煌きは白く   作:バルボロッサ

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第22話

 舞台は再び北天山高原へと戻る。

 

 高原と一括りに行っても実際、その立地はそこに住まう多数の民族同様、色々な姿を見せる。

 

 黄牙の民が放牧していた野草の豊かな高原の地。

 山を南方に降れば中央砂漠へと連なる低地で不毛な地。

 山を北方に超えれば北の海へと続く、山と海の入り組んだ急峻な海岸線。

 

 そして

 

「…………」

「どうしました、光殿?」

 

 天山の名が示すように切り立った山々に囲まれる地。岩だらけで見通しの悪い渓谷部を白瑛たちは通過していた。

 

「見通しの悪い場所だと思ってな」

「あ、はい。近くの部族の話によると崖崩れが多い場所だとか」

 

 あたりを鋭い眼で見まわす光に、隣で馬を歩かせる青舜が問いかけた答えに、光雲もあたりを見回した。

 

 北天山で最も名を知られる黄牙の民を臣従させたと言っても、元々天山には数多の部族が割拠している地だ。

 黄牙の民のように誇り高く、白瑛の理念に共感して臣従した者たちも居れば、煌帝国の圧倒的な武力背景に屈服した者たちもいる。

 そして当然、それを是とせず、反抗する者たちも

 現在白瑛たちは、降伏勧告に従わない部族の許へ直接交渉を行うべく赴いていた。白瑛の意向もあって北天山の平定は、まず交渉から始めることを基本的な戦術方針としている。

 

 だが、向かう先の部族は、中でもとりわけ反抗的で、近隣の部族に対しても野盗紛いの被害をもたらしているとか。

 そのため黄牙の民の時とは違って、光雲や青舜など数人の兵を率いてきているものの、基本白瑛の意向を重んじて大軍での行軍は行っていない。

 

 見通しが悪く、隠れる所の多い ――奇襲をかけやすい立地と漂う戦気に光は気を昂ぶらせた。

 

「白瑛。念のために、金属器で――」

 

 どうやら反乱軍としてゲリラを行った経験のある光雲も同じ考えのようで警戒心を高めているし、白瑛たちも完全に無防備というわけでもない。

 光は念のためにと、安全を確保するために風の守護壁を張っておくように言おうとして

 

 ヒュッと空気を切り裂く音が谷に小さく響いた。

 

 音が届くよりも早く、言葉を中断して光は腕を素早く動かし、白瑛の顔の前に突き出した。

 

「なっ!!」

「矢っ!!?」

 

 光の手の中で動きを急停止させられた弓矢がビィィンと弾けるように撓っている。青舜と光雲はじめ、供の兵たちが臨戦態勢をとるために剣を抜き、周囲を警戒した。

 

「そうそう何度もこんな真似はしたくはないんでな。できれば風を出しておいてくれるとありがたい」

 

 気配と感を頼りに狙撃を防ぐ。並外れた技量による業だが、さしもの光といえど何度もできることではないのだろう。

 先程の忠告を続けて口にした。

 白瑛のジン・パイモンの風ならば、多少魔力は消耗するが薄く風の防壁を纏えば弓矢程度ならば幾ら浴びせられても徹すことがない。

 安全を期すなら金属器を発動させるべきだが

 

「……いえ」

 

 白瑛は光の言葉を短く拒絶し、崖の上を見上げた。

 青舜と光雲は白瑛を庇おうと前に進み出ようとして、しかし白瑛がすっと上げた右手に遮られた。

 

「姫様」「皇女」

 

 押し留められた二人が顰め顔で白瑛に振り返るが白瑛は凛とした将軍とした顔で見上げていた。

 見上げる先には剣を持った男たちが3人ほど。控えめに言っても友好的とは言い難い雰囲気を放ち、白瑛たちを見下ろしていた。

 二人を下げさせた白瑛は馬から降り、毅然とした態度で声を上げた。

 

「私は煌帝国初代皇帝が第三子。練 白瑛! 私たちにこの場で戦う意志はありません! 貴方たちと」

「黙れ! 貴様らが煌帝国というのはもはや知れ渡っている!!」

 

 一団の首魁だろうか、白瑛の名乗りを聞いた一人が言葉を遮って怒鳴り声を上げた。

 

