煌きは白く   作:バルボロッサ

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第16話

 舞い散る鮮血。

 和刀の鋭さと気によって強化された一太刀を防御の間に合わなかった体に受けた光。

 崩れ落ちるその体の横を幻斎は通り過ぎた。

 

「気による防御は多少間に合ったか。だが、即死は免れても、もはや立ち上がれまい」

 

 血の海に沈む光を白瑛は信じがたい思いで見つめた。

 賊軍の討伐の時も、迷宮攻略に駆り出されたときも、傷一つ負わずに帰還した。

 その強さは幾度も剣を交えた彼女がよく知っている。

 

 白瑛よりも、紅明よりも、紅炎よりも早くに迷宮を攻略した王子。

 その彼が、地に倒れ伏した。

 

「光殿!!」

 

 悲鳴のように声を上げた白瑛。

 駆け寄らなかったのは彼女の前に光雲と青舜が立ち塞がったからだ。青舜もまた驚愕を受けて光の名を呼んだが、瞬時に己が守るべき主の存在を思い出してその前に立ったのだ。

 

「心配いらん。お前の大切な女は、お前がくたばる前に綺麗に首を落しておいてやろう。愛しい首を眺めながら逝けるようになぁ」

 

 光の血に濡れた黒刀を一度振るい、光雲たちの前に歩を進めた。近づいてくる敵の首魁を前に光雲はギシリと歯を噛み砕いた。

 光の強さはかつて一撃で切り伏せられた光雲自身がよく知っている。鍛練の場を見る限りにおいて、他の兵や呂斎、青舜や白龍もまた光には及んでいない。

 唯一対抗できる可能性があるのは金属器を持つ白瑛だが、味方が多く、その本領を発揮できない上に近接戦においては遥かに格上の相手を前には分が悪い。

 

「くっ……!」

 

 我が身を盾にしてなんとか活路を見出そうとした光雲は、その背後から猛烈な風が吹き荒れるのに気がついた。

 

「っ、貴様ぁっ!!」

「姫様!!」

 

 吹き荒れる風は唯一つの扇から放たれ、そして集約しようとしていた。

 白瑛の怒声とともに高まる魔力が風となり荒れ狂い、しかしその確かな精神力をもって白羽扇へと集約していく。

 

「混沌と狂愛の精霊よ。汝と汝の眷属に命ず。我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ!! 出でよ! パイモン!!」

 

 極限まで風の奔流が集約したとき、白く色づくまでに高められたルフが白羽扇を取り巻き、その形を変えた。

 白羽は三叉へ、持ち柄は長く、その姿は白と金とに輝く三つ又の槍となった。

 

「ほぅ。先ほどの風はもしやと思ったが、やはり、金属器使いか、小娘」

「ハァッ!!!」

 

 パイモンの槍。風を操る魔装を振るう白瑛。

 巻き上げた風は鎌鼬となって幻斎へと襲い掛かった。

 襲い来る鎌鼬を横に跳ねることで避けた幻斎は雷の飛槍を招雷し、追撃に来た風を迎撃した。

 

 風と雷

 魔力によって生み出された二つの自然ならざる刃が激突した。

 敵を睨み付ける白瑛。幻斎はその眼差しを受け、目の前の女を単なる餌ではなく、敵対者として認識した。

 

「くっ」

「……ふん」

 

 扇状態での暴風よりも繊細な風を武具として扱う力。幻斎の素早い動きに苦悶の声を漏らしながら、距離を近寄らせないようにしていた白瑛だが、幻斎は愉悦を浮かべていた表情をすっと冷酷なモノへと変えた。

 

 瞬間、回避するように動いていた幻斎の姿が白瑛たちの前から消えた。

 

「鬼刃―――」

 

 今までで最大の警鐘が白瑛の脳裏に鳴り響く。一瞬で間合いを詰めた幻斎が腰だめの構えで、至近距離に姿を現していた。

 その構え、刃紋に鋭く気を集中した操気剣。

 

「一閃!!」

「ぐっ!!!」

 

 あらゆるものを断ち切るその一刀を前に、白瑛の判断は素早かった。

 

「むっ?」

 

