蒼天秘話8話の諸々を冒険者も知ることができたらなあという妄想です。
冒険者の性別や外見の描写はありません。



pixivに投稿していたものです。

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皇都を見守る騎士の盾

 ……あれから、数年の時が経過していた。

 

 何かの区切りがつくごとに、なんとなく足が向かう場所。

 大きなヒビが穿たれた、黒地に赤い家紋が描かれる盾。

 それがたてかけられた、こじんまりとした、すこしの雪が飾る記念碑。

 

 きっと、ドラゴンヘッドに居る部下の人とか弟さんとか、彼を慕うたくさんの人たちが、今もずっと欠かさず手入れをしているのだろう。

 金属製の盾は錆付くこともなく、ただ静かにそこに在った。 

 

(時々思ってしまってたんだよ。……特に、色々うまく行ったときとかさ。貴方はきっと笑って、いつもみたいに「イイ!!」って言ってくれるんだろうとか……)

 

 冒険者はそんな甘ったれたようなことを思う自分に苦笑する。

 だけど誰にも聞こえはしないのだ。心の中で思うくらい許してほしい。

 

(へへ。ずっと……笑っていてほしかったよ)

 

 喜ばしかった時、楽しかった時、上手くいった時、成功した時、美しい景色に出会った時……。

 ふと少しだけ、彼の不在に淋しくなった。

 

(悲しい顔は似合わない。しばらくそれは重荷ですらあった。貴方の犠牲の上に生きるほどの人間じゃないと思っていたこともある)

 

 あんな時に限って、冒険者を「英雄」と呼んだ。

 どうしてよりによってと、貴方も実は特別扱いしてしまっていたのかと、悲しく思ったりしたこともあった。

 

 しかし。

 

(……ごめん。貴方の真意に、しばらく気づけていなかった)

 

 悲しい顔をしないでくれと願った彼の言葉を裏切って、よりによって彼を思って悲しい顔をしてしまっていた。

 

(貴方は決して他人に、どんなことがあっても笑っていろだなんてことを、無理に押し付けるような人じゃなかったんだからさ)

 

 ──……彼はきっとただあの時だけのことを。

 彼の最期を悲しまないでくれと。

 それだけを心から願ってくれただけだったのだ。

 

 きっと、いつもとは違って敢えて「英雄」と呼んだのも、勇気づけたりしたかったからなのかもしれない。英雄なんだからしっかりしろなんて押し付けも、彼はきっとしていなかった。

 ……お前を守れて誇りに思うぞ、とかいう声すら、聞こえてきそうだった。

 

 それでも「お前」や「友」と呼んでほしかったなんて我がままがちくりと刺さるけれど、既に意識もはっきりしなかっただろうあの状態で、そんな気遣いを見せてくれた彼は……どれだけ強く尊い存在であることか。

 

(……貴方こそ、英雄だ)

 

 

 イシュガルドが千年の永き戦いから解放された時、彼と一緒に喜びたかった。

 前に向かって歩き出せたイシュガルドを、彼にも見てほしかった。

 

 

 ……彼の友達を、困っているならと、いつもどおりにあまり深く考えず、助けたことがある。

 

 色々長かった気はしなくもないし、当事者だったフランセルや周囲の人々にとってはとても重大な事件だったことだろう。けれど、たった一度のそれだけだったのに。

 

 彼は追われていた冒険者とアルフィノを、何も聞かないうちから信じてくれた。

 

 英雄と呼ばれることの多い冒険者を、「お前」とか「友よ」とか、とても気安く呼んでくれて、とても安心して話せる人だった。

 ……たまに見せていた、筋肉フェチ(というか、そうした肉体に至るほどの研鑽を積んできた者への称賛だった気もする)からくる冒険者の肉体への大きな大きな絶賛は、少し冷や汗でもかきそうな勢いだったけれど。

 

(貴方が笑顔がイイって言ってくれたから、笑いたい時をたくさん見つけて、たくさん作って、その時に思いっきり笑うよ)

 

