煌きは白く   作:バルボロッサ

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第12話

風が吹いていた。

 

「っ……ふっ!」

 

 それはただの風ではない。明確な指向性をもった風。魔力によってルフに命じられて起きる風。

 

 混沌と狂愛の精霊、パイモン

 白瑛に力を与えるジンの金属器。それにより生み出される風が今、吹き荒れていた。

 

 離れた間合いから始められたその模擬戦は、白瑛の間合いだった。 

 

 風の巨人。

 その腕はさながら大嵐の如くに、しかし明確な意図をもって光に押し寄せる。それに対して光は素早い動きで殺到してくる風の猛威を避けながらその距離を詰めていた。

 

「! パイモン!」

「ちっ」

 

 大きな一撃を避けた光は、わずかにタメをつくって一足飛びに白瑛の懐へと潜り込もうとするも、寸前で気付いた白瑛が金属器である白羽扇を振るいそれを阻止した。

 白羽扇が紡ぎ出した風は、パイモンの加護により敵を寄せ付けぬ風壁となって光を包み込もうとする。

 速さによる正面突破が阻まれたと見るや、光は詰めてきた距離を捨てるように前方へのベクトルを後方に変換して距離をとった。

 

「桜花……」

 

 腰を落し、光が素早く刀身に指を走らせると、その指の軌跡に沿うようにして刀身に気が集中した。

 

 そして

 

「一閃!」

「っ!?」

 

 光は渾身の脚力で地を蹴り、白瑛へと接近するように跳躍。己を押し潰すだろう暴風の奔流へと突っ込んだ。

 だが、その侵攻を阻むはずの風壁は気の込められた和刀の一薙ぎによって断ち切られ、白瑛は驚きに眼を見開いた。

 

「くっ!」

「ぬっ」

 

 返す刀で白瑛へと白刃を煌かせるも、その刃は白瑛を取り巻く風の障壁にわずかに阻まれた。

 

 和刀を金属器にしている光とは異なり、攻撃力のない白羽扇を金属器としている白瑛は、ジンを操っている間は本人の攻防力が落ちる。

 

 これまでの幾度かの鍛練で何度もそこを突かれた白瑛は、自らの周囲に薄く風の防壁を張り巡らせることで最低限の防御力を得た。

 だが、それは風壁すら切り裂いた光の刃の速度をわずかに鈍らせる程度の働きしかない。しかし、そのわずかな差で白瑛は帯にさした剣を抜いていた。

 

「っぅ!!」

「……」

 

 ギンッ!! と刀と剣が打ち合い、拮抗が生まれる。

苦悶の声を漏らしたのは白瑛。

 

 障壁により威力を落したとはいえ、両手持ちの光の刀に対して、白瑛は片手に白羽扇を持っているため、片手で剣を操っているのだ。

 だが、わずかな拮抗があれば十分。白瑛のパイモン、その操る風は懐に潜り込まれようとも攻撃できないわけではない。

 

 狙うは光の胴。空塊によって弾き飛ばして距離をとる。

 白羽扇に魔力をこめて、風を操ろうとした白瑛は、

 

「えっ!?」

 

 白羽扇を持つその手を光に掴まれ、驚きの声を上げた。それは刀を両手で持っていたはずの光が片手持ちに切り替えていたこと以上に、自らに起こった異変、込めた魔力が霧散したことによる。そして

 

「あっ、きゃっ!!」

 

 ぐるん。と体が宙を舞い、白瑛は短く悲鳴を上げた。集中していた意識が魔力を霧散された驚きによって途切れたが故だろう。

 片手で投げ飛ばされた白瑛だが、墜落直前で光が衝撃を和らげるように調整し、とすん……と草むらに身を横たえた。

 

「1本、だな」

「はぁ、はぁ……」

 

 空を見上げる白瑛に光は勝敗の決着を告げた。

 白瑛は弾む息に胸を上下させ、光は抜いていた刀を納めた。

 

「風の使い方はかなり上手くなったな。接近された時の切り替えもまずまずといったところだが」

「……なんですか、今のは?」

 

 白瑛が迷宮を攻略し、金属器使いとなってから、時間を見つけてはその扱いの鍛練をしていた。

 白瑛は魔法も操気術も使ったことのない武人だ。それゆえいきなり金属器の超常的な扱いになれることはできない。特に風という直接的な攻撃力に乏しい現象、しかし込める魔力によっては非常に大きな現象をもたらすこの金属器の扱いにかなり戸惑ったところはある。