 真正面から受け止めれば、金属器といえども断ち切られる。それこそ白瑛もろともに。先に幻斎が見せたような受け流しは彼我の技量差では難しい。故に白瑛は自らの方法で幻斎の一刀の威力を受け流した。

 

「風か」

「—―っっ」

 

 瞬時に高密度の風をパイモンの槍に纏わせた。

 槍に沿うように旋風を生み出し威力を受け流し、幻斎の刀を弾く、そのつもりだった。

 

 たしかに幻斎の一閃は止められた。

 だが、弾くことができずにもろに受け止める状態となって白瑛は顔を苦悶に歪めた。

 

「儂の一閃を防ぐとは大したものだが。こちらは知らなかったのかな?」

 

 気と風

 拮抗する力はしかし突如として揺らぎを見せる。

 

「っ!!? 魔装が!!」

 

 槍を保護する旋風が急激に乱れた。どころか突如としてパイモンの槍を形成する風すらも揺らいでいった。

 

 ――魔装の強制解除!――

 

 幾度か光が見せた、気による他者の魔力への強制干渉。

 魔装によって作り出された拮抗状態。それが剥がされてしまえば、剣技においては圧倒的な差が生じてしまう。

 

「姉上!」「姫様!」

 

 切り飛ばされる、その寸前、動きの止まった幻斎に、介入の機会をはかっていた青舜と白龍が斬りかかり、幻斎は左右からの攻撃に間合いを開けた。

 

 後方に跳び下がりながら、幻斎は敵の位置を素早く把握した。

 

 遠巻きに見る兵士とそれを指揮する者。

 戦闘に関わる気があるのは目の前の4人のみ。

 先程の金属器使い。斬りかかってきた青竜偃月刀使いと双剣使い。そしてその前に立った大剣持ちの男。

 

 いずれにしても先程斬り捨てたかつての弟子には遠く及ばぬ技量。

 着地と同時に再度斬りかかる。最も近い大剣使いを斬り捨てそのまますれ違いざまに二人を仕留め、金属器使いの首を落す。

 巡らせた戦闘思考は、

 

「!!」

 

「えっ!?」「なにっ!」

 

 背筋を悪寒が駆けのぼり、瞬時に跳躍の方向を変えた。

 背後から目にもとまらぬ速さで翔けてきた影によって放たれた斬撃。

 狙われたのは首。死角からの一撃に幻斎は神業的な反射を見せて回避行動をとり、跳躍したが、着地のタイミングがわずかに遅く、完全には避けきれず、老剣士の右腕が半ばから宙を舞った。

 

「貴様……」

 

 距離を開け、地に降りた幻斎が眼光鋭く自らの体に刃を通した敵を睨み付けた。

 

 血の海に沈んだはずだった。

 かろうじて即死しないというレベルの傷。しかも雷撃の追加効果まであるのだ、身体は麻痺している筈だった。

 

「首を狙ったんだがな」

「光殿!」

 

 守護者の復活と奇襲に、決死の覚悟を決めんとしていた青舜が声を上げた。

 一度は倒れ伏した姿に、激高していた白瑛もその無事な姿にほっと胸を撫で下ろした。

 

 そう

 刀を振るったその姿はまったくの無傷だった。

 

 

 右腕を斬り飛ばされた幻斎は、身体内部の気の流れを制御して出血を抑えつつ、冷静に敵の姿を見えた。

 

 

 ――ぎりぎりで致命傷を避けた? ……いや、確実につけたはずの傷がない。あれは――

 

 斬撃の感触は確かにあった。

 だが、今の光の姿はまるで紙一重でそれを躱したかのように、ただ上半身の衣服のみが切り裂かれており、その奥に覗く肌には古い傷跡しか見られなかった。

 

「……再生か回復か。それが貴様の金属器の力か」

 

 致命傷クラスの傷を一瞬で回復。いかに身体の能力を操る操気術でもそんな治癒力はない。

 ならばその治癒力はそれ以外の要因。もっとも合致するのは光の持つ金属器。 

 一系統のみとはいえ驚異的な力を発揮する金属器の力ならば、即死でもなければ傷を回復させることも不可能ではないだろう。

 

 

 光は修復(・・)が間に合ったこと、白瑛の無事な姿をちらりと確認してから眼前の敵に向き直った。

 

