煌きは白く   作:バルボロッサ

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本当は今回の更新は別作品の方のつもりだったのですが、アニメで2週続けての白瑛さんの登場に、テンション上がって早目に21話を仕上げました。


第21話

 白瑛を将軍とした西征軍北方兵団。その戦略目標である北天山は、幾つかの問題を抱えつつも概ね順調に平定されていた。

 東の大陸のほぼ真ん中に中央砂漠という大規模軍の行軍には不向きな障害が存在する以上、その迂回ルートである北天山と海洋ルートの発掘は煌帝国の西方進出の戦略上重要であり、しかしそこには数多の異民族が割拠しているという要害だ。

 

 駐屯兵団といえども、国許へ帰還するときは当然ある。

 今回、白瑛たちが帰郷したのは、平定の進捗状況を報告するためというのも無論あるが、生じた……というよりも処分した問題の報告という意味合いがある。

 

「呂斎の造反か……」

 

 光の目の前に居るのは西征軍の総督。白瑛の義兄であり、現皇帝の第1皇子、練紅炎だ。

 帰郷してすぐに白瑛からの報告が上げられ、北天山の平定状況などが紅炎のもとに送られた。

 報告の終わった白瑛は、紅炎の許しをえて、その許を辞去し、今は実弟である白龍と久方ぶりに会っているころだろう。

 

「おかげで余計な消耗をさせてもらったものだ」

 

 一方の光は、不在の間の和国の情報を得るため、そして白瑛の将軍としての働きぶりを伝える、という名目で紅炎と私的な時間をもっていた。

 今回、将軍である白瑛の意向に反して、混乱を招いた呂斎は、元々は白瑛を警戒していた者たちが付けた監視役であり、紅炎はどちらかというとそこには関わりを持っていなかった。だからといって、最終的な編成を了承したのが紅炎である以上、余計な戦いを増やされた光にとってはいい迷惑だろう。

 私的な時間であるがゆえに、公的な時間よりも幾らか砕けた語調で不満を述べた光に、紅炎は薄く笑みを返した。

 

「……その割には“戻って”いるようだが?」

 

 紅炎にはルフを見る力はない。だがそれでも、強者特有の気配を察することはできる。

 征西に赴く前に見た光は、老剣士との死闘の後ということもあったが、気配が薄らいでいた。勘も鈍り、おそらく満足に金属器も扱えないほどに気迫を失っていた。

 だが、今の光は初めて会った時に近い位には充溢しているように見えた。

 

「戻ったわけではないが……少しはマシに動けるようにはなっただけだ」

 

 光は苦笑を返して紅炎を見返した。紅炎の読みは当たらずとも遠からず、といったところだ。

 戻ることはない。

 魔力だけなら時間をおけば回復する。特に“あの”出会いのおかげで、あのマギから与えられた規格外の力の影響で、“サミジナ”の力は完全に戻ったと言っていいだろう。

 

「少し、か……いい加減、白瑛には言っておかないのか」

「らしくないな、紅炎殿。あの時言ったはずだ。伝えるつもりはない」

 

 だが、全てが戻ることはない。

 器に入った水が零れれば、その水が元に戻ることはない。一度壊れた器を修理しても、その亀裂は完全には戻らない。

 地に落ちた花弁が再び枝につくことはない。

 

「……俺はアレを妹だと思っている」

 

 妹だから、家族だから、傷つけたくない。白瑛はもう十分に悲しみを知った。父を、二人の兄を失くした。

 残された弟を守るために懸命に戦い続けた。

 そして、皇女の身の上であるから自由に恋という感情を羽ばたかせることもできない。

 だからせめて命を懸けて共に歩いてくれる男を支えとしていくことくらいは“兄”として許したかった。

 

 だが、それは……

 

「黙っていたとしてもいずれ必ず知ることだろう。“貴様”にはそれで良くとも、アレにとっては」

「それは願いに反することだ」

 