 だが、流石にその武を認められるだけはあり、数度の練習で風の扱いに関してはかなり上達していた。

 

「操気術の一種だ。自然の風は無理だが、魔力によって引き起こされた現象ならある程度は斬れる」

「金属器が使えなくなったのですが」

「そっちもだ」

「…………」

 

 上達したとはいえ、未だに白瑛は光の金属器使いとしての顔を引き出すには至らなかった。光の剣術の技量が優れているのは知っていたが、こちらだけ金属器の力を使ってもこれだけの差があるのは悔しさを覚えずにいられない。

 

 少し拗ねたように顔をむっとさせている白瑛に、光はくすりと微笑み、その隣に腰を下ろした。

 

 思い出すのはまだ白瑛が和国を訪れていたころ。剣の稽古やちょっとしたことでむくれた時の顔は今とそっくりだった。

 凛とした眼差しも。強い意志と理性を感じさせる瞳も。痛いほどに真っ直ぐな想いの強さも。壊れそうなほどに固く、脆い理想を抱くところも。

 守りたいと願った白瑛がすぐ手を伸ばせば届くところにいた。

 

「……光殿。子ども扱いされているように感じるのですが」

「む? そうか?」 

 

 気づけば光は白瑛の黒く艶やかな髪を撫でていた。白瑛は光に投げ飛ばされた体勢のまま、つまりは地面に身を横たえた状態であり、腰まで届く長い髪は流れるように広がっていた。

 

 白瑛はむっとした様子のまま光を見上げ、光は愉しそうに白瑛を見つめた。

 

「今の白瑛殿を子どもだと思った事はないのだがな」

「そうですか?」

 

 光の言葉に嘘はない。

 出会ったころはまだ少女と呼べる年齢だった白瑛も、今では既に立派な皇女。たとえそれが、如何なる政治的思惑の上に立つものであっても、それでも白瑛の在りようは紛れもなく気高く咲き誇る華だった。

 

 二人の迷宮攻略者。

 すでにどちらの親とも対面した許嫁同士。

 

 二人の視線が絡み合い、互いの瞳に、互いの黒い瞳を写した。

 

 子どもではない。そう告げるような白瑛の瞳に悪戯心が宿っているようにも見えた。

 

 今回、白瑛の金属器の鍛練のために二人は従者をおいてきて出てきている。そして今、白瑛は無防備に横たわっている。

 

 海を隔て、触れ合うこともできなかった二人が今、その温もりを確かめられる距離にいる。

 

 すっと光が体を寄せ、その瞳が白瑛の中で大きく映り、

 

 

「姉上!」

 

 

 聞こえてきた声にピタリと光の動きが止まった。

 少し離れたところから徐々に近づいてくる馬の足音が二頭分。

 光は溜息をつき、白瑛はくすりと笑みを零した。

 

 変わったと言えば、白龍の光に向けてくる警戒の色は少し変化の兆しを見せている。

 初めはどこか疑うような猜疑心を伴った警戒の色だったが、今はそれが薄れた代わりに警戒のレベルが上がってきているように感じられる。

 

 頭を掻きながら何とも言えない表情で立ち上がった光は、白瑛にも手を差し伸ばして立たせ、先程から叫んでいる義弟の方へと向いた。

 

「白龍」

「! ご無事でしたか、姉上!」

 

 予想通りやってきたのは白龍と青舜。

 白瑛の声に白龍はぱぁっと顔を明るくしており、青舜はどこか気まずそうに光の方を見ている。

 

「一応、俺が護衛代わりなのだが……誰が手出ししてくるというんだ」

 

 軽く愚痴をこぼした光をスルーして、白龍は馬を降りて姉のもとへと駆け寄っており、青舜は「皇子は貴方が姫に手出ししないかと警戒しているんです」という言葉を飲み込んで誤魔化すような笑みを浮かべた。

 

 そちらのやりとりにはまったく頓着せずに白龍は白瑛と話している。

 

「金属器の方はどうですか?」

「ようやく光殿の操気術を引き出せる、といったところです」

 

