煌きは白く   作:バルボロッサ

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今回の話は幕間的な位置づけのため短めです。


第11話

「?」

 

 城の一角、異相の従者たちを連れて歩いていた第3皇子、練紅覇は眼の端に写った光景に興味をひかれた。

 

「どうされたのですか、紅覇様?」

「ん~? なにやってんの、あれ?」

 

 間延びした独特の声とともに指さした先、窓の外には城内の一つの木があった。その木陰には、

 

「あれは……和国の特使ですね」

「昼寝?」

 

 紅覇の警戒する第一皇女、練白瑛の許嫁、和国王子、皇光が胡坐をかいてうたた寝していた。木にもたれかかり、愛刀を抱いてはいるものの、あまりに隙だらけな様子。

 

「…………」

「紅覇様?」

 

 なにが興味を惹いたのか、紅覇は少し面白そうに窓に頬杖をついて観察し始めた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 煌帝国第2皇子、練紅明は陰気だと言われる。誰にと問われれば、主に煌帝国の神官、ジュダルにだ。

 否定はしない。

 できることなら部屋に閉じこもって、日がな一日本でも読んでいたいほどだ。だが、それはできない。

 

 皇帝の、いや、兄の目指す世界のためには紅明もまた力をつける必要がある。

 

 とはいっても、紅明自身には、紅炎や白瑛などと違って戦闘力はない。ついでに生活力もない。

 だが、完全にひきこもりかと言われれば、その趣味は屋外的だ。

 

もっともそれは、鳩の餌やりというまったく非活動的なものだが。

だが、その心温まる和やかな時間、というよりそのためのいつもの場所には先客がいた。

 

「…………」

 

 紅明の視線の先に居るのは皇光。彼の兄である紅炎が警戒している和国の迷宮攻略者だ。

 よく彼の義弟である白龍や兵士たちと鍛練を行っている姿を見かけるが、紅明とは異なり武に長けた男だ。

 持っている武器は細身の剣で、煌帝国の武人の中では非常に軽量に見える。だがその戦闘力は非常に高く、白龍やそこらの兵士相手では全く相手にもならないというのは紅明にも分かる。

 しかし武に通じていない紅明には、具体的にどの程度の強さなのかは分からない。

 ただ、その男は今、目の前で無防備そうに胡坐をかいて、眼を閉じている。

 

 疲れているのだろう。

 白龍や青舜、白瑛との稽古。兵士たちの稽古。特使としての仕事……煌帝国を探る夜仕事。

 

 煌帝国が急激に力をつけてきた秘密をこそこそと嗅ぎまわっているようにも見えるその動きぶりには、感心するほどだ……嗅ぎまわられているのが自分事でなければ。

 

 今の所、外交官としての立場と白瑛の立場を考えてか、線引きは弁えているようだが、あまりいい感じはしない。

 警戒すべきその男が、目の前で無防備をさらしている今、紅明は

 

 

「くるっくー」「ぽっぽー」

 

 

 鳩の餌やりをした。

 

 元々、光が胡坐をかいているこの場所は、紅明お気に入りの鳩とのふれあいの場所なのだ。紅明は光の隣に、適当に距離を開けて腰掛け、餌を撒いた。

 

 どのみちこの距離関係では光が害意を持って紅明に襲い掛かれば、紅明にできることはない。それにこの状況下で手を出してくるほど愚かではないだろうし、頼りになる紅明の従者がどこかで控えてくれているはずだ。

 

 なぜだか鳩はこの男の周りに集まっている。居心地がいいのかなんなのか、持ってきた鳩の餌を適当に撒いているときも、数羽の鳩は光にたむろして首を傾げたりしている。

 

「くるっく?」

「…………」

 

 むしろ光が表立ってなんらかの動きを見せてくれたほうが、与し易い。それが紅明にとって危険を伴うことでも、紅炎にとっては益となるものとなる。

 そんな紅明の思惑とは裏腹に、光の体には徐々に鳩が纏わりつき始めている。

 

 しばらく鳩の鳴き声と、時々羽音だけが聞こえる中で、不意に鳩の動きが一方向に向き始めた。

 気になってその元に視線を向けてみれば、

 

