煌きは白く   作:バルボロッサ

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第17話

 桜が咲いている。

 大樹に色づいていた薄紫の花弁は吹雪の如くに勢いよく舞い散っていた。

 

 大樹の根元立つ一人の男がその舞い散る花吹雪を見ていた。

 

「使うのか――――」

 

 見る間に桜の散り行く勢いは増していく。

 

 ―――桜は命の象徴なんだそうだ―――

 

 かつて彼女に告げた言葉を思い出す。

 その言葉と共に大切な約束があった。

 

 約束の光景。

 満開の桜が散るこの景色。だが、これは約束のものではない。

 

 ともに見るべき、隣にいる人が居ないのだから。

 

 約束は守る。

 必ず彼女を守る。その約束だけは守る。

 

 だが

 

 

 

 

 もう一つの約束は――

 

   ――守れそうにない…………

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 紫電覆う雷の牢獄。

 そこに捕えたのは滅ぼすべき王族の男。

 回復の力を有しているのであれば回復の暇を与えなければいい。致命傷で足りぬのであれば回復できぬまでに斬ればいい。

 

 捕らえたまま生命力を削っていくその牢獄が

 

「―――我が身を大いなる魔神と化せ! サミジナ!!」

 

 強引に内部より切り裂かれた。

 和刀のみに纏わせていた金属器の力が全身を覆い、その主の姿を変えていた。

 罪と呪を司り、命の根源を操る姿。額には第3の瞳が開き、敵を見据えていた。

 

「全身魔装かっ!!」

 

 罪と呪に依る精霊《サミジナ》

 雷を切り裂き姿を現したその姿に、幻斎は自らの気を高めて応戦した。

 だが振るわれるその武器に幻斎は眉を寄せた。

 

 ――武器が和刀のまま……?――

 

 魔装はジン本来の姿に近づく、つまり武装もジン固有のモノに近づいてしまうのだ。それは武器化魔装よりも強く引き付けられる。

 武装をある程度己が意のままに武器の形状を変えることも不可能ではない。だが武器化魔装ならいざ知らず、魔装状態でまで和刀が通常状態であることに幻斎は違和感を覚えた。

 

 だが違和感の正体を突き止めている暇はない。

 呼吸の間すら惜しむかのように攻め立てる光の攻めは、幻斎を以てしてもその姿も斬撃も捉えることが難しい程だ。

 

 雷槍を生成する間もなく、振るわれる刃の内、致命傷を狙ってくるもののみを防御する幻斎の体は見る間に朱に染まっていった。

 

「おの、れっ! 」

 

 四方八方、速さを活かして空間的に手数で攻める光に対し、幻斎は数度斬りつけられつつも強引に刀を弾き、光の体勢を崩した。

 

「縛雷縄!!」

 

 わずかに離れた間合い。幻斎は雷を右手に纏わりつかせ、鞭のように振るった。

 直線軌道の投射ではなく、振るわれる右腕に操られ、そして光の金属器に反応して追尾してくる捕縛の鞭。

 捕まれば内包された雷力が身体を麻痺させ、致命的な隙を作りだし、今度こそ再生できない一撃を光の体に刻みつけようとするだろう。

 

 操気術で身体能力を底上げし、魔装の力も借りた光の脚力は雷鞭の速度を上回り、回避し続けた。

 捉えきれない幻斎と一気には距離を詰められない光、どちらもが顔を歪めた。だが、回避行動をとりつつも光は徐々にその距離を詰めた。

 

 雷鞭を操りながら、雷槍を現出させ 近づけまいとする幻斎の防御態勢に、光は意を決した。

 

 長時間の魔装はできない。

 

「はぁっ!!!」

 

 被弾覚悟で一気に距離を詰めた光の体を雷が貫く。

 肩に、腿に、脇腹に

 

 それらの傷を無視し、ただ修復能力だけに身を委ねた光が間合いへと踏み込んだ。 

 

「甘、いわぁ!!」

 

 近まった距離。その距離では幻斎の縛雷縄を回避することはできない。振るわれた右腕に縛雷縄がうねり、光の右手の桜花へと絡み付いた。

 

 刺突の構えを見せる幻斎の左腕。

 右腕をとられた光は二刀の片割れ、左の和刀を切り上げた。

 

