煌きは白く   作:バルボロッサ

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第14話

 夜の闇よりも深い漆黒の中に、淡く薄紫に色づく花が咲いていた。

 桜の大樹。

 闇に浮かぶそれは、今まさに絶頂期を迎えているのだろう、満開に咲き誇り、時折その花を散らしていた。

 

 大樹の根元に一人の男が立っている。

 

 漆黒の髪を結い、見上げるその顔は強い意志を内包したように凛としている。

 

 男は大樹の幹に手を当て、その命動を感じ取るように瞳を閉じた。

 脈打つそれは力強い息吹を伝えている。

 

 

 静寂が支配する闇の中で声が聞こえた気がした。

 この大樹が咲いた時の言葉だ。

 

 

    忘れるな。我が王よ。これがお主の―――――

   

 

 後悔はしていない。

 

 約束があるのだ。

 決して違えることはない。

 

 たとえどのような形になろうとも、それでも守ると誓ったのだ。

 

 

 いつの間にか、差し伸べた手は抜身の刀を握りしめていた。

 

 和刀・桜花

 

 この景色と同じ名を冠する、皇光の愛刀の名。

 大切な者を守るために、運命を切り開くための力の形。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 禁城、謁見の間にて……

 

「和国の剣士? 帝国領内にですか?」

 

 征西軍総督練紅炎、その眷属。紅炎配下の軍師練紅明、紅覇。北方兵団将軍白瑛。ほかにも幾人かの将が集まる中、白瑛旗下としてではなく、和国特使として光も呼ばれていた。

 

「ええ。帰還した兵の話では光殿の持っている和刀とよく似た剣を振るい、取り囲んだ兵たちを両断したということです」

「…………」

 

 将の他に来ているのは、煌帝国皇帝の妻である玉艶。白瑛の実母である后妃の言葉に光はちらりと自分の愛刀に視線を落した。

 

「基本的に和国の剣士が国外に出ている、という話は聞いていないのですが……」

 

 玉艶の言葉を補完するように紅明が手元の資料を見ながら発言した。

 

 煌帝国の東に位置する島国、和国。小国ながら、秀でた工業。航海技術で貿易国として知られているが、その国民が他国に流れるということは実はあまりない。

 同じ貿易国であれば、例えば西方のバルバッドなどは海洋の要所である立地条件を活かして貿易を盛んにしているが、大陸と陸続きであるため、国民の流入、流出もある程度ある。

 だが、和国では陸続きの国がなく、唯一の近隣国が煌帝国ということもあって、あまり国民が出て行かないのだ。それは和国の国民性にも関係した事なのかも知れないが、いずれにしても和国の剣士が謎に包まれている理由の一端として、国民があまり外に出ないという理由がある。

 

「近くの県令が派遣した討伐隊にもある程度の被害がでています。賊に紛れ込んでいるその男の正体は不明ながらかなりの力を有していると見て、賊軍討伐のため、国軍として討伐軍の編制を行っています」

 

 被害が出ているという言葉に白瑛はその柳眉を潜め、光は玉艶の方に視線を向けた。その表情はどこか底の知れない、その心の内を読むこと危険を感じさせるようなものだった。

 

「……目撃されたその剣士の外見はどのようなものだったのでしょう?」

「老人の男だった、という事ですが……それを伝えた者も詳しく述べる前に事切れたそうです」

 

 光の問いに紅明はほとんど情報がないことを告げた。

 相手はそれほどの大きくない規模の賊たちだったそうだが、その中にいた一人の老剣士によって甚大な被害を受けたのだという。

 老人の男、という言葉に光は考え込むように険しい表情をして、それに気づいた紅炎が問いかけた。

 

「心当たりがある、か?」

「……なくはない、のですが予想通りだとしたら下手に軍を編成しても犠牲を増やすだけかもしれません」

 

 考え込んでいた光の発した返答に広間に集っていた将軍の幾人かが顔を顰めた。

 

 他国の者、しかも前皇帝の影響力の強い白瑛と親しい光が軍議の場にいること自体、気に入らないのに、それに加えて自分たちの軍が脆弱だとも聞こえる発言をされては面白いはずもない。

 だが、そんな将軍たちよりも高位で、かつ忠を捧げている主、練紅炎がそれに感心した風な態度をとっている以上、文句を述べるのはなかなかに難しい。

 