 弟の問いに白瑛はいつものにこにことした笑みを浮かべて、ただ少し悔しそうな色を滲ませて答えた。それを聞いていた青舜は意見を伺うように光を見上げた。

 

「金属器は使われないのですか?」

「使う必要があれば使うが、基本的に俺のは近距離型だ。今とさして変わらん」

 

 使うほどの機会がない、というのもあるが、煌帝国に来てから光は一度も自らの金属器としての力を見せてはいなかった。

 

「風を扱うことに集中するとどうしても剣に対する意識がおろそかになってしまうのですよね……」

 

 遠距離戦では光はあまり攻撃手段がない。だが和国特有と思われる歩法と体捌き、剣技によってその距離を詰められてしまうとどうしても反応が遅れてしまう。

 

「ジンを宿した金属器がまずかったのではないでしょうか」

 

 少し困ったように自らの金属器、白羽扇を見る白瑛に、白龍はジト目で言葉をかけた。

 白瑛の持つその白羽扇。それは昔、光が白瑛に贈った物だということは白龍も知っていた。そこには大好きな姉を盗られたという嫉妬も混じっているのだろう。

 

「金属器は自分の思い入れの深い物に宿る。そうほいほいとは変えられんし、宿すにしてもかなり時間がかかる。武器に宿すことよりも対処方法を考えた方がいいぞ」

「はい。それにこれは……大切な物ですから」

 

 白龍の言葉に光が金属器の特性を告げ、白瑛はその“思い入れの深い”白羽扇を握り締めた。

 

 出会いの証

 再会を誓う証

 そして……

 

 

「いっそのこと、接近戦は眷属に任せる、というのもアリだと思うがな」

「眷属、ですか……」

 

 白瑛自身が剣技に疎いというわけではない。たしかに、光や紅炎ほど武に長けているわけではないが、並の兵士に比べれば格段にその腕前は優れているし、光もそれは知っている。ただ、片手に扇を持ち、風の操作に集中した状態ではいかに白瑛でもその腕前を存分には発揮できない。

 

 戦いにおける風の扱いはかなり難しい。

 火や雷のようにエネルギー量の高い性質を持っているわけでも、水や土のように質量を持っているわけでもない分、直接的な攻撃力は低い。またそれらのように視覚的に見ることができない分、それを制御する難易度も高いのだ。

 

「金属器の使い手がともに戦うことも認めた者のことだ。主が力を与える眷属器の担い手だ」

「……」

 

 ただ、それを認めて剣を抜くことを止めるのは、武人としての生き方を選んだ矜持にも、白瑛自身の矜持にも反する。ゆえに、すぐに光の言葉に飛びつくことはできずに白瑛は黙りこんだ。

 一方で、彼女の従者として、ともに迷宮を攻略した青舜は、

 

「すでに居るだろ?」

「えっ?」

 

 続けられた言葉と、光が指さす人物を見て、

 

「わ、私、ですか!?」

 

 つまりは自分がその眷属だと指摘されて驚きの声を上げた。たしかに主である姫の力になれたらと願ってはいるものの、光の言うような金属器から力を与えられた覚えは特になかったからだ。だが、青舜の驚きに対して光は頷きを返して青舜の腰に帯びている双剣を指さした。

 

「その双剣。それから白瑛の白羽扇と同じ気を感じるぞ」

「私が、眷属……」

 

 光は魔導士ではない。そのため世界を流れるルフとやらを見ることはできない。ただ、光は長年操気術を使ってきた経験もあり、気の流れには敏いのだろう。

 指摘を受けた青舜は、自らの双剣をじっと見つめた。

 

 たしかにこの双剣は、姫の従者となったころからの、思い入れのある物だ。青舜が白瑛を敬愛するように、白瑛も青舜を信頼してくれていると思っている。

 そしてこの手に、白瑛の盾となり、剣となるための武器があるのであれば、

 

「光殿。どうすればこの眷属器は使えるのですか?」

 

 それを使わないという選択肢など存在しない。

 青舜はキッと光に視線を向け、自らに与えられた力の使い方を問うた。それに対する光の答えは、

 

「知らん」

「えっ?」

 

 至極あっさりしたものだった。

 

「俺には眷属がいない。どうやらこいつは眷属を作らんジンらしくてな」

 