「っぅのれっ!!」

「おぉあっ!!」

 

 桜花を通じて雷が侵食する。

 紫の輝きを纏った和刀が幻斎の右腕を斬り飛ばす。

 

「死に、損ないがぁっ!!」

 

 右腕が自由になり、しかし斬撃を放った左腕が無防備な胴を晒す。

 そこに咆哮とともに幻斎の左腕の刺突が突き刺さった。

 胸に刺さり、肺腑を貫く黒い和刀。

 腕を斬り飛ばされながらもその光景を目にした幻斎は勝利を確信し、

 

 次の瞬間、

 

    砕かれた刀身を見た。

 

「!!!」

 

 頭上に上がった左腕を勢いよく振りおろし、柄尻で黒刀を砕いた光の一撃。

 自らの力の象徴たる和刀を砕かれた幻斎は、その奥、縛雷縄を絡み付かせた光が先ほどと立場を変えるように刺突を突き入れてくるのを見た。

 

 胸に黒刀を突き立てられたまま、それでもその動きは寸毫も鈍ることなく、雷を纏う桜花は幻斎の右胸を貫いた。

 

「貴、様ぁぁっっ!!」

「オァアアア!!!」

 

 互いの刃を互いの胸に突き立てた剣客たちは、渾身の咆哮を上げた。

 

 そして

 

「光殿!!!」

 

 胸に突き刺した桜花を、右に振り抜いた。

 

 血が吹き出た。

 闇の力を得た、堕ちた剣聖の黒い血がまるで吹雪のように吹き上がった。

 

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

「光殿!」

「おいっ!!」

 

 離れた位置からでもその光景はスローモーションのように映った。

 再び右腕を失った幻斎の黒刀が光の胸元に突き刺さり、しかしその魂の緒は断ち切られず、光は深々と突き立て返した和刀を振り抜いた。

 

 体の半身を斬り裂き、残っていた左腕を刎ね落した。

 

 金属器使いと闇の金属器の使い手。二人の和国の武人の戦いは決着した。

 

 崩れ落ちたかつての師を見下ろしていた光は、自らの体を貫いた刃を無造作に外し、捨てた。傷口から血が吹き出るも、その傷は瞬く間に消え去った。

 

 駆けてくる白瑛たちの声に気づいたのか、光は桜花を一度軽く振るった。

 体を覆っていた魔装が、舞い散る花のように紫色の光の粒となって淡く消え去り、光は振るった刀を鞘へと納めた。

 

 立っているのはボロボロの装いの光。

 上衣は肌蹴、戦闘を物語るように血でその肌を濡らしてはいるものの、そこには一つの傷もなかった。

 

「呆れたものだ、不死身かあいつは」

 

 周囲の様子からここで繰り広げられた激戦の様子はうかがえるが、にもかかわらず、刀を納め、白瑛のもとへ歩み寄ってくる光の歩調に乱れはない。

 

 残敵もほどなく制圧できるだろう。もっとも厄介だった闇の金属器使いである剣士は刀を振るう両腕を失い、血の海に沈んだ。

 光の姿にほっと安堵の息を漏らしたとした白瑛。

 

 守ってくれるという約束が続くこと大事なのではない。

 ただ、大切な人が、人たちが自分の眼の前から居なくならなかったことに安堵したのだ。

 

 光が強いのは知っている。

 自分よりもよほど強いだろう。剣も、金属器使いとしても、将としても。

 それでも、自分よりもよほど強かった兄たちが、父が、居なくなってしまった過去があるだけに、不安は消えなかった。

 

 それでも、光は、白瑛との約束を守ってくれる。

 

  ――よかった…………――

 

 

 安堵した白瑛のみならず、白龍や光雲も戦場の機運が終結へと向かったことに気を緩めたとしても仕方のない事だろう。

 来る間際の青舜たちの様子ではさして時間もかからずに終わるだろうから。

 

 

 

 白瑛の許へと近づく光、その背後で

 

 

 強大な雷鳴が轟いた。

 

「!!?」

「なんだ!」

 

 振り向いた光、そして気づいた白瑛たちが見たのは空に浮かぶ巨大な八芒星。それを囲む円が雷のルフにより黄色く染まる。

 