「それは困りましたね。賊を放っておけば、国の民たちにもいつ被害が出るか分かりません。……そうですね。光殿ならば、その心当たりとやらであっても討伐することができますか?」 

 

 光の言葉を受けてだろう、その秀麗な顔に自国の民を憂慮する色を滲ませて、后妃である玉艶が光に視線を向けた。

 

 なにかを読み取ろうとするかのように光は玉艶と視線を交じわらせ、

 

「……身内であった者の不始末やも知れぬ、とあらばこちらから望みたいほどです」

 

 不敬に当たらないほどの短さで受領の意を返した。

 交わらせた視線から読み取れたのは、光をもってしても、底知れない深淵だけだった。

 そこには、言葉にのせられているように、民を慮る心情があるのかないのか。他国の者を自国の案件に巻き込んでしまうことに対する思惑があるのかないのか。

 読み取ることはできなかった。

 

「賊軍の討伐には、そうですね……白瑛。あなたが指揮する軍が出征できたわね?」

「はい」

「では、光殿にはあなたの軍に同行していただきましょう」

 

 光の返答に頷いた玉艶は、次いで少し考え込むようなそぶりを見せてから、自分の娘に —先だって征西軍北方兵団の将に任じられた白瑛に― 討伐の任を下した。

 

 両手を胸元に掲げて、拝任の礼をとる白瑛。

 

 白瑛と玉艶のやりとりの際、光と紅明、紅覇の瞳に訝しげな光が宿っていたことに、白瑛は気付かなかった。

 

 いかに后妃であり白瑛の母であったとしても、白瑛のその直属の司令官は、征西軍総督に任命されている紅炎であり、玉艶の命で白瑛の軍の動向を決める権限はない。

 紅炎の権限を侵すようなそぶりに紅覇は瞳に剣を宿していたのだが、その当人である紅炎は口を挟まず、黙然としたたたずまいのまま軍議を終えた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

「どういうことでしょう?」

 

 軍議が終わり、紅炎の私室へと集った紅明と紅覇は先程の軍議における不審さに顔を顰めていた。

 

「あのババア。勝手に軍の指揮権に口を挟みやがって」

 

 特に紅炎に対して絶大な信を寄せている紅覇にとって先程の玉艶の行いは癇に障るところがあったのか、いらだった様子で吐き捨てた。

 

「紅覇。そちらも気になりますが、どちらかというと……」

「皇光、か……」

「はい」

 

 だがむしろ、紅明が気にかかっていたのは玉艶の意図した方向にすんなりと従った光の方であった。そしてそれを予想していたのか紅炎は、平常状態の覇気の薄い顔で呟いた。

 紅覇は物問いたげな視線を兄たちに向け、紅明は後ろ髪を掻いた。

 

「あの方には例の件についてはお伝えしているのですよね?」

「まあな」

 

 紅炎にとって3つ目の迷宮攻略。

 その際に、眷属も連れずに二人だけで迷宮に挑んだのは、情報を交換するためであったと紅明は察しており、事実、それは的を得ていた。

 そしてだとすれば、あの男はすでに煌帝国に巣食う組織について知っているハズ。彼にとって、彼の守るものにとって敵となる者の存在についても。

 

 玉艶がどのような目的で光を賊討伐に組み込みたかったのかは分からないが、軍議に光を呼んだのが他ならぬ玉艶の意図が込められてのものだとしたら、今回の出征は危険が大きいハズだ。

 

「どういうつもりでしょうか?」

「大方、こちらもまだ完全には信用されてはいない、ということだろう」 

 

 紅明の疑問に紅炎は苦笑しながら答えた。

 紅炎自身、今は白瑛を害するつもりはない。ならば白瑛を守護しようとしている光ともまた同様だ。

 光の母国、和国にしても、煌帝国と敵対する意図も意志もなく、むしろ協力的であることを考えれば、そちらの方面から敵となる理由もない。

 

 ただ、紅炎たちのバックには、黒いマギ、組織の神官、ジュダルがいるのだ。

 

 光にとってそれは看過しがたい要素であり、そのために完全に紅炎たちを信頼することができないのだろう。だからこそ、白瑛の心情を、残された身内を大切にしたいという心を気遣って、白瑛に情報を伝えていないのだろう。

 

「それに、どうやら本当に心当たりがありそうでもあったしな」

 