 無表情な顔の内に、様々な感情を渦巻かせて告げようとした紅炎の言葉は明確に拒絶された。

 二人の無言の視線がぶつかる。

 

 分かっていた。

 “こいつ”の目的は、ただ練白瑛を守るためだということを。

 それだけ(・・・・)なのだ。

 

 紅炎の瞳に激情のような焔が宿り、光を睨み付ける。

 今ここで、光を叩きのめすことは可能だ。

 この近距離ではたしかに光にも幾ばくかの分があるが、それでも3体のジンの能力を使えば最終的には紅炎に分がある。

 力で圧することはできる。

 だが

 

 この男の強固な意志を曲げることはできないだろう。

 いや、意志ではない。それこそが、この存在の存在理由であるのだから。

 

「……せっかくの休養だ。白瑛の所にいろ」

「せっかくの姉弟水いらずだ。幼馴染の青舜殿と3人で話したいこともあるだろ」

 

 だからせめて、少しでも、ほんのわずかでも一緒に居ればいいという気遣いは、飄々と流された。

 一見やる気なさ気な紅炎の瞳に、紛れもない怒りの感情が浮かび、光を見据えた。

 普段、ともすると感情の起伏の乏しいように見える紅炎だが、その内には溢れる様な思いを秘めている。

 例えば戦が絡んだ時。例えば知的好奇心が揺さぶられた時……例えば、弟妹たちが絡んだ時。

 王の器としての大きさならば、才覚ならば、紅炎は光を遥かに凌駕している。

 

 世界を一つにして、世界の滅びを回避しようと戦う紅炎

 全てを賭けて、たった一人を守り抜こうとする光。

 二人の在り方は真逆のものだろう。そして、だからこそ、紅炎は光を認めていた。

 紅炎の道を遮るのではなく、紅炎の大切なモノを懸命に守ろうとしている男だから。

 

 だが思い違いをしていたのかもしれない。

 

「………俺は、皇光が一番殴りたいのは貴様だと思うがな」 

 

 強すぎるこの男の在りようは、本当は白瑛を苦しめていくだけなのかもしれない。

 この男が、白瑛の全てを守ろうとして、自分を捧げていくほどに、もしかしたら、その結末は白瑛にとって残酷なモノとなってしまうのかもしれない。

 

「……俺も、そう思うさ」

 

 マギでも、まして神でもない紅炎には、果たしてその結末がどのようなモノになるのかは、知る由もなかった。

 

 

 皇光が対価に捧げたモノが、いずれ白瑛にとって、無情なまでの悪夢を生み出してしまうことなど

 例え飛び抜けた王の器を持つ彼といえども、この時の紅炎には、分かるべくもなかったのだ。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 日の暮れた帝都

 

「白龍殿とはゆったりと話せたのか?」

「ええ。しばらく見ぬ間に、随分と大きくなっておりました。明日の朝は久々に青舜と剣の鍛練をすると言っておりましたよ」

 

 白龍との時間をたっぷりと過ごした白瑛は、紅炎との会合を終えた光の居室を訪れていた。

 久方ぶりに会った白龍は、以前からぐんぐんと身長が伸び始めていたが、遂に幼馴染の青舜の身長を超えて随分とたくましく成長していた。

 気づけば白龍は、女性にしては長身な部類の白瑛とも肩を並べるほどの背丈へと成長しており、白瑛は微笑ましそうに話した。

 思えば父兄を失い、叔父へと嫁いだ母とも疎遠となった白龍にとって、白瑛は母親代わりのような存在だった。

 白瑛にとってもかけがえのないただ一人の弟であり、立派な男性となるように、一人でもしっかりと立って行けるようにと厳しく育てた。

 背だけでなく、身体つきの方もすっかりと一人前の武人らしく細身だがしっかりと筋肉のついた身体となっており、明日は久方ぶりに幼馴染同士、青舜と鍛練を行うとはりきっていた。

 

