空疎、燃焼に次ぐ最後のお話です。
ダイジェスト版としての投稿になってしまうこと、平にご容赦下さい。

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離繋処

 

 

第一幕:始動

 

エルサルバドルでの一件から数週間後、日本。

新宿一帯を仕切っていたヤクザの一人娘、呑鵟子柚子が逮捕された。

 

彼女が単独で東京都庁にテロ攻撃を仕掛け、

常識の枠を外れた身体能力で警備システムを破壊、

多くの怪我人を出したことは監視カメラの映像からも明らかだったが、

警視庁のSAT(特殊急襲部隊)による制圧により意識を失い、

逮捕後に目を覚ました当の本人は「覚えていない」の一点張り。

 

医者の見解では、犯行当時彼女は一種のトランス状態に陥っていた可能性が高いという。

やがて記憶は蘇り、天坂が改めて事情聴取をした結果、

彼女の犯行の裏には“身噤つゆり”という人物が関係しており、

呑鵟は彼女に、テロ攻撃を行っていた当時耳に装着されていた

ワイヤレスイヤホンのような機器を通して“何か”を施されたために今回の犯行に及んだという。

さらに、その“何か”を施されたのは呑鵟ひとりだけではなく、他にも3人いる、とのことだった。

 

呑鵟曰く、その3人の状態は「オレよりもっと酷い」。

 

呑鵟の口から身噤の名前が出た事を聞いたイルヴィアは、先の瑕疵間からの警告を思い出した。

すぐに天坂に捜査への参加を申し入れ、以後ツーマンセルで動くことになる。

 

 

第二幕:現着

 

同じ頃、羽田空港に着陸した旅客機から、数名の男女が降り立った。

“ある人物”からの招集を受けて遠路はるばる日本にやって来た、

また帰ってきた彼らは観光などする暇もなく、足早に空港を後にした。

 

 

第三幕:邂逅①

 

天坂とイルヴィアが向かった先は、

呑鵟への詳しい聴取の結果判明した、彼女が最後に身噤と話したという場所。

そこは、都内の雑居ビルの地下に構えられた研究施設のような空間だった。

 

古い型のコンピューターや薄汚れた紙の束が雑然と放置された部屋を探索していると、

1台のPCがひとりでに起動した。訝しみつつモニターの前に立つ2人に向け、

PCのスピーカーからそれなりに歳を食った男性の声。

 

『イルヴィア・ゲフィオンに、天坂摩耶夏か』

 

一瞬面食らった2人が「貴方は?」と問うと、男性の声は

 

『私はクリストフ・ヘルター。しがない脳科学者だよ、お嬢さん』

 

ピンときていない天坂に、イルヴィアが自分にも言い聞かせるよう解説する。

 

「ドイツの脳科学者だ、九道集子が話していた。

私や諒名たちにコロシアイをさせた、表向きの黒幕……

コンラート・ヘルターという男の、父親だ。しかし、とうに死んだはず——」

 

神妙な面持ちの2人に向け、しかしクリストフは調子を崩さず淡々と答える。

 

「肉体はな。しかし私の“頭脳”は、見ての通り今もこうして生きている。

生前、死期を悟った私が知識と技術を結集して構築した、この“アルターエゴ”としてな」

 

彼が語るところによると、

クリストフのアルターエゴは構築に成功して以降、

トリグラフ基地の地下最奥部に安置されていた。

やがて、特務生によるコロシアイが発生。鴉座とイルヴィアが脱出した後、

基地は封鎖された。それに伴って内部の調査が行われた際に、

クリストフの遺した資料や記録などと共に“残置物”として回収。

 

その研究内容の希少性から、アメリカ・MITのマクガヴァン脳研究所が

それらの残置物を引き取ったという。ひとまず得心いった2人は、彼に呑鵟の話を共有。

身噤つゆりという人物に覚えがないか問うと、クリストフは重々しく口を開いた。

 

『どうか、彼女を止めてほしい』

 

疑問符を浮かべる2人に向け、クリストフは自身のログにアクセスし、

身噤との過去のやり取りを通して記録した彼女の出自と目的についてを語りはじめた。

 

 

第四幕:過去①

 

身噤つゆりは幼少期、幼馴染である雷読式弥と共に、

塔和シティで発生したあの暴動に“ヘッドギアの子供たち”の一員として動員されていた。

暴動鎮静化後、ヘッドギアによる洗脳から解放された2人は後遺症の治療のため、

一時的にアメリカの療養施設で生活を送ることに(不完全洗脳の影響で日本国内の病床が

逼迫状態にあり、受け入れられる医療機関が見つからなかったため)。

そこでカウンセラーとして活動を始めたばかりの傷橋と出会い、

身噤と雷読は彼女にとって初めての正式な患者となる。

 

2人は傷橋との生活を通し、彼女の人格と才能に憧れを抱くようになった。

 

雷読はカウンセラー、身噤はそこからさらに発展し脳科学の分野に強い関心を持つようになる。

好きこそものの上手なれ、身噤と雷読はそれぞれの分野でみるみるうちに才能を開花させ、

傷橋や周りの職員を驚かせた。特に身噤の脳科学者としての才能は目を見張るものがあり、

さらなる成長を見込んだ傷橋が刺国に連絡を取り、

彼の伝手で身噤をMITに招いてほしい、と申し入れる。刺国はこれを快諾し、

その後身噤はMITのマクガヴァン脳研究所で本格的な研究、研鑽に励むことになる。

 

雷読は身噤の背中を遠くに感じつつも、カウンセラーとして順調に才能を伸ばす。

そんな折、傷橋にメキシコからの治療依頼が届き、アメリカを離れることに。

ちょうど治療期間が満了ということもあり、雷読はこのタイミングで日本へと帰国。

その後も立派なカウンセラーになるための勉強に励み続けた。

 

 

第五幕:過去②

 

程なくして、ピラミデン・トリグラフ基地での特務生によるコロシアイが発生。

 

傷橋の訃報が身噤と雷読の元にも届き、

2人は失意に沈むが、憧れた彼女に誇れる自分になるため、

それでも前を向いて自身の才能を磨き続けた。

 

そのしばらく後、マクガヴァン脳研究所にトリグラフ基地から回収された残置物が届き、

職員らによる検分が始まる。傷橋が命を落とした場所からの届け物とあっては身噤も無視できず、

人のいないタイミングを見計らってそれらの残置物が保管されている地下室へと単身潜り込み、

ひとり資料を読み耽っていると、紙の束が詰め込まれた箱の中に1台のPCを発見。

 

電源に接続して起動を試みたところ、成功。

身噤はクリストフのアルターエゴと出会い、

話をする中で彼がかつてのMKウルトラ計画に参加したことのあるドイツの科学者であることや、

その計画が終了した後も単身ピラミデンという地で研究を続けていたことなど、

彼の生涯と脳科学者としての才能に惹かれ、身噤もまた自身のことを彼に話した。

 

クリストフは身噤の話にいたく感銘を受け、

 

『私のような過去の亡霊にとって、君のような才能溢れる子供は、まさに宝だ。

何人たりとも、君の道行きを阻むことは許されない。

つゆり……もし君の身を、心を害するような人間と相対したその時には、決してやり損なうな』

 

と、激励の言葉を贈った。

 

 

第六幕:過去③

 

この頃既に“未来の超高校級”としてその才能が注目されていた身噤の元に、

日本からとある研究への協力依頼が届く。

 

先方曰く「犯罪心理学の発展を目的とした研究」とのことだったが、

その実態は「凶悪な少年犯罪者たちの脳の特質から、

後天的な“才能”の発露を促す」という、“人工の天才”の実現に未だ執心している

研究者たちからなる組織による、かつての“カムクライズルプロジェクト”の

流れを汲んだ非人道的な研究だった。凶悪な犯罪を犯した人間の脳は、

一般的なそれとは違いある部位の働きが異常に発達していたり、

感覚が鋭敏であったり、といった特質を基に研究と実験を重ねれば、

そこを起点として強力な“才能”を開花させることができるだろう、

というのが組織の考えだったが、当然身噤は懐疑的だった。

 