 いかに光が和国の王族だとしても、だからといって自国の剣士すべてを、ましてや異国の地においてそれを把握しているなどということは端から予想していなかった。 

 あの場で光に心当たりがあったからこそ、光に同行を命ずる流れができてしまったのだ。知らなくてもおかしくないことであれば、知らないと述べておけば、それを確かめるすべはないし、あの流れは作りづらくなっていたはずだ。

 

 あの男ならそれを察していてもおかしくないし、玉艶に向けた探るような視線はそれを瞬時に考えてもいたからだろう。

 

 だが、それでも受けた。

 

 受けなければ白瑛の軍がそのまま派遣される可能性があったから。

 そして、その読み通り、彼の心当たりが居た場合、白瑛の身に危険が迫る恐れがあったから。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 煌帝国内に渦巻く思惑の中、派遣された光たちはある程度の兵数を連れて賊出現の報告があった地域に向かっていた。

 

 光を含めた白瑛旗下の兵。

 それは近々出陣するはずの征西軍北方兵団の一部を連れてきていた。

 

 主だった者としては白瑛の従者にして眷属となった青舜。大剣を持つ菅光雲。

 白瑛が将に任じられたため、千人長として兵団に配属された呂斎。

 そして、本人の希望により練白龍がその愛槍をもって参陣していた。

 

「心当たり、というのはどういう者なのですか?」

 

 馬上で揺られながら、白瑛は光に問いかけた。

 結局、軍議の後、出兵準備で忙しく、聞きそびれていたのだが、もしも光が敵に関して何らかの情報を持っているというのなら、それを共有しておくことは必要なことだ。

 

「……さすがに可能性としてはそう高くはないが」

 

 問いかけられた光は少し躊躇うように、しかし白瑛だけでなく、青舜や白龍からも同様の視線を向けられているために、そう前置きをして心当たりについて話し始めた。

 

「……数年前、城の宝物庫から一つの刀が強奪された」

「刀、ですか?」

 

 あまり関連性の見えない話の導入に、青舜がわずかに首を傾げた。だが、光の語る口調は苦々しげで、事件のことを忌々しく思っていることが見てとれた。

 

「単独で軍の相手をできるほどの剣客は和でもそうはいない。その男は当時、50人の衛兵を一人で斬り捨て、さらには追手を返り討ちにして国外逃亡した」

 

 和国の剣士、特に気を操る者たちの強さは大陸でも語られるほどの強さとして知られている。

 

「その者が件の剣士だと?」

「流石に可能性としてはそう高くはないと思いたいところだが……」

「可能性はある、と光殿は考えておられるのですね?」

 

 白龍の問いに、光は顔を顰めた。

 高くはない。と言いながらも、どこか直感のようなもので、何かを感じ取っているのだろう。光の顔は険しく、青舜は深刻な眼差しで問いかけた。

 

「和国の剣士、と思われるという情報があるのなら、そいつが出てくる状況が一番厄介だからな」

 

 光の言葉は単なる注意喚起以上の深刻さを物語っており、白龍は無意識に唾をのみ込んだ。

 

「それは皇殿よりもその男の方が強い、ということですかな? 強奪の事件があり、その男が国外に逃亡していることを踏まえましても」

 

 一方、光の言葉を真剣に受け止めているのか、見くびっているのか、鼻で笑うような口調で呂斎が問いかけた。

 白瑛との将軍任官での争い -といっても白瑛にとっては与り知らぬところで行われた駆け引きだったのだが- に敗れた呂斎は肩書上、白瑛の旗下に収まっていた。征西軍の千人長。位官としては高くはない。だが、現皇帝より白瑛、白龍、つまりは前皇帝の勢力の監視を言い遣っており、折り合いの悪さが深刻度を増しつつあった。

 

「さあな。強奪事件の時、俺は別件で国外に出ていたし、今どうなっているか分からん以上、確実に勝てる保証はない。ただ……」

 

 あからさまな呂斎の様子に青舜や光雲はむっとしたような顔つきになるが、一方の光はさして気にした風もなく自分の刀に目を落した。

 

 あの事件で倒れた兵の中には光が調練に関わった兵たちもいた。もし光が国内に居たら、おそらく対処は光が行なっていたはずだ。

 代理として指揮権を委任していた幼馴染は、一命を取り留めたものの深手を負い、追討の任を継続することはできなかった。

 だからこそ

 

「もしもその男が、俺の前に姿を見せるのならば、なんとしても斬り捨てる」

 