 嬉しそうに語る白瑛の言葉に光も微笑ましげに話を聞いていた。

 

「光殿は紅炎殿と何を話されたのですか?」

「…………」

 

 ゆっくりと弟と過ごせた白瑛は、その間紅炎と会っていた光の方の一日を尋ねた。

 その問いはほんの些細な質問だった。

 だが、ほんのわずか、光は返答に間をおき、その間を誤魔化すようにゆっくりと答えた。

 

「白瑛殿をしっかりと守れと念押しされていたんだよ」

 

 光の答えに白瑛はわずかに目を見張った。

 光はすっと白瑛の頬に手を当て、真っ直ぐに白瑛を見つめた。

 その瞳が揺れることはなく、白瑛は間近に迫った光の瞳をじっと見つめた。

 

 彼は何かを隠している。

 多分それはとても重要なことで知られたくない事なのだろう。だが、それでも光が裏切ることはないと信じている。

 

 目の前の光の瞳はただ、白瑛のみを映している。

 映りこむ白。隠された何かを思い、ほんのわずかの寂しさを胸にしまいながら、白瑛は微笑を返した。

 

「ふふふ。光殿はしっかりとされていますよ?」

 

 白瑛に、ルフを読み取る力や気を感じとる力はない。それでも、この人は約束を違えたりしない。

 初めて会ったその時から、不思議とそう、信じられた。

 

「……そうであればいいと、いつも思っているよ」

 

 自分が抱いている後ろめたさを悟られていることを感じながら、それでも深く追求せずに信じてくれる。光は白瑛の微笑にその信頼を感じ取った。

 絶対に壊したくない大切なモノを抱き寄せるように、光は白瑛の体を引き寄せた。

 胸に抱くその温もりに、この白い煌きを絶対に曇らせないと、そう、自分に言い聞かせた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 朝焼けで染まる明け方の鍛練場

 

「はっ!!」

「く、っ!」

 

 幼馴染二人が手合せをしていた。

 長柄の槍剣を見立ててだろうか、両手持ちの棒で果敢に攻め立てる白龍に対し、双剣の模造刀で防ぐ青舜。

 かつては青舜よりも小さく力でも劣っていた白龍だが、攻めたてるその動きは苛烈で手数に勝るはずの青舜は防戦一方となっていた。

 青舜の双剣はたしかに二つの剣を振るう分、手数は増えるが白龍の棒術に比べて間合いが狭く、両手持ちで振るわれる長柄の棒の威力をいなして間合いを切り込むことができずに押されていた。

 白龍の棒捌きは堅実な鍛練に裏打ちされたように鋭く力強い。徐々に青舜の防御のタイミングが遅れ始めた。

 

「っ!」

「はぁっ!!」

 

 後退しつつ懸命に防御していた青舜の双剣を掻い潜り、腰の入った一撃が青舜の手から剣を弾き飛ばした。

 

「一本、取られましたね」

「…………」

 

 長棒を突きつけられた青舜が降参の言葉を口にし、二人がともに詰めていた息を吐いた。

 

「しばらくお会いせぬ間にお強くなられましたね、皇子」

 

 元々の二人に技量は互角。体格面で青舜が勝っていた際にはわずかに青舜が勝ち越していたが、体格が逆転した今、白龍が面目躍如とばかりに勝ち越していた。

 弾き飛ばされた剣を拾い上げて青舜は今はもう自分よりも大きくなってしまわれた皇子を見上げた。

 

「えっと、皇子? どうされました?」

 

 むすっとした表情で自分を見下ろす白龍の様子に、青舜はちょっと戸惑いがちに問いかけた。

 非常に物言いたげと言うか、イラついているというか、憐れんでいるというか……

 

「いや青舜……お前は変わらないなと思ってな。むしろ縮んだのか?」

「んなっ!? おお、皇子が急に縦にご成長なされたのですよ! 私だってこれから育ちます。ぐんぐん伸びてすぐに追いつくんです!」

 

