機動戦士ガンダム Gemini Saga   作:木星市民

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17話 想いは届かず

 U.C.0079.02.20 東京 連邦駐屯軍本部 会議室

 

「何故、分からない!?  日本は連邦軍の艦艇や陸上兵器を生産している拠点なんだぞ!」

 

「先ず、ジオンが降下作戦を行うというのは貴殿らの予測であり、根拠に基づいたものでは無い。そのような憶測に正規軍たる我々が動く訳にはいかない」

 

  ツキモリ重工業の要請で、ジオンが日本に降下作戦を行った場合の対応に関する会議を行っている。しかし、参加者の間にはかなりの温度差があった。

 

  ツキモリ重工業はコロニー落としが失敗し、継戦が確定した今、ジオンが地球を直接侵略すると主張するが、日本に駐屯している連邦軍高官は懐疑的であり、更にはツキモリ重工業が提案した防衛概要にすら目を通さない。

 

「これ以上、話を進まないので会議はお開きしましょうか。ですが、我々日本防衛軍はツキモリ重工業の防衛作戦に全面的に協力することをここで表明します」

 

  最後の参加者であった日本防衛軍の将官が、話が進まない会議に嫌気が差し、会議の終了を告げた。だが、将官はツキモリ重工業に賛成していると宣言し、会議室を出た。

 

「カズヤがあれだけ警戒してるというのに、駐屯軍(連中)は油断し過ぎてる。しかも、連邦軍に卸したアイハスの配分は本部が決めたことなのに、私たちに八つ当たりしてくる。全く、度し難い」

 

「シン様。防衛軍は我々に協力しますし、最悪は駐屯軍を当てにせず、行動しましょう」

 

  ツキモリ重工業の代表は、カズヤの兄であるシンとTTDO副代表のユウゴであった。

 

 シンは無言のまま、ドアを開けて助手席に腰を下ろした。

 ユウゴはエンジンをかけると、一瞬だけバックミラーを覗き込む。

 

「駐屯軍は何もわかっちゃいない」

 

 低くつぶやくシンの横で、ユウゴはハンドルを握りながら静かに息をついた。ヘッドライトが薄暗い駐屯地の道路を切り裂き、雨の残る舗装に光が滲んでいる。

 

「アイランドフィッシュの破壊やレビル将軍の救出。我々が功績をあげてしまってるからこそ、正規軍として認められないのでしょう」

 

 アクセルを踏むと、エンジンの回転音が重く響いた。

 車はゆっくりと動き出し、ツキモリ重工業のゲートを抜けて夜の街へと滑り込む。

 

 シンは窓の外を眺める。

 

 遠くに見える東京の高層ビル群、その向こうには今なお明かりが灯るツキモリの生産施設。

 

 ジオンの降下が始まれば、この光景も消え去る——いや、消されるのだろう。

 

 ユウゴは口を開くことなく、速度を上げていく。

 

 目的地は空港。

 

 雨の匂いと、エンジンの微かな振動だけが車内に響く。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 U.C.0079.2.22 道東某所 旧マスドライバー施設 現TTDO地下基地

 

  マスドライバーがある地下施設は改装が行われ、TTDOの本拠地となっていた。元からあった工廠はMS用に改造され、関係者用の宿舎も用意された。

 

 原作で行われたジオンの降下作戦の対応に向けて、施設内は騒音と指示の声で包まれていた。

 

「背中のユニット、もっとブーストかけなあかんで。推力、ぜんっぜん足りひんわ!」

 

 テッペイは端末をパッパと操作しながら、整備員に指示を飛ばす。アイハスの整備区画では、冷却ガスがゆらめき、作業用アームが機体の背部を固定している。

 

「大型スラスターの取り付け、どないなっとんねん?」

 

「あとちょいで完了します!  推力計算やと、20%以上は向上する予定っす!」

 

 技師がそう答えると、テッペイは顎に手を当て、アイハスをじっと睨んだ。背中に取り付けられた大型スラスター、追加の制御ノズルが精密に調整されている。

 

 新型の推進機構を組み込んだことで、機体の重量バランスも計算し直され、整備員らは繰り返しテストを進めている。

 