 思わず目を点にして問い返した青舜に光は、愛刀を軽く持ち上げて答えた。

 

 金属器に関する情報は、煌帝国に来る前にある程度は調べていた。

昔々の話だが、和国にも金属器使いはいたのだ。いくつかの文献に記述されたそれによると、かつての王には4人の眷属がいたということなのだが、光の金属器にはそれらしい者はいない。

 嘘ではない。だがそれは光のジンの本来の性質がゆえに、ではない。その理由を光も知っているのだが、それを白瑛に語ることはないし、そのつもりもない。

 

「まあ眷属というくらいだ。金属器と同じ風の力を秘めているだろうから、白瑛殿に聞いてみた方がいい」

「…………」

 

 ただ告げるのは、白瑛の身を守るための術をより確かなものにすることだけだ。

 実際、光のジンと白瑛のパイモンとの、ルフ的な性質は実は悪かったりするのだが……

 

 困ったように白瑛に振り向く青舜だが、白瑛とてようやく風の扱いになれてきたところなのだ。すぐに的確な指摘を送ることはできまい。

 

「あとは……魔装化だな」

「魔装化?」

 

 青舜が眷属器使いとして白瑛の前衛を務める、というのは後々の形としてはありそうだが、ひとまず別の方法もある。それを告げると、青舜に加えて白瑛もまた首を傾げた。

 

「ん? なんだ紅炎殿か、あのマギから聞いてないのか?」

「?」

 

 その様子に光は少し不思議そうな顔をした。

 煌帝国にはすでに金属器使いがいるし、その金属器使いは戦争好きで知られている。てっきり、一度や二度はその使い方を見たことがあると思っていたし、なによりジンへと導く張本人たるマギがすぐ近くにいるのだ。その使い方を聞くことはできるだろう……と思ったが、思い返してみれば、あのテキトーそうなマギがそこまできっちり世話を焼いてくれるとも思えなかった。

 

「ジンの使い方の本領は魔法を使う事じゃない。自身にジンを宿すことがその本領だ」

「ジンを、宿す……?」

 

 そのため一応の使い方を指導するようにジンの本質的な使い方を説明した。

 

「ジン次第だが、武装を持っている可能性もあると思うが……やってみるか?」

「はい」

 

 訓練で消費した分の魔力はすでに多少回復してきている。光の問いかけに、白瑛は頷きをもって答えた。

 

 

    ✡✡✡

 

 

「混沌と狂愛の精霊よ。汝と汝の眷属に命ず。我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ……出でよ! パイモン!!」

 

 白瑛のジン、パイモンを呼び出す詞とともに吹き荒れる風が顕現する。それはさながら風の巨人の如くに、そして白瑛を守る聖母の如くに。

 

 だがそれは本来の金属器の使い方からはみ出したものにすぎない。

 風が吹き荒れる度に白瑛の魔力は消費されていく、燃費の悪い方法。

 

 

「風を収束するんだ。金属器を持つ手を基点にジンの力を薄く纏うように魔力をコントロールしろ」

「……くっ」

 

 光の指摘を受けて白瑛は集中力を強めて、手に持つ白羽扇に意識を集中させる。

 大きくうねるように吹き荒れていた風の巨人が少しずつ小さく、白瑛の体を覆うように収束を始め、

 

「っぁ!」

 

 その収束が金属器に集中し始めた瞬間、抑え込んだ風が暴発するように弾けた。

 

「ふむ。流石にそうそう簡単にはいかんか……」

 

 収束させる訓練を始めて、これで幾度目かの失敗。

 なんとか手元近くに風を集めることができるようにはなってきたが、流石に精神力と体力、魔力に限界が来たのか、白瑛は大粒の汗をその頬からしたたらせ、荒い息をついていた。

 

 元々、白瑛は風を制御する能力の練習中であったのだが、それは例えば風の壁をつくったり、風の弾丸や斬撃を生み出すもので、放射させるような使い方が中心だった。

 金属器の力を1点に収束させるというのは、特に風のように本来留まる性質を持たないものを収束させるのはかなり難しいのだろう。

 

「光殿が一度実演するというのはどうでしょう?」

 

 手探り状態が続く白瑛を見かねて青舜が口を挟んだ。それに対して光は少し困ったように首筋を掻いて答えた。

 