 かつては小さく泣き虫だった白龍も、今は青舜よりも立派な体躯。流石に紅炎や光ほどの背丈とはいかないまでも、小柄な青舜に比べると10cmほどは大きい。

 皇子のあまといえばあんまりな指摘に青舜は驚愕し、一拍遅れて半笑いで ――ただし目を笑わずに―― 反論した。

 

「追いつくってお前……お前の方が年上じゃないか……もう育つも何も、見込みないんじゃ……」

「あ~~聞こえない、聞こえない!」

 

 反論は冷静そうに憐れみを込めて、致命的な指摘を告げた。

 青舜は成長期を終わりかけている白龍よりも1歳年上。伸びる見込みがないではないが、白龍や主である白瑛と並ぶほどの背丈になるのは最早絶望的ろう。

 しゃがみこんで両耳を閉じる青舜に白龍は滔々と言い募った。

 

「大体な。将軍職を賜る姉上の第一の従者がそんな頼りないなりでどうする! もっと鍛えろ!!」

 

 大切な姉上のただ一人の眷属。

 将軍として前線で戦う彼女の剣となる従者が自分よりも小さく、そしてあっさりと白龍に1本とられるようでは先が思いやられる。

 

 だが小言臭く冷静な説教は長くは続かなかった。その次の青舜の言葉によって

 

「余計なお世話です!! 皇子だって、光殿よりちっさいじゃないですか!」

 

 そう、白瑛の眷属はたしかに今現在青舜一人だ。だが、それ以外にも彼女には優れた守護者がいるのだ。

 白龍自身、あまり認めたくはないが、姉上が奴を信頼し、そして歴然たる事実としてあの男が強いということは認めざるを得ない。

 指摘されたくなかった一言が付け加えられ、互いにボルテージが上がり始める。

 

「何っ!! そこでアイツの話題をだすのか!! このっ! 無礼者め! やるか! もう武芸だってなんだって負けないぞ!」

「なんです! ちょっと昔まで毎日ピーピー泣いてたくせに!」

「なんだと!!」

 

 朝焼けを通り過ぎ、白んできた空の下。鍛練は終了した。

 いや、互いに力を振るうという点においては、まだ継続しているのだが、その様は鍛練とは言えないだろう。

 互いに胸倉をつかみあい、怒気に顔を赤くしての罵り合い

 

 どつきあい……あるいは子供の喧嘩だろう。

 

 ギャーギャーと鍛練からは程遠い取っ組み合いが繰り広げられた。

 

 

 

 

 ぜーぜーと肩で息をして不毛な喧嘩に区切りをつけた頃。

 

「白龍殿、青舜殿。朝から随分と……荒行だな」

 

 様子を見に来た光は、朝の鍛練にしてはなんだかボロボロの姿の二人を見た。

 

「いえ。まあ……」

 

 声をかけてきた光に、白龍はきまり悪げにフイッと視線を逸らし、青舜も喧嘩していましたとは言えずに視線を泳がした。

 そして、ふと自分の主の姿が見えないことを訝った。昨日はたしかゆっくりと白龍と一日過ごしてから、第1皇子に呼ばれていた光を迎えに行き、そのまま話し込んでいたと思ったのだが。

 

「光殿。姫様はどうされました?」

「ああ……白瑛殿はまだ休んでたんでな。起こすのも悪いんでそのまま寝かせておいたが?」

「そう、ですか」

 

 視線を向けてきた青舜に対して光はどう答えるべきかと数瞬思案して、結局そのまま答えることにした。

 戦場でも、宮中でも、気を張り続けなければならない主が、昨日はゆっくりと一日を過ごせたことに青舜は一抹の寂しさと言い表せない感情を覚えつつもほっとしたような顔で返した。

 ただ

 

「青舜? どういうことだ?」

 

 光の言葉に白龍は違和感を覚えたのか青舜に訝しげな視線を向けた。

 

「あれ? あ!! あ~……」

 