しかしその話を聞いてしまった以上、下手に逃げれば自身の命が危険にさらされる可能性もある。

彼女はひとまず腹を決め、研究への参加を表明。

後々タイミングを見計らって研究から離脱し、この件について告発するつもりでいた。

対象となる4人の少年犯罪者たちは既に収容施設から釈放を偽って外に出され、

組織が所有する雑居ビルの地下にある施設に送致されているとのことで、

身噤は「その子たちと話がしたい」と、単身で彼らの聴取を行うことに。

 

4人それぞれがどのような経緯でどのような罪を犯したのかを詳しく聞く。

 

 

第七幕:過去④

 

ヤクザの一人娘である呑鵟子柚子は、

彼女のことを疎ましく思っていた組の大人たちから窃盗、大麻所持などの罪を着せられ、

警察からの逃走中に拘束から逃れようとし警官ひとりを殺害、

結果的に自分自身の犯した罪で収監された。幼少期からヤクザの世界に浸っていたため

“大人”という生き物の醜さに対する感情は諦めに近く、他の3人に比べれば話は通じる。

 

玖算数未知という少年は、

13件にも及ぶ家屋、神社仏閣などへの放火、並びに爆発物を製造、使用した罪で収監された。

「いつか皇居を燃やすのが夢なんだ」と宣う自身の性質が歪んでいることは理解しており、

その原因は周りの大人たちが自分の才能(建造物の構造や火薬の扱いへの高い理解)を認めず、

“不要なモノ”として断じたせいだ、と語る。

 

番無万㐂と蜜村何時紀の2人は幼少期にそれぞれ共通の大人たちから苛烈な性的虐待を受け、

警察に助けを求めるも彼らを虐待していた大人たちによる周到な証拠隠滅により

取り合ってもらえず、最終的に2人で共謀して主犯の男(番無の叔父)を殺害、

原型を留めなくなるほど滅多刺しにした。施設への収監後もその殺意が消えることはなく、

 

「僕たちを虐待していた大人たちの声も匂いも、全員分覚えてるよ」

 

「絶対に全員殺してやる。つきくんと2人で、どこに逃げても見つけてやる」

 

と、復讐の完遂を誓っている。

 

 

第八幕:過去⑤

 

タイミングを見計らって研究から離脱するつもりだった身噤だが、

4人の話を聞く中で、胸中に黒い感情が湧き出で始める。

それがかつて塔和シティでの暴動に動員されていた当時、

あのヘッドギアからの洗脳でもたらされた“オトナへの殺意”、

その残滓であることには未だ気付かないまま、彼らとどう向き合うべきか、

言いようのない迷いが生じてしまった身噤は雷読がカウンセラーとしての活動を行っている

都内の児童自立支援施設を訪れ、彼に(組織と研究の内容は伏せたままで)相談を持ちかける。

 

「つゆりはつゆりの正しいと思った方を、

後から後悔しないだろうなって思った方を選べばいいと思う。

きっと上手くいくよ。だってつゆりは、俺よりずっと強くて、賢いんだから」

 

雷読にとって、身噤は

「俺なんかのアドバイスなど必要ない、もっと高い位置にいる人間」だった。

 

そんな彼女から相談を受けるということにむしろ引け目を感じてしまった雷読からの返答は、

しかし身噤にとっては純粋に嬉しいものだった。

彼女は雷読の言葉を素直に受け取り、4人との会話、彼らの表情、

そして彼らを利用し人工の天才を作り出そうとしている組織の人間たちの顔を脳裏に浮かべ、

自分が何をすべきかを考えた結果、彼女は胸中で燻っていた黒い感情と相対した。

 

そしてそれこそが“正”だと断じ、確信した。思い出した。

 

「(どうして忘れてたんだろう。■■■ちゃんが言ってたことは正しかった。

“オトナ”は醜くて、汚くて——生きるに値しない、魔物だ)」

 

ヘッドギアによる洗脳の残滓が身噤の現行の感情と一切の摩擦なく結びつき、

彼女は“その選択”を選び取った。

 

 

第九幕:過去⑥

 

身噤は組織の人間に「研究をさらに進めるために必要だから」と話し、再び単身アメリカへ。

マクガヴァン脳研究所で、クリストフのアルターエゴと再開した。

ただならぬ雰囲気を察知したクリストフに『何を始めるつもりだ?』と問われ、

あっけらかんと「戦争だよ」と答える身噤。かつての塔和シティで

“彼女”が行おうとしていた“コドモとオトナの戦争”を再現すること、

そしてその戦火を誘導灯代わりに、ひとり宇宙へと離脱したという“彼女”を呼び戻すことが、

身噤の選んだ“正しい方”だった(こちらについてはクリストフにも共有していない)。

 

呆気に取られるクリストフを尻目に、彼の遺した資料や記録から、

計画を遂行するにあたり有用そうなものを発見した身噤。

“Project RedBand”と記されたそれは、人間の脳に外部から干渉し、

身体能力の出力を限界まで引き出す次世代の“兵器”として、

第二次大戦後にクリストフがMKウルトラ計画のサブ計画のうちのひとつとして考案したものの、

机上の空論のまま頓挫したプログラムの開発計画だった。

しかし現代の技術と自身の才能があれば、十分に実現は可能。

そう断じた身噤は、研究所に籠りプログラムの開発に従事することに。

 

 

第十幕:過去⑦

 

プログラム開発が軌道に乗り始めてきたところで、

彼女の才能についての噂を聞いたというイルヴィアから、

罰丸封鎖という人物の蘇生について相談を持ちかけられる。

 

身噤はこれを好機と捉え快諾。罰丸を実験台に、

プログラムの実証実験を行うことに。結果的に実験は成功、

その後微調整を施しプログラムは完成。ワイヤレスイヤホン型の機器に搭載して

片方の耳に装着、プログラムを骨伝導によって脳へと届け、効果を発揮する。

 

クリストフのアルターエゴには今後もアドバイザーとしての有用性があると見越し、

彼が本来搭載されていたPCから、自身の所有する新しいPCへと転送。

研究所から持ち出し、日本へと帰国する。

 

 

第十一幕:過去⑧

 

その後身噤は完成したRB(RedBand)を持ち帰り組織に合流し、

彼らの研究に協力をするフリをしながら裏では4人に自身の目的について語り、

彼らの抱く“大人への殺意”利用して計画の“火付け役”に据えた。

 

4人それぞれにRBを施したうえで指定した地点に配置。各々好きに暴れさせ、

混乱が拡大してきたところで次の一手を打つ(この一手については4人にも伏せている)ことに。

 

数日後「4人に“才能”の発現が認められた」と騙り組織の人間たちを集め、

RBの性能を見る意味も込めて4人を解放。集まった組織の人間たちを全員殺害し、

組織は実質崩壊。以後はこの雑居ビルを拠点に、身噤の計画を進めていくことになる。

 

組織の人間たちの遺体を黒いビニールに詰めて処理を進める身噤に対し

『なぜこんなことを……』とこぼしたクリストフに向け、身噤は

 

「あんたが言ってくれたんでしょ。“やり損なうな”って。だからやった、後悔もない」

 

と答え、そのうえで「色々ありがとう、じゃあね」と、

アルターエゴが搭載されたPCを鉄パイプで殴り抜き破壊した。

 

 

第十二幕:邂逅②

 

「それがつい、数日前の出来事だ」と語るクリストフ。

今現在彼が搭載されているPCは、元のPCが破壊された後、

かろうじて残っていたアルターエゴをオンラインにアップロードしたうえで

なんとか移動に成功した、3つ目の身体(施設に元からあったもの)。

 

聞きたいことが山積している中、しかしイルヴィアは冷静に

 

「それで、身噤の計画は今、どんな状況なんだ?」と問う。

 

クリストフ曰く、スケジュールが変更されていなければ、実行は明日のはず。

ではなぜ、呑鵟が先走って都庁にテロを?という疑問に、

クリストフは「呑鵟に施したRBに何らかの不備があったのか、

彼女の人格がRBに抗った結果の暴走か。どちらにせよ、

つゆりは焦っているはずだ。計画の実行を早める可能性もある」と答えた。

 

