U.C.0078.02.17 道東某所 ツキモリ重工業 第3造船所 地下
「ジブン、まだ隠し球を持ってたんか?」
「時間はあったからな。図面くらいは引けた」
アイハス計画はWACH計画に組み込まれて、十分な予算と人員、部屋が与えらた。
「こんなに早く、後継機の図面を見るとはなぁ。バックパックに換装式して、戦況に対応するかぁ。確かにWACH計画らしいなぁ。しっかし、ジブンが考えることは毎回、俺の先を行きよるな」
「テッペイが提出してくれたゼファーも凄く良いよ。特に連邦軍には売れると思う」
WACH計画――Waffen- und Ausrüstung-Continuous-Hochentwicklung
兵器と装備の継続的な高度化を目指す計画であった。当初は連邦軍の兵器や軍艦に対してのプロジェクトであったが、アイハス計画が組み込まれ、計画内容は再編された。
「アイハスの製造設備の流用できるし、この
「規格の統一は兵器の基本的な部分だよ。さて、アイハスを量産しつつ、オルビスも進めて行こう!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
U.C.0078.02.20 道央某所
カズヤはアイハスの生産指示やオルビスの設計を詰めており、更には書類仕事に追われていた。彼は死にかけており、気分転換に繁華街で人気のスープカレー屋に向かった。
カズヤは通りを歩いていた。冷たい風が頬をなでる——いや、突き刺すように切り込んでくる。2月の北海道、気温は氷点下。かじかんだ指を軽く握り直しながら歩を進めるが、冷気は容赦なく体温を奪っていく。
吐いた息が白く凍りつき、数秒もしないうちに霧散する。足元のアスファルトには凍結した水滴が鈍く光を反射し、慎重に歩かなければ足を滑らせそうだった。
街の灯りが広がり、繁華街へ近づいていく。明るく照らされたガラス窓には、自分の姿が映り込んでいた。戦場を駆ける者の目つきではない。だが、それも悪くはないのかもしれない。
「……アイハスは量産に入る。オルビスの製造も進む。だが、それだけで足りるのか?」
冷気が頭を冴えさせるかと思ったが、むしろ思考はぼんやりとしていた。疲労のせいか、寒さのせいか——どちらが原因かは分からない。ただ、歩を進める。
今は、ただスープカレーの温もりを求めるだけだった。
店内は賑わっていた。夕食時とあって席はほぼ埋まっている。テーブルの上のスープカレーからは湯気が立ち上り、その香りが鼻をくすぐる。
カズヤはスプーンを持ったまま、ぼんやりと器の中のスープを見つめた。寒さが身体に染み込んでいたが、この温かい食事がそれを和らげてくれる……はずだった。
「申し訳ありません、お客様」
店員が頭を下げる。
「混雑しておりまして、相席をお願いできますでしょうか?」
カズヤは目を細めた。テーブルの向かい側には、すでに立っている人の気配があった。ゆっくりと顔を上げる。
「お邪魔してもよろしいですか?」
静かな声が響く。冷たい空気とスープの熱気の狭間で、その言葉だけが不自然に浮かび上がる。
ララァ・スン——
カズヤはスプーンを皿の上に置く。背筋を軽く伸ばしながら、ララァを見つめた。
「シャアか」
言葉は短い。だが、すでに確信している。
ララァは微笑んだ。
「あなたと話したい人がいます」
その瞬間、カズヤは微かに笑った——もはや疑う余地すらなかった。
「俺と話す理由は?」
ララァはスプーンを手に取り、静かに運ばれてきたスープカレーを口に運ぶ。まるで時間を引き延ばすかのような動作。彼女はゆっくりと目を閉じ、一呼吸してから答えた。
「あなたが、あの人を求めたから」
食事が終わるとララァが追加でテイクアウトのカレーを頼み、出来るあがるのを待って、2人はタクシーを捕まえた。
タクシーの車内は静かだった。外の寒気が窓を曇らせ、街の光がぼんやりと映り込む。カズヤは助手席側の窓を眺めながら、冷たい指先をコートのポケットに押し込む。