「制御系統の最終チェック、急げや……それにしても、ジブンはどこまで未来が見えてるんや……?」

 

 冷たい蛍光灯の光がアイハスの装甲を照らし、背部ユニットに取り付けられた大型スラスターが、無機質な輝きを放っていた。

 

「どうぞ」

 

  自室のドアがノックされ、カズヤは書類に目を通しながら予定の無い、客人を部屋に迎え入れた。

 

「久しぶりだね、リリア」

 

「……そうね。あなたは代表になって、大人っぽくなったわね」

 

「そうかな?  なら、ショタコン気味のリリアの好みから離れてしまったかな」

 

「ショタコンじゃあない!!!」

 

 ショタコン呼びされたリリアは顔を真っ赤にして大きな声で否定する。彼女は、レビルの補佐官としてジャブローに戻っており、カズヤと会うのは久しぶりであった。

 

「で、今日はどうしたの?」

 

「……………」

 

「君らしくないね、黙り込むなんて」

 

  アポイントも無く、カズヤの下へ訪れたリリアは理由を答えられずに俯き、黙り込んでいた。

 

「じゃあ、話しやすくしようか。誰かに唆された?  カズヤ・ツキモリの真意を確認しろって。だったら、レビル将軍とゴップ将軍は違うだろうし、エルラン将軍あたりかな?」

 

「そうよ。けど、ここに来たのは私の意思だわ」

 

  リリアは決意したように顔を上げると同時に隠し持っていた拳銃の銃口をカズヤへと向けた。

 

 リリアの手は震えていた。銃口をまっすぐカズヤへ向けているはずなのに、指がわずかに動いてしまうのを自分でも制御できない。

 

「……あなたの本当の目的を教えて」

 

 声は低く、しかし押し殺した怒りと迷いが入り混じっていた。

 カズヤは書類から視線を上げると、まるで今の状況を予測していたかのような冷静な目で彼女を見つめた。

 

「リリア……君は、ここへ来るまでに何回、その銃を握り直した?」

 

 その言葉に、彼女は息を詰まらせる。

 

 確かに、扉の前で一度、廊下を歩きながら二度……迷いが何度も彼女の動きを鈍らせた。

 銃を構えた今も、心臓の鼓動が早すぎて、呼吸がうまくできていない。

 

「私は……っ」

 

 カズヤは椅子にもたれかかりながら、小さく微笑んだ。

 そして、ほんのわずかに首を傾けると、リリアに向けて優しく微笑みかける。

 

 まるで、『わかっているよ』とでも言いたげな余裕のある表情だった。

 

「もし、本当に俺の目的を知りたいのなら、その指を動かしてみたらどうだ?」

 

 リリアはぐっと歯を食いしばる。

 

「……あなたに、ジオン軍への内通疑惑がかかっているわ」

 

 その言葉が、部屋の空気を一瞬で変えた。

 

「シャア・アズナブルとララァ・スンとの密会、レビル将軍救出時のジオン軍艦艇からの電文……あなたは本当に連邦……私たちの味方なの?」

 

 彼女の声には明確な怒りと困惑があった。

 カズヤはわずかに目を細めた後、静かに息を吐く。

 

「なるほど、見られていたか。確かに連邦の勝利を望んでる。だが、連邦軍の一方的な勝利は望んでいない。

 

  俺は、スペースノイドの将来的な独立の基盤をこの戦争で作り上げたいと考えている」

 

 リリアは微かに眉をひそめる。

 

「矛盾しているわ。コロニー政府の独立は連邦の根底を崩れる。それを貴方が理解していない訳が無い」

 

 銃口はブレない。しかし、リリアの指はまだ引き金を引いていない。

 

 カズヤは再び微笑んだ。その笑みはどこか諦めに近かった。

 

「そんな脆い組織なら、壊れてしまえば良い」

 

「………ッ」

 

「地球とコロニーの関係は、過去の植民地時代と何も変わらない」

 

 その言葉は、感情的な熱を持たず、ただ静かに響いた。

 リリアは息を詰める。

 

「コロニーは資源を供給し、地球はそれを搾取する。統治の名のもとに、コロニーの住人は地球の意志に従わされている。

 