「どうだかな。それで、右腕の次は左の腕でも切り飛ばすか?」

「…………」

 

 光の挑発に幻斎は射るような眼差しを向けた。

 光の剣技を上回っていた幻斎の技量。だが、腕一つ失ってもその優位を保てるかと言えば、最早すでに趨勢は見えているだろう。

 幻斎はちらりと周囲を窺った。隙を作り出そうにも連れてきた賊は国軍の兵に阻まれており、役立ちそうにない。

 

「そうだな……では、こうするとしようか」

 

 役立ちそうにない駒。幻斎は周りにいた者たちをそうみなし、着地の際に受け止めた右腕から黒刀をもぎ取ると、残る左腕で刀を逆手に持ち直した

 その動きに光は警戒心を上げた。白瑛たちも身構え、幻斎の動きを注視した。

 幻斎は歪んだ笑みを浮かべると、ただ一言だけ告げた。

 

 ――宿れ――

 

「なっ!!?」

 

 ただ一言と共に幻斎は逆手に持った黒刀を自らの胸に突き刺した。

 溢れ出る血。

 

 死地を悟っての自害。

 そうとも見える状況に、しかし光たちはその周囲に沸いた黒い靄のようなものが幻斎の体に流れ込むのを見た。

 流れ込む黒い靄が全身を覆い、徐々に洗練された形をとっていく。

 

「それは……」

「魔装……?」

 

 黒い魔装。

 失われた腕は生成の過程で黒い靄を取り込んだためか、再生されていた。

 

 ――闇の全身魔装――

 

 闇の金属器と堕転した力とを自らに取り込む狂気の力。

 その狂気のままに、黒い姿となった幻斎は嗤った。

 

 

 剣士としての矜持を完全にどこかへとやってしまった老いぼれ。

 変わり果てた姿を光は見据え、腰に差していた鞘を左手で引き抜いた。そして

 

「……白瑛」

 

 ただその名だけを呼び、無言でその背を彼女の前に見せた。

 

 守るべきものとしてだけでなく、一人の武人としてあろうとする彼女だからこそ、それだけで分かってくれると信じて。いや、信じることすらなく、ただ当然のように。

 

「…………青舜! 呂斎! 先に残りの兵を討ちます!」

 

 光の無言の言葉を白瑛はたしかに受け、その武運を祈りながら頷いた。

 

 援護をすることを考えなかったわけではない。だが、先の攻防を見る限り、そして先の幻斎の瞳を見る限り、下手に近くに自分が居れば、光の集中力を乱してしまう恐れがあるとの判断だ。

 そして白瑛にも、まだ残党の捕縛という、為すべきことが残っているのだ。

 

 白瑛が青舜や光雲たちに指示を飛ばす中、光は言霊を紡いだ。

 

「罪と呪に依りし眷属よ」

 

 紡がれる言の葉は呼び覚ますための呼び水。高まる魔力。身体内部、そして桜花のみに纏わせていた気ではなく、桜花を通じてルフへと命じた。

 

「汝が主が命ず。我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ」

 

 眼に見えるほどに濃密な紫色の煌きが光の右手、和刀を覆った。そして。 

 

「出でよ」

 

 ――『サミジナ(・・・・)』――

 

 力を引き出す言霊とともに、和刀を覆っていたルフが光の右手を伝い、紫色の軌跡を描きながら左腕へと絡み付いた

 紫色の煌きは左手にもった鞘を覆い、その形を変えていく。

 現れたその姿は、

 

「武器化魔装……」

 

 光を援護すべきか、それとも姉とともに賊の掃討をすべきか逡巡した白龍が、光の姿を見て呟いた。

 光の左手にあった鞘は薄く紫色の輝きを放つ和刀へと姿を変えていた。

 

 ――『風花・叢雲(サミジル・サイカ)』――

 

「なるほど、それがお主の魔装か」

「二刀……」

 

 左右に構える二つの和刀。白瑛たちすら初めて見る双刀の姿。

 

「だが、ただの武器化魔装程度とは……儂を見縊っているのか? それとも、全身に纏わせることができないのか?」

 

 剣気を昂ぶらせる光に対し、黒衣を纏う幻斎は冷徹な眼差しを向けた。

 