「じゃあ早く止めに行こう。テロの決行場所は分かるのか?」というイルヴィアからの問いに対し

『あぁ、だが彼らの——正しくは、RBの力は君たちの想像している以上に恐ろしいものだ。

警察を動員して数で抑え込もうとすれば、犠牲が増えることになる』

 

訝しむ2人に向け、クリストフが続ける。

『だから、彼らを呼んだんだ』言い終えたタイミングで、背後からドアの開く音。

振り返るとそこには、

アルダシールからはるばるやって来たサフィ、磨太刀、巴統、ヨハンの姿があった。

 

 

第十三幕:邂逅③

 

クリストフは今回の身噤らが企てたテロへ対処するにあたっての最適解として、

少数精鋭での制圧戦を選び取った。現在のPCに移動後、

身噤らを止めるに足る戦力として直近の功績や人となり、

有用性などを総合的に判断して選出したメンバーが、サフィ、磨太刀、巴統、ヨハン。

 

イルヴィアと天坂も選ばれていたが、彼が招集をかけるより先に呑鵟の件があり、

一足先の邂逅となった、とのこと。また、既にサフィたちには先ほど彼が語った身噤の

出自と目的については書面で共有済み。その長さにサフィは

 

「飛行機ん中であんなクソ長ぇpdf読ませやがって……」と文句を垂れていた。

 

初対面のメンバーとの自己紹介、久しぶりに顔を合わせる面々との挨拶を済ませたところで、

さらにもうひとり、クリストフに招集された人物、シェンが合流。

彼の名前を聞いたイルヴィアが、

ピラミデンで九道の側についていた彼がなぜここにいるのかとクリストフに詰め寄るが、

「俺は傭兵だ。金次第で、誰の側にもつく。それだけのことだよ」と、

シェンが代わりに答えた。ひとまず飲み込み、イルヴィアが話を進めるようクリストフに促す。

 

「それで——これからどう動く?」

 

 

第十四幕:衝突

 

身噤らが企てているテロの概要は、クリストフが知る限りの情報では

①:場所は国会議事堂と皇居の2ヶ所。決行日時は明日の正午。

②:国会議事堂には番無と蜜村、皇居には玖算が向かい、

  それぞれテロを決行し国家機能に痛打を与える。

③:3人が暴れている間に身噤がどう動くのかについては、

  クリストフのログにも情報がなかったため不明。

 

また注意点として、

①:3人には身噤が完成させたRBが施されている。

  ただでさえ凶暴性が高いところにフィジカル面での強化が入っているため、

  制圧の難易度はかなり高い。

②:これらのテロが完遂されずとも、その過程で国家機能にダメージが与えられた場合、

  わずかな政治的空白を突いた周辺諸国からの侵攻、

  軍事介入の可能性も考える必要がある。

 

という2点を提示。②に関してはシェンから補足が入り、

実際に先の“人類史上最大最悪の絶望的事件”発生当初、

あの混乱に乗じて中国やロシアをはじめとする日本の周辺国の工作員らが多数、

日本に入り込んでいるという。未来機関の尽力による迅速な復興もあり

その後目立った動きはないが、クリストフの懸念は十分現実味のある話だ、

とした(むしろそれも計画の内に織り込んでいる可能性もある、と付け加えた)。

 

それを聞いた天坂は、身噤らへの対処は自分たちが行うとして、

警察には周辺諸国の動向への監視警戒を担当してもらおう、と提案。

ヨハンは未成年であるサフィや磨太刀、巴統を巻き込むことに反対していたが、

サフィは「鷲鷹が生まれた国がピンチだってんなら、やるしかねぇだろ」と息巻き、

磨太刀もそれに同調。巴統は、十刀祢たちを救えなかったことに対する後悔を払拭するためにも、

ここで退くわけにはいかない、と意気込みを語り、若人の覚悟に気圧され彼らの動員を認めた。

 

天坂が警察に事の仔細を共有し、動員メンバーも各々準備を進め、明日への備えを行う。

 

EX:補足

 

クリストフがここまで身噤の計画の阻止に入れ込む(日本を危機から救おうとする)理由は、

自身が捨て置いた計画が利用されてしまったことに対する自責の念に加え、

第二次大戦中に同盟国であったことから。

また、晩年過ごしたピラミデンでの生活を通し“mir v mire(世界に平和を)”

というスローガンに触れたことも理由のひとつ。

 

 

第十五幕:国会議事堂強襲戦

 

テロの決行時刻。番無と蜜村が議事堂に向かうと、

そこにはターゲットである、かつて2人に性的虐待を行った連中を含む

政府要人はおろか、警備員の姿さえなかった。

 

天坂らが秘密裏に今回のテロについての情報を議事堂側に共有し、

議員と職員、警備員を含む関係者全員は安全な場所に避難させられていたためだ。

2人が訝しみつつ無人の中央玄関を抜けて参議院議場のドアの前に立ったところで、

番無の耳がその向こうで待つ天坂、サフィ、ヨハン、シェンの気配を察知。

 

蜜村が扉を蹴破り、2vs4の交戦が開始される。

 

 

【挿絵表示】

 

 

あくまで生け捕り、制圧による無力化が目的であるため全力が振るえない中、

クリストフの語っていたRBによってもたらされるフィジカル強化の恐ろしさを体感する4人。

 

背後を取ったかと思えば逆に背中を刺され、

殴打の手応えを感じた矢先に自分身体が壁に、床に叩きつけられる。

 

そんな防戦一方の中、サフィが意外な善戦を見せる。

細身でありながら確かな重さのある徒手空拳と、柱や照明といった

周囲のオブジェクトをフルに活用した予測困難な手数の攻撃でもって番無と渡り合い、

彼女のカッターナイフによる刺突、至近距離でばら撒かれる

カミソリの刃を受け白い装束に血を滲ませながらも少しずつ追い詰め、

その中で彼女が発達した聴覚を頼りに周囲の状況を把握していることを看破。

 

ヨハンの携帯していた銃をひったくり番無の耳元で発砲して動きを止めるも、

割って入った蜜村に鉄パイプで下腹部を殴り抜かれ、すんでのところで取り逃してしまう。

サフィにとどめを刺そうとした蜜村だったが、

彼が目を離した隙に、今度はシェンが番無を捉える。

携帯していた結束バンドで彼女の両親指を封じ「悪いが、少し寝ていてくれ」と

肘鉄を入れなんとか昏倒させた。激昂した蜜村が標的をサフィからシェンに変更、

RBにより底上げされた腕力でもって投擲された鉄パイプがシェンの右腕をへし折る。

 

たまらず膝をついた彼の元へ猛然と突貫する蜜村だったが、

背後からの不意の一撃に足を取られて転倒。後頭部に感じる硬い感触は、

天坂の携えていた公安機動捜査隊の盾。彼女は盾に全体重を乗せたうえで

ショットガンを構えると、盾越しに蜜村の頭部を狙い、迷いなく発砲した。

2発、3発と放たれた弾丸は当然ながら盾に弾かれ、

派手に火花を散らして議場の床に転がったが、天坂としてはそれが正解だった。

 

クリストフ曰く、RBは脳に作用して身体能力を引き上げるプログラム。

であれば、狙うべきは頭部だ。しかし目的は生け捕り、制圧。

ならば選ぶべき手は“脳震盪による昏倒”。盾越しの銃撃は強烈な振動を蜜村の

頭蓋骨と脳にもたらし、3発目を放ったところで彼は意識を失っていた。

 

シェンから受け取った結束バンドで蜜村の拘束も終えると、

彼と番無の耳からワイヤレスイヤホン型の機器を回収。

 

4人は静かになった議場の床にへたり込んだ。何度かのため息の後、サフィがこぼす。

 

「身噤とかいうヤツ、なんつーモン作ってくれてんだよ……はぁ疲れた……」

 

 

第十六幕:皇居防衛戦

 

同刻。皇居を狙う玖算への対処には、イルヴィア、磨太刀、巴統があたる。

 

イルヴィアは宮内庁本部庁舎の高層階からの狙撃、

巴統はその下層階から、磨太刀は正面切っての白兵戦で応戦する構え。

こちらには皇宮護衛官の面々も参加。皇居の敷地内に侵入される前に事を済ますべく、

周辺の道路に交通規制を実施し、玖算の進行ルートを絞ることに成功したが、

彼の姿は見えないまま、待機中の磨太刀の近くに生えていた街路樹の幹が爆発

(死角からネイルガンで撃ち込まれた炸薬入りの釘による)。

 