「どこへ向かう?」
問いかける声は低く落ち着いていたが、ララァはすぐに答えなかった。
「……綺麗な場所です」
それは意味深な言葉だったが、カズヤは追及しない。シャアが準備した場所ということは、すでに察していた。
エンジンの低いうなりが響く。カズヤは視線を窓に戻しながら、ゆっくりと問いを投げかけた。
「シャアは何を望んでいる?」
ララァは手を静かに組み直し、柔らかな声で答えた。
「あなたの答えを知りたいのです」
「答え?」
カズヤは微かに笑う。
「俺はまだ何も問いかけていない。答えるべきはシャアの方だ」
ララァはその言葉に微かな微笑を浮かべたが、それ以上の説明はしなかった。
車は幹線道路を抜け、次第に街の明かりから離れていく。目的地が近づくにつれ、カズヤは戦場とは異なる空気の緊張感を感じ始めていた。
カズヤはタクシーを降り、静かにあたりを見回した。夜の冷気が肌に刺さる。だが、それ以上に彼の視線を引いたのは、無数の白いゼラニウムが風に揺れる花畑だった。
静寂の中に広がるその景色——まるで何かを問いかけるような、不思議な場所だった。
「白いゼラニウムか……」カズヤは低く呟く。
迷い、優柔不断。そういう花言葉を持つ植物を、シャアはこの場所に選んだ。
「俺への問いかけ……か」
その意味を考えた瞬間、視線の先——花畑の中心にある東屋に人影が見えた。
シャア・アズナブル。
彼は既に待っていた。この会談の主導権はシャアが握っているようでいて、実はカズヤが試されている。
この場所に導かれたのではない。これは、カズヤが答えを出すための場なのだ。
カズヤは歩を進め、風に揺れる白い花をゆっくりと見つめた。夜の冷気が微かに漂い、息を吐くとすぐに白く凍りつく。
東屋の中央。
シャア・アズナブルは、まるでこの場所の一部であるかのように静かに佇んでいた。
「待たせたな。今日は仮面は付けなくていいのか?」
短く、しかし鋭い問いを投げる。
シャアはわずかに口元を歪め、カズヤの方を向いた。そして、ゆっくりと声を発した。
「お前は、私の仮面をどう見ている?」
反撃だ。
この問いには明確な答えはない。シャアが仮面をつける理由、その意味——それをどう捉えているのかを試そうとしている。
カズヤは僅かに笑い、立ち止まる。
「人は自身を輝かす為に装飾品を身に着ける。だが、お前は過去と決別……いや、過去を見ない為の目隠しだな」
シャアはカズヤの言葉に一瞬だけ視線を動かす。しかし、その瞳には動揺はない——少なくとも、表面上は。
カズヤは花畑を見渡しながら、静かに言った。
「白いゼラニウムの花言葉は、迷いだ」
彼は足元の花をひとつ指で弾き、微かに笑う。
「まるでお前の心中だな」
風がゼラニウムを揺らし、静けさが二人を包む。
シャアは僅かに口角を上げた。だが、それは笑みなのか、それとも嘲笑なのか。
「迷い」
その言葉が漏れる。
「ならば問おう。貴様は迷わずにこの場に来たのか?」
「それはお前が俺に答えを求めているんだろう。そこのメッセンジャーがそう言ってたぞ」
カズヤの言葉に、シャアの表情はわずかに動いた。しかし、それが困惑なのか、あるいは単なる興味なのか——判別は難しい。
ララァは静かに佇んでいる。風がゼラニウムの花を揺らし、まるでこの場の空気が答えを探しているかのようだった。
「答え……か。」
シャアは低く呟く。
彼は視線を花畑に落とし、一瞬だけ考える素振りを見せる。そして、カズヤに向き直ると、ゆっくりと口を開いた。
「ならば、貴様は俺に何を求めている?」
カズヤはスッと息を吐き、わずかに笑う。
「俺が何かを求めたと思っているなら、それはお前が俺を見誤ったということだ」
沈黙が落ちる。ゼラニウムの花々が揺れ、月明かりが二人の間に影を落とす。
シャアは静かにゼラニウムを見つめていた。カズヤの指摘——【迷い】という言葉は、彼の中で確かに響いていた。
「……そうか。確かに、迷いがあるのかもしれんな」
