彼は暗闇の中で意識を取り戻した。まぶたが重く、徐々に光が差し込んでくる。目を開けると、白い天井が視界に広がった。心臓がドキドキと高鳴り、彼は自分がどこにいるのかを理解しようと必死だった。
「……またここか」
カズヤにとっては、1度見たことがある天井。3年前に彼が彼として、意識が覚醒したあの病院だった。
「ナースコールを押すかぁ」
ナースコールを押したカズヤは遠くの方からバタバタと病院にはそぐわない足音が聞こえてくる。ふと、窓の外を見ると空は雲一つ無い、日本晴れであった。
U.C.0079.04.03 道東某所 病院
「この度の戦闘におけるテッド部隊の戦死者は2名。遺族に対しての補償は規定通りの行っています。また、鹿児島解放戦の遅延については、ツキモリ重工業と日本防衛軍の連名で連邦軍に抗議を続けています」
「ありがとう、遺族に対しては継続的な支援を頼んだ。しかし、父上たちは相当頭に来てるみたいだね」
「はい。カズヤ様のMIAをお伝えした際には、私は胸倉を掴まれて、再度確認されましたよ。久しぶりに小便をチビるかとおもいました」
ユウゴはヤレヤレと手を挙げて、大袈裟にリアクションを取りつつ、後ろに下がった。
「次は俺か。すまんかった、カズヤ。ガンキャノンを潰したら十分だと思って、撤退した。援軍に行くべきだった」
「アゼル隊長、止めてくださいよ。辛気臭い。貴方があそこで撤退という選択をしたということは最善だったということですよ。今までの機体性能でアドバンテージを得ていたのが無くなり、焦った俺がやったことです。まぁ、メガ粒子玉の威力があんな威力を出すとは思っていませんでしたが」
珍しくアゼルの表情には、後悔の念が浮かんでいた。しかし、カズヤは彼を責めることはせず、あの時の戦闘を冷静に分析していた。
「ワイからは、先ずゴウライ型、シンライ型の改装が完了したで。新型の方は急ピッチで仕上げてるわ。ゲンジロウ会長も惜しみなく資金や資材を提供してくれるおかげで何もかも順調や。まぁ……一つだけ不安要素があるんや」
「どうした? ユウゴさん以外、今日はいつもの雰囲気と違いすぎて、俺が気を使うよ」
空気が悪い病室の変えるためにカズヤがテッペイに笑いかけた。そして、テッペイは頬を叩き、いつもの調子で続きを伝えた。
「すまん、すまん。不安要素はジブンが乗ってるアイハスXのツクヨミが
「身体って、機体ってこと?」
「違う、アンドロイド型や。ほら最近、ツキモリの介護部門がサポート用のアンドロイドを発売したやろ、あれや」
カズヤはベットに背を預けて、考え込む。
「確かに、ツクヨミを始めとした戦闘AIは無制限の情報取得を許可していた。危険性として、自我の芽生えもあったがMSの起動時にしか稼働しないから、可能性は低いと判断して採用した。
じゃあ、何故俺のツクヨミだけが要求してきたんだ? しかも、アンドロイドだ。戦闘用AIが要求するなら、MSだろう。人間を排除したら、Gなどを考えない運用が出来る。
しかし、アンドロイドは人間のように作られてるから少し硬いくらいだ。あの子たちが求める物じゃあないはずだ。もしや、リリアの人格データを移植したせいで自我の芽生えが早まったのか? だが、彼女も軍人だ。求めるなら兵器だろう……」
カズヤはブツブツと呟きながら、一人でアイハスXのツクヨミがアンドロイドを求めたことを思案していく。他の3人は彼の思考についていけず、置いていかれる。
諦めたアゼルは、テッペイの肩を叩くとドアは開き、病室を出た。続いて、ユウゴも苦笑しつつ、右手を挙げるとアゼルの後を追った。
テッペイは、諦めたようにさっきまでアゼルが座っていたパイプ椅子に座り、タブレットを起動させた。
「考えは纏まったか?」
「あぁ、すまない。アンドロイドに制限を付けて、ツクヨミに渡してみよう」
「分かった。手配するわ」