「いずれにしても、そんな臆病者の力でこの王の力に対抗できると思っているのか?」

 

 回復の金属器

 たとえ魔装としての力を有していたとしても、自身を守る盾としての力しかない。

 主を守る力しかない臆病な王の力。

 光の金属器をそう評した幻斎はその力諸共、王を斬り殺すために刀を構えた。

 

「さぁ、どうだかな」

 

 姿を変えて再び向かい合う二人。

 黒衣の狂人と紫炎纏う剣客。

 

 数多の雷の飛槍が宙に顕在し牙を剥く、双刀を携える剣士は身を貫かんとする牙を掻い潜り狂人の懐へと潜り込んだ。

 振るわれる右腕の刃を躱した幻斎は再生した右腕に黒雷を纏わりつかせ、雷刃を生み出した。

 例え直撃せずとも、金属という伝導体である刀で受ければそれが腕を通って腱を麻痺させる。最初の攻防で切り結んでいた光が動きを鈍らせたのはその麻痺効果が故だ。

 振り抜かれる雷刀。

 だがその刀はただ空のみを薙いだ。目の前に居た筈の光が一瞬で消え、背後に強烈な殺気が現れた。

 

「! 後ろかっ!!」

「遅い」

 

 振り向きざまに左腕の黒刀を振るった。

 だがそこに光の姿はなく、遠い間合いへと距離をとっていた。

 

 ――速い……――

 

 空を切った左腕から血が吹き出る。一撃離脱、その際に斬りつけられた傷。

 

 先の攻防以上の速度。

 操気術でいかに身体機能を強化しようとも器である体には限度がある。気とは血と同様、体内を流れる命そのもの。使い過ぎれば血管は破れ、生命力を損なう。

 その狭間を見極め、操る気を洗練させるのが操気術。

 今までの光と幻斎は、その極限状態で戦っていた。

 そこに余分はなく、それ以上に積み上げれば破綻する。そんな領域だったのだ。

 

 つまり今の光の状態はその破綻状態。

 戦い続けるほどに体を傷つける。通常であれば瞬く間に溢れた気の奔流により体内から食い破られ、何もせずとも血の海に沈んだだろう。

 

 それを繋ぎ止めるなにか

 

「なるほど金属器の回復力で暴走させた操気術を無理やり抑え込んでいるのか」 

 

 再生(・・)の能力

 光の力。その危うい均衡はジンの力あってこそだと、幻斎は見ていた。

 暴走した気が身体を傷つけるのならば、その傷を瞬時に再生させていけばいい。戦いながら傷つく行為。

 

「愚かな。傷は治ろうとも気は減っていく。いかに貴様の気の内包量が膨大だろうと、あっという間に底をつく。貴様のそれは自らの命を削る行為だ」 

 

「命を、削る……?」

 

 幻斎の言葉に離れつつあった白龍は唖然とした眼差しを和国の王子に向けた。

 あの方は何をしているのだ?

 王族の一人でありながら他国へと赴き、他国の賊軍鎮圧のために命を削っている?

 

「愚か者は貴様だろう、幻斎。命を削ろうがなんだろうが、俺には守るものがある。そのために、今は―――貴様を斬る」

 

 その心に通した鋼の意志は、一体何のために……?

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 雷と黒。白銀と紫。振るわれる四色の剣閃を互いだけが認識していた。

 速さで接近と回避とを繰り返す光に対して、幻斎は雷の力を操り、牽制しながら自らも刃を突き立てていた。

 

「洗練さのない戦い方だ。王が傷を負うことも厭わず、ただ速さのみの無理押し」

「自分で腹を斬りながら借り物の力を振るう老いぼれに洗練さを口にされたくないな」

 

 飛来する無数の刃を全て躱しきることは難しい。光は四肢末端の、麻痺の影響の強く残る部分と即死狙いの刃のみを避けていた。

 傷を受けようともある程度であれば超速の修復力がある。

 

 その戦い方を幻斎は鼻で笑い、爆ぜるように駆けた。

 飛槍で移動方向を限定して強引に距離を詰める。すれ違いざまに互いに一刀を振るう一瞬の交錯。

 四肢を蝕まんとする痺れを気の流れによって強引に振り払う。地に足をつけ、すぐさま弾ぜ近接へと持ち込んだ。

 幻斎の刃を躱し、あるいは弾き、刀を振るう。光のその速度は幻斎のそれを上回り、一筋、二筋とその体を朱に染めていく。

 

