機動戦士ガンダム Gemini Saga   作:木星市民

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10話 存在の証明

 

U.C.0078.08.13 長崎 某空港

 

「兄様も休みが取れて良かったです」

 

「だね。カズヤが長崎のお墓参りに来るのは初めてだったよね? きっと、驚くよ!」

 

カズヤはアイハスの生産やオルビスの設計がひと段落し、兄のシンと共に長崎まで墓参りに来ていた。

 

墓参り——この長崎という地に母の墓があることを、彼らは幼い頃から知っていた。

 

だが、カズヤが実際にこの地へ来ることはなかった。

 

潮風が遠くから運ばれてくる。長崎特有の、しっとりとした空気が肌にまとわりつく。

 

「母上も喜んでるだろうね」

 

「……はい」

 

シンは淡々と言葉を紡ぐが、その声の奥にはほんの少しの感傷が滲んでいた。

 

「……はい」

 

カズヤは答えながら、一瞬だけ彼の横顔を見た。

 

彼は微かに目を細め、遠くの坂道を眺めていた。

 

この土地の空気が、彼の思考をどこか遠い過去へと引き戻しているのかもしれない。

 

2人の母はカズヤが生後3ヶ月の頃、スペースノイド過激派のテロにより多くの人と共に亡くなっていた。

 

その後、父親であるゲンジロウは持てる全てを使ってテロリストたちを葬った。

 

しかし、母の生家はゲンジロウを許さなかった。

 

【娘を守らなかった夫】——そういう烙印を押され、母の墓はこの長崎の地に残された。

 

「カズヤ」

 

唐突に、シンが名前を呼んだ。

 

カズヤはゆっくりと振り向く。

 

「なんでしょうか?」

 

シンは一瞬だけ言葉を探すような素振りを見せた。

 

墓地へ向かう車のエンジン音が微かに響き、窓の外には長崎特有の坂道が広がっている。

 

シンは何かを言おうと口を開いた。

 

しかし——やめた。

 

「……いや、何でもない。行こうか!」

 

カズヤは一拍置き、ふとシンを見つめる。

 

何か言いたかったことがあるはずだった。だが、それを飲み込んだのは、何故なのか——

 

車はゆっくりと坂道を登り始め、長崎の静けさが、ふたりを包み込んでいった。

 

墓石の周りには、夏の湿った空気が漂っていた。

 

カズヤは静かにしゃがみ込み、手にした布でゆっくりと墓石を拭う。

 

シンも隣で黙々と掃除を続けていた。

 

二人は無言のまま、時折吹く風の音だけが響く。

 

しかし——

 

カズヤの指が、墓石の刻まれた名前の前にある一文字に触れた瞬間、彼の動きが止まった。

 

「……カズマ?」

 

その文字は、まるで長年そこにあり続けたかのように、深く刻まれていた。

 

彼は瞬きをし、慎重に指でなぞる。

 

カズマ・ツキモリ——母の名の前に、確かにその名前がある。

 

カズヤは微かに眉をひそめた。

 

「……兄様」

 

シンは墓掃除の手を止め、カズヤの視線を追う。

 

彼の表情がわずかに変わる。

 

「……そうだね。そろそろ話そうか」

 

その言葉は、どこか含みを持っていた。

 

カズヤはもう一度、墓石の刻まれた文字を見つめる。

 

「これは……何だ?」

 

遠くで花火の音が響く。

 

しかし、カズヤの耳には、その音が遠いものに感じられた。

 

彼は、この名前の意味を理解しなければならなかった。

 

墓石の前で、沈黙が落ちる。

 

遠くで爆竹の音が響く中、カズヤは刻まれた「カズマ」の名前をじっと見つめていた。

 

「……兄様」

 

シンは墓掃除の手を止め、カズヤの視線を追う。

 

彼はため息をつくように、わずかに目を伏せた。

 

「そうだね。そろそろ話そうか」

 

その言葉は、どこか含みを持っていた。

 

カズヤは静かに問いかける。

 

「なぜ……今までこの名前について話さなかった?」

 

シンは一瞬、墓石を見つめた。

 

そして、ゆっくりと口を開く。

 

「……カズマは、お前と一緒に産まれるはずだった」

 

カズヤの瞳が微かに揺れる。

 