「…………」

「…………」

 

 いつの間にか隣の男は目を開けていた。

 少し細められたその視線は紅明の手元を見ており、距離をとった鳩を見ていた。

 

 和の第2王子と煌帝国の第2皇子。二人の視線が無言で交わされる。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

「……なにをされているのでしょうか?」

「あっ、餌やりだした」

 

 遠く離れたところから二人の様子を観察していた紅覇と従者たちは、紅明が餌袋を光に手渡し、光が餌を撒き始めたのを見ていた。

 

「紅覇様?」

「うーん。明兄も扱いづらそうだな……」

 

 奇特な行動の多いことで知られる紅覇だが、その内に秘められた王の器を従者たちは信じている。

 だが、今日、この行動を当てはめる言葉は一つしか思い浮かばなかった。

 

 暇潰し

 

 昼寝をしている王子と鳩の餌やりをしている皇子を観察する皇子。

 この様子を暇潰しと言わずになんと言うのだろう。

 あまり過剰に干渉しすぎると主の癇癪玉がすぐに爆発して手をあげられる。ゆえに……

 

「紅覇様。そのような所におられますとお肌が荒れますよ」

「…………」

 

 “それを期待して”言葉をかけたのだが、期待していたご褒美はいただけずに紅覇は二人を眺めている。

 ここからでは二人がどのような会話をしているのか聞こえないが、なにか紅明が探りを入れているのだろうか。あるいは信用を得るための一手をうっているのだろうか。

 

 しばし餌やりを楽しんでいるように見える二人だが、手持ちの餌が切れたのか、ようやく餌を撒く手が止まった。そのあとしばらく、落ちている餌を鳩が啄んでいたが、次第にそれもなくなり、鳩は三々五々に散って行った。

 最後の一羽が飛び去って行くのを眺めていた二人。その姿が見えなくなると紅明は腰を上げて立ち去って行った。

 

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 私には目下、構想している計画がある。

 

 寒村の出として卑しまれていた私だが、現在、第8皇女のもと、順調にその信頼を勝ち得ていた。思い起こせば初めて姫君にお会いしたとき。今でこそファッションが趣味になられた姫君だが、初めてお会いしたときは、暗くいじけた幽鬼のような姫だった。

 だが、そんな姫に皇女としての自覚を植え付け、自信を与えた。

 それにより姫は私を信頼し、重用するようになった。

 

 そして密かに私は身の回りの者たちにも手を伸ばし始めた。まだ完全とは言い難いが、徐々に私を心酔する部下すらも現れ始めた!

 

 だがまだ足りない。

 

 たかだか第8皇女のお付き筆頭などと小さい位ではない。もっともっと上に、権力の頂点まで登り詰めるのだ!!

 

 そのためにもっとも効果的な方法はなんなのかを私は考えた。そしてその答えを得た。

 

 貧しい身分の生れである私が権力をてに入れる術。それは次代の権力者の信を得ることだ!

 

 いくらなんでも私が皇帝や王になることはできない。

 だが、皇帝や王の信頼を得ることはできる(ハズだ)。とはいえ、今の皇帝には取り巻きがすでに大勢いるし、神官などという訳のわからぬ者たちが幅を利かせていて私の入り込む余地はほぼない。

 次に偉い第1皇子にもすでに信頼をおく眷属がいるし、あまりに頭が回る主では私の思惑が上手く運ばない。

 

 そう、私の計画に必要なのは優秀な主ではない。私に全幅の信頼をよせ、私に権力の行使を委託することをよしとする主だ。

 まさに姫のような小娘こそ我が主!