 視線の意味するところは、「なぜ姉上の起床に光殿が関わっているのだ?」だろう。なんとも言いように困る状況に青舜は視線を泳がした。

 白龍のジト目を受けている青舜に光も苦笑した。

 

「せっかくだ。俺も手合せ願おうか、白龍殿。それとももうやめにするか?」

 

 光は桜花を腰に差したまま、鍛練用の木刀の切っ先を向けるように構えて白龍を促した。挑発的な言葉に白龍は疑問を放り投げてキッと光を睨み付けた。

 

「そ、そうですよ皇子! せっかくの機会です! 手合せしていただきましょう!」

 

 言葉に困っていた青舜も話題にのっかるように手合せを進めた。

 実際、青舜と白龍ではすでに白龍の方が強いので、白龍にとっては青舜が鍛練の相手として十分とは言い難くなっている。 

 

「……では、手合せ願います。光殿」

 

 釈然としないものの、鍛練中の魔力操作能力を体感する機会だ。

 白瑛たちが西征軍として北天山に向かう前にも、何度も手合せはしたが、その時はまだ白龍も十分に魔力を操作することはできず、結局白龍では満足にその力を引き出すことはできなかった。

 だが、今なら……

 

「シャンバラの魔力操作を身に着けたと言っていたな」

「ええ。俺はもうあなたにも負けません」

 

 青舜との鍛練の疲労はないと言えば嘘になる。

 だが、青舜との鍛練では与えるダメージが大きくなりすぎるので使わなかった魔力操作が、今度は使える。

 疲労を抜きにすれば魔力量は十分。

 

「ほう。それは楽しみだ、が。所詮は鍛練だ。鍛練ごときで無茶はするなよ」

 

 操気術にしても魔力操作にしても、無茶をし過ぎれば命を削る。

 

 まっすぐすぎる白龍の性質は、時に危うい。いずれそれが命取りにならなければいいと……そう、漠然とした予感のようなものを光は感じ、血気に逸る白龍に注意を促した。

 

 

「……行きます」

 

 白龍は距離をとった状態から長棒をくるりと回してから手に馴染ませると下段に構えた。 

 

 間合いの槍術の白龍に対して見切りと捌きに長けた光。実力差的に白龍は自分から切り込むことの不利を覚えつつも戦意を獲物に宿らせた。

 

「ほう……」

 

 白龍の両手が薄ぼんやりと光を纏い、輝きが膜のように棒の打突部を覆った。

 魔力が通う確かな証。光の操気術ほど剣気一体とまではいかずとも確かに魔力が武器に宿っている。

 光も操気術を使えば打ちあうことはできるが、光は打ち込みを誘うように切っ先を下げた。

 

「ふっ!!」

 

 どのみちこれは光の言うように鍛練なのだ。自分から動かなければ何も変わりはしない。白龍は誘い込まれていることを承知で、短く息吹を吐いてから一気に距離を詰めた。

 

「ハァっ!!」

 

 下段から円月を描くように振りかぶり袈裟に切り下ろした。

 魔力の込められた斬撃。

 

「ふっ」

「くっ!」

 

 光はそれを見切りと体捌きによって躱し、魔力で覆われていない柄の側面部へと木刀を振るった。

 長棒の全体を魔力で覆うことはかなりの負荷を伴う。

 本来の獲物である偃月刀を想定して、棒の打突部前面にのみ魔力を通わせたのは、中々の技術だが、それを逆手にとって魔力操作なしに相手取ろうとする光。

 その意図を今の一撃から読み取って白龍はギリッと奥歯を噛み締めた。

 

 見切りと剣の技量、魔力操作。全てにおいて白龍よりも光に長がある。

 だが、武器の差から間合いの広さでは白龍に分がある。白龍は手元での動作を細かくし、手数を増やして斬撃数を増やして光へと攻め立てた。

 

「中々。以前からは見違えるほどだ、な!」

「っ、このっ!!」

 