 魔方陣の下には体を断ち切られ、両腕を失い、最早立ち上がることもできない体でありながら、膝立ちのままで悪鬼の形相を見せる老いた剣客の姿があった。

 

「が、ぁああああっ!!!」

 

 刀を握る腕はない。だが、血を吐きながらもその口元には半ばで折られた黒刀があった。

 黒いルフが視覚化されるほどに集い、黄色の輝きを伴いながら円を侵食する。

 

「あれは! 極大魔法!?」

「いけない!」

 

 金属器が強大な力を誇る理由。

 それは、金属器の持つ属性。そのルフの力を集めて、何者にも防ぐことができない大魔法を放つことができるところにある。

 

 軍団ですら壊滅においやることができるほどの一撃。

 光の魔装にも無論、極大魔法はある。

 だが

 

「ちぃっ!! サミジナ!」

 

 明らかに後手。

 納刀していた刀を振り向き様に抜刀し、一度は解除した魔装を呼び戻した。

 再び紫色の花弁が集い、二刀へと姿を変える。二刀を持った腕を輝きが覆い、全身が姿を変えていく。

 

 極大魔法を通常の状態や武器化魔装で対処するのは不可能。

 

 全身に魔装を纏い、魔力を高めた。

 

「くっ!!!」

「極大魔法・雷爪奉天牙戟――――」

 

 しかし、光の最大威力の魔法を放つ間もなく、黒い雷撃が極大の戟の形をとって宙より堕ちた。

 

 その長大さは、光一人を標的にするどころではなく、白瑛や白龍、それどころか、ここから離れた位置にいる自軍の味方、そして賊の残党をも巻き込むほどの大きさ。

 戟が森へと堕ちるのに対抗するように、魔装サミジナとなって天を翔けた光は、二刀を振るい斬り裂こうとした。

 

 風花・叢雲、その二つの斬撃が極大魔法と衝突した。

 全てを斬り裂くその斬撃は、しかし戟を斬り裂くことはできずに拮抗する。

 

 いや

 

 ――これが、極大魔法、かっ!! ――

 

 拮抗ではない。

 

 操気術で全身の細胞を活性化させ、サミジナの力も引き出している、にもかかわらず、眼前に迫る暴力は光の体を見る間に圧し込んでいく。

 一秒ごとに光を黄泉へと引きずり込む骸手が身体を覆っていく。

 

 呼吸が、できない。

 わずかにでも力を緩めれば、たちどころに極大の爪牙が森に落ち、光のみならず、森にいる全ての生物を飲み込むだろう。

 

 骨が軋みを上げ、全身の筋線維が千切れ飛びそうなほどに膨隆する。

 

 雷爪はたしかにその轟墜の速度を遅らせている。だが、その内包する膨大な熱量が気と魔装で防御された桜花を徐々に侵食していく。

 

 こちらにも切り札はある。

 だが、それを発動させるために力を溜める暇はない。

 ただもがき苦しむだけのように、その先に終わりしかないと分かりながらも力を緩めることができない。

 

 光と桜花が限界を迎える。その瀬戸際

 

「はぁぁああ!!」

「白瑛!!」

 

 背後から膨大な風が大旋風となって雷の極大魔法にぶつかった。白瑛の魔力がパイモンの槍に注がれ、その腕が白く風を纏い羽を持つ。

 極大魔法には及ばない、だがそれでもたしかにその風は光にとって追い風となった。圧し掛かる圧力がわずかばかり軽減し、詰まっていた呼吸をとる拍が作られた。

 

「今です! 光殿!!」

 

「鬼哭啾々!!」

 

 息をつき、吐く。そのわずかな間で光は己が金属器に魔力を叩き込んだ。

 白瑛に呼応する光の言葉とともに、紫の花弁が吹き荒れ、煌きが和刀に宿る。

 

「穢れを纏いし屍の花よ! 対価を贄に、咲き乱れろ!!」

 

 数多の思念が集い、刃となって主に意志に応えた。

 二つの和刀が紫色の双翼の如き威容となる。

 

「スメラギィッ!!」

 

 天を割る紫の斬撃。

 紫垣の刃が轟墜の雷爪奉天牙戟を斬り裂いた。

 