ツクヨミに渡すアンドロイドについて、話し合い、アンドロイドを製造している部門に連絡した後に解散した。
「人間vsAIみたいな戦いにはならないよな……?」
カズヤの呟きは、暗い夜空に吸い込まれるように消えていく。
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U.C.0079.04.06 道東某所 病院
「………」
「口を開けなさい」
クスクスと笑うテッペイとアゼルを睨みながら、カズヤは頑なに口を開けようとしなかった。
「これは医療的行為で、恥ずかしがることはないのよ?」
「確かに君の姿は介護用アンドロイドだが、声が駄目だ」
「それは差別的思考だわ。今すぐ、矯正しなさい」
ツクヨミの目的。それは、カズヤの介護であった。1ヶ月間の連続した戦闘で彼の身体は悲鳴をあげており、2週間の入院生活を余儀なくされていた。
彼女はカズヤのバイタルデータを取得しており、彼がコックピット内で意識を失ったことは必然だと認識していた。それを止められなかったことを失敗と判断したことにより、この騒動が起きていた。
「……君の判断はわかった。しかし、その行為を受け取るのは俺の意…」
「はーい」
カズヤはツクヨミの行動を認めつつ、拒否をしていたがその隙をつかれ、彼女にスプーンをねじ込まれた。そして、彼は諦めたような表情を浮かべ、次々と運ばれてくる食事を受け入れるのであった。
U.C.0079.04.15 ツキモリ重工業本社 会長室
「……以上がこの度の戦闘報告となります」
「うむ」
カズヤは父であるゲンジロウに日本防衛戦の報告をしていた。
「先ずは父親として、伝えよう。良くぞ、一族の使命を果たし、生還した。父親として、お前のことを誇りに思う。そして、帰ってきてくて、ありがとう」
「……ありがとうございます?」
一瞬、呆気に取られ、返事が遅れてしまった。ツキモリ重工業グループの会長であるゲンジロウは家に帰ることは少なく、厳格な父親であり、会話自体が少なかった。
その為、ゲンジロウの父親らしい一言にどう返答したら、良いか分からず、変な返事をしてしまった。
「何故、疑問形なのだ? まぁ、良い。連邦軍から正式な依頼が来ている。アフリカ戦線に置ける遊撃任務の依頼だ。どうする?」
「一度、持ち帰ってもよろしいでしょうか?」
「うむ」
ゲンジロウは、遊撃任務依頼の詳細をカズヤのタブレットに送信すると視線をディスクの端末に向けた。
「失礼します」
「…………」
カズヤは退室の挨拶し、会長室を出た。息子の足音が離れていくことを確認したゲンジロウは顔を上げ、窓の外を見た。
「……円香。私は父親としての責任を果たせているのだろうか。息子を戦場に送り、自身は安全な場所に居る。あの子は、アースノイド、スペースノイドなど関係なく、平和を望んでいる。君を失って、スペースノイドを恨んでいる私はあの子の望みの足枷になるのではないだろうか……その時は……」
ゲンジロウは燦々と輝く太陽を見ながら、向日葵の笑顔を浮かべる亡き妻を思い出し、呟いていた。太陽が雲に隠れると彼は執務へと戻った。
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同日 TTDO地下基地
重厚なミーティングルームに、TTDOの幹部たちが静かに集まっていた。机の上には連邦軍から送られた作戦概要のデータが広がり、各自が慎重に目を通している。
「……つまり、アフリカ戦線での遊撃任務か」
「そうですね。敗戦が続いているアフリカ方面軍の手助けということですね」
「編成と補給はどうしますか?」
「編成は旗艦ライゴウ、僚艦シンライ、ライゲキ、ライウン、ライセン、ライショウ、ライジン」
「我々のほぼ全戦力ですね」
「連邦軍の基地にて、優先的に補給することを書面で約束されている。また、アフリカということでツキモリ重工業グループの運輸会社による運送やTTDO独自の拠点を構えることを考えている。