 光の眼に確かな意思が宿った。

 

 予感があるのだ。

 この戦いはきっと簡単には終わらない。

 いつかのように、そう囁きかける何かを光は感じ取っていた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 討伐隊を派遣した県令から改めて情報を受け取り、賊軍が潜伏していると思われる森まで辿り着いた白瑛たち。

 

「森、か……」

「賊が逃げ込むとすれば、常道ですね」

 

 その森を前に光と白瑛は言葉を交わした。

 

「なにか懸念でもあるのか?」

 

 何かを懸念するような光の呟きに光雲が近寄ってきて問いかけた。

 元賊軍の光雲からしても、森に逃げ込むというのは、ゲリラ的な戦闘を常とする少数軍の常套手段だが、白瑛たちはそんな光雲たちをあっさりと打倒した前歴があるのだ。

 同じような状況に、しかし懸念を強めているような光の顔つきに光雲は訝しげな視線を向けた。

 

「……先の討伐軍は、奇襲を受けたということだそうだ。森林での戦闘は人数の多いこちらには厄介だ」

 

 光雲の問いに、光は得た情報から導いた懸念を口にした。

 光雲たちもゲリラ的な襲撃を行っていたが、それは相手の練度が低いときにのみ成功しており、国軍や正規の討伐軍相手には逃避という手段をとることが基本だった。

 だが、今回の相手は違う。

 地方軍とは言え、しっかりと組織された討伐軍を打ち倒したのだ。

 特に件の剣士の奇襲を警戒するにはこの森林は条件が悪い。

 

「森での戦闘が厄介ならば、火を放ち燻し出すという手もあると進言しますが?」

 

 悪いのだが

 その行為をどこか嬉しそうに進言する呂斎の言葉に光は感情を見せずに白瑛に視線を向けた。

 

「……近くに村もあります。火の勢いが大きくなればそちらに飛び火しかねません。警戒しつつ、進軍しましょう」

 

 呂斎の進言を、白瑛は眉根を寄せて顰め却下した。

 森に火を放つ。その行動を是としない白瑛に光は少しだけ口元に笑みを浮かべ、呂斎は逆に唾棄すべきもののように顔を歪ませた。

 

 対照的な思惑。

 将と配下の溝。

 

 ともあれ方針は決まり、白瑛軍は索敵進軍へと軍を割り直した。

 奇襲による全滅を防ぐため、そして索敵のためにいくつかの小隊に分け、それぞれに行動方針を部隊長と話す。

 

 作業を行っている間、光は光雲へと近寄り話しかけた。

 

「……光雲」

「なんだ?」

 

 光はちらりと視線を呂斎へも向けた。

 警戒の瞳。

 

 たしかにあれも警戒すべきことだ。

 白瑛と呂斎の不協和。同じ部隊の中で別系統の派閥の者が高位についていることはあまりよくはない。

 特にあの二人は方針からして、決して互いに歩み寄ることはないだろうから。

 ただ、今最も警戒すべきはそちらではない。

 

「なるべく白瑛の近くで警戒していろ」

「どうかしたのか?」

 

 光が口にしたのは彼が大切にしている者のことだった。

 

「森での集団戦、しかもこちらの数が多い状況では、白瑛の力が充分に発揮できんからだ。奇襲で一気に踏み込まれて、いきなり将が討たれてはそのまま潰走しかねんからな」

 

 口にしたのは懸念の一つ。

 

「俺なら大軍を相手するなら森林戦で頭を狙う。実際今までの討伐隊も真っ先に頭を狙われて統率を失っている」

 

 奇襲を行う相手。しかも光と同じく操気術を扱う和国の剣士かも知れない。

 そのことに警戒を抱いていたのは光雲も同じだ。 

 

「……分かった」

 

 だからこそ頷きを返した。

 

 もうひとつ、警戒するべき対象があることをおいて。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 情報によると賊の数自体はそれほど多くはない。

 ただ、例の剣士が圧倒的に強いということから、白瑛たちは隊の内少数を率いて森の中に踏み入ることとし、残りの兵は森林の入り口で待機させ、万一白瑛たちとすれ違うように賊が出てきた時に知らせる手はずを整えた。

 

 生い茂る木々の影は、ともすればそこに人が隠れているような錯覚を覚える中、一行は進軍していた。

 

「まったく。本当に情報は確かなのですかな」

 