「皇帝の娘が来たとあれば好都合! 我らは貴様らには屈しない!! これが答えだ!!」

 

 言葉を繋げようとする白瑛だが、それに耳を貸す気もゆとりも与えようともせず、一方的に打ち切って男は右手を前に振った。

 それが合図だったのだろう。頭上の岩陰に隠れていた弓兵が白瑛目掛けて同時に矢を放った。

 

「ちっ!! 下がれ! 白瑛!!」

 

 届くよりも速く、光は白瑛の前に体を割りこませて桜花を抜刀した。

 桜花の剣閃と生み出された風圧が降り注ぐ弓矢を叩き落とし、舌を打ちながら光は白瑛に下がるように促した。

 

 どうやら、煌帝国の侵略行動はすでに北天山の異民族の多くが知るところとなっているようで、将軍たる皇女自らが説得に乗り出すという姿勢は赴く前からすでに読まれていたらしい。

 話の代わりに問答無用で弓を射かけられ白瑛の顔が悲痛に歪む。

 黄牙の村でも敵意を向けられはしたが、あの時はまだ統率者に話し合う意志があった。だが、今は――

 

 鬨の声が上がり、岩陰に隠れていた武装民が剣を手に迫ってきた。その数は白瑛たちよりも圧倒的に多い。幅の狭い渓谷でその人数を最大限有効に活用できる幅と厚みの兵数。

 気配からその存在を感知していた光は、出現と同時にそちらに反応して接近される前に距離を詰めた。

 

「光殿!」

「分かってる! 白瑛!!」

 

 桜花を煌かせた光に、大声で制止の声を叫ぶ白瑛。

 出来る限り斬り合いは避けなければならない。斬り殺してしまえば怨みを生み、それは統一を壁となる。だが、この状態では幾ら白瑛といえども交渉に持ち込むことはできない。

 大声で返す光に白瑛は白羽扇を一閃して答えた。

 

「一度退きます!」

 

 白瑛の生み出した風は歩兵の援護に射かけられた矢を弾き飛ばす。切り込んだ光は峰打ちで敵を打ち倒し、白瑛の下知を受けて近くの敵をもう一人吹きとばして間を空けて身を翻した。

 制約さえなければこの程度の人数、金属器を使って制圧できなくもない。だが一足では跳び上がれない崖上から弓矢を射かけられ、斬り殺してはいけないという制約のある現状では、こちらにも被害がでかねない。

 光は馬の背に手をかけ一気に飛び乗り、白瑛たちの後方につけた。光が追いつき、殿を走っているのを確認した光雲は怒鳴るように声を上げた。

 

「おい、このまま退いていいのか!?」

 

 煌帝国という軍の威厳にも関わるのではないかという問い。

 交渉に行って、矢を射かけられてすごすごと退散では、敵にも味方にも侮られかねない。前回の派兵で内患を取り除いたのにこれではまた別の火種を作ってしまうのではないか?

 

「準備万端、迎撃態勢を整えているところに留まっていたら被害がでるだけだ!」

 

 光雲の問いに答えながら光は振り返らずに桜花を一閃。飛んできた弓矢を切り落とした。

 迎撃しようと気を吐く護衛を諌めるように統率しつつ、白瑛は撤退を指揮した。

 2度目の遠征初回の交渉は矢で射かけられるという結果に終わった。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 陣営への帰陣後、白瑛は主だった将兵を集めて行動方針を話し合っていた。

 

「将軍。未来の煌帝国の民を傷つけまいとする将軍のお心は分かりますが、今回は交戦も致し方ありません」

「…………」

 

 呂斎の造反を経て、改めて西征軍の総督によって編成された北方兵団は、以前よりも将軍としての白瑛の意向を反映しやすくはなっていた。

 だが、それでも今回の交渉。いきなり弓矢を射かけてくるという徹底抗戦の意志表示を前にしては戦も選択肢として仕方ない。

 皆の視線を一身に受ける白瑛もそれは分かっているのか、座した椅子の上で机上に肘をつき、思案するように眼を瞑っていた。

 

 どうすれば最善なのか。どこまで戦えばいいのか。

 

 口を開こうとした白瑛。だが、

 

「将軍!!」

 

それを遮るように幕舎の入り口が乱雑に開かれた。

 