「ちぃっ!」

 

 雷を纏う右の刃を躱し、右腕で銀閃を繰り出す。その一太刀は幻斎の左上腕に斬撃を刻んだ。焦れたように舌を打った幻斎は宙空に現出させた雷槍を投射し、目の前の敵を射殺さんとした。

 槍がその体を貫くよりも一瞬早く離脱した光。だがそこには数多の飛槍が狙いを定めており、体勢を整えるよりも早く襲い掛かった。

 

「くっ!」

 

 着地の体勢が悪く、即座に離脱できない。判断は早く、その双刀を振るって飛槍を掻き消していく。

 目の前の脅威。それを薙ぎ払っていた光だが、その背後に狂気を感じ、傷つくのを承知で離脱を選んだ。

 左肩に灼熱が奔る。

 血飛沫が舞い、だが光は顔色を変えず、瞬く間にその傷が無かったことのように修復した。 

 その様に幻斎は冷徹な瞳を向けた。

 

 ――創傷による動きの鈍化はなし。傷の修復はほぼ一瞬、か……鬱陶しい。だが……――

 

 先ほどまでの状態ならばいざ知らず、武器化魔装により金属器の力を強く引き出した光の修復速度は先までの比ではない。

 だが、すでに布石は打ってある。目に見える傷ではない。身体の傷は見た通り即座に修復される。だが、数多の雷撃を防いだその愛刀が貴様を弑する楔となる。

 蜘蛛の巣へとかかった極上の獲物。

 堕ちた老剣士は闘いの局面を詰みへとすべく手を進めた。

 

 

 ――白瑛の方は……無事だな――

 

 光は離れた位置にある彼女の、その無事を確かめた(・・・・)光もまた戦闘思考の局面を一段階推し進めた。

 

――気の方はともかく、残量(・・)の方はもうかなり削られてるな……――

 

 光の内包する生命力は、和はおろか煌帝国においても極めて高い。

 だが、幻斎が修復能力と見做した力をすでにかなり使った。この戦いで尽きるほどではないが、それでも使い切る訳にはいかない。

 隣に立つべき、護るべき者が、守るべき約束があるから。

 

 ――だらだらと削り合いを続けるよりは……――

 

「そろそろ、極めるとするか」

「!」

 

 先に動いたのは幻斎だった。

 顕現させた雷の飛槍を光とは無関係に見える周囲にばら撒くように投擲した。二人を囲む四方八方。

 雷槍による結界。

 看破した光だが、手を打つ前にそれは発動した。

 

 飛槍よりも大型の雷の戟。

 無数に飛ばしていた今までとは異なり数は一つ。だがそれは形状からも今までの飛槍の比ではない攻撃力を有していることが見て取れたし、光の直感も、直撃を受ければただでは済まないと告げていた。

 

 投擲された雷戟。

 放電を警戒し、接近されるよりも早くに飛ぶように回避した。

 

 はずだった。

 

「っ!!」

 

 躱したはずだった。

 だが、明後日の方向に向かったはずの雷戟が、直線を捻じ曲げて向きを変え、光の方向へとその軌道を修正して飛来した。

 寸でのところで瞬発力を発揮して再度回避した。

 

 無理な体勢からの連続移動。

 光は僅かに羽を休めるように拍をとった。だが、先の奇襲を思い出して意識を雷戟に向けると、そこには懸念通り再度軌道を修正し、光を追尾する雷戟があった。

 

「追尾!!?」

 

 大きく距離をとる回避行動をとるには体勢が悪い。

 光は雷戟の放電を覚悟しながら体捌きのみで追尾してきた雷戟を躱した。崩れた体のすぐ脇を通過する雷戟。

 懸念していた放電はなく、麻痺の効果もなかった。

 だがそれはこの状況では安心できる要素ではなかった。

 放電がないということは、力が集約されたままだということ。しかも雷戟はしぶとく光めがけて軌道修正をしてきていた。

 

 ――! 先に放った雷槍を支点に軌道修正しているのか!?――

 