シャアは小さく息を吐き、ゼラニウムの花に軽く手を伸ばした。指先がそっと触れると、一輪の白い花が揺れた。
カズヤはその様子をじっと見つめる。
「お前が何を思おうが関係ないがな」
シャアの視線がゆっくりとカズヤへと戻る。
カズヤはわずかに笑い、首を傾げる。
シャアはゼラニウムを引きちぎり、カズヤをじっと見つめた。
「ならば貴様は、俺の復讐に何を求めている?」
カズヤは少しだけ息を吐き、夜空を一瞥する。
「俺の目的を果たすために、お前の復讐を協力することが最善だと判断しただけだ」
冷静な口調。感情の色はない。
シャアの視線が僅かに鋭くなる。
「つまり、貴様は俺を利用しているだけだと?」
カズヤは小さく笑う。
「お互い様だろう?」
風が吹き抜け、ゼラニウムの花々が静かに揺れる。
遠くから、ララァの小さな笑い声が聞こえた。
彼女は花畑の片隅で、一匹のキツネと戯れていた。
その無邪気な様子は、まるでこの場の緊張感とは別世界にあるようだった。
ゼラニウムの花が風に揺れ、沈黙が流れる。
ララァはキツネを抱き、二人がいる東屋へ近づく。そして、静かにシャアへとそれを預けた。彼は彼女の意外な行動に、微かに目を見開いた。
キツネは軽く身をよじるが、逃げようとはせず、ララァの腕の中からシャアの腕へとそっと渡される。
彼は無意識に手を伸ばし、キツネを戸惑いながらも受け取った。
「……ララァ?」
まるで問いかけるように名前を呼んだが、ララァはただ微笑んでいる。
「貴方の心配性なところは良い所でもありますが……今は、一旦、カズヤさんのお話を聞いてみては?」
その言葉はかつての母のように柔らかく、しかし確実にシャアの意識をカズヤへと向かわせる。
キツネはシャアの腕の中でじっとしている。
冷たい夜風の中、その小さな体温が、不思議と心を落ち着かせるようだった。
シャアは視線をカズヤへ戻す。
「……聞こう、お前の話を」
シャアはキツネを抱いたまま、カズヤを見据えていた。
その瞳は依然として鋭く、完全には警戒を解いていない。
ララァはシャアの横に座ると、軽くキツネの背を撫でた。
小さな生き物は安心したように、シャアの腕の中で身を丸める。
しかし、そんな穏やかな光景とは裏腹に、カズヤの言葉は冷徹だった。
「俺の目的は単純だ」
静かに、しかし確実に言葉を紡ぐ。
「次に起こる大戦での日本への被害の軽減とアナハイムへの牽制だ」
ゼラニウムの花が風に揺れる。
シャアの指が微かに動いた。
「……私の復讐が貴様の目的に繋がるのか?」
彼の声には、薄い苛立ちが滲む。
カズヤはわずかに笑った。
「そうだ。お前が俺をどう見るかは勝手だがな」
沈黙が流れる。
シャアはキツネを抱いたまま、カズヤを見据えた。
その瞳には依然として鋭い警戒の色が残る。
ララァはシャアの横で静かに座り、キツネの柔らかな毛を撫でながら微笑んでいた。
この場の空気が張り詰めすぎないように、まるで調整するかのように。
ゼラニウムの花が風に揺れる中、シャアは静かに口を開く。
「それならば——どうのように動く?」
その声は低く、探るようなものだった。
カズヤは一瞬だけ息を吐き、月明かりに照らされたゼラニウムを見つめた。
「ザビ家にはザビ家らしくない人物が居るだろう?」
淡々とした言葉。だが、その裏には緻密な計算がある。
「……ガルマか」
シャアの指が微かに動く。
「その通り、彼には戦後のサイド3の旗頭になってもらう。勿論、今より強い漢になってな」
カズヤはわずかに笑う。
「俺が利用すると言ったのは、お前だけの話じゃない」
沈黙が流れた。
ララァは穏やかな表情のまま、シャアが抱くキツネの耳をそっと撫でる。
シャアはその動作を感じながらも、目を逸らすことなくカズヤを見据え続けた。
「面白い話だな……しかし、ガルマを生かせば、俺の復讐は成し遂げられない」
その言葉は重く、沈黙が場を支配する。
カズヤは目を細めた。
「それは、お前が何を“復讐”と定義するか次第だろう」
