ヤンデレのヒーローになるって感じのデク、   作:んをわるりら

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お久しぶりです。

お楽しみください。


ホスピタル タイガーバニー

消毒液の香り漂う、どこを見ても白い、『清潔』という文字を具現化した病棟の、六つのベッドがカーテンによって区切られた一室。

 

その部屋の、最も窓に近い、ナースコールの呼び出しボタンや今の時期には暑すぎるベッドの散乱するベッドの上、出久は何をするでもなく横たわってきた。

 

顔の両頬には申し訳程度の湿布。

体にも同じように貼られている。

 

しかも、出久が『ここも痛いんです』と言ったとき、嫌な顔を前面に出して貼られた湿布だ。

位置が微妙にズレていることから、貼った看護師の仕事への熱意が窺える。

看護という言葉は、どうやら機能不全に陥っているらしかった。

 

入院しているというのに、体と顔合わせて、計10枚にも満たない湿布が貼られているだけという出久の現状。

 

重い病気で床に伏している人々と出久を比較すれば、圧倒的に彼が健康体であることは目に見えて明らかだろう。

 

このような状態では、病棟の廊下を歩くことすらおこがましい。

 

「……なんでこんなことになったかなぁ」

 

心の声を口から吐露して、過去のことを思い出す。

 

記憶から掘り起こされるのは、タイガーバニーからの殴打の数々と鷲掴みにされた自分の喉。

意識を失う直前に見えた、理性などないタイガーバニーの瞳は、今もなお出久の頭の中に焼き付いている。

 

そのような状況で、119の番号と共に搬送された最寄りの病院。

 

意識を戻した出久は、体の節々の痛みや直に感じたタイガーバニーの殴打の威力から、骨の1本や2本は確実に持っていかれていると予想したが、医師から告げられたのは『異常無し』の4文字。

 

出久が、人間の体というものの丈夫さを、良くも悪くも痛感した瞬間だった。

 

医師曰く、ギリギリ危ないか危なくないかの瀬戸際の打撲や内出血で抑えられているとのこと。

 

なるほど、どうやら出久は、タイガーバニーから手加減というものをされていたらしい。

 

というか、基本的に殴られてしかいなかったため、この医師の診断は、酷く現実味を帯びていると言える。

 

自分の体が何よりの証拠だ。

 

(あれで、手加減しているのか)

 

タイガーバニーからの殴打を思い出した出久はゾッとする。

 

もしも、本気でやられていたら。

思い浮かんだのは、湿布どころか全身包帯でグルグル巻きのミイラ状態の自分。本物のソレのように、『うぅ、うぅ』と唸り声しかあげられない自分が浮かぶ浮かぶ。

 

タイガーバニーの殴打を恨みつつも、人の心と道徳を一応持っていた彼女に、密かに『軽傷で済ませてくれてありがとう』と訳の分からない感謝を呟く出久であった。

 

「……暇だな」

 

一通り思い出してついにやることがなくなった。

 

暇を潰すために過去の出来事を思い出しても、潰すことのできなかった暇を、また潰すべく、出久は近くにあったリモコンを手に取る。

 

部屋に備え付けてある大型テレビのためのリモコン。

 

音を出すと他の患者に迷惑だが、音量無しで見る分には、迷惑はかからない。

強いて言えば画面の点灯に問題があるが、ここは病院。画面をゼロ距離で見る悪い子はいないため、問題はなかった。

 

手に持つリモコンをテレビのほうへ向け、電源を入れた。

 

テレビのランプが点灯したことを確認した出久は、1〜12まであるボタンの内、1番初めに目に留まった3を押してみる。

 

画面が切り替わり、映ったのは、夕方のニュース。

意識を刈り取られてから時間の感覚がおかしくなっていた出久は、そのニュースで今が夕方であることを確認する。

 

全国各地で起こった事件や事故、政治家の不祥事が晒し出され、それを躊躇なく無表情に報告していくアナウンサー。

 

どれもこれも、起こっていることではなく、起きてしまったことなため、ただただ憐れむことしかできない。

 

暫くの間、画面をじっと見つめて。

 

やがて、そのニュースにも出久は飽きてきてしまった。

 

時間は夕方。

見応えのあるバラエティ番組が始まるのは夜の19〜22時のゴールデンタイムと呼ばれる時間。

他のチャンネルに切り替えたとして、今あるのは、出久の年齢には似合わない子供向け番組だけだろう。

 

テレビが暇つぶしたり得ないと判断した出久は、電源ボタンへと指を伸ばす。

 

寝た方がテレビを見るよりも、よっぽど暇を潰せると判断したからだ。

 

電源ボタンへ指が届ききって、テレビの電源を落とそうとしたそのとき————

 

「……え」

 

————画面のニュースのテロップに気になる文字を、映る画像に見覚えのあるものを見つける。

 

書かれていた内容は、女子高校生の遠距離狙撃による殺害未遂事件という、日本では珍しい事件。

曰く、右肩と右脚を、どこからともなく狙撃されて、そのまま最寄りの病院まで逃走したとのこと。

 