「なっ! 雷を、斬り裂いた!!」

 

 斬り裂いた刃は、空へと舞い、舞い散る花弁の如くに地上に降り注ぐ。満開の桜が風によって吹き散るように。

 

尸桜(シオウ)―――』

 

 降り注いだ花弁は意志を持つ。

 

 捧げた忠義にかけて主を守る。誇りにかけて刃を振るう。

 

 黒き力に屈した己が許せない。

 ただ一度だけでも、今ひとたび、その刃を届かせたい。

 

「花……?」 

 

 その花弁を吹き散らした時、花弁は罪と呪を得た。

 罪あるルフが言霊の力を受けて怨みを纏い刃となる。

 

「なっ! がっっ!!!」

 

 風に吹かれて舞い上がる花弁の如くに   

 血が吹き上がった。

 

 鬼面となって呪詛をはく幻斎の体に無数の刃が走り、血風が舞う。全身に刻まれた傷から血が吹き上がり、幻斎は信じがたいものを見た。

 

 己が斬り殺した数多の剣士たち。

 己が欲望のために踏み越えてきた故国の武人たち。

 それらが、今、幽鬼のごとくに自らに刃を振るった。

 

「貴、様()はァあぁぁ!!」

 

 見誤っていた。

 あの力は回復の力などではない。

 

 罪と呪から成る精霊

 

 数多の幻影の果て、紫の輝きを纏った和刀を構える光が斬撃の構えを見せる。

 

 その斬撃を受ける腕は最早ない。

 その斬撃を回避するだけの動きは最早ない。

 

 その斬撃は

 

『―――終閃(ツイセン)』 

 

 剣士を斬り裂き、大地を裂いた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 今度こそ息の絶えた幻斎を見下ろしていた。

 

 かつての師であり、憧れた剣士であり…………斬るべき敵となった。

 剣聖とまで称された剣を振るった両の腕は無く、血だらけのその体は、最後の言葉を発することもなく、見る間に黒く黒檀のように無残な姿へと変貌している。

 

 

 なにが狂ったのだろうか……

 世界を覆う異変。それがこの方を狂わせてしまったのか

 それとも元々、違えていたものの箍が外れてしまっただけだったのだろうか

 

 もはや真っ当な人としての死に様からも逸れてしまった男の姿。

 

 “あの時”の選択次第では、もしかすると光も師と同じ道を歩むことになっていたのかも知れない。

 だが、光は選んだ。

 咎を負おうとも、罪に塗れようとも、足掻きながらも運命を乗り越えていくことを。

 

 光は砕けた黒刀に視線を移し、その残骸へと手を伸ばした。

 

「光殿……」

「……向こうも、あらかた終えたのか?」

 

 声をかけてきた白瑛に問い返しながら、黒刀を鞘に納めた。

 かつて偉大なる王の力の加護を受けた宝刀の紛い物。

 

 光の問いに対する答えを白瑛が答える前に、ぐらりと光の体がよろめき、近くまで寄っていた光雲に支えられた。

 

「見た目ほど無事、というわけではなさそうだな」

「……少し、使い過ぎただけだ。片付けるものをやり終えたら休ませてもらうさ」

 

 大幅な魔力の消費と生命力の消耗。

 崩れかけた光だが、なんとか気力で押しとどめるように光雲から体を離した。だがその顔には普段の生彩は欠けており、荒く息を吐いていた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 その後、賊軍の掃討はさして時間かからずに終えた。

 

 賊の強さの大部分は、幻斎の個人的な力とあの金属器の魔法力によるものに依存していたらしく、統率もなく散り散りになった残党を刈るのはそう困難な戦闘ではなかった。

 

 

 先の戦闘、黒の金属器の使い手たる幻斎という敵との戦いは白瑛にとっても思うところのある戦となった。

 運命を呪う黒い流れ。

 それこそがあの気の正体だと光は語った。

 

 父を失い、兄たちを失った。

 もしも母と弟が、そして光が居なければ、自分もあるいはあの黒に取り込まれていたのではないか。運命を呪っていたのではないか。

 そんな懸念が白瑛にもあった。

 