 地球連邦政府は、この構造が当然なこと(・・・・・)だと思い込んでいる。しかし、それはただ歴史を繰り返しているだけだ」

 

 カズヤは手元の書類を軽く指で叩く。

 

「かつて、大国が植民地を支配した時代があった。そして植民地はやがて独立し、新たな大国へと成り上がった。

 

 アメリカはイギリスの支配から抜け出し、世界最強の国家だった。インドもかつては植民地だったが、今では独立し、巨大な経済圏を形成している。

 

 フランスやイギリスは植民地を手放したが、それで滅びたわけじゃない。むしろ、余分な負担を切り捨てたことで、生き延びた」

 

 カズヤは視線をリリアに向ける。

 

 リリアの指は、ほんのわずかに動く。

 

 撃つべきなのか。

 

 今ここで引き金を引けば、彼の計画は潰えるかもしれない。

 だが、本当にそれが正しいことなのか? 

 

 頭の中で警報のように鳴り響く問いに、リリアは息を詰まらせた。 カズヤの言葉は理論的だった。歴史を持ち出し、冷静に未来を語っていた。

 

 だが、それは【正義】なのか? 

 

 銃口の先にいるカズヤは、ただ静かに微笑んでいる。

 

 撃たれる覚悟がある者の顔だった。

 

「リリア、もう一度言う。俺が望むのは、連邦の一方的な勝利じゃない。むしろ、この戦争を利用して、コロニーが独立の基盤を築くことだ。

 

 過去の歴史が証明している。強制的な支配が永遠に続くことはない。いずれ、この体制は崩れ、地球側も変化を迫られる」

 

 リリアは銃を構えたまま、カズヤをじっと見つめた。

 

「……本気なのね」

 

 カズヤは微笑を崩さず、ただ淡々と答える。

 

「当然だ。そして、君は連邦軍の軍人だ。その引鉄を弾く、権利はある」

 

 揺れる視線をカズヤに向けながら、唇を噛みしめる。

 

「……あなたは、一体何者なの?」

 

 声は強く、しかしどこか震えがあった。

 自分が突きつけた疑問の答えが、彼女自身の信念を揺るがしかねないことを理解していたからだ。

 

 幼い頃の記憶が蘇る。

 

 あの日、彼女は連邦軍主催のパーティーで、軍の有力者たちに囲まれながら、退屈を持て余していた。

 そこで、ふと見かけた少年——カズヤ。

 

 彼は、軍人たちの隅でひっそりと座り、視線をあちこちへと動かしながら落ち着かない様子だった。

 リリアは何気なく近づき、声をかけた。

 

「ねえ、どうしてそんな隅っこにいるの?」

 

 しかし、カズヤは目を見開き、一瞬彼女を見たかと思うと、まるで追われているかのように怯えた表情で逃げ去った。

 あの時の印象は妙に鮮烈で、彼女の記憶に強く残っていた。

 

 だが——目の前にいる彼は違う。

 

 リリアは最近の調査で、カズヤの経歴を詳細に追った。

 ツキモリ重工業の後継者の一人として、軍事戦略にも関与し、連邦の要人と渡り合う。

 ジオンとも繋がりがあり、独自の戦略思想を持っている。

 

 そして、学生時代の記録——

 彼は外出することは稀であり、人と関わることを避けていた。

 社交の場に姿を見せることはほとんどなく、ただツキモリ重工業の研究施設内で膨大な時間を過ごしていた。

 

 だが、その孤独はただの引きこもりではなかった。

 彼は多くの分野で特許を取得し、ツキモリ重工業に技術面で貢献していた。

 

 その発明の数々は、軍事だけでなく、宇宙開発や資源管理にも影響を与えるほど革新的だった。

 

 それならば、今ここにいるカズヤは何者なのか? 