「なんだ! 軍議中だぞ!!」

「どうしました?」

 

 集っていた将兵の一人が入ってきた兵の非礼を咎めるように声を上げた。だが、飛び込んできた兵の表情に白瑛が尋ねた。

 

「我が陣営に向かってくる騎馬の軍団があります! その数、百程!!」

「!!」「なにっ!!?」

 

 伝えられた伝令に一同の顔がざっと変わる。白瑛が席を立ち、光もそれに追従した。

 

 

 

「あれは……」

 

 接近する軍団を見渡せる位置まで出てきた白瑛は、向かってくる一団の姿に我知らず声を漏らした。

 大きな馬体の上に、鎧に身を包んだ戦士たち。

 

「黄牙の民だな」

 

 白瑛の隣に立つ光も、向かってくる一団の姿に見覚えがあった。

卓越した馬術。騎馬という扱いの難しい兵科でありながら、一糸乱れぬ兵容。

 

「どうやら戦意はないようだが……」

「話を、聞いてみましょう」

 

 光は黄牙の騎馬隊を見据え、そこに戦気が立ち上っていないことを見て取った。白瑛もそれを分かっているのか、ただ、その意図を解しかねて神妙な面持ちとなっていた。

 

 間近まで迫った騎馬隊は行軍の速度を落して敵意がない事を示し、戦闘を走っている青年が馬上から降りて白瑛の前へと進み出た。

 

「黄牙の騎馬100名。麾下に加わるべく参じました」 

 

 男の言葉に、幕閣から「おおっ!」と声が上がる。

 侵略軍としてやって来た煌帝国に進んで協力を申し出る一団の登場は、説得交渉がうまく行かなかった流れを変える大きな期待感をもたらしたからだ。

 

 義勇軍の来訪はたしかに喜ばしい。だが、白瑛は秀麗な顔をわずかに曇らせた。

 戦を起こすことを厭い、煌帝国に降った黄牙の民が武装した状態で馳せ参じたことに疑問を抱かずにはいられなかったからだ。

 それは猜疑心からではなく、ただ平穏を約束した誓いに信を置かれていないのかという不安から。

 

「やはり……なぜ。来たのですか? たしか貴方は……」

「ドルジです。現在、黄牙の一族の長となっております」

 

 問いかける白瑛にドルジと名乗った男は、“長”であると告げた。

 

「長? チャガン殿は……?」

 

 ドルジの名乗った肩書に白瑛は首を傾げた。

 黄牙の民が臣従を決めたあの時。決断を下し、一族を説得してくれたのは長であったチャガン・シャマンという盲目の老婆だったのだ。

 訝しげに首を傾げる白瑛に、ドルジは表情を暗くして告げた。

 

「ババ様は亡くなりました」

 

「!! チャガン殿が!?」

 

 告げられた言葉に白瑛は大きく目を開き、驚きを口にした。

 

「寿命、だったのでしょう。将軍が帰国され、アラジンが西方へと向かってから一月ほどで寝て過ごすことが多くなり、そのまま……」

「そう、ですか……」

 

 確かに高齢に見えた。寿命だというのなら不思議ではない。

 だが、もしかしたら……自分たちのとった行動が、あの人の寿命を縮めてしまったのかもしれない……

 自分たちが来なければ、黄牙の一族はあの慎ましくのどやかな生活を今も続けていたのではないだろうか……

 世界を統一するという理想のため、自分たちが招いてしまったのかもしれない負の出来事に白瑛の顔が曇る。

 

 だがそれに気づいたのか、ドルジは暗くなっていた顔を毅然としたものに戻して白瑛を見据えた。

 

「ババ様が残していった意思は、確かに次の子どもたちに戦いのない世界を残すことです。ですがそれはただ与えられるのを待つだけではありません。戦って、自らの意志で掴み取るものだと、そう思うのです」

 

 ドルジのその言葉に、俯こうとしていた白瑛の顔が上がった。

 

「ですから、争いのためではなく、争いを治めるために戦われる貴方に俺たちの力を預けたいのです」

「…………」

 

 争いのない世界を望みながらも、争いを手段として用いる。

 その矛盾した行いは、今まで何度も白瑛が胸に抱えてきたものだ。

 だがそれを被った黄牙の民が、それを認めてくれた。

 