シャアの指がわずかに動く。
「私にとっての復讐とは、ザビ家を……消し去ることだ」
彼の声には、長年抱え続けた憎しみが滲んでいた。
しかし、カズヤは淡々と返す。
「消し去るだけでは勿体ないだろ? キャスバル・レム・ダイクン」
「何?」
「家族を失う気持ち、産まれながらの地位を奪われる気持ち……お前の苦しみを死ぬまで味わせてこその復讐では無いのか?」
シャアはじっとカズヤの言葉を聞いていた。
ララァはキツネの背を優しく撫でながら、静かに視線をシャアへ向ける。
「貴方が何を選ぶかが、一番大事なのですよ」
風がゼラニウムの花を揺らし、月明かりが二人の影を伸ばしていく——。
シャアはキツネを抱きながら、沈黙の中で思考を巡らせていた。
しかし、突然——ララァがその腕からキツネを奪った。
シャアの目がわずかに動く。
「……ララァ?」
彼女は何も言わず、ただ静かにキツネを抱き、撫でながら優しく微笑んでいる。
その瞬間、シャアは自分が一時的に【拠り所】を失ったことに気づいた。
シャアは、視線を落としながら考え込んだ。
「私の復讐が……もしガルマを生かすことで揺らぐのなら、それは本当に私の望むものなのか?」
その言葉は、まるで自分自身への問いかけだった。
その沈黙を破るように、カズヤの声が響く。
「だからこそ、お前には役割がある」
シャアはゆっくりと顔を上げる。
カズヤは夜空を見上げながら、静かに言葉を続ける。
「ただ破壊するだけでは終わらない。だが、再構築する者がいなければ、何も変わらないままだ」
キツネはララァの腕の中で落ち着いている。だが、シャアの心は静まらない。
風が白い花々を揺らし、冷たい夜の空気が緊張感を際立たせる。
沈黙の中、シャアは低く問いかけた。
「貴様は私に何をさせたい?」
その声には、まだ警戒が残っていた。しかし、それは興味と迷いが混ざったものでもあった。
カズヤは冷静にゼラニウムを指で弾き、微かに笑った。
「お前には、お前の復讐を成功させる役割がある。そして、それをただ破壊で終わらせる必要はない」
シャアの指が微かに動く。
「……つまり、私に“後”のことを考えろと言うのか?」
カズヤはその問いに、静かに頷いた。
「復讐に全てを賭けたところで、何も残らない。お前は、自分の復讐を完遂した後に何をする?」
その言葉がシャアの迷いを深める。
ゼラニウムの花々が風に揺れ、夜の静寂が二人を包んでいく。
「会談は終わりのようだ」
カズヤたちが来た方から数多くの車の光が現れ、遠くからヘリのエンジン音が聞こえてきた。
「キャスバル、よく考えるんだ。君が何を選んだかは行動で判断する。後、ララァさん。一緒に来ないかい?」
ララァはカズヤに向けて、柔らかな笑みを浮かべていた。
「申し訳ありません。私はこの方のお側を離れないと誓いましたので。では、いずれ何処かでお会いしましょう。カズヤさん……いえ、カズマさん」
その声は、まるで穏やかな風のように優しく、しかし確かに意味を含んでいた。
カズヤの表情が僅かに動く。
「……カズマって誰だ?」
しかし、ララァはその問いに答えようとはしない。
ただ、キツネをそっと抱き直しながら、シャアの腕を軽く引いた。
シャアは一瞬だけカズヤを見つめる。
だが、ララァの動きに促されるように、彼は静かに歩き出した。
ゼラニウムの花が二人の背を見送るように揺れる。
ララァの足取りはゆっくりとしていて、まるでこの場の空気を確かめるかのようだった。
シャアの背中は迷いを含みながらも、徐々に遠ざかっていく。
そして、二人の姿は花畑の奥へと消えた——。
カズヤはしばらくその場に立ち尽くしていた。
風が吹き抜け、月明かりがゼラニウムの白い花々を照らす。
彼はゆっくりと息を吐き、再びその名前を呟く。
「カズマ……」
シャアの復讐の方向性を疑問視させることに成功し、会談の主導権を握り続けたはずのカズヤだった。しかし、ララァの一言で全てを覆されたような感覚に襲われた。