「……双子?」

 

シンは頷く。そして、少し遠くを見るような表情を浮かべる。

 

「母上が亡くなった後……カズマの話をすることができなかった」

 

カズヤは眉をひそめる。

 

「できなかった?」

 

「……お前は、生まれてすぐに驚くほどの才能を示した。父上は母上の仇討ちとお前の成長を支えることに必死だったし……僕も、気がついたら、君がどんどん前に進んでいくのを見ていた。

 

幼くも聡い君に母上と兄弟の死を知ってしまったら、どんな影響が出るか分からなかった……」

 

シンの声は低く、しかし静かな感傷を含んでいた。

 

「だから……お前に話す機会を、失ったんだ。」

 

爆竹の音がまた遠くで鳴る。

 

しかし、カズヤの耳には、その音が何もかも遠く感じられた。

 

「……そうか」

 

彼は墓石をじっと見つめる。

 

その刻まれた名前の意味を、これからどう受け止めるべきか。

 

それを理解するには、まだ時間が必要だった。

 

墓の掃除を終えると、カズヤは静かに立ち上がった。

 

墓石の表面は綺麗になり、刻まれた名前がはっきりと見える。

 

「……終わったな」

 

シンが息をつくように呟く。

 

カズヤは無言のまま、その墓の前に立ち尽くしていた。

 

遠くで人の騒ぎ声が聞こえる——だが、ここだけ時間が止まったかのように静かだった。

 

ゆっくりと手を合わせる。

 

「母上……」

 

カズヤは静かに瞳を閉じ、墓に向かって心の中で言葉を紡ぐ。

 

シンも同じように手を合わせる。

 

二人はしばらく無言のまま、その場に佇んでいた。

 

やがて、シンがふと肩を落とし、カズヤを見つめる。

 

「……帰ろうか」

 

カズヤは静かに頷いた。

 

二人は墓地を後にし、車へと向かう。

 

夜の空気はしっとりとしていて、遠くでは花火が弾けていた。

 

長崎の町を抜け、ホテルへ戻る。

 

部屋に入ると、カズヤはすぐに窓際の椅子に腰を下ろした。

 

背もたれに寄りかかると、額に手を添え、静かに息を吐く。

 

考えがまとまらない。

 

カズマ——その名前が、墓石に刻まれていた。

 

そして、ララァが彼をそう呼んだ。

 

「……俺は、本当にカズヤなのか?」

 

言葉に出した途端、何かが胸の奥で軋むような感覚があった。

 

彼は、自身が【憑依した者】なのか、それとも【カズマの魂として生まれ変わった者】なのか——その境界を考え始める。

 

憑依したと思っていた。だが、本当にそうなのか?

 

窓の外には、長崎の夜景が広がっていた。

 

遠くで祭りの太鼓がまだ響いている。

 

だが、それはどこか遠い世界の音のように感じられた。

 

カズヤはゆっくりと目を閉じる。

 

「……カズマ」

 

その名を呟くと、まるで別の感覚が自身の内側に流れ込んでくる気がした。

 

それは、自分の記憶なのか。それとも、もう一つの存在のものなのか——。

 

彼は静かに、しかし深く思考の中へと沈んでいった。そして、いつの間にかに眠りに落ちていた。

 

眠りへと沈んでいく中、微かな気配を感じる——。

 

視界の向こうに、誰かが立っていた。

 

暗がりの中でも、相手の顔がはっきりと見える。

 

カズヤと、まったく同じ顔。

 

しかし、相手はただ笑っていた。

 

何かを話しているようだった——だが、その声は聞こえない。

 

まるで遠い場所で囁かれているかのように、言葉は霧のように消えていった。

 

カズヤは静かにその人物を見つめる。

 

「……誰だ?」

 

言葉を発した瞬間——

 

世界が、ゆっくりと暗転する——。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

U.C.0078.08.14 長崎 ホテル・朝

 

「カズヤ、起きて。朝食の時間だよ」

 

シンの声が、眠気を引き裂いた。

 

カズヤはゆっくりと目を開け、重たいまぶたを押し上げるように体を起こした。

 

夢——あれは、一体何だったのか。

 

しかし、考えをまとめる余裕もなく、シンに促されて朝食へ向かった。

 

