TS死体回収屋は探索配信者の夢を見るか? い や 見 な い   作:TS夢見

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火祭/太陽の主張

 

トモルがサインを貰いに進んだとこで、俺らがリュウヤのサイン会での列の先頭になった。

そんな折、ふいに声がした。

 

『……ナンダ、あの薄気味悪いオトコハ』

 

さっき耳の裏に付け直したばかりのミニミニボスだった。

 

「え、トモルくんが?冗談はよしてよ」

 

俺は小声で返す。

 

『冗談なモノカ』

 

心無しか、ボスの声の調子もどこか不機嫌だ。

ボスは人間を取り巻く環境や歴史、文化に関心はあっても、人間相手そのものに、そこまで良い意味でも悪い意味でも関心を持つ事は俺と生活を始めた中であまりなかったので、珍しく感じる。

 

『あの目のギラつき方は尋常じゃナイ』

 

「……ギラついてた……?そうかな」

 

『クレハ、お前はそんな鈍感な奴じゃないと思っていたがナ……まぁ、昔の知り合いということで、何かしらのフィルターがかかっているかもしれないが、アイツには気をつけた方がイイ……アイツは魔物より厄介な何かを感じル』

 

「何かってなに」

 

『……上手くは言い表せなイ。ただ、我に鳥肌を立たせるほどだ』

 

「ボスは魔力なんだから立つ鳥肌がないでしょ」

 

『それを言ったら人間の肌も鳥ジャナイガ』

 

俺は苦笑しながら、言う。

 

「それは……人間のその状態が鳥の羽をむしった後に現れる、皮膚表面の小さな突起に似ているからそう呼ばれてるんだよ」

 

『それなら我もアルゾ、我を耳の裏から外して見てミルガヨイ』

 

 

 

そう言われて言われるがまま俺は、耳の裏に指を添えて、そっとミニミニボスを外す。

粘液の表面を指先でなぞると、確かに、ざらりとした感触があった。

普段は滑らかなはずの粘液に、微細なぶつぶつが浮かび上がっている。

 

 黒い粘液の中に浮かぶぶつぶつが、妙に生々しくて、思わず眉をひそめてしまう。

なんと言うかこれ…………うん。

これ以上はやめておこう。いつもなんだかんだで、死体運びとかでお世話になってるボスだ。そんな相手に言うことでもない。

 ただこのボスのぶつぶつを触ったことで俺の鳥肌が立ったことをここに記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、少し経ってスタッフの声が響く。

 

「次の方、どうぞ〜!」

 

ついに、順番が来た。

 

リュウヤの前に立った瞬間、さっきまでどこか不機嫌そうだったシュンくんの顔がぱっと明るくなった。

流石にNEOのリーダー、リュウヤの目の前では不機嫌顔はもたなかったようだ。

 

 

「こんにちは。今日は来てくれてありがとう」

 

 リュウヤはシュンくんを見たあと、背後の俺に目をやった。

 

「あ、私はこの子の保護者として付き添いできました」

 

「……なるほど。分かりました」

 

俺の言葉にリュウヤは納得したようで再び、シュンくんに視線をやった。

 

「サインのためにお名前を聞いても良いかな?」

 

リュウヤが穏やかに声をかけると、シュンくんは緊張気味に小さくうなずいた。

 

「し、シュンです……!」

 

声が裏返っていた。なんだか普段見ないシュンくんの様子におかしさが込み上げてくるが、我慢だ。

 

「シュンくんね、オッケー。じゃあ今から色紙に書くから待ってねー」

 

 

「はい!」

 

リュウヤは、マジックペンを走らせてスラスラと色紙に書き込んでいる。

やはり、人気者なだけあって、今まで沢山数をこなしてきたと思うから、ペンに迷いがない。手慣れている。

 

そして書き終わると顔を上げてシュンくんに色紙を差し出す。

 

「わざわざ、俺のサインを貰いにきてくれるぐらい好いていてくれて嬉しいよ。ありがとう、シュンくん」

 

 

「……あの、握手、してもらってもいいですか?」

 

「もちろん」

 