 そしてそうすることで、オルシュファンの愛した人々に、少しでも笑顔を届けられたらと思う。

 そんな大役、してみせるなんて易々と宣言はできないけれど、それを目指して歩き続ける。

 

(貴方が守ってくれた命だから、貴方が守りたかったものを守りたいと願う)

 

 そしてそう奔走していたら、その傍にきっとオルシュファンも居るのだ。

 

 そんなことを思いながら、記念碑に祈りを捧げていた時だった。

 

 雪の上を歩く、ゆったりとした足音が近づいてくるのが分かった。

 

 よくここではちあわせるフランセルだろうか。そんなことを思って冒険者は後ろを振り返った。

 

「エドモン卿!?」

 

 そこに歩いてきていたのは、予想と違って、オルシュファンの父上だった。

 少し後ろを、比較的若そうな男性が着いてきていた。恐らくフォルタン家の使用人さんが付き添っているのだろう。

 

「通りがかりに寄ってみれば、ここで貴殿に会えるとは……息子は果報者だ」

 

 いつも通りの柔らかい微笑みで、エドモン卿はそう言った。

 

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ああ。貴殿も息災そうでなによりだ」

 

 ありきたりな挨拶かもしれないけれど、変わらない気遣いがありがたくて、冒険者も柔らかく笑う。

 

「……貴殿は今も、ここに来てくれているのだな」

 

 エドモン卿は眩しいものでも見るかのように目を細めて、冒険者に笑いかける。

 

「彼は、大切なともだちですから」

 

 冒険者は、命の恩人、という言葉を寸前で飲み込んだ。

 気負っているのではという心配を抱かれるかもしれない。

 それは違うし、悲しませたりするのは絶対に嫌だった。

 

 冒険者の言葉をかみしめるように、エドモン卿は微笑みながら目を閉じた。

 

「……貴殿には、ずっと伝えたいと思っていたことがあったのだ」

「ん? なんですか?」

 

 冒険者は首をかしげる。

 

「この碑を前に語り合うのも悪くはないが……いささか寒い。時間はあるだろうか?」

 

 いつも、優しく慮ってくれる。感謝の念を抱きながら、「ええ、今は何も用事はありません」と、冒険者は答えた。

 

「では、皇都の屋敷に向かおう。久しぶりにくつろいでほしい」

 

 エドモン卿は頷きながらそう言った。

 

 そして、記念碑のすぐ近くに、ゆっくりと歩み寄った。

 足を止めると、慈しむように見つめ、やがて祈りをささげた。

 使用人さんもその後ろで祈る。

 

 少しの間そうした後に、エドモン卿はこちらを振り返り、笑顔で再びゆっくりと頷く。

 しかしすぐに顎に手をあてて思案気に言った。

 

「我々は近くに馬車を停めているのだが……貴殿は空を飛んだ方が速いだろうか?」

 

 オルシュファンが手ずから黒チョコボを育て、贈り物にしてくれたことがある。

 そのため冒険者が、少なくともそれで飛行することができるだろうことを知っているのだろう。

 

 その黒チョコボと初めて会った時、神殿騎士に慌てた様子で強く注意されていたオルシュファンを思い出して、冒険者は懐かしさに目を細めた。

 

「うーん、そうかもしれませんけど、そのへんのエイビスは大丈夫ですか?」

 

 ここまでやってきているのだし、そんな心配は必要ないのかもしれなかった。

 エドモン卿は頷きながら言った。

 

「ああ。この者は剣の腕も確かでな。彼一人しか護衛が居なくても困ったことがないくらいだ」

 

 手放しで褒める伯爵に、使用人の彼はとんでもございませんと頭を下げた。

 よく見れば帯剣しているし、あのフォルタン家の盾も背負っているようだった。

 

 防御の薄そうに見える使用人服は、もしかしたら武具投影なのかもしれない。

 

 冒険者は、そうですか、と安心の笑みを浮かべた。

 

「ご一緒して皇都までおしゃべりしたりするのにも惹かれますが……実は最近とくに荷物がヤバくて。下手したら馬をダメにしてしまいそうです。しばらく生き物じゃない乗り物で移動してるくらいです」