 だが、それでも道を違えたくはない。

 混沌へと向かいつつある世界を納めるために。嘆き溢れる民草に安寧の世をもたらすために。

 それこそが亡き父が志し、兄たちが引き継ごうとしたものなのだから。

 

 正直、未だに戦争というものがその手段として正しいものなのかは分からない。

 きっと間違っているのだとは思う。

 

 だとしても、自分に為すべきことがあり、守るべきものがあるから。

 剣を執ることを止めはしない。

 

 例え自分がどれほど傷ついたとしても―――――

 

 

 

「姫様、光殿のお体の方は大丈夫なのですか?」

「ええ。傷自体はかなり早くに治られたようです。ただ、魔力の消耗が大きかったようで、まだ大事をとってもらっています」

 

 廊下を歩きながら、青舜と白瑛が過日の戦いで傷ついた特使の話をしていた。

 煌帝国に来てから初めての魔装を用いた戦い。その中で受けた傷は通常であれば致命傷に至る程の傷であったが、魔装の能力ゆえにか、傷自体は修復にさして時間がかからなかった。

 だが、金属器の連続使用のせいか、極大魔法を防いだ反動故にか、魔力の消耗が著しかった。

 戦闘後しばらくの間、光は精神的な意味での気力で持ち堪えたが、その後、白瑛の看病の下、強制的に休養に入った。

 

 今も光の看病のために白瑛自ら見舞いの果物を届けている  の、だが……

 

「失礼します」

「光殿、具合の方は…………」

 

 光が休んでいる部屋の扉を開けて目にしたのは、もぬけの殻と化した主の居ない部屋だった。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 

 劫火が全てを舐めつくしている。

 

 次兄の皇子は数多の傷を負い倒れた。未だ息のある長兄は燃え盛る焔によって全身を焼かれ、もう間もなく死の時を迎えるだろう。

 

 間もなくルフへと還る彼らの命が、心残りを語っている。

 

 無念だと。

 

 父の仇を討つことも、志を継ぐことも

 大切な弟、妹を守りきることもできずに、この命が尽きようとしていることが

 

 分かっているのだ。

 敵の正体が

 父を亡き者にし、世界に混乱をもたらし、破滅をもたらそうとする仇敵

 

 彼の者は、残してしまう大切な妹弟にまで、いずれ牙を剥くと

 その時誰が、あの子たちを守ってくれると言うのだろう。

 破滅へと向かうこの世界の行く末に光をもたらしてくれるというのだろう。

 

 

 ――ならば、力を貸して欲しい――

 

 ――貴方たちの願いを叶えよう――

 

 ――守るために、討つために――

 

 ――死してなお、その思いがあるのなら――

 

 ――罪業と呪怨に縛られてなお、その願いを叶えたいという意志があるのなら――

 

 ――我が力の一つとして――――――

 

 ―――――――

 ―――――――

 

 

「用は済んだのか?」

「……ああ」

 

 煌帝国、その礎を築いた者たちの墓所へと光は足を運んでいた。

 何かを語らうように霊廟に黙祷を捧げていた光は、その祈りが終わると同時に同行者に声をかけられた。

 同行者は現皇帝の第一皇子、練紅炎。光が名目上、指揮下に入っている白瑛の上司にもあたる西征軍総督だ。

 

 先人たち、白瑛の父親、そして兄たちがその命を散らした証の墓標。

 そこに詣でたのはとある目的があったからだ。

 

「碌な死に方をしないだろうな。俺は……」

 

 悔恨を感じさせる言葉とは裏腹に、何の感情も見せない表情の光に対し、紅炎はただ視線をのみ向けた。

 許嫁である白瑛ではなく、紅炎に墓所への立ち入りを求めたのは、彼が白瑛よりも上位の権力者であり、皇族の中でも比較的接しやすい位置関係にあり、光の能力について知らせているからだ。

 

「……確かに、碌でもない力ではあるな。白瑛や白龍には知らせられない、か?」

「討つべき時に、その相手を違えないためだよ」

 

 光の金属器は命を司る力。魔導師たちが言うところの8型に属するルフの支配者だ。

 

 “だからこそ”そのルフが最も集うここに来たのだ。

 