 もちろん全てを水に流して、とまではいかないかもしれない。

 それでも……

 

「俺たちが結んだ覚悟。それが間違いでなかったことを、見せてください」

 

 それでも、自分たちの理想に共感してくれる人たちが確かにいる。

 その事実は、白瑛の細い双肩に重みを与え、その重みが白瑛の心を僅かばかり軽くしてくれた。

 

 

 

 合流した黄牙のドルジも交えて軍議が再開された。

 交渉するためにも一方的に攻め立てられるだけでは話すこともできないということで、ひとまず防衛拠点である渓谷を落すことに方針は決められた。

 

「問題は上からの矢の斉射です」

 

 軍団の数の力で強引に突破することもできる。だが、それをすれば待っているのは徹底抗戦だろう。ゆえに戦うにしても、数を頼りに力攻めをするのではなく、相手を屈服させる形で拠点を落したい。

 その上で問題になるのはやはり崖下と崖上からの連携だった。

 

「黄牙の騎馬は今回はどうされますか、将軍?」

 

 話題に上るのは相手の事だけではなく、味方の陣営についてもだ。降ってわいた今回の増援、黄牙の騎馬隊の扱いにもどうするべきか思案が必要だ。

 彼らを信じるべきか否か。戦力となるべきか否か。

 白瑛はちらりとドルジに視線を向けた。

 彼らを見定めると共に、今回の戦いは彼らに見定められる戦いでもあるのだ。その意味でも蹂躙するような形での征服は望むところではないし、することはできない。

 白瑛の問うような眼差しを受けたドルジはその意を込めたように見返した。

 

「彼らも今回の戦いに参加していただきます。崖上の弓に関しては……」

「崖上に関しては俺が何とかしよう」

 

 黄牙の戦士を信じることに決めた白瑛。だが、騎馬の力が有効に働くのはあくまでも崖下の平面の戦いにおいてだ。いくら卓越した馬術と言えども切り立った崖を登ることはできない。白瑛の言葉を継ぐように光が発言した。

 

「俺達がか? 崖上にはどうやって登る?」

「いや、崖上の弓隊の数はそう多くなかった。単独でも指揮官を潰すことはできるだろう」

 

 光の発言に対して光雲は部隊の動き方として問いかけた。だが、返ってきたのは部隊の戦術ではなかった。

 

「単独?」

「登るのには協力が必要だが、その後は乱戦になる崖下の戦いに加勢しろ」

 

 たしかに崖上の弓隊は厄介だがあくまでも支援部隊。主力は崖下の歩兵隊だ。

 光の意図は分からなくもないし、事実支援部隊である弓隊ならば制圧する自信もあるのだろう。

 だが、なぜか違和感を覚えた。

 

「…………」

 

 白瑛の、光の下で戦ってきたこれまでの戦いから、一つの違和感を光雲は感じ取っていた。

 

 

 

✡✡✡

 

 

 

 黄牙の義勇隊が加わり、新たに白瑛直属の騎馬隊と編制し直しての渓谷の民との再交渉。

 武をもっての説得はなるべくならば行いたくはないが、討たれるままに任せて言葉を交わすこともできないではいられない。

 軍議にて戦術を決めた後、白瑛たちは兵を率いての進撃を行った。

 

 

 

「! 来たぞ! 騎馬の突撃だ!!」 

 

 崖上に布陣している弓隊が煌帝国の進撃を逸早く察知して迎撃態勢を整えた。

 

「射ってくるぞ!」

 

 騎馬での進撃。それに対して渓谷の守備兵は弓矢を射かけた。

 頭上から射かけられる矢。その気先を読んで怒鳴るように叫んだ光の声に反応して騎馬の軍団が速さをそのままに警戒心を上げる。

 

 黄牙の民は馬術に長けている。

 馬と共に生き、強靭な体を持つ黄牙の戦士だ。ちょっとやそっとの弓矢の斉射ではその脚を止めることはできない。黄牙の騎馬兵は頭上からの弓の攻撃をものともせずに人馬一体の動きで躱して進撃する。

 

「くっ! 当たらない!?」「あの馬術。黄牙の民が帝国についたのか!!?」

 

 先頭を走る黄牙部隊が目立ち、白瑛や光の方への攻撃を引き受けてくれている。その隙に白瑛たちは機を見計らっていた。

 