誰もが感心する胆力だ。

撃たれて尚前進し、そのまま病院まで走り進み続ける。

 

出久も普段であれば、胸の内に「すごい」「かっこいい」などと言った称賛の言葉を述べていた。

 

ただ、今回の場合は少し違う。

 

テレビの画面に堂々と映る、女子高生が狙撃された場面。

 

その狙撃された女子高校生に出久は酷く既視感を覚えたのだ。

腰のあたりまで伸びた白髪に、頭から生えているウサギのような耳。

褐色の焼けた肌に、人よりも筋肉のついているであろう太もも。

 

その出立ちを見て、出久の中で思い出されるのは、あのタイガーマスクの悪魔。

蹴られ殴られ、それでも手加減という、ニュースに映る狙撃事件よりもおぞましい事件が彼の中で呼び起こされる。

 

そして、恐ろしいのはこれだけに留まらない。

 

目の前の無表情アナウンサーは、『最寄りの病院に』と言った。

 

つまり………。

 

「いや、いや、そんなこと……」

 

浮かんだのは最悪の場合。

 

この病院に、タイガーバニーがいるかもしれない。

 

テレビに映し出された『最寄りの病院』という文字から想像できる、一番恐ろしい可能性が出久の頭をよぎった。

 

自分の背中から嫌な汗が流れるのを感じる出久。

 

頭の中に居候する嫌な予感を振り払うためテレビのリモコンを切るが、それでもその嫌な予感は出久の頭から離れない。

 

ギシギシッ。

 

ふと、カーテンで仕切られた横のベッドから、軋む音が聞こえてくる。

 

出久の嫌な予感は、不幸なことに外れた試しがない。

 

それでも、その嫌な予感が外れることを信じて横を振り向けば、そこにあるのは、カーテン越しに映る人型のシルエット。

 

ベッドの上に座っているそれは、無個性の出久とは違い、頭の上にウサギの様な耳が生えている。

 

「————ッッ?!?!」

 

出久の嫌な予感が寸分の狂いなく的中して見せた。

顔面が目に見えて真っ青になってゆく。

 

そんな出久の様子などお構い無しに、カーテン越しに見えるウサギ耳の人影が、カーテンに手を伸ばし、ゆっくりと手繰り寄せた。

 

カーテンを開ける気だ。

 

閉まっていたカーテンが、端のほうから『ガーッ』と音をたてながら開いていく。

 

このまま開いてしまえば、闘技場の二の舞いになることは火を見るより明らか。

 

9割9分確定した未来を防ぐべく、出久は身を隠すために、ベッドの端でぐちゃぐちゃにしてまとめていた毛布を引き寄せ、全身が隠れるように身を包む。

 

眠気なんて、今の出久にはさらさら無かったが、そんなことは関係ない。

 

迫り来る猛獣もといタイガーバニーから逃れるため、目を閉じ口を閉じ、仰向けに寝転がることで、自称完璧な寝たふりをするのであった。

 

出久が目を閉じて間もなく、カーテンの開閉音がぴたりと止んだ。

 

どうやら、全て開いてしまったらしい。

 

今、出久とルミを隔てるものは何一つない。いわば、檻の中の猛獣が解き放たれたのと同じ状況であった。

 

「おい」

 

ルミが出久へと呼びかけるが、とうの呼びかけられた本人はこれを無視。

なぜなら、彼は今、"寝ている"のだから。

 

「………チッ」

 

ルミは小さく舌打ちした。

 

出久が起きていることなど、彼女は分かりきっている。そして、それにも関わらず、自分の呼びかけをシカトした出久に腹が立ったのだ。

 

だからこそ。

 

彼の反応が気に入らないルミは、大胆な行動へと踏み出す。

 

(————ッ?!?!)

 

ギシッギシッ

 

ベッドの軋む音が聞こえる。

しかし、音が聞こえた場所はルミのベッドからでも、その他のベッドからでもない。

 

出久の寝ているベッドだ。彼の寝ているベッドからその音が聞こえたのだ。

 

「ん……しょっと」

 

ルミが四つん這いになって、自分の寝ているベッドから出久の寝ているベッドへと『ピョンッ』と跳び移る。

 

彼女の予想外の行動。

 

声をかけても反応しない自分にタイガーバニーは興味を失うとばかり思い込んでいた出久は、あからさまにルミの行動に反応してしまう。

 

彼女の行動に肩をビクッと震わせてしまう出久。

 

そんな出久の、寝たふりなど無意味と化した反応を見て、ルミは口を三日月状に歪ます。

 

「お前、起きてるだろ」

 

バレたッ?!

