艦橋のモニターに映し出された艦影を見て、カズヤは頭を押さえた。
予想外の事態には慣れているつもりだったが、これは別の意味で面倒だった。
「……スサノオだと?」
近くにいた通信士が、困惑しながら報告を続ける。
「はい。迎えの艦にギョクゲツだけではなく、スサノオも確認されました」
カズヤは深く息をつく。
「ハァ……」
予定にはなかった艦影が、ランデブーポイントに浮かんでいる。まるで場違いな訪問者のように、堂々とそこにいるのがスサノオだった。
レビルが艦橋へ上がってくると、カズヤは軽く頭を押さえながら答える。
「どうしたんだね?」
「ランデブーポイントに余計なモノが居たもので」
レビルが一瞬だけ眉をひそめる。
「敵かね?」
カズヤは面倒くさそうに視線をモニターへ向け、肩をすくめた。
「いいえ、友軍です」
艦橋にいる隊員たちも、僅かに動揺していた。
予定にない艦の登場——それもスサノオ。
レビルはカズヤの表情を見て、短く問う。
「……誰が乗っている?」
カズヤはため息混じりに答えた。
「娘さんが何故か来てるようです」
レビルは一瞬沈黙し、それから苦笑した。
その反応を見たカズヤは、ますます面倒な状況だと確信した。
「本当にすまない。何歳になっても、じゃじゃ馬のままだ」
レビルは艦橋のモニターに映るスサノオをじっと見つめる。
そこには確かな戦闘の意思がある——ただの訪問ではない。
彼はゆっくりとカズヤへ視線を戻し、静かに続けた。
「カズヤ君があれを乗りこなしてくれることを、私は願っているよ」
カズヤは口元をわずかに歪めた。
この任務は救出作戦のはずだった——しかし、ここからどう動くかは、もう別の話だ。
カズヤたちは小型艇でギョクゲツに乗り込んだ。
レビルとその部下は、慎重にデッキを歩きながら、内部の状況を確認する。だが、カズヤは別の問題に気を取られていた。
証拠隠滅のために砲撃された輸送船が、遠くで炎上している。
その光景を見ながら、彼は何かから考えを逸らすように呟く。
「たまや〜」
「気を抜くのは早いぞ、カズヤ」
アゼルが即座にツッコミを入れる。
カズヤは口元を歪めたまま、燃え上がる残骸を見つめ続けた。
この戦いの果てに何が残るのか——それを考えれば、面倒なことばかりだ。
カズヤはギョクゲツの艦長、ヒノに問いかける。
「何故、スサノオが居るんですか? ヒノ艦長。」
ヒノは端末を確認しながら、淡々と答える。
「シン様がギョクゲツだけでは戦力不足だろうと判断し、修復が完了していたスサノオを派遣されました」
カズヤは軽く息をついた。
ジオンの警戒網を考慮して、1隻のみの運用だったはずの作戦—— しかし、シンの判断で状況が変わった。
ヒノが続ける。
「スサノオの艦長はリリア艦長です」
その名前が出た瞬間、艦橋の空気が僅かに変わる。
次の瞬間、通信が入る——スサノオからだ。
カズヤは短く指示を出し、回線を開く。
画面が切り替わると、モニターに映ったのは、潤んだ瞳を浮かべたリリアの顔だった。いつもの軍人らしい姿ではなく、父親を心配する一人の少女の顔だった。
彼女の声が、艦橋に響く。
「お父様!!!」
レビルは短く息をつき、静かに答えた。
「……リリア。落ち着きなさい、私は無事だ」
艦橋に緊張が走る。通信回線が断続的にノイズを発し、レーダーの精度が急激に低下。ヒノは瞬時に状況を把握し、短く命令を下す。
「電子戦モードへ移行、光学センサーを最優先。第一種戦闘配備!」
「敵影確認——12時と6時方向にジオン軍艦艇!」
オペレーターの報告が艦橋に響く。
艦隊を挟撃する形で布陣するジオン軍——逃げ場はない。
ヒノは即座に戦場分析を終え、判断を下す。
「12時方向の敵艦へ一点突破を試みる!」
カズヤが短く頷き、艦橋に低く響く声で命令を送る。
「スサノオを先陣、ギョクゲツは砲撃支援。突破口を開け!」
スサノオの突撃——まさに破天荒な機動だった。
敵艦隊が砲撃態勢に入る間もなく、スサノオは陣形を無視するような速度で突っ込んでいった。
通常の戦術ならば、一度回避行動を取って砲撃機会を伺うはず——だが、リリアは違った。
「最大戦速——砲撃回避!」
