ダレルスクールの混沌とした日常を描いたコメディー

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ダレスクと秘密の部屋

ダレルクラッドの『秘密の部屋』

 

 異世界に浮かぶ《混沌》の象徴、ダレルクラッド。

 百層から成るその城の第五十層は、ダレスクの中枢が集まり、全ての教員と生徒が利用する場所なのだが、実は誰も知らない『秘密の部屋』が存在している。

 偶然なのか、必然なのか、はたまた誰かの陰謀なのか——。

 真偽は定かではないが、ダレル以外にその事実を知らない事から、推して知るべしと言う事なのだろう。

 そして今日も、ダレスク生や教員がカオスに包まれる中、一瞬の隙をついてダレルはその部屋に訪れるのだった。

「ダレルオーザクのツインドライブの全エネルギーを使って生成したこの《薬》さえあれば、今度こそシノンはワシの……。ふ、ふふ……、ははは、わ〜〜っはっはっはっ!」

 深い混沌に覆われた次元断層が作り出した部屋の中に響くダレルの不気味な笑い声を聴いた者は、一人も居なかった——

 

 ※ ※ ※

 

 ダレスク生達の激しい戦闘に使われる超兵器のフルパワーに依って生み出された空間の歪み——。

 その歪みが生み出す次元断層は、あらゆる《並行世界》と隣接すると言う特殊な存在だった。そのため時として、思いも依らない脅威がダレルクラッドに出現して、ダレスクを混沌の海に沈めようとする。もちろん混沌が日常のダレスク生にとっては取るに足らない些事——、と言うよりもはや『楽しみ』の一つと化している様だが、そんな次元断層の一つを利用しようと考えたのがダレル一人だったのは、ほんの偶然からだった。

 たまたま次元断層の付近で、たまたまダレルオーザクのツインドライブが不調をきたし、たまたまGN粒子のオーバーフロー現象が起こった——。

 この『たまたま』の重なりが『次元断層』内に特殊な空間を生成し、ダレルしか利用出来ない摩訶不思議な部屋が完成してしまった。

「こいつは面白い部屋が出来たな」

 ダレスク生が下校した頃合いを見計らって、彼はダレルオーザクを秘密の部屋に運び込む。

 正確にはツインドライブを起動してトランザムを発動しないと超えられない次元の壁なので、ダレルオーザクに運ばれたと言うのが正しいのかも知れない。

 次元断層である秘密の部屋は、あらゆる『並行世界』と隣り合わせになっているので、現行世界での物理法則とは別系統の力が壁越しに漏れ出している。例えば《魔法》と言った科学が支配するこの世界には存在しないとされている力もその一つだった。

「成程……こりゃ、魔法を使った魔道具とかも作れるんじゃね?スカちゃんとこの駄女神とか、魔法的な存在相手にすんなら、面白いかも知れんな」

 今までは個々の属性に左右された断片的な影響で顕現してきた次元断層の力が、ダレスク生の特殊な能力を支えて来たのだろう。

 秘密の部屋を解析していくダレルの中に、色々な仮説が次々と浮かび上がり、ダレスク生の常識を超える能力へと結びついていった。

 そんな中、魔法について紐解いていたダレルの目に飛び込んできた一つの魔法——。

「これってアレか?媚薬とか惚れ薬的なやつか⁈」

 いくつもの魔法陣を魔法言語式から数式化に置換していく過程で見つけ出したその魔法を見て、ダレルの心に小さな可能性が一つ浮かび上がる。

「この部屋はあらゆる並行世界に隣接してるはず……。って事はシノンがいる『銃の世界』だってあるはずだよな?」

 彼はそう言いながらダレルオーのツインドライブの出力をあげていく。

「その世界に行ってシノンを見つけ出して、この『媚薬』を飲ませたらもしかして…….」

 この時ダレルの脳は、普段の倍——、いや三倍も四倍も素早く回転していた。

 更に彼はツインドライブの出力を上げ、GN粒子を少しずつ解放しはじめる。

「ふむ……、どうやらこの歪みの向こう側がGGOの様だな」

 解放したGN粒子の流れと反応を解析していたダレルの口角がゆっくりと上がる。目的の場所を見つけ出して気が緩んだのだろう。

「さて、後はこの薬をどう使うかだが……」

 そう呟いてみたものの、彼の中ではある程度のプランは固まっている様だった。

「ツインドライブ全力運転!トランザム、起動っ!」

 ダレルがそう叫ぶと同時にダレルオーのツインドライブから大量のGN粒子が解放され、みるみる赤く染まっていく機体は、あっという間に次元の狭間へと消えていった——

 