「どうやらまだ信じられていないようだな」 

「そうでもないが……俺は紅炎殿ほど魔力もないし、ジンの力も強大ではないんでな。打てる手はどんなものでも打っておきたいんだよ」

「ジュダルが居ない間に、か」

 

 たとえそれが、どれほど罪深い咎だろうと

 大切なモノを守れるのなら……

 

 白瑛の兄や父に対する思いはたしかにある。だが、それを押し殺しても、必要な力として、本国を離れる前にここを訪れたのだ。

 煌帝国の神官ジュダル。明確な敵であり世界で三人しかいないと言われるマギである彼が“居ない”間に。

 

「彼はどこに行ったんだ?」

「西の方に組織が目をつけていた“黒の”王の器が居るそうだ。そこに向かったのだろう」

 

 今回の参拝。見舞いがてらに和国の特使のもとにやってきた紅炎からジュダルの不在を聞かされて急遽行うことになったのは、それだけ光にとってジュダルが天敵たる存在だからだ。

 

 その“能力”も、その背後にある存在も

 

 黒の王、という紅炎の言葉に光の表情がぴくりと動いた。

 思い出すのは先だって光に重傷を負わせた闇の金属器使い。

 

 それに組織がかかわっているのかは明言できない。だが、それでもジュダルに寄り添う気の色と、黒の気と同じものを纏わりつかせていた幻斎の金属器には何らかの関連があるのは間違いない。

 八芒星の組織。白瑛の父と兄とを弑し、世界を破滅と混迷へと向かう流れを生み出そうとする組織。やつらと繋がる流れがある。

光の直感はそう告げていた。

 

「それで」

「光殿!!」

 

 答えた代わりに質問しようとしていた紅炎だが、少し遠間からかけられた怒り気味の声に遮られた。見ると前方からやや慌てたように白瑛が青舜を伴って足早に近づいてきていた。

 

「光殿! 一体どこに行かれていたので……紅炎殿!?」

「…………」

 

 こっそりと私室を抜け出したことによほど慌てていたのだろう。光の姿しか目に映らなかったらしく、白瑛は声を上げてから紅炎に気づいて、慌てて拱手して膝をつこうとした。

 光は一応、目上である紅炎をちらりと伺った。紅炎がいつもの平常運転の表情となっているのを確認して光は口を開いた。

 

「紅炎殿が見舞いに来られたんで、散策していたんだよ。傷が治っても寝てばかりでは体が鈍るのでな」

「一声かけてください、光殿」

 

 いつも通りの光の様子に白瑛はほっとしたように息を吐いた。戦闘後の光の消耗具合は、それだけ深刻な状態だったのだ。

 だが今の光の様子は以前どおりのように見える。そのことに白瑛は安堵したのだろう。

 

 

 紅炎は自身の従妹にして義妹と光のやりとりをじっと見つめた。

 

 紅炎の他の妹たちは、末の一人を除いて政略結婚として既に他国へと嫁いだ。武の道とは関わりもなく生き、国の方針として自身の意とは無関係に伴侶を持った。

 残る末の一人も西方進出の要となる国へと嫁ぐことが決まりつつある。

 

 皇女の身には、個人の意志など無用。

 それが侵略国家の皇女として生まれた娘の在り方だ。白瑛もまたそれは変わらなかったはずだ。

 むしろより過酷な立場となってもおかしくはなかった。

 それでも白瑛は微笑んでいる。

 国の意志でありながらも、そのほかに選択肢のない道を自身で選んで。

 途切れそうになった道を確かな信頼で繋ぎ止めて。

 

 それで、いいと、そう思った。

 感情の見えない表情の奥に、言葉にはしない思いを秘めて紅炎は白瑛たちを見た。

 

「青舜殿も眷属器に目覚めたのだろう? そろそろ体を動かしていきたいので鍛練の方をお願いできるか?」

「えーっと……はい」

「私もおつきあいさせていただきます」

 

 もうすっかり心配いらないという事を主張しているのか、光が鍛練を申し出て青舜は戸惑ったように頷き、白瑛はにこにことした表情で同行を申し出た。

 

 一戦終えたところではあるが、元々今回の賊軍討伐は、征西前の突発事態だったのだ。本来の予定ではもうじき白瑛たちは、彼女を将軍として北天山高原方面へと向かうこととなっている。