リュウヤは優しく手を取って、しっかりと握手を交わした。

シュンくんがとても嬉しそうでよかった。

この経験はおそらくシュンくんにとって忘れられない一つの記憶になるんじゃないかな。それだったらいいなと思う。

 

あと、俺の事も知らなさそうだし、良かった。

面倒ごとにならずに済む。

俺の顔で何か勘付かれても嫌だなと思い、着てきたパーカーのフードを目深に被り、極力下を向いていたのが、功を奏したか。知っていたとしても顔をあまり見られなければ気づかれない可能性があるこの方法を選んで良かった。

 

 

 

だが──

 

「そちらの方も、よければ握手を」

 

リュウヤの声が、思いがけず自分に向けられた。

 

俺は驚いて顔を上げる。

 

「え、いえ、私は整理券持ってないので……」

 

「大丈夫ですよ。整理券が必要なのはサインだけですから」

 

「あ、いや、え、でも」

 

 握手するって事は至近距離になるって事、という事は顔を見られる可能性がぐんと高くなる。

俺が握手しかねていると、リュウヤが冗談まじりに言った。

 

「あんまり断られると、俺も落ち込みます。……もしよければ」

 

俺は少しだけ迷ったが、そっと手を伸ばした。

ここであたふたを続けて、リュウヤの脳に俺の事を印象づけさせる方がまずいと思ったのだ。

そこで思い出されたら、たまったもんじゃない。まぁ、俺の事を知っていたらだけど……。

なんにしても、早く握手を終わらせて早く去る。シュンくんには申し訳ないが、それが一番良さそうだ。

 

俺はリュウヤと握手をサクッと終わらせた。

 

握手をした時、数秒間、目が合った。

 

――だが、俺のことで何か気づく様子もなく、すんなりと解放された。

 

 

この人は、俺のことを知らない。

 

今度は確実にそう結論づけることができた。

俺は、そっと胸を撫で下ろす。

 

今のリュウヤの俺に対する反応は、完全に“初対面”のそれだった。

俺も最近までこの人のことを知らなかったから、互いにその認識だったのに安堵する。

相手が俺の事を知ってるってことにならずに済んで良かった。それだったらなんというか、気まずいからね、本当に。

 

「じゃあ、ありがとうございました」

 

 俺がそう言うと、リュウヤは軽く手を振った。

 

俺は色紙を抱えて幸せそうなシュンくんを連れてこの場を立ち去ることに。

 

「リュウヤ頑張って!これからもダンジョン探索!」

 

 シュンくんが去り際そんな事を言った。

 

耳の裏のミニミニボスがぽつりと呟く。

 

『……何故かは知らんが、クレハの方がよほど緊張していたな』

 

俺は至って平然と振る舞えていた気がしたんだが、ボスにはそう見えていたのか……。

 

俺はさっきまではなかった倦怠感などが自分にある事に気づく。

 

きっと気疲れしたのだろう。

 

すると、シュンくんが色紙を大事そうに抱えながら言う。

 

「そういえば、お姉ちゃん、友達に会いに行くって言ってたけど何時から行く予定なの?」

 

 

「15時からだけど」

 

「……あ、じゃあもうそろそろじゃない?」

 

そう言ってシュンくんはスマホを見せてきた。

 

「あ、本当だ」

 

 

集合時間の20分前となっていた。

シュンくんが言わなければ遅刻していたかもしれない。

ありがたや、シュンくん。

 

そろそろ行ったほうが良さそうだ。竹内さんが帰ってきたら、シュンくんを預けて行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイン会から立ち去り、沢山の人が行き交うこの空間の片隅で、トモルは一本の木の根元に腰を下ろしていた。

 

彼はスマートフォンを耳に当てる。

 

『良かったですね。運命の人と再び話す事が叶って』

 

「そうやんなぁ、でも、割と早めにクレハを見つけることができたはいいものの、なかなか声かけられへんかったけどな」

 

『本当にその通りです。いつもあんなに大胆に行動するあなただけに、好きな子に話しかける事すら躊躇って、いじいじしている様子は本当にこっちが情けなくなります』

 