 棒捌きだけでなく、武器特性の差を活かして間合いをとる白龍を光は褒めるように声をかけた。

 長い棒の遠心力に振り回されることなく、手元で的確に操る力。槍術自体は中々のものだ。

 だがそれに魔力操作が追いついていない。

 光の眼はそのラグを見極めて、躱しと受け流し、そして武器を弾くことを使い分けて白龍の攻撃を捌いた。

 

 当たらない攻撃に焦れる白龍。

 

「はぁあっ!!」

「!」

 

 強く脚を踏み込み、魔力のこもった斬撃を放つ。

 光はそれに木刀を合わせた。

 魔力は込められていない木刀。防御もろとも切り裂ける。そう確信した白龍だが、長棒の振り下ろしに合わせるように木刀が軌跡を描く。

 以前、何度も見た武器の受け流し。

 光雲の大剣だろうとなんだろうと、剣筋の軸をずらす光の防御。そのまま長棒を振り切れば勢いに引きずられて体勢を崩す。

 

「! させ、るかっ!!」

「おっ!?」

 

 白龍は踏み込んだ状態からさらに強く腰を落し、棒の手元を操る左手を押し込んだ。

 白龍の長棒が光の木刀を巻き込むように跳ね上げる。

 互いの武器が上方へと流れ、狙いを外された光が驚いたように目を開いた。

 

 勝機と見た白龍は、振り上げた右腕を振り下ろそうとし

 

「なっ!?」

 

 目の前の光がそのまま木刀を手放して間合いを詰めたことに虚をつかれた。

 強引に踏み込んだ白龍は咄嗟には動けない。対して受け流しを主体としていた光の動きは早い。

 一気に間合いの内側まで距離を詰めた光は、白龍が長棒を手元で操るよりも早くその胸元の襟をつかんだ。

 

「え? わあっ!!!」

「皇子!?」

 

 間近に迫った光が笑みを浮かべ、振り下ろそうとしていた白龍の右腕を掴んだ。次の瞬間、白龍の体は見事に宙を一回転。声を上げて地面にたたき落とされた白龍に、観戦していた青舜が声を上げた。

 

 天地が逆さまにひっくり返り、白龍は空を見上げていた。

 

「かなり腕は上げたようだな、白龍殿」

「くっ! なぜ操気術を使わなかったのですか!」

 

 仰向けの白龍を覗き込むように微笑む光に、白龍は噛みつくように声を上げた。

 先程の手合せ。負けたのは明らかに白龍だが、自分の武技は確かに光の剣を捉えていたし、剣で負けたわけではない。

 だが、それでも地に倒れているのは自分で、しかも光は白龍が使った魔力操作を用いなかったのだ。屈辱感は大きい。

 

「その方が負けた感じがするだろ?」

「っ! 剣では、決して負けていませんでした!」

「かもな……けど、負けてるだろう?」

「…………」

 

 剣では負けなかった。

 それは唯の言い訳。実際には自分よりも光の剣の方が数段上にいることを理解できない白龍ではない。

 それでも負けるわけにはいかない。例え相手が自分よりも遥かに格上の相手だろうと、やらなければならないのだ。 

 

「白龍殿は攻撃に寄りすぎだぞ。もう少し力を抜いてみろ」

 

 いつまでもこの男の下でいいわけがない。

 

「っっ。……何も、知らないくせに」

 

 忠告のように言われた言葉に、白龍はポツリと答えた。小さな呟き。聞き取れなかった言葉。だが、何かに気づいたように光が目を開いた。

 

「白、」

「くそっ!!」

 

 声をかけようとした光だが、白龍はバッと起き上がり、光の腕を振り払い、背を向けて駆けだした。

 

 

「皇子!?」

「…………」

 

 かけ損ねた声とともに振り払われた手が宙を彷徨う。駆けて行った白龍に青舜が驚いたように声を上げた。

 青舜は追いかけるべきかどうか悩み、光の方をちらりと向いた。

 