 

 それを聞いてエドモン卿は、ははっと笑った。

 

「貴殿は馬をダメにしそうなほどの荷物を抱えながら、そうしてケロっとしているのだな。相変わらず豪快だ」

 

 そう言われてへへーっと冒険者は笑った。

 

 あの頃、カバンの中から色々と入用なものがひょいひょい出てくるものだから、アルフィノに疑問を持たれて中を見せたことがある。

 既に悲惨な様子を見せ始めていたその中身に、周りの人たちが皆仰天していたのを思い出した。

 エドモン卿はきっとあの時のことを覚えていて、このカバンの中身が見た目以上の大質量を持っているだろうことを理解しているのだろう。

 

 相変わらず、なんて親しみを込めて言ってもらえるのが嬉しかった。

 

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 暖かいフォルタン邸に招かれ、食堂でお茶とお菓子のもてなしを受けた。

 とてもありがたくて頭を下げたけれど、いやいや、貴殿も大切な家族なのだから、楽にしてくれ、と、微笑まれる。

 

「じゃぁ、遠慮なくいただいちゃいます」

 

 内心恐縮しながらも、心遣いを無碍にしたくなくて、それらをちょくちょくつまむ。二人はのんびりとお互いの近況などを話した。

 

 そしてそれらが一段落ついて、少しの間が空いた時。

 

「さて……それで、話したかったことというのはだな」

 

 エドモン卿は柔らかな微笑みを浮かべたままだ。

 

「あれの……オルシュファンのことについてだ」

 

 冒険者は内心ドキリとした。

 しかし、自分に少し思うところがあったなんて……原因となった身で、申し訳なくて、伝わってほしくない。

 悟られたくなくて、冒険者は笑顔のまま首を傾げた。

 

「あの時……貴殿には弔いの暇も与えられず、すまなかった」

 

 エドモン卿が次第に真面目な顔になっていく。

 彼に目を伏せながらそう言われて、冒険者は慌てた。

 

「そんな……事態は急を要しました。だから、当然だと思いました」

 

 冒険者は俯いて、苦笑いを浮かべた。

 

「それに、記念碑があります。彼への祈りは、あそこでたくさん伝えられます」

「しかしそれでも……事情を説明する暇も作れなかったことが、ずっと気がかりだったのだ。私の後悔を解消するためにも……聞いてはくれぬか」

 

 その言い方にも優しさが詰まっている。

 冒険者は泣きそうな顔で笑った。そう言われてしまったら、聞くしかない。

 

「そんなにお気遣い下さらなくてもいいのに……けど、聞かせていただきますね」

「かたじけない」

 

 お礼を言われるところじゃないと思いながらも、そんなことを伝えても何もならない。

 かわりに、冒険者は困ったような笑みを浮かべた。

 

「イシュガルドの貴族の墓は……皇都の下にある地下墓地(カタコンベ)なのだ」

 

 想像もしていなかったことに、冒険者は少し目を見張った。

 

「そんなところが皇都にあったんですね……!」

 

 ああ、とエドモン卿が頷いた。そしてゆっくりと話を続ける。

 

「そして……そこは入り口が厳重に閉じられているうえ、常時警備の者が立っている。近親者ですら、容易には立ち入る許可が出ない」

 

 冒険者は驚いて、ぽかんと口を開けた。

 

「……恥ずかしいことだが、古来からこのイシュガルドでは、貧富の差が激しすぎた。だから、貧しい者の中には貴族を恨んでいる者たちも多かっただろう……今もまだ、多いのは明白だ。

 ……それゆえに、妬みや報復を危惧して、隠されてきたのだ。

 貴族が参る姿がみられることはもちろん、出入りしていたりするだけで、場所は広まりかねない、と」

「なるほどです」

 

 冒険者は微笑んで言った。

 苦笑したりすると、この優しい伯爵はますます負い目を感じるだろう。

 

「加えて、貴族の墓には宝飾品などの高価なものが供えられることが多い。心なき者がそれらを狙い墓暴きなどをしないように、という理由もあったようだ」

 