 

 戦争の大局を語り、歴史を冷静に分析し、自らの意志を迷いなく宣言する存在——まるで、別の人物の人生を経験したように。

 

 リリアは、銃口を揺らした。

 

「過去の記録と今のあなたは、違いすぎる……あなたは本当にカズヤ・ツキモリなの?」

 

 問いながらも、彼女自身はその答えを恐れていた。

 

 撃つべきか、聞くべきか——その間で、彼女の指はまだ動かない。

 

「……リリアが信じてくれるかは分からない。俺はバニシングツインで産まれてくることが無かったカズヤの双子の兄、カズマ」

 

  カズマは一呼吸、入れた。

 

「俺の魂は何故か、あの世に逝くことは無く、カズヤの身体に残り続けていた。カズヤも俺のことを認識していたみたいだな。

 

 そして、3年前の交通事故でカズヤと俺の意識は入れ替わって、記憶を引き継いだ。あの子は家族(ツキモリ家)とツキモリ重工業を愛していた。

 

 だから、連邦やシャアと接触して、ツキモリが継続し、発展する未来を考えて、行動した。

 

 その結果が今で、今後も俺は弟の意思を引き継いで、行動し続ける」

 

 彼の言葉は淡々としていた。まるで、これが疑う余地のない事実であるかのように。

 

「……そんなこと、あり得るの?」

 

 彼女の声には動揺が滲んでいた。

 自分が知っていたカズヤ・ツキモリと、目の前のカズマ——その二つの存在が交錯し、理解が追いつかない。

 

「分からない。もしかしたら、事故の後遺症かも知れない。だが、俺は今もカズヤの魂がこの身体に存在して、俺を助けてくれていると信じている」

 

 リリアの指がかすかに動く。

 

 引き金にかかっていた力が、ふっと抜ける。

 

 彼女の腕は徐々に下がり、銃口がカズマから離れていく。

 

 最後に、かすかに息を吐きながら、銃を持つ手を完全に下ろした。

 

 静寂が降りる。

 

 リリアはまだカズマを見つめていた。

 

 だが、もう戦う意志はそこにはなかった。

 

「私は、私は……カズヤ君を愛していたッ!!  あの時、怯えた表情で私から逃げた彼の後ろ姿、学会で満足そうに研究結果を報告する姿。私は彼が感じている恐怖や脅威から守るためにお父様の反対を押し切って、軍人になった!!

 

  いつか、カズヤ君の追いかけられなかった弱い私じゃなくて、全てを守れる強い私の姿で再会できるように!!

 

 なのに、なのにッ、カズヤ君は貴方と代わり、全てを託した……悔しいッ!!」

 

  強烈な独白。今までの軍規に厳しく、戦場で頼りになる軍人の姿では無く、ただ一人の少年を愛した少女の叫び。

 

「……婚約者に選ばれた時は本当に嬉しかった。一目惚れした初恋の男の子と結ばれる運命だと思った。勢いが余って、襲ってしまったけど、後悔はして無かった。

 

  この拳銃だって、君が偽物だった場合に本物のカズヤ君の居場所を知るために持ってきただけ。けど、カズヤ君は貴方の中に居る。もう会うことは出来ない。

 

 私のこの想いはどうしたらいいのよ……」

 

  泣き崩れ、床に伏してリリアは動かなくなり、嗚咽だけが部屋に響いている。

 

 カズマは無意識にイスから立ち上がり、泣き続けているリリアを優しく立ち上げると抱きしめた。

 

()を愛してくれて、ありがとうね。リリアお姉ちゃん」

 

  今までの冷静で理論的なカズマの声では無く、どこまでも優しい声であった。

 

「……ッ!」

 

  リリアはカズマを突き飛ばすと、部屋から飛び出すように出て行ってしまった。カズマは立ち上がると左胸が暖かくなっていることに気づき、手で押えていた。

 

「カズヤ……良かったな。愛してくれる人が居てくれて」

 

  左胸が一瞬、燃えるように熱くなり、消えっていった。

 

 カズマはゆっくりと屈み、床に転がった拳銃に手を伸ばした。

 

 冷たい金属の感触が指先に伝わる。

 

 彼はそれを拾い上げると、静かに眺めた。

 

 リリアの手から落ちたそれには、微かに彼女の体温が残っている気がした。

 

 銃口を撫でる。

 

 カズヤへ向けられたものだったはずのその銃は、今ではただ沈黙のまま、意味を失ったように思えた。

 

 カズマは深く息を吐く。

 

 何も言わず、ただそのまま拳銃を握り締めた。

 

 部屋には、リリアの嗚咽が消えた後の静寂だけが残っていた。

 

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