「光殿!」

「ああ。光雲!」

「おおっ!!!」

 

 進撃の機。白瑛の呼び声に反応するが早いか、光は光雲へと怒鳴るように合図を出した。

 光の合図に光雲は持っていた槍を振りかぶり、崖壁に向けて投擲した。

突き刺さる槍。それに続くように光雲配下の者も槍を投擲し、壁へと突き刺していった。

 

 馬を寄せ、最も低い位置にある槍の近くまで来た光はそれを掴み、一気に体を引き上げた。掴んだ槍を支点に体勢を整え、跳躍すると一段高い位置にある槍へと着地し、そこを足場に次々に壁面を駆け上った。

 

「なっ!!? この崖を上ってるだと!?」「射ろ! 射殺せ!」

 

 崖下の兵はまっとうにやれば白瑛たちの敵ではない。ことに黄牙の騎馬の突撃力が合わさった今、平面だけなら圧倒できる。

 問題は頭上から弓を射かけてくる者たち。

 槍を足場に壁面を駆け上ってくる光に弓矢を射かけて迎撃した。次々に飛んでくる弓矢。光はそれを桜花で斬りおとし、踏み込んだ。

 

「跳ん、ぐあっ!!」

 

 一気に跳躍し同じ舞台まで辿りついた光は桜花を振るって敵兵を薙ぎ倒していった。射かけられる矢を見切りによって躱し、斬り落とす。だが

 

「足元だ! 足元を狙え!」

「! ちっ!」

 

 足元を狙われれば桜花では斬り落としづらい。加えてただでさえ狭く不安定な足場。迂闊に避けようと足を動かせ文字通り足を滑らせかねない。

 舌を打って回避行動をとる光。

 弓兵は岩陰に隠れ、巧みに光の接近を阻むように射かけていた。

 ぐらつく足場にもかかわらず舞うように躱す光。眼下の白瑛たちに視線を向けると、光にかき乱されて頭上からの弓の支援が途絶えがちの歩兵をあらかた制圧しようとしていた。

 

「くそっ! 煌帝国め!!」

 

 このまま戦闘を続ければ制圧は可能だ。だがそれは白瑛が望む形ではない。

光は腰に差している鞘を引き抜くとそれを勢いよく投擲し、隠れている弓兵の一人を吹きとばした。

一瞬矢が飛んでくる間隔が開く。期を逃さず光は桜花に指を滑らした。奔る指に呼応するように桜花の刃紋が気によって輝く。

 指示を出している敵首領へと狙いを定めた。

 無傷で届く距離ではない。光の位置からは岩塊に隠れて迂回しなければ接敵はできない。だが――

 

「桜花――」

 

 脚へと溜めた力に耐えきれないように足場の岩に罅が入る。

 その体目掛けて弓矢が飛んでくる。

 

 光はただ、桜花を奔らせる剣閃のみを強く思い描き、足場を蹴った。

 体に弓矢が突き刺さる。左肩、右脇腹、左大腿。

 だが、光の突進は鈍ることなく、遠間から一気に岩塊へと迫った。

 そして

 

「―― 一閃!!」

 

 岩目掛けて桜花を振るった。

 

「な! がっ!!」

 

 振るわれた桜花は、まるで障害などないかのように岩を斬り裂き指揮官の腹に剣閃を刻み込んだ。

 だが浅い。

 いや、意図して致命傷は避けた。

 

 視線が交わる。その瞳にはいまだ消えない戦意が宿っているのが見て取れた。

 

 さらに一歩。右手で桜花を振るった状態から足を踏み込み、左手で顔を掴んだ。

 

「おの、れぇ!!! ――――」

 

 ドウッッ!! という轟音とともに指揮官の体を岩に叩きつけた。

 死んではいない。統率する者を殺してしまえば、禍根が大きく話し合いの余地を奪ってしまうから。

 だが指揮官が倒れたことで、そしてそれが相手の手の内にあることで敵の動きを牽制できる。

 

「討ち取ったぞ!! 白瑛!!」

 

 光に倒された指揮官の姿に弓隊の動きが止まった。隙を逃さず光は周囲に睨みを聞かせた。そして崖下の白瑛に知らせるように大音声の声を上げた。

 白瑛もそれを聞くや手綱を引き、自身の馬と軍の進行とを止める合図を送った。

 