 ……死してまで、欲深いことだろう、と伯爵が小さく呟いたたような気がしたが、冒険者は聞こえなかったフリをした。

 

「……伯爵でさえ入るのが難しいところなんて、余計にしかたがないですよ」

 

 フランセルをあの記念碑でよく見かけるのも、仲の良かった貴族の彼ですら、同じく容易には入れなかったからなのかもしれない。

 そう想いながら柔らかく笑いかけると、エドモン卿は苦く笑った。

 

「しかし、きちんと伝えられなかった。あれの……早すぎる死は……自分でも驚くほどに衝撃を受けるやら……悲しみがあふれて、止まらないやら……余裕が、作れなかったのだ。すまない」

「わかって、います。伯爵はあのとき、ものすごく、泣いておられたから……」

 

 冒険者は眉をハの字に下げて、懸命に言葉を紡ぐ。

 

「だからと言って、何も言わないでくれと……あの言い方は、冷たすぎたと思う。

 ……貴殿はきっと、あの場で言葉を交わしていれば……謝罪し始めてしまうだろうと、思ったのだ」

 

 冒険者は、眉をハの字にしたまま、大きく目と口を開けた。

 

「貴殿に、そんなことをさせたくはなかった」

 

 エドモン卿は目を伏せ、ゆるりと首を横に振る。

 

 ……なんという心遣いか。

 伯爵こそ、大切な息子の一人を、失ってしまった直後だったというのに。

 

「貴殿のほうを振り返ることができなかったのも……私の強がりもあったが……あれの死のそばにあったという貴殿の姿を見てしまったら、あれの死が……ますます、つきつけられそうで、恐ろしかったのだ」

 

 ずっと微笑んでいるものの、エドモン伯爵の瞳には、涙が浮かび始めていた。本気で申し訳なく思ってくれてそうなのと、悲しみが再び膨らんできているのと、きっと、両方だ。

 

「決して……貴殿を責めたかったわけではない。あんな態度ですまなかった。あとから思えば、貴殿に気にさせてしまっていてもおかしくないと……ずっと、きちんと話しておきたかったのだ」

 

 冒険者も目に涙を浮かべて、ずっと首を振り続けた。

 

「そんなことない、そんなことないです……そんなに、優しくしないで下さい……!」

 

 涙を抑えることが、とうとうできなくなった。

 

「オルシュファンが亡くなったのはっ……」

「やめなさい」

 

 今度はエドモン卿が首を振った。皆まで言わせるものかという強い意志を感じる。

 

「あの時も伝えたが……それこそが騎士の本懐。立派に、誇り高く散ったあれの行動を……悲しく思わないでやってほしい」

 

 真剣にエドモン卿はそう言ったが、すぐに苦笑した。

 

「……あの時、結局こらえきれず泣き出したような私には……言えることではないのだがな」

 

 涙を止めることのできない冒険者は、ふるふると首を振る。

 

「なんで……っ、なんで、そんなに……優しくしてくださるんですか……!」

 

 オルシュファンの死を悲しいものにしないでくれという願いは、とてもよく分かることだ。

 あの記念碑の前で、冒険者も、きっとオルシュファンはと、考えていたことだったから。

 

 だけどどうしても慚愧の念をぬぐえない。

 冒険者があの凶刃に気づけていたら、彼はきっと死ななかった。それは本当なのだから。

 

「……貴殿もこのフォルタン家の、大切な家族だと、言っているだろう?」

 

 そう言ってくるエドモン卿の視線は、限りなく優しい。

 

「私は……あれに、うまく接することができずにいたのだ」

「……?」

 

 エドモン卿が突然違う話をし始めたように思えて、冒険者は涙を止められないまま小さく首を傾げた。

 

「あれの出生を、風評の厳しくなるものにしてしまったことを悔いて……大切にしてやりたいのに、その加減がつかめず、また……恨まれているのではという負い目もあってな……」

 

 難しい関係だったのだ、無理もないことだ。

 世間ではエドモン卿唯一の過ちなどと言われ、伯爵自身だって好奇の目にさらされたことがあったかもしれない。

 気づかわし気にエドモン卿を見つめる冒険者に、彼はやはり柔らかく微笑む。

 