「おぉ、めっちゃ言ってくるやん。まぁ、そのおかげで射的屋のあの問答が見れたから僕的には満ち足りたんやけどね。話しかけずにこっそりついていく過程があったからこそで、早よ話しかけてたらあの様子は見れへんかったかもしれんし」

 

『あぁ、射的屋ですね』

 

「あの場面、悪事してるおっさん見事打ち負かしてたけど、あれこそ僕の運命の人や。昔から変わってへんなぁ。景品の仕組みまで暴いとったし」

 

『そこはいいですが、それからも割と話しかけれずにいましたよね。別段興味のない配信者のトークショーまでついていって』

 

「せやね、まぁ流石にこのまま時間食ってたら、計画の方にも支障が出ると思って、次で決めようと思ったんや」

 

『それであの整理券の買収ですか……』

 

「僕がそんな、よう分からん配信者のサイン会の整理券持ってるわけないから、かなり大金使って整理券持ってるヤツ相手に買収したけど、後悔はしてへんで。だってサイン会に並ぶって話してるの聞いたら、話をするタイミングを窺う俺にとって逃したら損や。まぁ、最初は目当ての人が並ばなくてだいぶ焦ってたけど、結果的には並んでくれて話す事もできた。ようやったわ、僕」

 

『自分は呆れっぱなしでしたけどね、本当にこんな人と組んで大丈夫なのかと心配で心配で』

 

その声の主はわざとらしいくらいに、萎れた声でそう言った。

 

「よう言うわ」

 

『……まぁ、それより、お遊びはそこらへんにしておいて、そろそろやりましょう』

 

「おぉ、そうやったな。満足して、そのまま帰るとこやったわ」

 

『あのですね……』

 

「そういや、さっきエジプトのあのダンジョンに立てこもってもらってる人らから連絡あったけど、フェニックスをどうにか生け捕りに出来たそうや。これで、あの鳥をいつでも殺せる状態になっとる。まぁ、取り押さえるのに、だいぶ死者が出たみたいやけどな。70人中、51人は死亡、そのうち『地下格闘家の鉄腕シャラク』『黒樹の使い手サナ』『風乗りソリア』は蘇生不可なんやて。生き残った奴らも負傷者ばっかりやと」

 

『裏の世界の腕自慢をこんなにも雇ったのにも関わらずこの有様ですか……』

 

「まぁ、そう言ってやんなって。目的は達成できそうなんやから…………僕もそろそろ、ちゃんと仕事しますかぁ」

 

トモルは、スマートフォンを耳から外すと、ふうっとひと息ついた。

木の根元に預けていた背を起こす。

 

「……よっこいしょ」

 

立ち上がる動作は、どこか芝居がかっている。

けれど、その動きに続くように、彼の背筋がすっと伸びる。

肩を回し、首を鳴らす。

 

その顔から、さっきまでの笑みがすっと消える。

その代わりにうかぶのは、獰猛な面構えだ。

 

「……僕の今からやることが運命の人に直接的な被害があったら本末転倒やし、ある程度、離れたとこでする必要あるよなぁ。さて、さて……」

 

トモルは、胸ポケットの中を軽く弄った。

そこには、ま・だ・中身のつまっていない不死鳥の卵が収まっている箱がある。

 

「いっちょやったりますか」

 

彼の声は、どこまでも軽やかだった。

 

そして、イベントの喧騒の中へ、トモルは溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと早く来すぎたかな……そんな事もないか」

 

待ち合わせ場所にて高校の友人、クレハをレイナは待っていた。

指定の時間にはまだなっていないので、それまで少し余裕がある。

 

ダンジョンの内部は、祭りの熱気に包まれていた。屋台の威勢のいい呼び込みや人々が楽しそうに行き交う様子、食べ物の食欲をそそられる匂い――。それらが混ざり合い、この場所が地下にある迷宮であることなど、一瞬忘れさせるほどの賑わいだった。

 

厄介な兄貴が突発的にやってくる騒ぎはあったものの、概ねこのイベントを満喫できている。

 今日、一緒に来たレイナの幼馴染であるルリには、クレハと会う間、一人で自由に回ってもらっている状態だ。

 