 ※ ※ ※

 

 仮想世界《ガンゲイルオンライン》内、首都グロッケンの近くにある砂漠に現れたダレルは、ダレルオーを砂漠に隠して単身グロッケンに乗り込んで行った。

 右手に持つ携帯端末はダレルオーにリンクさせていて、彼女の居場所を逐次トレースさせている。

「ふむ……、この先の酒場だな?一人だといいんだかな」

 ダレルオーのメインコンピュータの性能なのか、はたまた並行世界の『ご都合主義』の成せる技なのか、彼は実にあっさりシノンを見つけてしまう。

 そしてなんのためらいもなく店のドアをくぐり、一人の女性の前へと一気に進んで行った。

「や、やあ、シノン。久しぶり!」

「あら、あなたは…….、ダレルだったかしら?久しぶりね」

 これはまさに《並行世界》のご都合主義を目一杯利用した結果だった。

 無限に存在する『もしも』の世界——。その中から『ダレルとシノンが顔見知り』の世界を探し出し、乗り込んできたのだ。しかもこの世界のダレルと融合する事によって、同じ世界に別次元の同一存在が共存する《パラドックス》を解決する事にも成功していた。

「今日はどうしたの?」

 軽く首を傾げてこちらを見るシノンの可愛さに身悶えしそうになったダレルは、なんとか平静を装いつつ言葉を絞り出していった。

「いやほら……、この前危ない所を助けてもらったやろ?そのお礼をしなくちゃって思ってだな」

「別に気にしなくて良かったのに……。第一あの時、わたしが狙撃する為の隙を作ってくれたのはダレルじゃない?あなたの囮、いい線いってたわ」

「いやいや、ただメチャクチャに暴れてただけぞ?」

「それが良かったのよ。サブマシンガン両手に持つまではたまに見るけど、両手広げて回転しながらバラ撒く人はあんまり居ないもの」

 その時の様子を思い出したのか、軽く握った拳を口元に当て、肩を小刻みに震わせながら笑いを堪えるシノンの仕草があまりにも可愛らしく、ダレルは一瞬息を呑む。

「と、とにかくだなぁ……、過程はどうあれ命拾いしたのは変わらんのだから、礼を尽くすのが漢ってものぞ?」

 そう言ってダレルは腰につけたポーチから、小さな袋を取り出す。

「…………これは?」

 突然目の前に突き出された小袋を不思議そうな目で眺めながら、彼女が質問を投げかける。

「これは『ダレル特製ブラックサンダー風回復薬』略して『BSポーション』じゃ!」

「回復薬?え?自分で作ったの?」

「うむ!」

 自身の問いに自信満々で返答を返すダレルに驚きの表情を浮かべながら、彼女はその小袋を手に取ってみる。

 GGOに限らず最近のMMO RPGでは、多種多様なスキルと職業が用意されているのは珍しい事ではない。

 現にこの銃の世界でも「刀剣製作スキル」なるものが存在し、ガンゲーでありながら剣での戦闘も楽しめてしまうと言う、おかしな要素が存在するのだ。

「素材さえ有ればポーションも作れるのは知ってるけど、実際に作る人に会ったのは初めてだわ……。しかも自分流のアレンジ付きとはねぇ……」

 ダレルの行動力に感心しつつも呆れた様な複雑な表情を浮かべつつ、彼女はその中身を取り出してみる。そこには現実世界で目にした『食べ物』が入っていた。

「へぇ〜、見た目はそのまんまじゃない?」

「ふふん、見た目だけじゃないぞ。試しに一口食べてみな」

 ダレルに勧められるまま、彼女は手にしたブラックサンダーを口に運ぶ。

 普段クールな口調で手厳しい正論を吐き出すその唇が、黒い棒状のでモノを咥える——。

 その光景に一瞬『よこしま』な妄想を掻き立てられたダレルは、喰い入る様に彼女の口元に魅入ってしまう。

「……ウソ?ちゃんとチョコレートの味がするし、砕いたナッツの食感もホンモノみたい!」