轟音と共に倒れ、磨太刀の動きが一時的に封じられる。

騒ぎに乗じて皇居へと突貫を仕掛ける玖算を皇宮護衛官らが迎撃しにかかるが、

RBにより底上げされた膂力を前に有効打を与えられず、怪我人が複数出てしまう。

 

さらに交戦の最中放たれた釘の爆発により敷地内にはたちまち火が立ち上り、

玖算の姿を捉えることすら難しい事態に。

宮内庁本部庁舎から降り立ったイルヴィアと巴統も戦線に加わるが、

巴統が右腕に釘を撃ち込まれ負傷。すぐに引き抜き投げ捨てたため爆発は免れたものの、

最大の武器である弓を射れなくなってしまう。やむなく宮内庁本部庁舎へ離脱し、

入れ替わりに磨太刀が燃える敷地内へ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

即座に玖算との距離を詰め居合い抜きで脚を狙い、

刃は玖算の右太腿を切り裂いたが彼は怯む素振りも見せず、

ここで身噤が完成させたRBに“痛覚の遮断”という副次効果があることが判明する。

 

玖算は切られた脚を振り抜き飛び散った血で磨太刀の視界を遮ると、

そのまま皇居へ向けて走って行く。イルヴィアの狙撃も命中こそするものの

痛覚遮断のせいで動きは止められず、玖算との距離が開く。

 

近接戦に持ち込もうにもネイルガンの脅威は大きく一堂に焦りの色が見え始めるが、

玖算がいよいよ皇居へと辿り着こうというところで、

完全に彼の意識から消えていた巴統が、宮内庁本部庁舎の窓枠と脚で弓を支え、

使える左手で矢を放った。カタログスペック以上の速度で放たれたそれは

ネイルガンを握っている玖算の右手(前腕)を刺し貫き、

そのまま近くに生えていた松の木に突き刺さった。

 

深くめり込んだ矢はRBによって底上げされた玖算の腕力を持ってしても

容易には引き抜けず、なんとか動きを止めることに成功。

イルヴィアがネイルガンを取り上げ、続けてワイヤレスイヤホン型の機器も回収。

無事だった皇宮護衛官が携帯していた手錠で両足も拘束。

 

議事堂組から番無と蜜村の制圧完了の連絡が届く。

玖算の釘爆弾による火の手もかろうじて敷地内だけで収まり、周辺への二次被害は免れた。

 

 

 

第十七幕:目的

 

玖算の身柄引渡しのため警察に連絡を取ろうとしたところで、

彼の服のポケットの中で携帯電話が鳴動する。発信元は身噤。

スピーカーモードに切り替えたうえで、イルヴィアが無言のまま玖算に応答するよう促すと、

身噤の用件はテロの進み具合を確認する旨のものだった。

 

玖算が答える前に、イルヴィアが「テロは失敗だ。残念だったな」と、

議事堂の2人も拘束済みであることを付け加えつつ言い切り、

さらに割り込んできた磨太刀が「君の計画のことはクリストフさんから聞いてるよ〜。

もう諦めて出てきたら〜?」と投降を促す。しかし身噤は一切狼狽える様子もなく

 

「やだよ。それに私の計画は、今も順調に進んでるよ?」と返す。

 

彼女は訝しむ皇居組に、こう付け加えて通話を終えた。

 

「てか、子柚子が先走ってくれたおかげで、むしろ予定よりスムーズかな。

今度会ったら言っておいてよ、お礼」

 

呑鵟が先走ってテロを敢行したのは、東京都庁。

確かその時彼女が破壊した警備システムは、未だその大部分が復旧できておらず、

外部からの侵入者対策には警備員や職員があたっている状態だ。

 

身噤が呑鵟の名前を出したことから、彼女の目的、

または目的に繋がるものが都庁にあると(仮説ではあるが)判断したイルヴィアは、

急ぎ都庁に連絡。身噤の情報を共有し警戒にあたらせようとするが、

何度コールしても返答はなかった。正確に言えば都庁の職員は今、それどころではなかった。

 

RBを自身にも施していた身噤は入口の警備員を正面から突破し、

尚も向かってくる他の警備員や職員も退けながら、目的地である最上階へと歩みを進めていた。

彼女がクリストフや番無たち4人にも伏せていた“一手”もとい真の目的は、

海上プラントで発生した未来機関によるコロシアイにおいて、

最終局面で“希望のビデオ”を全世界に配信するために使用された放送設備を用いて、

番無、蜜村、玖算がテロを敢行している間に改良を施したRBを

東京23区内の“18歳以下の子供たち”にターゲットを絞ったうえで配信、

身体能力の強化に加え、■■■がかつて自身に施したヘッドギアによる洗脳効果である

“オトナへの殺意”も植え付けることで、かつて塔和シティで発生した暴動を再現すること。

そこから国政機能の麻痺に繋げ、

中国、ロシアをはじめとする海外からの軍事介入をあえて誘発し、

最終的に大規模な戦争へと発展させること。

 

EX:補足

 

“希望のビデオ”配信の際に使われた放送設備は海上プラントでの一件の後、

長野県の臼田宇宙空間観測所に移設、宇宙空間に離脱した■■■を捜索する目的で

再利用されていたが“発見の見込みなし”として数年前に役目を終え、

防災無線などをより広範囲に配信するための新設備として東京都が買い取り、

都庁最上階に設置される運びとなった。

 

 

第十八幕:蠢動

 

イルヴィアは、仔細はともかく“都庁で何かが起きている”ことを理解し、

議事堂組や警察と合流して現地へ急行することに。

 

シェンは右腕を封じられ他の面々も既に満身創痍の身ではあるが、

民間の小型バスに乗り込み全員で都庁へ。しかしもうすぐ到着というところで、

突如車内で磨太刀、巴統の2人が頭痛を訴え、程なくして虚脱状態に陥ってしまう。

 

何事かと一時騒然とするが、窓の外を見ると彼らと同じように突如虚脱状態に陥り、

動けなくなってしまっている人が多数。それも、揃って若者ばかりだった。

下校中の小学生の集団や自転車に乗っていた学生、

ベビーカーの中であやされていた赤ん坊までもが、次々とその動きを止めていく。

その時既に身噤は都庁の最上階に到着、

放送設備を用いてRB配信の“前段”に取り掛かっていた。

 

自身で特殊な改良を施したモスキート音に、

対象者を一時虚脱状態に陥らせRBの定着を促す効果を付与し、23区全域に向けこれを配信。

都内の子供たちが次々に動きを止めてしまったのはこのためだった。

119番通報が殺到し、救急車両の連続出動により交通網が逼迫状態に。

二次被害も多数発生し、警察もこちらへの対応を余儀なくされる。

 

そのため都庁の身噤への対応に割ける人員が限られてしまう。

ひとまず2人に息があることを確認した天坂はそのままバスを走らせ、都庁へ到着。

無事だった大人組が、先に現着していた警察の面々と合流して庁舎内へ急行する。

バスの車内では、シェンが虚脱状態の磨太刀、巴統を安静にさせながら待機。

一方最上階では、身噤がいよいよRBの配信に取り掛かろうとしていた。

 

あとはボタンを押すだけ、というところで、

エレベーターから現れたのはイルヴィアたち大人組ではなく、

 

「よぉ」

 

と不敵に微笑む、長柄の鉄パイプを携えたサフィだった。

モスキート音の影響をひとり受けなかった彼女は都庁に到着してすぐ、

大人組と別れて単独行動に出ていた。

救急車両が入り乱れていたこともありイルヴィアらもそれに気付かず、

彼女たちは未だ下の階で怪我人の救助などをしつつ進んできている状態。

 