 躱しながら雷戟の軌道を眼で追うと、雷戟は先程あちこちにばら撒かれた雷槍を取り込んで威力と速さを増し、そこを支点に方向を変えていた。

 槍を取り込むごとに速さを増す雷戟。

 光は負担を度外視して操気術の気を強引に引き上げ、なんとか速さで対抗するが、それでも雷戟の速度は、最早光をもってしても視認できる限界に達しようとしていた。

 

「よもや軌道修正している、などと思っているのではないだろうなぁ」

「っ!」

 

 速度だけではない。戟の大きさも巨人が振るうのかと見紛うばかりの超大さへと変貌していた。

 幻斎の言葉に、光は自らの致命的な勘違いに気づいた。

 

 ――コレの目標は、桜花かっ!!――

 

 数多の雷を斬り、帯電している金属器。和刀・桜花。それこそが雷戟が目印にしているものなのだ。

 たしかに雷槍も目印に違いはない。

 だが、雷戟自身は雷の特性として、金属めがけて、幻斎本人の気と電気を帯びた桜花目掛けて落ちようとしているだけなのだ。

 

 気づいてからの切り替えは早かった。

 

「罪と呪の精霊よ。汝に命ず!!」

 

 消耗は激しい。

 残された刻を一気に縮めてしまうだろう。

 それでもここで敵を倒さなければ先はない。

 

 だが

 

「遅いっ!」

 

 

 森の中、今までで最大の雷鳴が響き、周囲を焦がした。雷戟は金属器へと落ち、その担い手ごと貫いた。

 集約された雷は、蓄えられた力を叩きつけるように一瞬で球形にその形を変えて、獲物を捕らえ内部へと激しい放電を続けた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 神鳴る轟音は、離れた位置に居た白瑛たちのもとにも届いていた。

 

「今のは……」

「雷鳴。先ほどの男と皇光の方だな」

 

 戦いが始まって最大の雷鳴。戦いの趨勢を決めるであろう轟音に光雲は伺うように白瑛を見た。

 武器化魔装した白瑛の風は的確に敵を討ち、その指揮もあって見る間に賊の数を減らしていた。分散していた兵も集結しており、掃討ももう間もなく終えるだろう。

 

「姫様、こちらの方は私たちだけでも大丈夫です。姫様は光殿の援護を!」

 

 双刀を振るい、一人また一人と賊を行動不能にしていた青舜は、戦闘の終結が見え始めたことと、己が主が気にかける戦いは未だ終わっていないことを案じて告げた。

 

「……分かりました。お願いします、青舜」

「皇子、光雲殿もお行き下さい!」

 

 青舜の言葉に身を翻した白瑛。姉の動きに反応した白龍とその護衛を言い遣った光雲にも青舜は援護に向かうように告げた。

 白瑛はパイモンの槍を一振りして残敵の一部を薙ぎ払い森の中を駆けた。

 白龍は青舜と数瞬、視線を交わしてから、その視線に込められた意志を読み取って白瑛を追いかけた。

 

 

「姉上。先ほどの雷音、もしや光殿が……」 

「…………」

 

 白龍の言葉に光雲は別れる前の戦いを思い返した。

 回復の力を持つであろう光の金属器に対して相手は直接的な攻撃力を持つ雷の武具を操る闇の金属器。

 二人が剣士としてどちらが上であるかは光雲にも分からない。だがこと戦闘においては直接攻撃力のある闇の金属器を有する老剣士の方が明らかに上。

 あの回復速度があるからにはちょっとやそっとで死ぬとは思えないが、それでも雷という暴虐な力を前にどこまで耐えきることができるのだろうか。

 懸念する二人に白瑛は前を見ながら告げた。

 

「大丈夫です」

 

 迷いのないその言葉に二人は先を進む白瑛を見つめた。

 

「光殿は、決して約束を違えません」 

 

 

 

 薙ぎ払われた大木。圧し折られ、切り倒され、焼け焦げた戦場。激戦を物語るその中、戦いは決着を見ようとしていた。

 

 辿り着いたそこで白瑛たちが見たのは

 

 片腕を斬り飛ばされた剣士と雷を剣に纏わせた剣士。

 

 二人の剣客が互いの刃を相手の胸へと突き立てている姿だった。

 


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