 

 かつてはみすぼらしかった姫も、私の植え付けた自身と持ち前の容姿で着飾れば一角に見られるようになってきている。まだ幼いが、その方が好都合だ。

 

 現在煌帝国は中原の天華統一に動き、それを目前にしている。

 その基本戦略は二つ。戦によるものと外交によるもの。

 

 第1皇子をはじめとした迷宮攻略者、そして圧倒的な軍事力を背景にした軍事的侵略。

 もう一つは、経済的な侵略からの政略結婚による支配。

 

 姫ならば遠からず、政略結婚の道具としてどこかの王族に嫁ぐだろう。そして子をなす。

 将来の王となる子を

 

 となれば、姫の信用篤く、有能な私がその子の後見人になることも不可能ではないのではなかろうか。

 私の教育によって育った、姫の子。その子はやがて王となり、私はその王に信頼され私は権力を手に入れる。

 

 完璧な流れだ。

 

 候補はついている。

 姫が心を寄せている(ハズの)和国の王子だ。

 

 たしかにいくつかの懸案事項はある。

 一つ、その王子は王になれるかどうか分からない。

 和国第2王子、皇光。そう彼は第2王子なのだ。だからこそ彼は煌帝国にやってきた。第1皇女、練白瑛の許嫁として。

 それが二つ目の問題だ。

 

 だが、いずれの問題も、私の冴えわたる頭脳をもってすれば解を導くことなどたやすいことだ。

 

 彼はたしかに第2王子。だが迷宮攻略者だ。聞いた話によると迷宮攻略者とは王の器だという。

 王の器。そう、王となる運命を背負った者なのだ。ならば一つ目の問題ははじめから問題にもなっていないのだ。

 二つ目の問題にしても、たしかに王子は第1皇女の許嫁だが、それを決めたのは前皇帝だ。そして現皇帝はむしろ、自身の直系の姫を嫁がせたがっている。

 

 和国と言えば、煌帝国の東方に位置する小さな島国。

 だが小国とは言えその影響力は侮れないものがある。戦乱渦巻く三国を統一した前皇帝ですら和平を結ぶことを選んだほどだ。

 

 条件は悪くない。問題もほぼない。あとは

 

「…………」

 

 目の前の木陰で寝ているように見えるこの男と姫とをくっつける策をどのように練るか、だ。書物によると和国の武人とやらは実直で警戒心が強いとのことだが、他国の城内、屋外でうたた寝するなど無警戒にもほどがある。

 治安の悪い街中や街道などであれば、身ぐるみを剥がれて放り出されるところだろう。

 全裸で無一文、金属器すら失う王子など笑い話にしかならないだろう。

 

 だがむしろ警戒心の薄い、ただ武力一辺倒な者の方が後々操りやすい。これは私にとってこれは、好機以外なにものでもない。

 

 少し離れた位置から一歩足を踏み込み近寄った。その瞬間、

 

 ぞわりっ、と悪寒が背筋を駆けのぼった。

 

「ひっ!」

 

 抜身の剣を首筋にあてられたような錯覚。

 気づけば、うたた寝していたはずの男は、射るような視線をこちらに向けていた。持っている刀は抜いてはいない。だが、一瞬あればそれを抜き放ち、私の首は次の瞬間には胴から離れていることを予感させるような威圧感。

 

 先ほどまで寝ていたはずでは? 警戒心の薄い? そんな疑問が浮かぶ隙すらなく、放たれる威圧感は夏黄文に呼吸の仕方すら忘れさせるほどだ。

 

 不意に

 

「夏黄文殿、だったな?」

「え? あ」

「どうされた?」

「え。いえ……あの」

 

 

 息詰るような圧力は、どこかへと消え去っており、以前にも話したような雰囲気へと戻っていた。そのあまり変化に戸惑いの声を上げた。

戸惑う夏黄文をよそに、光は伸びをするように背筋を伸ばし、腰を上げた。そこに

 

「夏黄文さん、どうしたんですか? あ! 光殿。姫が探されていましたよ」

「ん? 青舜殿か」

 

 光の許嫁である白瑛の従者、青舜が小走りにやってきた。青舜はなにやら居心地悪そうにしている夏黄文と普段通りの光を見比べて首を傾げた。

 二人が会ったことはあるが、それほど親しげな間柄でもなかったし、なにか話していたのかと少し気になったのだろう。

 

「どうされたんですか?」

「いや、少し休みながら釣りの計画を立てていたところだ」

「? お二人でですか?」

 