 

再度、今度は肩だけでなく体をビクッと震わせてしまう出久。

驚きのあまり、閉じていた目が開きそうになる。背中からは、嫌に冷たさを感じる汗が流れ服に滲んでいた。

 

それでも、彼は持ち前の心許ない鋼の精神で目を開けなかった。

むしろ目をギュッと瞑って、絶対に開けないという頑なな意思を示して見せた。

 

一方のルミは。

 

自分の一挙手一投足にあからさまに反応してしまう出久を見て、彼が無反応だったときの苛立ちはどこへやら、すっかり気を良くしていた。

 

寝たふりなどとうに見透かされているとも知らずに、それを遂行する出久。

 

そんな彼を見て、ルミは面白いとばかりに舌舐めずりをする。

真紅の目は、獲物を見つめる猛獣のようにギンギン。口の中にはキラリと光る八重歯が見えた。

 

湿布の貼ってある出久の頬をペチペチと軽く叩く。

「ん…‥んん……」と声を漏らしながら、それでも彼は寝たふりを貫く。

 

出久の唇に、そっと自分の指を置いてみる。

頬を叩いたときよりも反応しながらも、それでも彼は寝たふりを貫く。

 

ルミが何をしようが寝たふりを貫く出久。

 

だからこそ。

そんな彼の頑なな姿勢を崩したいと思ったルミは、ベッドに跳び移るよりもさらに大胆な行動に出る。

 

「お前が悪いんだからな」

 

ニヤニヤと顔を歪ませながら、出久に向かってそう言うと、ルミは自分の顔を出久の首へと持っていく。

 

そんな彼女の行動など梅雨知らず。

未だに寝たふりをすれば、ルミが諦めると信じている出久は目を開けない。

 

だから、彼女のやろうとしている行動に気づけなかった。

 

ルミの顔と出久の首が、ほぼゼロ距離になる。

 

首へとかかる吐息。

 

先ほどより鮮明に聞こえるようになったルミの息遣い。

 

それらに疑問を浮かべる出久だが時すでに遅し。

 

ルミは八重歯の光る口をあんぐりといつもより大きく開けて————

 

カプッ

 

「うひゃあッ?!?!」

 

————出久の首元に齧り付いた。

 

予想外にも程がある彼女の行動。

 

もちろん、自分の想定外のことに弱い出久は、情けない悲鳴をあげながら目を開くのだった。

 

 

「な、何するんですかッ!!」

 

ルミに噛まれた首根っこを押さえながら、彼女から離れた出久が声を荒げる。

そこには、正しく並んだ彼女の歯並びの綺麗さが窺える歯形が、誰が見てもバレるように残してあった。

 

押さえる手には血が滲んでいる。

 

「お前が起きなかったからだろ」

 

出久の悲鳴にも似た質問に対して、ニヤニヤとまるで悪魔のような笑みを浮かべながらも、さも当然とでもいうように、サラッと答えるルミ。

 

自分の行いには、絶対的な正しさがある。

自信満々、威風堂々とした、良くも悪くも彼女らしい態度であった。

 

「起きなかったからって……」

 

一応小学校高学年までは普通の教育を受けてきた出久の頭の中では、起きない=噛むという方程式は成り立たない。

 

自分の遥か上、いや、遥か斜め上の明後日の方向へと思考のベクトルが逝っているルミ。

頭のネジの本数が致命的に足りないと考えられる、そんな彼女に、出久はただ唖然とすることしかできない。

 

「つーか、そんなこたぁどーでもいーんだワ」

 

唖然とする出久をよそに、ルミは笑う。

 

「せっかくまた会えたんだ。闘技場の続きするしかねーよなァ?」

 

声が昂り、狂気を宿す。

宣戦布告のその言葉は、彼女に呆れていた出久の思考を現実へと引き戻し戦慄させる。

 

「ひッ……」

 

出久は小さく悲鳴をあげた。

 

ルミの言葉を聞いて、この一瞬で彼の中で呼び起こされたのは、闘技場でのルミによるトラウマ。

 

自分の腹を殴り、愉悦していた彼女の姿。

 

自分の首を締めて笑っていた彼女の姿。

 

思い出された人の情など全てを脱ぎ捨てた修羅とも言えるルミのその姿が、あらあらと思い出され、出久の目の色を、感情を、恐怖一色へと変えていく。

 

気がつけば、出久は小さく震え出していた。

 

そんな彼などお構い無しに、動き出すルミ。

出久の元へと、獲物ににじり寄る獅子のように一歩一歩と四足歩行で出久へと近づいていく。

 

目が、歯が、息遣いが、歩み方が、全て狩る側のものと相違ない。

個性『兎』という狩られる側の動物を模した個性でありながら、その範疇を凌駕している。

 

そんな野生の本能剥き出しな彼女を見た出久は、狭いベッドの上、ただ戦慄し震えながら縮こまることしかできない。

 

一歩、ルミが近づく。

 

出久はビクッと一際大きく体を震わす。

 

また一歩、ルミが近づく。

 

出久は、また小さく悲鳴をあげる。

 

「こ、来ないで……」

 

「嫌だね」

 

ルミは、出久に飛びかかった。

 




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