「……そんな時だ。ほとんど話したこともなかったようなあれが……熱弁をふるってきてな」

 

 何があったのだろうと、冒険者は首をかしげながら聞く。

 

「貴殿のことだったのだよ」

 

 冒険者は驚いて目を見張った。

 

「あれは、貴殿がウルダハでナナモ陛下暗殺の冤罪を被せられた時のことだ。貴殿をどうにかしてイシュガルドに招き入れられないかと、あれは頼んできた。貴殿のことをなにも知らなかった私は、指名手配されている点に渋ってしまってな……それでもあきらめず訴えるものだから、何故そこまでと、聞いたのだ」

 

 するとな、と、エドモン卿がおかしそうに笑った。

 

「貴殿がどれだけ素晴らしいのかということをとても生き生きと熱弁してきたのだよ」

 

 冒険者はあっけにとられた。

 

「息子の本心からの言葉を聞くことができたのは、初めてだった。あれ程長く言葉を交わせたのも、初めてだった。……本当に嬉しかった。

 加えてそれから……あれは貴殿の姿を求めて、このフォルタン邸によく顔を出すようになった。話をする機会が、大きく増えた。

 ……だから、本当に、ありがとう。貴殿のおかげで、オルシュファンと私は、本当の意味で家族になることができ始めていた。だから……契機となってくれた貴殿も、私のかけがえのない、家族なのだよ」

 

 ……家族に『なれた』と、言うには、時間が短すぎた。

 伯爵はきっと、驕らないためにあえてきちんと言ったのだろう。

 

 二人に、彼ら家族に、もっとずっと、その幸せな時間を過ごしてほしかった。

 

 冒険者はますます涙を溢れさせた。拭っても拭っても止まらない。

 喉がつまって苦しい。

 

 何も言葉で表せない想いから、オルシュファンの名が幾度も口をついた。

 

 冒険者は、それから、今までの記憶にない程に、声を上げて泣き始めた。

 ……それは、泣けなかったあの頃の分も、すべて溢れ出すような。

 

 席を立って冒険者に歩み寄ったエドモン卿が、優しい手でその背に触れる。

 

 伯爵の口から再び、ありがとう、という言葉を聞きながら、冒険者は滂沱と涙を流し続けた。

 

 ……冒険者は、心のどこかでいつも、どうしてこのかたはこんなに優しく接してくれるのだろうと。

 無理をさせているんだと。

 その優しさは、本当は受け取れないと。

 

 思ってしまっていた。

 

 出会う度にちくりと刺さっていたトゲ。

 

 だけど、伯爵の優しさは、きっといつも心からのものだった。

 最初から自分の家だと思ってほしいなんて言われて、少し謎に思ってしまっていた部分もあったが……出会う前からこんな慈しみを持ってくれていたのだ。

 

 今までその、何故向けてもらえるのか分からなかった優しさを、分からなかったゆえに疑うことが、なかったなんて、言い切れない。

 無理をさせているのだから、精いっぱい嬉しそうに受け取らなければならないとさえ、思っていたのかもしれない。

 

 ……そんな勘違いを。

 今になってすら、貴方は、溶かしてくれてしまうのだ。

 

(……『君はいつもそうだ』)

 

 あの記念碑に向かってフランセルが言っていた言葉が、脳裏を過る。

 

(まったく……本当に……その通りだよ……)

 

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 冒険者の涙はなかなか止まらず、落ち着いてきたころには夕暮れになっていた。

 泣き疲れている様子も気遣い、泊まりなさいと言ってくれた伯爵の言葉に、素直に甘えた翌日。

 

 冒険者はカラっとした心からの笑顔で、伯爵に、

 

「行ってきます!!」

 

 と元気に言った。

 

 伯爵が、ここは貴殿の家でもあるのだと、いつも言ってくれるから。

 

 力強く足を進める救国の英雄の背を、伯爵は眩しいものを見るように、目を細めて見送った。


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