「これ以上無用な戦闘を行う気はこちらにはない! 武器を納めよ!!」

 

 よく通る大音声の声。そしてそれ以上に将としての威圧感をもって行う宣言。

 戦いの目的は殺戮ではない。被害少なく、屈服させることがその目的なのだ。

 

「我々は貴方たちを蹂躙しに来たのではない! これ以上無用な争いを起こすな!」

 

 白瑛の声を聞きながら、光は僅かに自分の脇腹に視線を向けた。

 先程矢傷を受けた箇所。以前であればすぐにでも修復出来た傷。それが――今はまだ修復されていなかった。

 

 一瞥のみを傷に向けた光はすぐに戦場へと視線を向けた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 渓谷の守備を破られた邑はその後、軍の侵攻によって白瑛との交渉の席に着かざるを得なくなった。

 未だ不信感とともに敵意を向けては来るものの、守備兵を無傷で ――敵味方のどちらも―― 抜いてくるほどの戦闘を見せた白瑛たちに対し思うところはあるようで流れは多少変わっていた。

 

「失礼します光殿……何をされてるんですか?」

 

 ひとまず交渉が終わり、陣営に戻った光のもとを訪れた青舜は待機場所で一人白い布を腕に巻きつけようとしている光を見て問いかけた。

  

「青舜殿か……見ての通り治療だ」

「医療班には行かないのですか?」

 

 合流直後、光は数本の矢が刺さった状態だったため、治療を行っているのはおかしなことではない。だが医療班があるにもかかわらず一人で自分の治療をしていることに、青舜は訝しげな視線を光に向けた。 

 

「そこまでする必要はないさ。直に治る」

「……姫様が気にされていましたよ。光殿がまた無茶をされましたから」 

 

 ジッと傷を見つめる青舜の視線に気づいたのか、光は苦笑したように微笑ながら口を開いた。

 太腿の傷口に包帯を巻きつけている光に青舜はジト目を向けて小言がましく告げた。

 

 青舜にとってなにより大切なのは主である姫だ。

 だからこそ、それを支える最も太い柱である彼が簡単に危険に身を晒すのは感心できることではない。

 

「白瑛殿や兵の損耗は?」

「姫様にも多少の傷はありますが、それほどは……兵の損耗も軽微で死者はありません」

 

 守るべき姫と守る者たちのことを気にかけた光に無事であることを告げた。

 白兵戦となった崖下の戦いだが、黄牙の騎馬の力はすさまじく、青舜もたいして創傷をおうことはなかった。

 

「そうか……」

 

 包帯を巻き終えた光は立ち上がり、白瑛の所に向かおうというのか待機所を後にした。

 出ていくその後ろ姿に、青舜はほんのわずか、違和感を覚えた。

 

 ――傷が治っていない……?――

 

 表面だけならば、命を削る程の大怪我をあっという間に治癒していたのに、あの程度の傷に手当てをしていた。

 

 以前と変わらぬように見えて、何かが少しずつ変わろうとしていた…………

 

 

 

 

 陣営内、白瑛のもとへと向かいながら光は今回の収穫を思い浮かべていた。

 

 黄牙の騎馬兵。

 馬術に長け、白瑛の思いにも共感をもったという精強なる彼ら。高原での戦いでは騎馬は大きな力になる。まして黄牙のように巨大な良馬を自在に乗りこなす騎馬隊は非常に心強い。

 光も馬術の心得はあるものの、和刀の扱いを考えるとそれほど馬上戦が得意というわけではない。

きっと彼らの力は白瑛の助けとなるだろう。これからも続いていく戦いのために。

 

 思案していた光だが、視界の端に不機嫌そうな光雲の顔を見つけて、思考を切り換えた。

 

「おい」

「なんだ、光雲?」

 

 どうやら光を待ち伏せていたらしい光雲に話しかけられ、短く返すと光雲は少しだけ尋ねることを躊躇うように間を空けてから口を開いた。

 

「……これから将軍の所に行くのか?」

「ああ」

 

 本題ではないのだろう。言いにくそうに口にしたのは会話のとっかかり。

 問いかけたい話題だが、今の光の雰囲気がその質問を受け付けないように思えるのは、光雲にとってその質問が心にもない質問だと思っているからだろうか。

 