レイナはひとり、ラムネの瓶を弄びながら、クレハを待っていた。

 

(このビー玉のカランカランという音が好きなんだよなぁ……)

 

そんな事をぼんやりと思っていると、まさにその瞬間。背後から不意に、強い衝撃がレイナの肩を襲った。思わず体勢を崩し、一歩前へよろめいて振り返る。

 

「わっ、ごめんなさいっ」

 

反射的に、レイナは謝罪の言葉を口にした。

 

そこには、長身の男がいた。パーマのかかった頭で、耳元にスマートフォンを押し当てている。通話中だったためか、男はレイナに声はかけず、軽く会釈だけを返して足早に立ち去っていった。

 

そのすれ違った一瞬、男が電話相手に「その時が来たわ、フェニックス殺してええで。たのんます」と、関西訛りの言葉で告げるのが聞こえた。

 

物騒な単語の言葉にレイナは「え」と素っ頓狂な声を上げる。フェニックス?神話に出てくる不死鳥のことだろうか?それを「殺す」とは、一体どういう意味なのだろう。

 

頭の中が疑問符で埋め尽くされる中、レイナは地面に小さなケースが落ちているのを見つけた。恐らく、先ほどの男がぶつかった拍子に落としたものだろう。そしてそのケースの中から内容物だと思われるものが飛び出ていた。

 

真っ赤な宝石のような卵型の何かが、地面に転がっている。いかにも高そうな品だった。

 

レイナは慌ててそれらを拾い上げ、周囲を見渡すが、さっきの男の姿は既に見当たらない。その卵型の何かを手のひらに乗せると、それから、じんわりとした温かみを感じることができた。

 

「……どうしよう、これ……確か総合案内所ってところが設置されてたよね?そこに落とし物として持っていけばいいのかな……」

 

しかし、案内所に向かう間にクレハが待ち合わせ場所に来て、入れ違いになるのも嫌だと逡巡する。

 

そうやって思案していると、卵型の何かがピキッと音を立てた。

ヒビが走り、蜘蛛の巣のように広がって──パカッと割れた。

 

レイナはただそれを注視するしかなかった。

 

中から出てきたのは、鳥の小さな赤ちゃんのようだった。全身は真っ赤な羽毛に包まれ、目はまだ開ききっていない。首もすわっておらず、かすかな呼吸に合わせて胸が小さく上下している。

 

「!?」

 

まさか、卵のようなものだと思っていた物が、本当に卵だったとは。急激な状況の変化に、レイナは戸惑いを隠せない。

 

そんな彼女に、更なる理解不能な状況が訪れる。

 

その鳥の開ききっていなかったその目が、カッと見開かれたその時だった。幼い瞳には、強い、揺るぎない意志が宿っているのが分かった。その刹那、周囲の空気が一変する。赤ちゃんの体が、ぶわっと膨張し始めた。

 

全身から猛烈な熱を発したのに気づき、レイナは「熱っ」と叫び、反射的にヒナを手から落としてしまった。

 

「え、え、え……?」

 

その赤ちゃんだったはずのそれは、瞬く間に成長していく。ヒナから幼鳥へ、幼鳥から成鳥へと。凄まじい速度でその鳥だけが周囲を取り残して時を加速させていく。骨が伸び、羽毛が厚みを増し、徐々に図体も大きくなっていく。

 

瞬く間に成長しきった鳥は、十数メートルに及ぶ巨大な体躯となってダンジョンのイベント会場に君臨した。その姿は、深紅の宝石を磨き上げたように輝く羽毛に覆われており、先ほどの卵を連想させるような艶があった。翼の縁は朝焼けの色を映したかのように金色に縁取られ、一つ一つの羽が精緻な芸術品の域に達しているかのように思われた。

 

周囲の人々はこの異常に気づきながらも、誰一人として声を上げられない。その巨体が発する圧力は、本来であれば恐慌を呼ぶはずだ。しかし、この鳥はあまりにも――美しすぎた。恐怖を凌駕する絶対的な美と、その全身から放たれる神々しいまでの威光。人々は、静かに、ただ口を半開きにして、その姿に見惚れることしかできなかった。