 来たる次の戦。そのためになるべく早く体を動かして慣らしておきたいといったところなのだろう。

 

 

 そのまま一礼して去って行きそうな光の様子に紅炎は口を開いた。

 

「待て、光。もう一つ答えろ。持ち出された和刀はなんだったんだ?」 

 

 先程途切れた言葉の続きなのだろう。紅炎の質問に青舜は首を傾げた。白瑛は持ち出された和刀、というのが先の老剣士が強奪したものであるというのを関連付けたのかハッとしたように光を見た。

 光は紅炎の問いに、答えるべきか悩むようにしばし言葉を噤んだ。

 

 幻斎が持ち出した和刀は本来、和国の王族が保管していた秘物とも言えるものなのだ。

 秘物である国宝の伝来を他国の皇族に伝えることに抵抗はあるが、先程光の質問に答えてもらったこともあるし、今回の参拝の礼もある。

 光は礼に応えるように口を開いた。

 

「……昔々の眷属器だ」

 

 光の答えに白瑛は驚いたような表情となり、紅炎の顔もピクリと興味をひかれたように動いた。

 

「ほう。あの大黄牙帝国の頃のモノか?」

「ああ。和に伝わる伝承によると、当時の王には4人の眷属が居たそうだ。幻斎が盗み出したのは唯一残存していた眷属器だ」

 

 遥か昔。この大陸はある大帝国によって席捲された。大王が授けられたという偉大なる力。

 だが、それに従うことなく、大王と同じ力をもってその侵略を跳ね返した小さな島国があった。

 それが和国。

 歴史に造詣の深い紅炎のみならず、白瑛も、そしてある程度教養のある者であれば、いずれも聞き覚えのあることだ。

 

 “王の器”について関心のある紅炎は少し興味があるのか、やる気のない顔に少し覇気が戻っている。

 

「もっとも、とうの昔に主を失って、今ではもうただの刀になっていたが、あれでも国宝だ」

「……そうか」

 

 だが続けられた光の言葉にあっという間にやる気が萎んだようで平常運転の覇気のない表情へと戻った。

 

 一礼をして紅炎のもとを辞去した3人は、鍛練場へと足を運んだ。

 

 

 その途中、白瑛が光を見上げながら先程の会話について口を開いた。

 

「光殿、先程の話……」

「む?」

「国宝であることの他に、なにかあったのですか?」

「……どうしてそう思った?」

 

 白瑛の問いに、光は虚をつかれたように問い返した。

 嫌な感じではないが、ちょっとした私事がバレた気まずさのようなものを感じているような表情となっている。

 

「勘、でしょうか。なんとなくあの黒刀を手に取った時の光殿の様子が、気になったもので」

「鋭いな」

 

 光の様子ににこりと微笑を向けた白瑛。光はポリポリと頬を掻いて、空を眺めた。海を隔てた東方。彼の故郷のある島の空を見上げるように。

 

「まあたいしたことじゃないんだが……あの眷属器を使っていた眷属の名は立花道真という者だったそうだ」

「立花? それはたしか……」

 

 別に古びた骨董品が盗まれたことを気にかけていたわけではない。

 ただ、自分の前にそれが転がってきたから斬り捨て、物のついでに思い出した、その程度のものだ。

 

 気にしていたとすれば、

 

「幼馴染の御先祖様だ」 

 

 その正当な持ち主が、気に病んでいないかという程度のことだったのだ。

 

 望まぬ命を押し付けてしまった友の負担を少しでも減らせたことを祈るように。

 

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 かつての三国が一つ煌。

 今や強大な軍事帝国となった煌帝国は、金属器と迷宮道具、そして圧倒的な軍事力をもって極東平原を統一した。

 その行く道は覇道。歴史の深淵、真実をつまびらかにするために。

 その身の内に闇を抱えつつも、未来の歴史を紡ぐために。

 

5人の金属器使いの皇族と1人の王子を擁し、西へとその道を伸ばす。

 

 

 

 




今回の話で第2章・煌帝国編は終了となります。
ようやく次話から北天山高原編へと突入予定です

感想・ご指摘などございましたら是非よろしくお願いします。

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