突然の闖入者の登場に一瞬動きを止めた身噤の隙を見逃さず、

サフィは鉄パイプを槍投げの要領で投擲。間を開けずに一気に距離を詰め、

身噤との交戦を開始した。番無、蜜村戦でRBによって強化された人間との闘い方、

間合いの取り方を学習していたサフィはダメージを最小限に抑えつつ着実に攻撃を重ね、

最終的に天坂が蜜村にしたのと同様、身噤の頭部を壁面へと叩きつけて

脳震盪を起こさせ無力化に成功。身噤が準備を進めていた放送設備の様子から、

彼女がRBを23区内全域に配信しようとしていたことを理解すると

 

「くだらねぇ」

 

と一蹴、

設備に接続されていたRBの元データが入っているPCを奪い取った。

そのうえで、意識を失った身噤の耳からワイヤレスイヤホン型の機器を回収。

携帯電話を取り出し、アルダシールの軍関係者に迎えを寄越すよう連絡。

通話を終えたタイミングで、ようやく最上階に辿り着いたイルヴィアたちが

エレベーターから降り立ち、倒れている身噤、そしてサフィと対面する。

 

 

第十九幕:白面神将制圧戦①

 

サフィから身噤のやろうとしていたことについての仔細を聞き、

またそれを阻止できたことに安堵する一同。

 

今も街の至る所で動けなくなっているままの子供たちの救助に加わるために

都庁を後にしようとするが、突如サフィが自身の耳にRBのワイヤレスイヤホンを装着。

しばし遠くを見つめ、プログラムの効果が身体に馴染んでいくのを確認すると

弾かれたように飛び出し、エレベーターへと向かう皆の行く手を阻んだ。

 

「サフィ?」とヨハンが聞く間もなく、

彼女はイルヴィア、ヨハン、天坂に攻撃を開始した。

その左耳には、先ほど身噤から奪ったRBのワイヤレスイヤホン。

元よりRBを施された番無や蜜村と渡り合うだけのフィジカルを持ち合わせていたサフィだけに、

RBで強化された彼女の動きは捉えることさえ難しく、3人は苦戦を強いられる。

 

彼女の同期については一時棚上げとし、イルヴィアはサフィの動きを止めることだけを

考え応戦するも、やはり追いつけない。最終手段として、彼女の命を奪ってでも

止めるべきかという選択肢も出てきたが、それは天坂とヨハンが即座に却下。

 

姉を殺されたためにあれだけのことをしでかした時雨子を例に挙げ、

もしサフィを殺したらその後どうなるかは想像に易いだろう、と制した。

確かに彼女は一国を統べる国家君主であり神将。

もし異国の地で殺されたとあれば、それこそ身噤の狙っていたような戦争を

引き起こすことになりかねない。目的はあくまで制圧であることを確認し、

議事堂戦の時のように頭部への攻撃での脳震盪を狙いに行く。

 

遅れて合流した警察の面々も参戦し多対1の構図になるも戦局は変わらず、

持久戦へと突入する。バスの中で皆の帰りを待つシェンが気を揉んでいると、

彼の携帯に着信。PCからいくつかの回線を経由して電話回線へと入り込んだクリストフだった。

 

現在の状況を聞かれたシェンは

 

「良いとは言えない状況だ。あとで治療費も払ってもらうからな」と答え、

 

了承したクリストフは通話を終えて今度は都庁の監視システムへ。

最上階で起きていることを目の当たりにし、急ぎシェンに再度通達。

サフィ自身にRBを施してしまった今、彼女を(生きたまま)止めるには彼女と同等、

またはそれ以上の膂力でもって制圧するしかない。そこで、クリストフはシェンに

“ある場所”へ向かうよう依頼をする。そこに“最後の一手がある”とのことだった。

 

シェンはクリストフにさらに報酬額を上げるよう冗談めかして吐き捨てたが、

彼はこれを快諾。すぐにシェンの口座に入金を済ませ、早く行くよう促した。

 

「……それで、最後の一手とは?」

 

「本来であれば、最後ではなかったんだがな。

一度君たちと同じタイミングで招集をかけたんだが、断られてしまって」

 

2人はイルヴィアたちの身を案じながら、急いでバスを走らせた。

 

 

第二十幕:白面神将制圧戦②

 

約1時間後、都庁の最上階は静寂に包まれていた。

イルヴィア、ヨハン、天坂の3人は立ち上がることさえままならず、

浅い息で肩を上下させるのみ。警察の何人かは早期に「敵う相手ではない」と

判断し戦線を離脱していた。サフィは窓の外に広がる景色に視線を落としながら、

虫の息の3人に向け自身の真意を告げた。

 

サフィ曰く、彼女にとってこの展開は予想外のものではあったが、

むしろ喜ばしいものであったという。日本を戦争の危機から救うために

クリストフからの招集に答えたのは、紛れもない真実。そこに嘘はなかったが、

それは「自分がいずれ侵略する国を、陳腐な暴動で汚されたくなかったから」という意味だった。

 

彼女は元より日本に対する侵略を行うつもりであり、

今回の身噤の計画が自分自身の意に反するもの、

好ましくないものであるから手を貸した、というのが真実だったという。

 

サフィが日本への侵略を行う動機は“唯一絶対の親友である磨太刀を捨てた/そのきっかけとなった

“人類史上最大最悪の絶望的事件”を初動で阻止できず、絶望を世界に伝播させた

忌むべき国であるから”というもの。

 

磨太刀は幼い頃、人類史上最大最悪の絶望的事件の最中に両親によって

海外へと売り飛ばされ、その後様々な国を転々としながら成長、数年前までは

“絶望の残党”を相手に単身で自警団のような活動を行っていたが、

重傷を負いアルダシールの国道沿いで行き倒れていたところを

当時国家君主となったばかりのサフィが保護、連れ帰り、彼との関係が始まったという。

 

共に過ごし彼の出自についての話を聞くうちに日本という国への憤りが沸々と湧き、

彼のために自分ができることは何かと考えた結果、

日本への侵略が最適だという結論に至った。

 

同年代の友人などいなかったサフィは考え方のスケールに歯止めが効かず、

そのような結論に“至ってしまった”のだった。

 

そんな思いを胸にイルヴィアたちと行動を共にした結果、

望外の収穫(RB)を得ることができた。あとはこれを国へと持ち帰り軍に配備、

この混乱が冷めやらぬ間に日本への侵略を開始する腹積もりであることも明かし、

 

「静聴ありがとう」と告げ、

 

天坂が持っていたショットガンを拾い上げてイルヴィアへと銃口を向ける。

 

引き金にサフィの指がかかろうかというところで、エレベーターのドアが開いた。

と同時に、ショットガンを構えるサフィの鼻先を鋭利な刃物が掠め切る。

耳障りな音と共に壁面へと突き刺さったそれは、磨太刀が携えていた日本刀。

サフィが視線をエレベーターへと移すが、そこにいたのは磨太刀ではなく、

 

「……誰だよ、テメェは」

 

「さぁな。いよいよ自分でもわからなくなってきたとこだ」

 

鴉座諒名、その人だった。

 

 

第二十一幕:一手

 

クリストフからの招集を受けつつも「俺は外に出るべきではない」と断り、

収容所の独房で無期刑に服していた鴉座だったが、

約1時間前に突如現れたシェンとの面会を経て、今外で何が起きているのかを把握。

 

イルヴィアたちが危機に陥っているとあっては覚悟を決める他なく、

招集に応える旨を表明するも当然収容所の職員からはNGを出される。

そこでシェンは迷いなく、今回の招集にあたってクリストフから受け取った報酬と、

先刻入金された追加分を使い収容所の職員と“仲良く”なり、鴉座を外に出すことに成功。

 

すぐにバスへ乗せ、道中詳しい説明をしつつ都庁へと急いだのだった。

鴉座が最後の“一手”たりえる所以、

それは彼の持つ特性(カラスザというもうひとつの人格)にあった。

RBを自らに施したサフィと渡り合うにあたり彼女以上の膂力を発揮するため/そのうえで

殺さずに確保するためには、RBの複数使用による身体能力の増強が不可欠。

議事堂で番無と蜜村から回収したワイヤレスイヤホン型の機器を用いれば

十分可能な手ではあるが、そのリスクはクリストフも言及を避けるほど重いもので、

簡単に言ってしまえばそれは“諸刃の剣”。

 