朝食を終えたあと、シンがふとカズヤに視線を向ける。

 

「……散歩に行かない?」

 

「散歩?」

 

「港まで歩こう。潮風がいい気分転換になるよ」

 

カズヤは一瞬迷ったが、シンの提案に頷いた。

 

二人はホテルを出る。

 

まだ朝の涼しい空気が街を包んでいた。

 

遠くに港が見える。

 

水面が朝日に反射しながら、ゆっくりと揺れていた——

 

潮風がゆっくりと吹き抜ける。

 

朝の光が水面に反射し、波の揺れを穏やかに映していた。

 

カズヤは黙って歩いていた。

 

シンも、それに合わせるように静かに並んで歩く。

 

しばらく、会話はなかった。

 

しかし、シンはふと足を止め、カズヤを見た。

 

「……カズヤ、事故の後から変わったよね」

 

カズヤはわずかに足を止める。

 

「……そう思いますか?」

 

シンは頷く。

 

「小さい頃から、君は驚くほどの才能を持っていた。だけど……あの事故の後、君の雰囲気が微妙に違うように感じていた」

 

カズヤは視線を海へ向けた。

 

「……それは、俺が何者なのかを考えているせいかもしれないな」

 

シンは静かに息を吐いた。

 

「それでも——」

 

彼は、カズヤの横顔をじっと見つめた。

 

「僕の魂は、君が本物だと言っている気がするんだ」

 

カズヤは、ゆっくりとシンの方へ視線を向けた。

 

「兄様……?」

 

「言葉にすると、説明しづらい。でも、僕はずっと一緒にいたからな。君が変わったことは分かる。でも、それでも——目の前にいる君が、『僕の弟』だと確信しているんだ」

 

カズヤは何も言わなかった。

 

ただ、潮風の中に立ち尽くしていた。

 

波が静かに揺れ続けている。

 

しかし、その言葉は確かに彼の中に響いた——。

 

「カズヤはね、昔から人のオーラが見えていたんだ。そのおかげで、害がある者や利用しようする者から逃げれてたんだけど、言葉と本心が違う人間が多すぎて、彼は人との関わりを避けていたんだ」

 

今のカズヤが知らない、シンから見た昔のカズヤの記憶。

 

「いつの間にかに、ジュニアハイスクールをオンライン授業に切り替え、とうとう飛び級制度を利用して、ハイスクールも卒業してしまった。

 

その間の友人と言えば、親戚で機械弄りが好きなテッペイ君だけだった。そして、事故が起きてしまった。あれは母上が亡くなったテロの首謀者たちの残党だった。父上は討ち漏らしていた事を深く後悔していたよ」

 

淡々と語るがシンは寂しそうな笑みを浮かべている。

 

「最初は気づかなかったよ。けど、この2年で君は多くの人と関わり、物事を動かし、今まで嫌っていた人たちとも利害関係を結んだ。それで疑問が確信に変わった。

 

きっと、母上の中で居なくなってしまったカズマの魂だけがカズヤに宿り、事故の影響でカズマの魂がカズヤの魂と入れ替わったんだと」

 

先を歩くシンが後ろを振り返り、カズマ(カズヤ)と目を合わせる。

 

「君はカズヤでもあり、カズマでもある。そして——」

 

シンはふっと微笑んだ。

 

「揺るぎない事実は、君たちは僕の可愛い弟だ」

風が静かに吹き抜ける。朝日が水面を揺らし、潮の香りが漂う。

 

「例え、君が小説のように転生してきた人物の魂としても……俺にとっては変わらない。」

 

その言葉は、静かに、しかし深くカズヤの中へと染み込んでいった——。

 

「……ありがとうございます」

 

気づけば、カズヤの口からその言葉が零れていた。

 

シンが何かを言うわけではない。ただ、微笑んでいた。

 

それは、当たり前のようにそこにある温かさだった。

 

「………?」

 

ふと、カズヤは左胸にじわりとした熱さを感じた。まるで、何かが静かに灯るような——。

 

それは痛みではなく、しかし確かに「生きている」という感覚を伴うものだった。

 

彼は、目の前で微笑むシンの姿を見つめながら、自分の中で何かが形を成すのを感じた。

 

俺はカズヤであり、カズマでもある。 そして、兄様を支えていきたい——。




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