ムサイの主砲が閃光を放つ。
だが、その直後——スサノオはスラスターを吹かして、機体を急下降させ、砲撃を完全に躱した。
艦橋にいたカズヤたちは、その動きをただ唖然と見つめるしかなかった。迎撃機会を失ったムサイの下方を全速力で抜ける瞬間——
「全砲門、照準固定——撃て!」
砲撃がムサイの艦底を貫く。
爆発の衝撃が敵艦を揺らし、スサノオはさらに加速しながら突破を成功させる。
「……あんな無茶な機動、誰がやるんだよ……」
カズヤは無意識に呟いていた。
艦橋のクルーたちも言葉を失い、ただ茫然とスサノオの突破劇を見送るしかなかった。
「後方のムサイから発光信号……貴艦の安全を祈る…です!」
「ジオンも一枚岩では無いようですね」
「そのようだ」
カズヤは発光信号を送ってきた主を理解していたが、白々しくレビルに語りかけた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
U.C.0079.01.31 ルナツー
ルナツーのゲートがゆっくりと開かれる。
金属が擦れ合う重厚な音が艦内までに響き、内部の照明が緩やかに艦隊を照らす。
ギョクゲツの艦首が静かに前進し、着床シークエンスが開始される。艦内の緊張がわずかに緩むが、それは束の間だった。
「固定アーム接続確認、ハッチ開放準備」
カズヤは深く息をつく。
ようやくここまで辿り着いた——しかし、この戦いはまだ終わっていない。
艦内のハッチが開かれると、ルナツーのプラットフォームには連邦軍の兵士たちが整列していた。
彼らの目は固く、その表情には何かを待ち望む意志が宿っている。
そして、レビルが一歩、ギョクゲツのタラップへ足を踏み出した。
その瞬間——割れんばかりの拍手が要塞内に響いた。
兵士たちは拳を握りしめ、歓喜の表情を浮かべながら、全力でその帰還を迎える。
「レビル将軍万歳!! 連邦軍万歳!! レビル将軍万歳!! 連邦軍万歳!!」
まるで戦場の空気が一変するような熱気——彼が生還したことで、連邦軍の士気は確実に高まっていた。
カズヤは艦橋のモニターで、その光景を静かに見つめていた。横にはリリアがいた。彼女もまた、拍手の中に立つ父親の姿をじっと見つめている。
「……やっぱりすごいな」
カズヤがぽつりと呟く。
リリアはわずかに目を細め、沈黙を保ったまま画面を見つめていた。
彼女の指がわずかに動いた。
その仕草には、安堵と誇り、そして——何か言葉にできない感情が宿っていた。
会場の空気は、期待と緊張に満ちていた。
兵士たちは整列し、連邦軍の高官たちが壇上を固めている。
レビル将軍はゆっくりと演説台へ歩みを進めた。
その姿を見て、兵士たちの間から再び歓声が上がる。
だが、彼はそれに反応することなく、静かに視線を前へ向ける。この瞬間が、戦局を変えるものになることを知っていた——
レビルはマイクの前に立ち、口を開く。
その声は、疲れを感じさせないほど力強く響いた。
「この戦いはまだ続いている——しかし、我々は決して敗北することはない!」
兵士たちの間に高まる熱気。
誰もが息を止め、将軍の言葉を待つ。
「ジオン公国は、強大な軍を持つように見える。だが、その真実を知った今——私はここで言おう」
レビルは一瞬、間を置き、
視線を端から端まで鋭く走らせる。
そして、その決定的な言葉を放った。
「ジオンに兵無し——!」
会場が激しく揺れる。
兵士たちの中には拳を握りしめる者もいる。
誰もがこの言葉の意味を理解していた——。
レビルが発したこの言葉は、戦争の心理戦を根本から変えるものだった。
ジオン公国軍の内情が伝われば、敵の士気は下がり、連邦軍の逆襲の機運は高まる。
その様子を、カズヤとリリアはカメラの後ろで見つめていた。
カズヤは短く息をつき、モニターを見つめながら低く呟く。
「あの言葉が、この戦争の流れを変えるか……」
リリアは黙ったまま、指先をわずかに動かす。
彼女は父の姿を見て何かを感じ取っていた——しかし、それが何かは言葉にしなかった。
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