爆発的な出力は確かに得られるが、継戦可能時間は長く見積もって10分。

それを超過すれば、プログラムに耐えられず脳が焼き切れかねないという。

そこがネックとなり、クリストフが当初構想していた“Project RedBand”は当時、

机上の空論で終わる結果となったのだった。

 

しかし“多重人格”という特性を持つ鴉座/カラスザであれば、

このリスクをなくすまではいかずとも、軽減することはできるかもしれない、

というのがクリストフの考えだった。RBのプログラムが鴉座の脳を単一のものではなく、

“鴉座の脳/カラスザの脳”という具合に、人格ごとに別個のものとして解釈する可能性に賭ける。

 

そうなれば、焼き切れるのは脳の全領域ではなく一部

(継戦可能時間経過時に表に出ていた方の人格)になり、

眠っていた片方は生き延びることはできる。無期刑により獄中で人生を終えることが

決定している/それを自ら望んだ鴉座としてはその“一手”を担うことに感情的摩擦はなく、

自身にRBを施すことへの抵抗もなかった。

 

カラスザとの脳内会議でどちらがサフィを相手取るか、

つまりはどちらの人格が焼失するかを決めようとするも互いに譲らず、

都庁到着後も言い合いは続いた。バスの車内では磨太刀がなんとか

虚脱状態から復帰し話せるようになったようで、シェンからここまでの経緯を聞かされる。

 

自身もサフィを止めようとバスから降りようとするが足元がおぼつかず止められ、

戦力にならないことを理解した彼は、腰に提げていた刀を鴉座に託すことにした。

 

「——お願いします。サフィを、止めてください」

 

「……ベストを尽くすよ」

 

バスを降りた鴉座は駆け足で庁舎へ。最上階へと向かうエレベーターの中、

ドアが開く直前に番無と蜜村から回収したRBのワイヤレスイヤホンを装着。

 

経験したことのない感覚に一瞬フラついた隙を突きカラスザが表出し、

鴉座を深層意識の奥へと追いやってしまう。

 

「……これでいい」

 

間も無くドアが開き、眼前に広がる景色に驚愕しつつも冷静に刀を構え、

サフィに向けて投擲。これを皮切りに、最終局面へと突入する。

 

 

第二十二幕:白面神将制圧戦③

 

 

【挿絵表示】

 

 

カラスザは自分の脳からの命令以上の動きと出力を見せる肉体の扱いに

手を焼きつつも少しずつ操縦法を掴み、天然物のフィジカルとRBとが渾然一体となった

サフィの身のこなしに食らいついていた。10分という制限時間の中でいかに

サフィのスタミナを削り、ダメージを与えるか。それだけを考え、カラスザは肉体と建物の構造、

周囲のオブジェクトを全て使い攻めの姿勢を見せるが、サフィの戦闘巧者ぶりに

圧されつつあった。痛覚の遮断はサフィにとってはメリットなようで、

例えば刀で貫かれた手のひらから流れ出る血をこぼさないよう溜め、

至近距離でカラスザの顔にぶちまけることで目眩しにしたり、

組み伏せられた際には折れた奥歯を口内から吐き飛ばして攻撃に転じるなどの

多彩な戦術で彼を追い詰めた。カラスザの継戦可能時間は残り5分。

 

こちらも痛覚遮断のメリットを利用し、防御と回避を捨ててひたすら攻めることに。

しかし残り2分の時点で、想定より早く身体の感覚に異常が出始める。

熱を帯びた鈍さが全身を覆う中、トドメを刺そうと突貫してきたサフィを突如、

背後から激しい爆風が襲った。その正体は、玖算の炸薬入り釘爆弾。

 

皇居での戦いの後でイルヴィアが取り上げたネイルガンは

番無、蜜村のワイヤレスイヤホンと同じくバスの車内に置かれており、

これを鴉座が都庁への突入前に磨太刀の刀と共に持ち出していたのだった。

 

小規模ながら至近距離での爆発はサフィの身を焼くことはなかったものの、

爆風が彼女の鼓膜と脳を揺らした。サフィはあえなく意識を手放し、

その身体は大きく吹き飛びフロアの窓へ激突。

 

2人の大立ち回りによってダメージが蓄積していたのか、

あろうことかその窓に大きなヒビが入り、そのまま音を立てて砕き割れた。

ここは都庁の最上階、いくらRBで強化されているとはいえ、

この高さからの落下ではまず間違いなく命はないだろう。

 

継戦可能時間はあと30秒、カラスザが最後の最後で力を振り絞り、

外へと投げ出されかけたサフィの腕を掴み、

自分もまた窓枠に足を突っ張らせながら彼女の体重を支える。

 

女の子ひとりの身体を持ち上げるなど、

本来の彼であれば造作もないことであったが、あれだけの戦闘を経た後なうえ、

RBのリミットにより既に肉体は限界を迎えていた。

少しずつ彼女の腕を掴む両手が震え始め、やがて力が抜けていく。

 

そして、10分間の継戦可能時間が終了。カラスザもまた意識を手放し、

サフィ共々外へと投げ出される。が、2人の身体が落下することはなかった。

 

彼らを支えていたのは、この10分でなんとか回復し動けるようになった

イルヴィア、ヨハン、天坂の3人の手。中でもヨハンの手には、

血管がくっきり浮き出るほどに力が込められていた。

「彼らを絶対に死なせてはならない」という、強い意志の現れであった。

 

3人がかりで鴉座とサフィをなんとか引きずり上げ床へと寝かせ、心拍を確認する。

サフィの方は昏倒しているだけで心拍は安定していたが、

鴉座に関しては素人目でも危篤状態であることは明白だった。

 

天坂がドクターヘリを要請し、ヨハンが心臓マッサージを行う。

地上での子供たちの虚脱は次第に寛解し、交通網の逼迫は解消されていった。

 

程なくしてドクターヘリが到着し、救急隊が鴉座を最寄りの病院へと搬送した。

それを追うようにイルヴィア、ヨハン、天坂、

シェン、サフィ、身噤と、磨太刀、巴統もまた救急車で病院へ。

身噤の計画と、それを潰し日本への侵略を企てようとしたサフィの暴走は、

多くの負傷者を出しつつも食い止められた。

 

 

第二十三幕:番外戦①

 

病院のベッドの上、

しばらく安静にしているようドクターにきつく言われたイルヴィアが

窓の外を眺めていると、携帯電話に着信が。発信元は、

元・超高校級の探偵、異名上真尖だった。

彼には、自身に意味深な警告めいた発言をしたまま姿を消した瑕疵間の動向を追わせていた。

 

用件はまさにその件に関してのことで、瑕疵間の目的と、

なぜ彼女がイルヴィアに身噤のことを伝えたのかが分かった、とのことだった。

 

曰く、彼女は時雨子の計画を潰したイルヴィアたち、

並びに罰丸というイレギュラーをその盤上に登場せしめた身噤という天才、

この両者を潰そうと思っていたが、身噤について調べるうちに彼女の計画についての

情報に辿り着き、これが上手くいけば自分が手を下す必要はないだろう、と判断。

 

しかし彼女はそこにイルヴィアたちをぶつけることで互いに潰し合せた方が

一挙に復讐を完遂できるのでは? と考えを改め、イルヴィアの行動を誘導するために

身噤について匂わせるような発言をした、とのことだった。

そうして両陣営が諍いを起こす中、瑕疵間が何をしていたのか。

 

そこに、彼女の“真の目的”があった。

 

 

第二十四幕:番外戦②

 

身噤らがテロの決行日に設定した日、その日はちょうど、

イギリスでホームステイをしていた三狐神が日本に帰ってくる予定日だった。

彼女は定刻通りに空港に降り立ち、

電車とタクシーで今の住まいがある東京・新宿へ(エルサルバドルでの一件の後、

意志の判断でしばらくメンタルケアの期間を設けることになり、

医療機関が充実している東京に身を寄せることになった。

イルヴィアや天坂も近くで活動していることから、

防犯面での安全性も考えての判断だった)。

 

「今日やたら救急車多いな〜……」などと思いつつ音楽を聴きながら家路を急ぎ、

ドアを開けた三狐神。廊下の照明をつけようとしたところで、

奥の暗がりに人影のようなものがあるのに気付く。

疑問に思いつつもスイッチを押下して照らし出された人影の正体は、

いつの間にか鍵を開け彼女の部屋に侵入していた瑕疵間だった。

 