 

ただ一番この鳥に近かったレイナだけは、その圧倒的な迫力に気圧され、他の人とはまた別の理由で、身動き一つ取れずにいた。

 

静寂が訪れた。

 

さっきまで屋台の呼び込みや行き交う人々の賑わいが嘘かのように、一瞬で凍りつく。

 

鳥も鳥で、動かない。羽ばたきもせず、地に立つ姿は巨大な像のように動かず、ただそこに在るだけだった。

 

そんな時間が、その沈黙が数十秒続いた。

短いはずなのに、永遠にも感じる数十秒間。

 

その数十秒を経て、巨鳥がついに動き出す。

 

滑らかに、空を切るように、宙へ跳ね上がったのだ。翼を一振りするだけでスーッと高く天に向かう。その一振りで猛烈な突風が巻き起こる。ある程度の高さまで達した時、その鳥は優雅に宙で一回転した。その動きは舞のように優美だった。

 

人々の息を呑む音が聞こえる。

 

「――クェェェェェェェェン!」

 

それと同時に、その鳥の鳴き声がダンジョンの一階層中に響き渡る。耳を突き刺すような鋭い鳴き声。

 

耳がキーンとなる。人々は思わず耳を塞いだ。

 

刹那だった。

宙で一回転し、鳴き声を上げ、そして再び閉じた翼を大きく広げたその時――炎がその鳥の全身を覆い始める。

羽の先から、首元から、全身を覆うように炎が走り、瞬く間にその巨体を包み込む。それにより、ただでさえ美しかった羽毛は鮮やかな赤に黄金が混じったような光を放つ。炎は羽の一枚一枚に沿って、鎧のように緻密にまとわりつき、巨鳥の体躯をさらに威厳あるものに見せた。まるで、太陽の存在しないこのダンジョンで、己こそが太陽だと主張するような、威圧的かつ荘厳な振る舞い。

 

――炎を纏ったことで、不死鳥……フェニックスは、エジプトの白砂漠のダンジョンで一度死に、卵を経由して鈴江町管轄のダンジョン098ここで完全に復活を果たしたのであった。

 

ホバリングして、その位置を保つために翼を羽ばたかせ、その度に凄まじい熱風が押し寄せ、テント等が吹っ飛び、草木をざわつかせる。

 

それだけではおさまらない。

抜け落ちた巨鳥の炎の羽根によって、近くの草木に引火し、赤々と燃え始めたのだ。その光景を見て、ようやく我に返った人々が悲鳴を上げながら四散し、逃げ惑う。空気が焼ける匂いが鼻についた。

 

それでもレイナはただ立ち尽くしていた。呼吸すら忘れ、視線を逸らせないまま。その圧倒的な存在が、彼女の視界の中心に焼き付いて離れない。レイナの真上を覆う巨鳥の影が、彼女を飲み込んでいた。

 

炎を纏った巨鳥は、静かに頭を下げた。

クチバシを開いたまま、下を見下ろす。その瞳には、レイナひとりの姿が映っていた。

 

――狙われている。確実に、レイナただ一人を。

 

そして巨鳥はクチバシをレイナに向けて、次の瞬間、上空から勢いよく落下してきた。

 

炎を裂きながら、一直線に。空気がが悲鳴を上げる。その巨大な口が、レイナの全身を包み込むように迫ってくる。

 

「――ッ」

 

声にならない。足が動かない。膝が崩れそうなのに、地面に縫い付けられているみたいだった。

 

そして、ついに――地面が震える。

ドゴォーンという轟音を立てて、巨鳥は地面にクチバシをめり込ませた。

 

衝撃が走る。足元の地面が抉られ、足元が崩れ落ちる。暗闇が視界を覆い、音が消え、匂いも感触も全てが遠ざかっていく。

 

レイナは、巨鳥に呑まれた。

ただ、圧倒的な存在に、抵抗することもできずに――。

 

 

――こうして、魔物による被害がないと謳われついには資格の持たない多くの一般人まで動員して開かれたダンジョン内のイベントは、一つの悪意によって、混沌へと叩き落とされたのだった。

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