運送については、日本防衛軍に艦隊護衛を依頼する。その代償として、水中型MSを無償提供することを思案している」
各人から質問され、カズヤが答えていく。そして、ある程度の質疑応答が終わると部屋は沈黙が訪れた。
「俺からはアイハスでどこまで戦えるかとお前が前向きに検討している。だからこそ、聞く。
「前者については現在、新型MSの生産をしています。後者は、レビル将軍とゴップ将軍の連名できていました」
「じゃあよ、カズヤ。お前の
「はい、アゼル隊長の言われる通りです。我々の扱いはレビル将軍直轄の部隊になり、自由交戦を許可されています。そして、今回の依頼で連邦軍内部に我々TTDOの支持者を増やしたいと考えております。私が考える未来の為に」
初めてカズヤが自身の目標を口にした。会議室に集まっているメンバーは口を固く閉じ、各々で自身の考えを纏めているようであった。
「俺はスペースノイドの独立を考えています。ですが、ザビ家のやり方に賛成している訳ではありません。子が親から己の力で独立するように、親がいつかは老いるように。その時はいつか起こります。
その礎を築く為に俺は、この戦争を利用します。そして、比較的安定したスペースノイドの独立を支援し、達成します。多少の血が流れ、この身が朽ちようとも」
会議室に沈黙が落ちる。カズヤの言葉が重く響き、各人がその意味を噛み締めていた。戦争を利用し、安定した独立の礎を築く——それは単なる作戦ではなく、歴史を変える決意だった。
「そうやな、ワイはジブンがやる事を手伝うのが運命やと思ってるさかい、一蓮托生や」
「……そうか、それがお前の目標だったのか。俺は妻や娘のように亡くなっていく人々が少なくなるようにこの手を血で汚し続けた。
カズヤの考えはアースノイドやスペースノイドを垣根を無くす、融和の道なんだろう。最後に綺麗事に付き合ってやるのも良いだろう。娘に誇れる父親になりたいしな」
テッペイとアゼルの発言で各々が自身の意見を告げていく。その内容は概ねカズヤに賛成するものであった。
「カズヤ様、その道には2つの障害があります。1つ目は連邦政府です。彼らが現在の利権を手放すとは思えません。2つ目が、ゲンジロウ会長です。皆さんもご存知ですが、あの方は反スペースノイドとして活動しており、ツキモリ本体の支援が無くなれば私たちは立ちいかなくなります。そして、ツキモリ重工業の敵となるでしょう」
賛成していく雰囲気に水を差すようにユウゴの冷静な声が突き刺さる。
「利権については、ジオン軍の侵攻により失っている状態であり、ツキモリ重工業本体が買収などを進めているようです。また、レビル将軍やゴップ将軍への関係性を強化し、切り崩しを図ろうと考えています。
父上については、先ずは交渉します。母親の件でスペースノイド憎しとなっていますが、ツキモリ重工業は優秀なコロニー出身者を雇用し、差別が無い環境を作り出しています。突破口はあるでしょう。それでも駄目なら、ツキモリ重工業は株式会社です。やり方はいくらでもあるでしょう」
「ゲンジロウ会長に弓を引く覚悟がカズヤ様にあるのであれば、従いましょう」
ユウゴの言葉が会議室に響いた瞬間、空気が一変した。
それまでの穏やかな議論の流れが止まり、全員が無意識に姿勢を正す。彼の冷静な指摘が、ただの戦略論ではなく、生き残るための現実であることを全員に突きつける。
テッペイは腕を組み、目を閉じて深く息を吐く。アゼルは無言で机に指を置き、軽くリズムを刻むように動かしていた。それが焦りではなく、戦場と同じ緊張感への適応であることを、カズヤは理解する。
「……なるほどな」
ユウゴの言葉を噛み締めるようにアゼルが呟くと、他のメンバーも再び資料に視線を落とし、より慎重に内容を検討し始めた。
カズヤはその光景を見ながら、一つの事実を悟る。
この決断は、全員の生死を左