驚いて動きが止まった隙を見逃さず、瑕疵間がギラリと光る刃物を手に

三狐神の懐目掛けて突貫する。狭い玄関では回避行動をうまく取れず、

その切先が彼女の腹部に突き立てられようとした瞬間、

刃と三狐神の間に外から何かが割って入った。

 

「痛ってぇ……クソクソクソ……」

 

イルヴィアからの依頼で瑕疵間の行動を監視、動向を追っていた異名上だった。

 

すんでのところで間に合い、差し出した右腕で瑕疵間の刺突を受け止めた。

そのまま空手となっていた左手で彼女の細腕を掴んで組み伏せ、

三狐神に110番をするよう促す。瑕疵間は異名上の顔を見るなり

「うわ、ストーカー男……」と苦い顔。「お互い様だろ」と異名上も吐き捨て、

状況が飲み込めない三狐神に向け瑕疵間が告白を始めた。

 

つまるところ、瑕疵間の目的のひとつは“時雨子の計画を潰した者たちへの復讐”だったが、

真の目的は“時雨子を自分から奪った三狐神呼々名を自分の手で殺すこと”だった。

 

友達などひとりもいないその孤高さに心惹かれた瑕疵間にとって、

時雨子の“友達”である三狐神は絶対に許せない、いわば“地雷”。

 

そのために身噤の計画による騒ぎを隠れ蓑に、

ちょうどイルヴィアも天坂も出払っているタイミングで襲撃を仕掛けたのだという。

それを聞いた三狐神は目を丸くし、瑕疵間の時雨子への好意を理解したうえで

「……でも、時雨子ちゃんの友達でいることはやめないよ。

わたしも時雨子ちゃんのこと、大好きだもん。だから……

除片ちゃんとも、友達になれたら嬉しいな」と、ナイフを握ったままの彼女の手に

両手を重ねて語りかけた。心底から理解できない、という顔で三狐神の顔を見上げる瑕疵間。

 

沈黙が流れる中警察が到着し、瑕疵間の身柄は確保された。

異名上も同行し、ひとり残された三狐神はパトカーの窓越しに見える

瑕疵間の小さな背中を目で追いながら、小さく安堵の息を吐いた。

 

程なくして瑕疵間は事情聴取を受けることに。今回の三狐神の部屋への

不法侵入並びに異名上に対する傷害、さらにエルサルバドルでの一件における歳刑への

自殺教唆とも取れる発言や銃を渡したという行為についても暴かれ、

実刑は免れない事態に。こちらも聴取を終え警察を後にした異名上は、

瑕疵間の動向調査の結果と現状について、電話でイルヴィアに伝えた。

 

こうして、身噤の計画に端を発する騒動の裏で起きようとしていた悲劇も

食い止められた。騒動後、呑鵟、番無、蜜村、玖算の4人は

RBによる脳への影響を鑑みての経過観察後、

元いた施設に再び収容されることとなり、今回の主犯である身噤も

同じ施設に入れられることに。瑕疵間は現在勾留中。

 

サフィの処遇に関しては外務省とアルダシール政府が結論を出すまでの間、

こちらも一時的に日本で身柄を預かることとなった。

磨太刀、巴統は虚脱状態から復帰したものの、医療機関での経過観察は続いている。

 

EX:補足

 

身噤が完成させ今回使用されたProject RedBandについては、

クリストフ主導の元でアルゴリズムそのものを解体、

再現性を失わせたうえで抹消処理が行われた。

 

 

第二十五幕:私と君の学園生活

 

騒動から数日後。都内にある、廃校となった高校をリフォームした校舎の教室。

そこに集められていたのは、身噤、呑鵟、番無、蜜村、玖算、サフィ、瑕疵間に加え、

磨太刀、巴統の9人。それぞれ思い思いの座席に腰を下ろし、

居心地の悪そうな顔をしている。彼らを集めたのは、正しくは彼らを集めるよう

イルヴィアや天坂に嘆願したのは、三狐神だった。

 

瑕疵間の一件後、異名上やイルヴィアたちから今回の騒動についての仔細

(身噤の動機や番無たちがなぜテロに参加したかなど)を聞き、

いてもたってもいられなくなったのだという。

彼女が9人を集めて何をするつもりなのかといえば、

 

「みんなにはここで、一緒に学園生活を送ってもらいますっ!」

 

いわゆる“普通”のレールから大きく外れ、

凶悪犯罪に手を染めてしまった呑鵟、番無、蜜村、玖算。

 

出自と環境によって生き方を定められ、

ごく狭い世界でしか生きてこられなかったサフィ、磨太刀。

 

根本から変わることは難しかろうが、

純然たる“悪”ではない(と信じている)身噤、瑕疵間。

 

エルサルバドルから今回の件を経て大きく成長し、

彼らのまとめ役に相応しいと見込んだ巴統。

 

彼らをひとつの教室に集め、なんの事件も理不尽もない、

“普通”の学園生活を共有させることで、彼らが得られなかった、

本来得るはずだった健全な精神性や“子供らしさ”を

育んでいき、それを通して完全ではなくとも更生と自立に繋げることができれば、

というのが三狐神の希望だった。共同生活の期間は1年間。

 

ここで精神的な更生が認められたとしても減刑や処遇の大きな変化があるわけではないが、

そこは三狐神も承知のうえで、それでもこの学園生活での経験が、

罪を償った後の彼らの人生において、かけがえのない財産になるであろうことを確信していた。

 

警察の上層部は苦い顔をしたものだが、

天坂の粘り強い説得により、この1年間という猶予を勝ち取ることができた。

さしあたっては、三狐神も“転入生”として、彼らと1年間を過ごすという。

そしてさらにもうひとり、彼女が招集した人物が。

 

「久しぶりだね、つゆり」

 

あれからカウンセラーとしての勉強を続け研鑽を重ね、

ついに“超高校級”の称号を得るに至った、雷読式弥。

 

学園への入学は一時延期とし、彼もまた身噤らと生活を共にする運びとなった。

ここまでで生徒は11人。足りないものといえば“先生”だが、

雷読が席についた少し後、教室のドアが開き姿を現したのは、

 

「まさか、こんな形で教師として活動することになるとはな」

 

普段のタクティカルな装いから一変、

すっきりとしたパンツスーツに身を包んだイルヴィアだった。

ピラミデンでの一件の後、進学し教師を目指していたものの因果がそれを許さず、

今回の件に至るまで戦いに身を投じることを余儀なくされてきた彼女だったが、

ようやく銃を手放すことができた。

 

“普通”を得られなかった彼らの、限りなく“普通”に近い1年間が、ここから始まる。

 

EX:補足①

 

三狐神はこの1年間の間も、時雨子との面会を欠かすことはしない。

瑕疵間を交えた面会も行い、健全な関係性の構築を目指していくつもりだという。

 

EX:補足②

 

雷読はこの時、都内の療養施設でカウンセラーとして活動していた。

 

患者の中にはエルサルバドルでの一件においてアストルらに拉致され、

その後解放された者たち(八咫莱の弟妹や危花の両親、玉梓の弟など)も含まれており、

監禁から解放された後も残る重いストレス症状や、

きょうだい、我が子を失ったショックから立ち直るためのセラピーを行っている。

 

彼らの治療がひと段落ついたということもあり、今回の三狐神からの誘いに乗った。

 

 

第二十五・五幕:法外

 

他の2人は三狐神の提案(1年間の学園生活を共にすること)について渋りつつも了承したが、

番無と蜜村は断固拒否の姿勢を通していた。自分たちに性的虐待を行った大人たちを

全員殺すことが自分たちの人生の命題であり、こんなところで大人しくしている暇はない、

すぐにでも脱出して殺しに行く、と譲らなかったという。

しかし2人は、最終的に他の皆と共に学園生活を送る運びとなった。

その裏では、何が起きていたのか。

 

