
こうして瑞鶴は隙を作らないよう艦載機を小出しにしつつ、帰還機の収容と再出撃までの整備を同時並行して実施し、深海熊棲姫の妨害を続けたのであった。
だが、そうこうするうちに流れが変わってきた。 今まで正面に立たなければ無関心だった深海熊棲姫が瑞鶴に対して明確に敵意を見せてきたのだ。
不意に深海熊棲姫が進路を変更して瑞鶴に向かってきた。
「やばい、急いで進路を変えて離れないと。」
空母は艦載機を飛ばして相手の射程外から一方的に攻撃できるのが特徴である。
そのため艦の上部はその艦載機を飛ばすための滑走路になっており、強力な対艦砲は搭載できないのだ。
相手に近づかれて砲撃戦に持ち込まれてしまえば一気に不利になるのである。
瑞鶴は深海熊棲姫が反転したことを確認すると自身も急いで反転し、神戸港から引き離すように全力で離脱したのだった。
深海熊棲姫はしばらく瑞鶴を追走していたが、追いつかないと判断すると再び反転し、神戸に向かっていく。
「ふー、危なかった。 今のは私だから逃げきれたけど、榛名や摩耶が一緒だったら追いつかれていたかもしれないわね。」
深海熊棲姫が再び神戸方面に進路を変えたことを確認すると、瑞鶴は一息ついて述懐する。
しかし一息ついたといっても距離が開けばそれだけ深海熊棲姫がフリーになってしまうため、そう休むわけにもいかない。
「さて、結構な足止めにはなったと思うけど、時間を稼ぐためにも急いで戻って足止めを続けないと。」
そう言うと、瑞鶴は再び足止めを続けるために深海熊棲姫を追走するのであった。
こうして深海熊棲姫の追撃をかわしながら辛抱強く足止めを続ける、それは瑞鶴にとっては非常に神経の磨り減る作業であった。
しかし、その永遠ともいえる追撃戦は突如終わりを告げたのである。
深海熊棲姫が何度目かの反転の素振りを見せる。
「よし、撤退。 もう慣れたものよ。」
瑞鶴は深海熊棲姫が反転しようとする素振りを見ると自身も反転し、神戸の反対方向に撤退を開始する。
「よし、これで追撃されても安心、て、あいつ追撃して来てないじゃない。 反転しようとしてたのはフェイントだったわけ?」
瑞鶴は完全に撤退モードに入った状態で相手の状態を確認したところ、深海熊棲姫は反転せずにそのまま一直線に神戸方面に爆走していたのであった。
「しまったー。 急いで追撃しないと。」
フェイントに引っかかって距離を取らされたことを悟った瑞鶴は、早急に足止めできるよう距離を詰めるために、全速で深海熊棲姫に追いすがる。
しかし、それこそが罠だったのである。
全速で追いすがろうとしている瑞鶴の目の前に、既に反転して追撃態勢に入っていた深海熊棲姫が現れる。
「え?」
事態が理解できずに一瞬固まる瑞鶴。 しかし直後に自分がはめられたことに気づいたのであった。
「う、うそ。 」
最初に反転しようとしていたのは確かにフェイントだった。
しかし、フェイントに引っかかって瑞鶴が離脱した隙に神戸方面に爆走するように見せかけながら、上空にいる彩雲のマークが外れた瞬間に深海熊棲姫は既に反転していたのだった。
深海熊棲姫の策に嵌まったことを悟った瑞鶴は急いで反転しようとするが、深海熊棲姫を追撃するために全速で移動していたため止まることも反転することもできず、ついに深海熊棲姫の射程内に身を置いてしまったのだった。
『フフフ。 ついに、ついに捕まえましたわ。 私の神戸への帰還をさんざん邪魔してきた報いを今こそ晴らして差し上げますわ。』
高笑いをする深海熊棲姫を前にしながら、瑞鶴は彼女の喋り方が最初に会ったときと違っていることに気が付いた。
「あ、あれ? 普通の熊野の喋り方に戻ってる。 もしかして自我を取り戻した? これならもしかして説得できるかも。」
瑞鶴は深海熊棲姫の口調が艦娘時代の熊野のものに戻っていることに一縷の希望を感じるが、その希望は次の瞬間に木っ端みじんに消え去った。
『ククク、ついに捕まえた、ついに捕まえましたわ。
ここであったが百年目。 積年の恨みを一気に晴らしてややりますわぁぁぁ、タイコンデロガァァァァァ。』
「タイコンデロガって誰よぉぉぉぉ。」
瑞鶴の叫びに一切の反応を見せずに放たれた砲撃。 その砲撃は過たず瑞鶴を貫いたのだった。
「キャァァァァァ!」
瑞鶴に当たった砲弾。 それは一瞬で瑞鶴を大破に追い込んだのだった。
「何、この威力。 信じられない。 こんなの絶対重巡の攻撃力じゃない。
何か通常の攻撃ではありえない執念のようなものを感じる。」
瑞鶴は深海熊棲姫の攻撃力の大きさに驚くが、じっくり考える時間はない。
直ちに距離を取ろうとするが、絶望的な問題に気が付く。
「やばい。 ダメージを受けすぎて本来の速度が出せない。 これじゃ逃げきれない。」
一直線に近づいてくる深海熊棲姫。 しかし瑞鶴は思うように動けず退避できない。
『フフフフフフ、チェックメイトですわ。』
勝ち誇る深海熊棲姫に絶望的な目を向ける瑞鶴。 しかし、その瞬間に一発の徹甲弾が深海熊棲姫に直撃した。
『キャァァァァァ。 何が、何があったんですの?』
「この砲撃は?」
瑞鶴は咄嗟に砲弾が飛んできた方向に向き直る。
その先にいたのは、榛名、伊勢、摩耶、足柄、衣笠、初風の六人の艦娘であった。