「むぅ……中々、うまくいかんな」

 

 払われた手をぶらぶらとさせながら珍しく困ったような顔をしている光。

 頑なな義理の弟との関係を良好にしようとでも望み、上手くいかないことに内心がっかりしているのだろうか。

 青舜から見ても“強い人”である皇光という男のそんな顔に、不思議な親しみを覚えて青舜は少しだけ笑みを浮かべた。

 

「皇子は昔から泣き虫な方ですから」

「む……」

 

 今では大分改善されたように見られるが、それでも青舜は知っている。 

 今では主となったあの人同様、ずっと昔から見てきた大切な幼馴染だから。

 

「頑固で融通の利かずにいつも背伸びばっかりしようとしてる方で」

 

 青舜とて光に思うところがないわけではない。ずっと昔から一緒に居てきた大切な姫様が選んだという皇光という男に。

 今でもあの人を守りたいという強い思いはあるし、だからこそその証である眷属器は青舜の誇りだ。

 そしてきっと……慕う心もあった。

 

「責任感が強くて、だからできないことを思い悩んで……」 

 

 皇子もきっと、もうこの方を信じているのだろう。

 ただ、自分が守ろうと背伸びしていた目的の一つが、急に役目を奪われたような感覚になってしまっている。

 

 自分と……同じように

 

「よろしく、お願いします。皇 光さん」

 

 語るうちに、それが誰を指したものなのか青舜自身、最早分からなくなっていた。あるいは感の鋭い光は、青舜の言葉の指しているのがなんなのか、本人以上に分かっていたのかもしれない。

 

「……ああ。こちらこそ、よろしく頼む。李 青舜」

 

 改めた交わされる名前。

 昨日までと同じようで、少し進んだかもしれない関係。

 

「皇子を、見てきますね」

「ああ。すまんな」

 

 駆けて行った幼馴染の背を青舜は追いかけて行った。

 

 自分の見てこなかった関係性。

 

 いずれは失われてしまうものだとしても、今は……

 

 今はただ、この関係を大事にしたいと、改めてそう思った。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 長いようで短い休暇は終わった。

 羽を休めていた鷹たちは、再び戦場という名の大空へと羽ばたく。

 

「さて。またしばらく帝都ともお別れだな」

「はい」

 

 練白瑛たち北方兵団は再び北天山高原へ。そして同時に南方兵団は大船団を編成して海洋国家、バルバッドへと進軍していた。

 前回の派兵では、北天山での拠点づくりが中心だったが、今度の派兵で白瑛たちが求められているのはより戦略の根幹に近い。煌帝国のある東大陸の西端への軍路の確保だ。

 

「白龍殿は……」

「大丈夫ですよ、光殿」

 

 姿の見えない義弟の姿に、光が少し困ったように尋ねようとすると、白瑛はいつもの柔和な笑みを浮かべてそれを遮った。

 白瑛はちらりと自分の頼もしい従者を振り返った。

 

 決して大きな従者ではない。

 第1皇子の4人の眷属と比べれば、戦闘力に於いても十分とは言えないかもしれない。

 

「はい。皇子はあれで強い方ですから」

 

 それでも、心を守ってくれる、白瑛にとってこれ以上にはいない頼もしい従者だ。 

 




数話ぶりに登場の白龍さんと紅炎さんでした。
今回何人かの心情の変化を描きましたので、大まかにその変化をまとめてみると

紅炎さんは いらだちを3上げた。
青舜さんは 嫉妬を2上げた。
青舜さんは 嫉妬を昇華させた。
青舜さんは 信頼を5上げた。
白龍さんは 劣等感を3、嫉妬を4上げた。

選択肢
去った白龍を
1:光が追いかける。
2:無視する。
→3:青舜が追いかける。

白龍さんとの友好イベントを逃した。
白龍さんの進化まであと、劣等感40、嫉妬18、憎悪5。必要なアイテムが足りません。

という感じになります。

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