「魔装化はそれぞれのジンの特性を纏うものだ。俺のを見てもあまり参考にはならんし、どちらかというと変な先入観が植え付きかねん」

 

 光のジンと白瑛のジンは、その得意とするルフの系統からしてそもそも異なる。

 

「どういう形になるのですか?」

「慣れてくれば多少形状もコントロールできるが、基本的にはジンの持っている武器に似た形をとる」

 

 白瑛が息を整えている間に、青舜が少しでもヒントを引き出そうと質問を重ねていた。

 魔装化というのはジンそのものを纏うものだ。ゆえにその形状は金属器とルフが担い手に直接教えてくれるものなのだ。だが、そこに先入観が組み込まれると指向が定まらずに上手くできなくなる可能性がある。

 

 白瑛は深呼吸をしながら迷宮で出会ったジンの姿を、パイモンの姿を思い浮かべていた。

 その時の姿には武装との関連性は思い浮かばなかったが、不思議と何かの形が頭の中に流れ込んできていた。

 

 まだ明瞭な形にはならないそれは、しかしそれこそが自分の形作る第1歩なのだと確信させるものだった。

 

「……行きます」

 

 思い浮かぶは白い姿。

 

 風を纏い、風とともに舞い……

 

「む?」

 

 何かを掴みかけているのか、白瑛の風が白羽扇を覆い、それを掴む腕を露わにしかけ

 

「っっ!」

 

 しかし、明確な形に留まる前に風が収束を破って吹き荒れた。

 その風に小柄な青舜などは吹き飛ばされかけてなんとか踏みとどまり、白龍も片腕をあげて猛烈な突風から目を隠すようにして耐えた。

 

 暴風の中心地では白瑛が息を荒くして、地に両手をつけていた。

 

「むぅ……まあ、これも一朝一夕になんとかなるものではないが、鍛練しておいた方がいい。ただ消耗には気をつけろ」

「?」

 

 大きく肩を上下させる白瑛に光は近づき、手を差し伸べながら注意を促すように言葉をかけた。

 なんとか息を整えて光の手を借り立ち上がった白瑛はその言葉に小首を傾げて問うような視線を向けた。

 

「魔装化すれば強大な魔法を使うこともできるが、その分消耗も大きくなる。急激に魔力を消費すれば場合によっては命を削ることもありうるからな」

 

 操気術、魔力操作にも言えることだが、魔力というものは生命力と同義だ。ルフが生み出すそれを使って人間は生きている。言ってみれば人が生きることもルフが引き起こす自然現象の一つと言えるのだ。

 

「光殿は魔装の習得にどのくらいかかったのですか?」

「直接比較はできんな。俺の場合は操気術である程度は気のコントロール、魔力の制御ができていたからな。気も魔力も扱った経験のない白瑛殿とは土台が違う」

 

 青舜の問いに光は直接的な明言を避けて比較できないことを告げた。

 

「あと白瑛殿の魔力量は人よりも多少多い位だ。大技を一度出すのが限度だろう」

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 鍛練が終わり、宮中での仕事が終わり、白瑛も光も私室へと戻っていた。

 

 最近白龍は煌帝国に滞在している流浪の民とやらに稽古をつけてもらっているらしく、許嫁同士、二人きりになる時間が増えていた。

 もっとも、いつ従者や白龍がやってくるかもわからないところでは滅多な事もできないが……

 

 二人にしても会話を楽しむこともあるが、おしゃべりな性格というわけではなく、会話もなく、ただ共に居るという時間もままある。

 

 話したこと、まだ話していないこと、そして話さないこと……会話の内容に困るということはないが、今二人の居る部屋は衣が擦れる音と開け放たれた窓から風のそよぐ音が聞こえていた。

 

 今も白瑛は繕い物に集中しているのか、手元に視線を落して作業しており、光はただその傍で瞳を閉じていた。

 その真っ直ぐな白い気の流れが心地よく、言葉を交わさなくても一緒に居られることが自然な様子で……

 

 不意に光は何かを感じ取ったように眼を開けて扉に視線を向けた。

 

「光殿?」

「……」

 

 微睡んでいた猫が人の接近を感じて警戒した瞳を向けるような光の姿に白瑛は視線を向けた。

 

 扉の先に現れた者が誘う先。

 その先に得るのは……

 


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