「うむ……。味もそうだが、食感の再現にはかなり苦労したぞ」

 驚きつつも賞賛の声をかけるシノンに、彼は満面の笑みで応える。

「凄いわね……。ちゃんと回復効果もあるみたいだけど……。ステータスのアイコン、何か付与されてるみたい……」

 味や食感を楽しみつつも、状態を確認する為に視線を移動させたシノンは、HPバーの横に何かのアイコンが増えている事に気づく。

「い、いや、それは……。ほら、アレだ!回復薬を使うって事は戦闘中だろ?被弾してビビったり、モチベーションが下がる事を考えて、少しだけ『興奮状態』を付与してみた」

「そうなの?でも戦闘を優位に進める為には冷静な判断が必要なんじゃない?下手に興奮して暴走しちゃうのは悪手じゃないかしら?」

「ビビって行動不能になったら、それこそいい的ぞ?そんなゲームオーバーは、ワシゃ嫌じゃ」

 思わず顔を近づけながら力説するダレルの勢いに押され、シノンは少しのけぞりながら苦笑いを浮かべる。

「ま……まぁ、確かにわたしも、恐怖で身体が硬直してしまった事もあるし、気付け薬の替わりにでもなるのなら、アリかもね」

 ダレルの圧に押し切られる形で、表面上納得した様子のシノンを見た彼は、両手を組みながら首を何度も縦に振っていた。

「興奮状態のせいか、少し身体が熱くなった気がするんだけど……」

 しばらくしてそう呟く彼女の様子を観察すると、頬がいつもより赤みを帯びている様に見えた。

「うむ、多少の体温上昇はあるだろうろうな。ちょっと失礼……」

 そう言ってダレルはシノンの手を取り、その体温を確認しようとした。

「ひゃっ!」

 ダレルの手が触れた瞬間、シノンの口から、甘い声が漏れる。

「いや、体温を確認しようとしただけぞ?」

「う、うん……、それは分かるけど、あなたに触られて瞬間、少し電気が走った様な感覚があって、心拍も上昇したみたい……」

「ほうほう……、それで?」

 明らかに様子のおかしいシノン手を握る彼は、強弱を付けながらゆっくりと彼女の指を絡める様に手を動かす。

「こうやって……、あなたに見つめられながら手を握られると、何故か心臓がドキドキしてくるの……。どうしちゃったんだろう」

 先ほどより更に熱のこもった甘い声と、潤んだ瞳でダレルを見つめるシノン。

(おいおい……、コレはかなり薬が効いてるんでないかい?もうちょっと押してみるか?)

 頭の中で彼がそう呟いた瞬間、彼の胸元に規則正しい振動が伝わる。

——ヴー、ヴー、ヴー、——

 ダレルオーとリンクしている携帯端末が、ダレスクからの通信を受け取った通知の様だった。

「すまん、ちょっといいか?」

「え?ええ……」

 シノンに一言断りを入れた彼は、胸ポケットから携帯端末を取り出し、画面を確認する。

「……ったく、アイツらは本当に……。シノン、この続きはまた明日、この場所で!」

 ダレスクからの連絡を確認したダレルは、そう言って席を立つと、軽く手を挙げながらシノンにそう伝える。

「え?どうしたの?急に……。それに続きって……」

 あまりに唐突なダレルの言動に戸惑うシノンは、思わず聞き返す。

「……なんで急にドキドキしたのか、知りたいんじゃろう?その答えは明日までお預けじゃな」

 戸惑うシノンの耳元でに顔を近づけたダレルは、精一杯低い声でそう呟く。

「ひゃっ……」

 突然吐息がかかる程の近さでそう囁かれた彼女は、顔を恥ずかしそうにしかめながら耳を押さえる。

 瞑った目をゆっくり開くと、ダレルは既に店の玄関辺りまで移動していて、半身を捻ってこちら向き、軽く手を挙げながら扉を駆け出していた。

 

 ※ ※ ※

 