 青舜の問いに対する光の回答はどこかずれたようにも感じる答えで青舜は疑問顔で夏黄文を見てみた。夏黄文はどこかたじろぐように汗をかいており、光は明後日の方向を向いていた。

 

「いや。当分先の予定だったんだが、思ったより早まりそうだな」

「? はぁ? えーっと、とりあえず姫様がお探しでしたけど」

 

 会話の流れが今一つ分からないが、ひとまず青舜は自分が光を探していた目的を果たすために要件を告げた。

 

「ああ。金属器の鍛練だったな。すぐ行く……と、夏黄文殿、それではな」

「! え、あ、はい……」

 

 光は青舜が、というよりも白瑛が自分を探していた要件がなんだったのかおおよそのあたりがついていたのか、青舜とともに歩き始めた。去り際、夏黄文にかけた一声はさして普段と変わりない一言だったが、それでも夏黄文にはなにかの圧力のように感じたのか、びくりと反応を示した。

 

 

 去りゆく光の背を見ながら、夏黄文が計画の再考を考えたかは……定かではない……

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 禁城の頂上。城壁の上よりもさらに上の、尖塔の上に一人の男が胡坐をかいていた。

 

「ふーん。この距離で気付いた、か……」 

 

 後ろで纏められた黒髪は長く、腰どころか足元まで届きそうなほどだ

 

「魔導師じゃねえのに、よく気づきやがる」

 

 その場所は本来人が立ち入れる場所でもないし、なにより男は尖塔の上に直に座っている訳ではない。

 宙に浮いているのだ。

 

「“あれ”の影響か……?」 

 

 男の名はジュダル。煌帝国の神官、マギだ。

 好きなタイプは強い者。だが……

 

「まっ、どっちでもいいか」

 

 視線の先の人物。迷宮攻略者、皇光を見ながら、その食指はまったく働かなかった。

 

 魔力量は多い。マギたるジュダルの眼には、その内包量が白瑛や紅覇よりも多いものであると写っている。流石に紅炎ほどではないにしろ、その内包量は破格だ。

 戦闘力は高い。金属器を使わない戦闘技能では煌帝国でも1,2を争うかもしれない。

 

 だが、それでも……

 

 あの男は違う。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 一方

 

「それで……どうだ?」

「余計に分からなくなりました」

 

 皇光を認める皇子は、弟二人と話していた。

 幾度かの内乱鎮圧の成果を見て、そして実際に光と接しての感想を尋ねたのだが、紅明から返ってきたのは残念な返答だった。

 

「でも明兄、結構楽しそうに、一緒に餌やりしてなかった~?」

「なんらかの動きを見せるかと思ったのですが、あれは……」

「なにかを誘い出すつもりだった、か」

「……はい」

 

 とはいえ失望には至らない。紅覇は先だって見ていた紅明と光のやりとりに間延びした声で尋ねた。対して紅炎は、相手の不気味さに笑みをこぼした。

 

「誘い出そうとしていたのは、俺達か、あるいは……」

「どちらかと言うと、敵意を向けてくる者すべてを釣り上げようとしているように見えました」

 

 皇光の目的は白瑛を守ることだ。だが、その白瑛には敵が多い。直接的に害してくる動きを見せている者はそういないが、彼女の父や兄たちを殺した者の一派が潜んでいる。あるいはそう考えているのかもしれない。

 

「釣られてやるのも一興だが……さて、どうしたものかな」

 

 今の所、白瑛とともに動いている、というよりは、その白瑛に無断で敵味方を明確にしようと動いているように見える。

 “戦好きと評判の”紅炎ならば、それにつき合って一戦やらかすのもやぶさかではないが、一応相手は将来の義弟になるかもしれない男だ。加えて、金属器使い同士がやり合うと被害が大きい。

 

 そして光とやり合えば、白瑛の動きも予測しづらくなる恐れがある。

 やり合うにはデメリットが多いが、それでも餌をぶら下げられて、これ見よがしにうろちょろされているのは気分のいいものではない。

 

 

 互いに打つ次の一手は………… 

 

 

 

 


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