まず前提として、2人に虐待を行っていた、

番無の叔父を筆頭とする加害者たちはそのほとんどが、

市議会議員や国会議員、警察関係者といったいわば

“権力者”の立ち位置にいる人間たちであり(これは番無の叔父が市議会議員であり、

そこからの横の繋がりによるもの)、胸糞の悪いことに、日本の現行法では

彼らの罪を問う手立てがない。

そもそも、隠蔽に次ぐ隠蔽、多額の賄賂による口止めによって事件化すらされず、

2人が収容所に入るきっかけとなった事件もただの“2名の児童による殺人事件”

として扱われ、その背景にあった凄絶な虐待の実態は透明化された。

 

天坂は2人にこれ以上罪を重ねさせないため、

彼らが殺そうとしている加害者たちを、法と規則に則った正攻法でなく

“法外の力”で裁くことに決めた。

 

彼らを虐待した加害者たちの情報は、他でもない番無と蜜村が完璧に記憶している。

彼らから聞き出した情報を元に異名上にも協力を仰いで居場所と今後の動向を特定、

準備が整い次第、真打の登場だ。

 

暗く冷たく広い部屋の真ん中で、男は手足を縛られた状態で目を覚ました。

頭に被せられた麻袋が外され視界が開けると、目の前には明らかに日本人ではない、

浅黒い肌に髭をたくわえた、鷲のような目つきの男。

 

「おはようございます。大臣殿」

 

男の名はハサネイン・アーリム。

そしてここは、日本から遠く離れた、エジプト市街の地下の地下。

 

「まずは非礼をお詫びします。

私、どうも“政府”という存在とは反りが合わない性質でして」

 

言いながら彼は男の目の前に何枚かの写真をばら撒く。

 

「あなた方のような性犯罪者はやたらとコレクションを残したがる。

後々自分の首を絞める決定的な証拠になることなんて、簡単に予想がつくでしょうに」

 

事態を察した男が何かを訴えようとするが声は届かず、

ただ噛まされた猿轡に唾液が滲むのみ。

 

「現状、日本であなた方を罪に問うことは難しいらしいですが……

ここは日本じゃない。貴方の罪を隠蔽してくれる味方は、どこにもいませんよ」

 

アーリムは男の両手親指をナイフで切断した上で傷口を消毒、止血し、猿轡を外してやった。

男は錯乱状態になりながらアーリムに恨み言を吐き続けるが、程なくしてその口を止める。

 

「ではこちらへ。“お仲間たち”が待っていますよ」

 

彼が開けた鉄扉の向こうには、男と同じく指を切り落とされた上で

拘束された十数名の議員や警察関係者——番無と蜜村が“殺す”と誓った、

彼らに虐待を行った加害者が揃い踏みだった。呆気に取られる男の背中を蹴飛ばし、

ドアに手をかけるアーリム。

 

「何日かすれば助けが来ますよ。

安心してください、人間、数日は飲まず食わずでも平気みたいですから」

 

言いながらスマートフォンのカメラを向け、1枚、2枚と写真を撮影。

明かりを消した上でドアを閉め、アーリムはその場を後にした。

 

「これって……ギリ外患誘致罪になっちゃいますかね……」

と、カフェのテラス席で紅茶を口に運びつつ天坂。

 

「大丈夫でしょう。それより、どうしてわざわざ、私を使ってまで、

ここまで手の掛かることを? 真尖が見つけた写真や記録を、

インターネットやTVで拡散すれば、逃げ場もすぐになくなるでしょう」

 

「それだとちょっと、甘すぎるかなって。あの2人にとってはね。

正直あれだけのことされたら、殺したくなる気持ちも分かりますよ。

てか、法が許すなら私もそうすると思う」

 

「しかし、彼らの代わりに加害者たちを殺すわけにもいかない。

だから、ギリギリのラインを攻めたわけですか」

 

「——まぁ、その解釈でいいです。あーていうか、

今度はアーリムさんが追われちゃいますけど、大丈夫です?」

 

「えぇ。いざという時のために、

戸籍とパスポートはいくつかストックしてありますので」

 

「あ〜……ん?」

 

「ふふふ」

 

「ふふふじゃないかも」

 

ともあれ、天坂はその後日本へと戻り、

アーリムが撮影した加害者たちの写真を番無と蜜村に見せた。

彼らに法による裁きが下されるのはしばらく後になるかもしれないが、

今2人が抱いている強烈な殺意は、異国の仲間によって肩代わり、とまではいかないものの、

2人が“大人”という存在そのものに抱いていた嫌悪と憎悪は、

幾ばくか薄められた。少なくとも、天坂のことは(少しは)信用してもいいと思えるまでには。

 

これによってようやく、

番無と蜜村もまた、他の皆と共に1年間の学園生活を送ることを了承した。

 

 

第二十六幕:離れて繋がりさようなら

 

その後、懸命な治療により一命を取り留めた鴉座はリハビリ期間を終え、

日常生活をも滞りなく送れるまでに快復した。"彼"は残滓さえ残さず消え去り、

鴉座は正真正銘、独りで元いた収容施設へと戻り刑に服する生活を再開するはずだったが、

彼の行き先は冷たい檻ではなく、

温かな風が吹く懐かしき異国の地、メキシコ・シナロア州だった。

 

聞けば、今回の騒動について、その始まりから結末までを天坂やヨハン、

磨太刀から聞いた警視総監並びに収容施設の責任者が鴉座の功績を認め、

彼の無期懲役刑について"刑の内容に変更はないが、身柄を収容施設ではなく、

鴉座と傷橋のかつての住まいであったシナロア州の家とする"と同時に

"面会を行うにあたって、人数や滞在時間にも制限を設けないこととする"

という決定を特例で下したという(行動は足首に装着されたGPSによって常時監視される)。

 

「これで最後だ」と、家具や服が入った大きな段ボールを床に置くシェンに礼を言いつつ、

少し申し訳なさそうにする鴉座。転居の手伝いをしてもらった礼にと食事を振る舞いつつ、

騒動後の皆の動向と日本の状況を聞く。三狐神が身噤たちを集めて1年間の学園生活を

共にするつもりで、イルヴィアが彼らの担任を担当するらしいという話に驚き、

自分と同じく傷橋に救われ、自分とは違い彼女の背中を追って

カウンセラーとしての道を進み大成した雷読式弥という少年の存在に喜ばしさを抱いた。

 

クリストフのアルターエゴがマクガヴァン脳研究所へと無事返還、

彼の活躍を知った研究所職員の意向により、クリストフが研究所で第二のキャリアを

開始したと知らされこれにも驚き、また、議事堂や皇居の敷地、

都庁の復旧工事も急ピッチで進められており、少しずつ日常を取り戻しつつあるという。

 

食事を終えるとシェンを見送り、独り椅子にもたれる。

今まで聞こえてきていたもうひとつの声はなく、

脳裏が焦げ付いたような感覚があるのみ。ここ数年縁遠いものだった

"寂しい"という感情をひとしきり味わっていると、家の固定電話に着信が。

出ると、受話器の向こうから懐かしい声、イルヴィアだ。

 

「……久しぶりだな」

 

「元気か?」

 

「まぁ、なんとかやってるよ」

 

「……今度の日曜、そっちじゃ何曜日か知らないが、時間はあるか?」

 

「いつでも空いてるよ、どうした?」

 

「あー……生徒を連れて、遊びに行こうと思ってな。“修学旅行”ってやつだ」

 

「俺から学ぶことなんてないだろ……」

 

「何を得るかはあの子たち次第だ。

それに、つゆりと式弥が、諒名と話がしたいらしくてな」

 

「話って、何の?」

 

「——お前たち3人の"恩人"についてだよ。ここまで言えば分かるだろ?」

 

「…………あぁ、分かった。待ってるよ」

 

通話を終え、鴉座が窓の外に視線を投げる。

 

「——気のせいか」

 

頭の中で小さな笑い声が聞こえた気がしたが、外の木が揺れたか、すきま風の音だろう。

彼は食器を洗って片付け、浴室に向かい蛇口をひねる。

 

こうして、鴉座諒名の生活はこれからも続いていく。

 

独りだが孤独ではない、

多くの繋がりと離別を経て辿り着いた、彼の人生の終着点で。

 

 

空疎/燃焼/離繋 寂滅

 

 


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