 視界の悪い森の中を警戒しながらの行軍。疲労に加えて、精神力の消耗は普段のそれよりも跳ね上がっており、呂斎は不満そうに愚痴をこぼした。

 その愚痴が軍団の将である白瑛への不満にそもそもの端を発していることを知っている青舜や白龍はむっとした表情で呂斎を睨み付けるが、光はそちらには視線を向けず、あたりを警戒しながら口を開いた。

 

「賊の本体がいるかどうかはともかく。本命の剣士とやらはいそうだ」

「!」

「なぜ、分かるのですかな?」

 

 光の直感とも言える勘の鋭さを知っているだけに、白瑛や青舜の警戒レベルが跳ね上がるが、それを胡散臭く見る呂斎は視線にその感情をそのままのせて問いかけた。

 

「剣気を隠していないからだ。どうやら、高くはない可能性を引き当てたようだ」

「それは……」

 

 返す言葉と共に、光の眼差しは臨戦態勢のそれへと移行しており、白瑛たちには感じない何かを感じ取っているかのように目を細めた。

 

 気、あるいは魔力。

 それを感じ取り、見ることのできる者はあまり多くはなく、特に東方と呼ばれる煌帝国などの地方に於いては、それは怪しげな術などと一括りにされて、侮蔑的な評価を受けている。

 

「はぁ? 剣気?」

 

 そのため呂斎は、光の言葉に胡散臭いものを聞いたといった反応を返し、嘲るような表情となった。

 侮るような口調を聞く光は呂斎へは視線を向けず、すっと自らの刀に手を伸ばした。

 

「一体、それのなにが根拠に」「!」

 

 呂斎が言葉を続けようとした瞬間。

突如、光が抜刀して一足飛びに呂斎へと迫った。身体能力のみならず、和国剣士が戦闘で用いる独特の歩法をもって一瞬で呂斎との距離を詰めた。

 

「ひっ!」「光殿!?」

 

 抜き放たれた白刃。煌く銀閃。

 弾けるように跳び、その刀を振るおうとする光の姿に、最早回避などできよう筈もない距離に迫られた呂斎は引きつった悲鳴を上げ、白瑛たちが驚きの声を上げた。

その瞬間

 

 

「えっ!?」「なっ!?」

 

 

 ガキンッ!! と金属がぶつかり合う、刀と刀打ちあう音が森の中に響いた。

 音の出どころは呂斎の首元。

 

「な、なにが……」

「っ!」「ほう。一人くらいは始末しておくつもりだったのだがな」

 

 驚愕する呂斎のすぐそばで、光と何者かが刀を交えており、舌を打つ光に対して襲撃者はわずかに驚いたような言葉を、特に心を乱したようでもない声音で呟いた。

 

 男の持つ武器は情報通り和刀。ただし光の持つ和刀・桜花の白銀の刀身とは対照的に、その刀身は黒。

 

 ギシギシと互いの剣が拮抗し、どちらからともなく、剣が弾け、互いに距離をとった。

 刀を操る馬手を振り抜き、弓手では呂斎の着物を引っ張って強引に距離をとらせた。

 

「お出ましだ」

「姫様! 周りが!!」

 

 一足で間合いを開けた光が抜刀した状態のまま構え直し、注意を促すのと同時。青舜の声が響き、それまで姿を見せなかった賊たちが湧いて出たかのように散在していた。

 

「いつの間に!?」

「なっ!」「ちっ!」

 

 囲むように存在する賊に、白瑛が驚きの声を上げ、白龍と光雲もそれぞれの剣を構えて、体勢を整えた。

 包囲陣を敷かれた白瑛たちは、自然円陣をとって、全方位に対する防御態勢を敷いた。

 

 視線を巡らす白瑛たちに対して、光はただ自身と同じ和刀を携える老剣士へと剣呑な眼差しを向けていた。

 

 踏み込む気ならば一気に切り込める距離。

 その距離は互いの剣界のギリギリ外に位置しているのだろう。

 光の遮られる森の中。温かみのない木漏れ日が互いの顔を確認し合った二人は、口を開いた。

 

「これはこれは……王子ではないか」

「やはりあなたか……お久しぶりです」

 

 一方は愉悦を伴う口調で

 他方、当たってほしくない可能性が当たったことに、そして懐かしき剣士の顔を見て

 

「……師匠」

 

 失われたはずの呼び方を口にした。

 


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