「あの黄牙の連中。お前はどう思っているんだ?」

 

 直前まで考えていたことを話題にさせられたからだろうか、光は少し足を止めて光雲を見据えた。

 

「強い連中だ。力も、心も。白瑛のこれからの戦いにとってきっと大きな力になるだろう」

 

 別に隠すことでもない。

 率直に告げた光の言葉に、光雲は奥歯にものでも挟まったように言葉にしにくい違和感を覚えて眉をしかめた。

 

「……もう一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

 

 歩みを再開した光の背に光雲はもう一つ問いを発した。

 

 この違和感を放置しておくのはマズイ。

 危機感にも似たなにかが訴えかけ、光雲はそれを尋ねる。

 

 前の戦い。今回の戦い……光の戦い方を見ていて生じた違和感。

 

「なぜお前は戦いのときに意図して皇女から離れようとする?」

 

 その言葉が、届いた瞬間、光はピタリと足を止めた。

 向き直ろうとはせず、その背がピンと張りつめたような雰囲気を発している。

 

「別に意図している訳じゃない。近くにいることだけが守る術ではないというだけだ。白瑛も単に守られているだけの女ではないだろう」

 

 いつになく硬質な声で返ってきた答えは光雲が覚えた違和感を解消する者ではなかった。

 むしろ、この質問は――

 

「嘘だな。俺にはお前が、言うほど皇女を守ろうとしているようには思えん」

「…………」

 

 危険な香りがする。

 

 光は確かに白瑛を守ろうとしている。

 和国の老剣士に襲い掛かられた時も、逆上するほどに怒りの感情を発露させ、恩師でもあった敵を斬り捨てた。

 今回も身軽で、単騎でも弓隊を制圧できるという点から光は行動した。

 それは分かる。だが

 

「むしろ、皇女を守る役を積極的に他のやつに押し付けようとしているようにも見える」

 

 守りたいならなぜ、常に近くに居ようとしない?

 前回も今回も、自ら白瑛の傍を離れている。 

 たしかに一緒にいることだけが守る術ではないが、怖くはないのか?

 傍に居れば届く手が、離れてしまえば届かない。

 全てを断つ剣が届かないところで、護りたい存在に凶刃が迫ることがあり得ないと誰が言える。

 

「……俺一人が気張るよりもその方がいいに決まっているだろう」

 

 正論ではある。

 光一人の力では、いかに強くとも完全ではないのだ。

 まして白瑛は将軍。自ら陣頭に立つことも時には必要で、そんな彼女を支える者は一人でも多い方がいい。

 それならば――

 

「ならばなぜ自分の眷属というものを作ろうとしない?」 

 

 ずっと、思っていたことだった。

 少なくとも自分は、何に於いても大切なモノを守ろうとする光を見て、彼と将軍とに救われた自分は、彼の手助けをしたいと思っている。

 彼と共に戦い、彼らの力になりたいと思っている。

 

 主の器に惹かれ、主の魔力とそのジンの能力の恩恵を受ける戦士。

 幾度も共に戦っている。コイツを支えて、将軍の言う理想の助けとなりたいとも思っている。

 光雲は、光が自分を認めていないように思えてならなかった。

 

「金属器は眷属を作るものなのだろう。お前が認めるのならば俺は――」

「質問は一つだけだろう」

 

 詰め寄ろうとした光雲を押し留めたのは、明確な拒絶の意志のこもった光の言葉だった。

 

「…………」

「俺の金属器は眷属を作らん。結果として白瑛が守られればそれでいい」

 

 ただ、“一応”答えるつもりはあったのか、答えを返した。

 

 光雲が到底納得することはない。

 違和感しか残さない答えを。

 

「お前は……何を隠している……」

 

 呟く光雲の言葉は、供なき偽りの王へとかけられた。

 光はそれに答えることなく、ただ自分が守るモノの許へと足を進めた。

 

 




ちなみに

このころのアラジン君

モルさんと再会した。盗賊団を壊滅させた。
野生の葉王が飛びだしてきた。
アリババさんと再会した。

その頃の白龍さん
ジュダルと会話した。
白龍さんは いらだちを1上げた。

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