 昨日、シノンといい感じになったところで水をさされたダレルは、その後すぐにダレルクラッドに戻ると、いつものドンチャン騒ぎに巻き込まれていた。

 今日は朝からその後片付けで各階層を周り、やっとひと段落してから、『秘密の部屋』へと戻って来ていた。

「ふぅ……。片付けはまあ、こんなもんじゃろう」

 部屋に戻った彼は、ダレルオーの各センサーをフル稼働して、周囲に誰も居ない事を確認する。

「よし、誰もおらんな……。コレで誰にも邪魔されず、昨日の続きを……」

 邪魔が入らない事を確認出来た彼は、その思いが思わず口から漏れ出している事にも気づかず、ダレルオーオーの操作を始める。

「昨日しっかりデータは取っとるから、今日はほぼオートで行けるはずじゃ」

 次元断層を開く為に使用したGNドライブの出力や次元座標のデータを確認してダブルオーに入力すれば、後はシステムが勝手に昨日の並行世界をしてくれる。

「よっしゃー!ツインドライブ起動!」

「…………つけ……た……」

「んん?」

 ツインドライブが起動して、GN粒子が空間の干渉を始めた途端、その奥から何かの声が漏れ出す。

「……けた……見つけた……。見つけたわよ、ダレル!」

 次元断層が安定してくると共にハッキリとする声に、ダレルはすぐに声の主を特定する。

「ま、まさか……シノン?」

 声の主の名を呟いた途端、次元断層の中から、眩しい光の束がダレルオーに向かって飛んでくる。

——カッ!ドドドォーン!——

 光の束はダレルオーの直前で弾け、無数の光の矢となってダレルオーに襲いかかる。

「こ、これは……、まさか『アニヒレートレイ』?」

「そうよ……。次元断層のおかげて、ソルスのアバターが使える様になったって、ユイが教えてくれたわ」

 そう言いながら次元断層の中からゆっくりと現れたのは、アンダーワールドでのソルスの衣装を纏ったシノンだった。

「え、えっと……、シノンさん⁈」

 直撃はしたものの、全身をGN粒子で覆われていた事で激しい損傷を免れた状態だったが、いきなりの事にダレルは動揺していた。

「ねえ、ダレル……。ちょ〜〜〜っと、聞きたい事があるんだけど」

 ソルスアカウントの『無制限飛行』の能力でダレルオーのコックピット前に移動して来たシノンは、アニヒレートレイを構えながら笑顔で問いかけてくる。

「な、何かなぁ〜……。ってか、どうやってここに⁈」

「キリトがユイに頼んで調べてくれたのよ。彼女は直接GGOに干渉する事は出来ないけど、外からの観測データで色々教えてくれたわ。なんだっけ……?確か現実世界での『並行世界』は概念的にゲーム内での『インスタンス』に置き換える事が出来てナントカカントカ……。そんであんたが昨日消えた場所にゲームのバグみたいなものが存在するって言ってたわ」

 シノンはご丁寧にダレルの質問に答えてはいるが、笑顔を浮かべつつも『目』だけは笑っていなかった。

「そんな事はどうでもいいのよ。それよりあんた昨日、ブラックサンダー風の回復薬くれたわよね?」

 軽く深呼吸をしたシノンは、アニヒレートレイの弦をキリキリと引き絞り、ダレルオーに狙いを定めたまま質問を始める。

「アレ、中になにか入れたわよね?」

「ふぁ?し、知らん……。なんの事かな?」

 一応否定の返事はしたものの、ダレルオーのマイクを通した声に明らかに動揺の色が窺える。

「ふーん……。媚薬入りのブラックサンダーの効き目、凄かったわよ?」

「な、なんでそれを……」

「あの後キリトが試しに食べちゃって、アスナに襲いかかって大変だったんだから!」

「な、なんでキリトに食べさせた?」

「アイツが勝手に『試してみるか?』って言い出したのよ!それよりあんな物わたしにくれて、どうするつもりだったのかしら?」

「い、いや、……ほんの出来心と言うか、あんなに効くとは思ってなかったんじゃ……」

「二択よ!鼻の穴に火矢ぶち込まれるのと、三つ目の鼻の穴を開けられるのと、どっちがいい?」

「シ、シノンにやられるなら、どっちもご褒美……、ナンチャッテ……」

「あ、あんたねぇ〜!」

「ま、待て、落ち着k……」

 ここまでなんとか冷静に会話していたシノンの頭の中で、プチンと何かが切れる様な音がした。

「タヒねぇぇ〜〜!!」

 その叫びと共に限界まで引き絞られたアニヒレートレイが火を吹く。

「うひゃああぁぁぁ〜」

 情けない悲鳴を上げながらダレルは操縦桿を目一杯引き、全力回避を始める。

「待ちなさいっ!

 当然逃す気のないシノンは、次の矢を装填しながら全力でダレルを追いかけるのだった——

 

 秘密の部屋を抜け出したダレルは、ダレルクラッドを上から下から、ところ構わず逃げ回るものだから、あちこちの層でシノンのアニヒレートレイの被害をばら撒いていく——

「お?なんだなんだ?」

「また祭りか?」

「何やってんだ?ダレルのやつ……」

「昨日アレだけ騒いだってのに、まだ足りないのか?」

 ダレスクの生徒、教員がその騒ぎに気づき、次々と集まって来る。

 そして皆、口を揃えて呟いた。

「なんだ、いつもの混沌か」と——。


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