煌きは白く   作:バルボロッサ

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第24話

 元義賊、現北方兵団旗下の菅光雲は最近疑っていることがある。

 北方兵団の将軍である白瑛将軍の男である皇光という男についてだ。

 

 あの男の立ち位置が今一つよく分からない。

 

 彼らの将軍である練白瑛と皇光という名の和国の剣士が婚約者であるという話は、元々白瑛将軍の旗下に居た者ならばほとんど知っていることだ。

 

 だからこそ、同じ軍編成でありながら白瑛から離れて戦おうする光に光雲は違和感を覚えた。

 李青舜。黄牙の騎馬隊。羽鈴団、そして菅光雲

 あの男は白瑛を守る役目を自分ではない誰かに託そうとしている……気がしたのだが……

 

 

 その皇 光は今

 

「何をやっているんだ、お前?」

 

 なにやら胡坐をかいて作業をしていた。

 

「見ての通りだ」

「見て分からんから聞いている」

 

 常に腰に佩いている刀という独特な形状の剣、和刀。

 光の手元にあるそれは、柄の部分が取り外され、持ち手の部分の金属が露出している。

 

「和刀の手入れだ」

 

 見られても作業に支障はないようで、手慣れた様子で光は作業を続けている。

 刀身の根元の部分には迷宮攻略の証である八芒星が刻まれている。

 

「やはり剣とは違うんだな」

「まあな……和刀の手入れをすると落ち着くんだよ」

 

 剥きだしの刀身を拭い紙ですぅっと拭う。

 刀身の煌きを確認するように、眼前で傾けて鏡のように映る自分の姿を確認した。刀身に写る自分の姿が落ち着いているのも確認した。

 

「なるほど。落ち着きたいわけか」

「……何が言いたい」

 

 確認したはずの姿が陰る。

 刀身の向こう、草原では彼が守護する大切な女性。練白瑛が馬を駆っていた。武人でもある彼女は馬術に長けており、馬自体もかなり好いている。

 和国の武人である光も馬術はそこそこやる方だが、光の得意とする和刀を活かす剣術を使うためには馬上という制限はかなり大きい。

 騎馬の民である黄牙の民の馬術は明らかに光より上なのだ。

 

 別に彼女が馬を駆っていることが問題なのではない。

 

「いや。お前も自分の姫のことを気にかけるだけの心があったのに安心しただけだ」

「馬鹿言え。元々あれのことは気にかけているだろう」

 

 そう。自分ではない男と楽しげに馬を並べて走っている光景を見たとしても別に問題はない。

 馬術が好きな白瑛が、傘下に収めた黄牙の民の馬術を習おうとしているのだ。位階が下位の者に対してもそれが優れているのならば教えを請う。その勤勉な態度は好ましく、褒められこそすれ別に問題はない。

 

 何でもない事のように言って、拭い終えた刀身を柄に合わせて収めた。茎を柄で包み込み、固定するための目釘を差し込み打ち付けるための小槌を手に取った。

 

「ああそうだったか? ほう。随分と黄牙の連中と親しげになっているな。白瑛殿は」

「…………」

 

 目釘を打ち付けようとする手がピタリと止まった。

 ちらりと顔を上げて光雲の方を見ると、にやにやと愉快なものでも見る様な顔で光を見下ろしていた。しかもわざわざ普段は使わない呼び方をしてまで強調している。

 

 傘下に収めた黄牙の民。彼らは白瑛の理想に共感し、轡を共にしてその力を貸してくれる頼もしい味方だ。当初こそ様子を見ていた黄牙の民だが、白瑛の戦い方が、真実戦乱を抑えるためのものだと確認できたのか、今では中々に良好な信頼関係を築けている。

 今も、何かのアドバイスをしているのか、黄牙の男性 ――たしかバードルといったかが親しげに白瑛に近づいて楽しそうに話している。

 その手が白瑛の手綱の所に伸びて手を取るような仕草になったとしても、それは白瑛が教えを請うたからだろう。

 光は自分の馬術が黄牙の民のそれに及ばぬことを分かっているし、白瑛の馬術とも似たレベルということは分かっている。だから、黄牙の民に頼むことが筋の通ったことだということも。

 

 わざわざ不機嫌を煽るように言ってきた光雲に不機嫌に据わった眼を向けてから苛立ち混ざりに小槌を大きく振りかぶろうとして、肩口まで振り上げてから深く息を吐いた。

 目釘を打つのにそんなに力は要らない。小さく打ち付けようと位置を整え直し

 

「おい。本当に楽しそうだがいいのか、あれ?」

 

 バートルが白瑛に馴れ馴れしくする光景を見たのだろう。尋ねてきた光雲の言葉に光は手元を狂わせて小槌を指に打ち付けた。

 

「…………」

 

 鈍い音が鳴り、光と光雲。二人が押し黙る。

 煽った当人である光雲も光の普段の張り詰めた感じとはうって変わった姿になんと言うべきか考え、とりあえず生暖かい眼を向けた。

 

 光は先程の場面をなかったことにして、コンコンと手早く小槌を振るって目釘を打ちつけた。

 

「おい?」

「…………」

 

 返答することもなく手入れを終えた光は、最後に感触を確かめるように桜花を握ってから立ち上がった。そして妙に爽やかな笑みを光雲に向けた。

 

「よし。暇なら鍛練にでも付き合ってもらおうか、光雲」

「あ、いや。あっちは……」

 

 てっきりそのまま楽しそうにしている白瑛のところに行くかと思いきや、和刀を構えて切っ先を向けてきた光に、光雲はたらりと汗を流して白瑛の方を指さしてみた。

 

「遠慮するな。丁度振るい具合を確かめたかったところだ」

 

 ギラリと輝く刃紋。いつになく好戦的に見える顔は光雲の気のせいだろうか。

 光雲に気を見る力はないはずなのだが、陽炎が和刀を取り巻いているように見えるのは光源の加減だと信じたい。

 八つ当たりをさせろという心の声が聞こえそうなのは何かの間違いだろう。

 

「おや。光殿、鍛練をなさるのですか?」

「ああ。今日は荒行をやりたい気分だそうだ」

「…………」

 

 いつの間にか白瑛もドルジたちを引き連れてやってきており、退路を断たれた。しかもなぜか荒行をやりたいということになっている。

 

 

 

 和国特使にして練白瑛が許嫁。皇 光。

 卓越した剣技と操気術を得意とする迷宮攻略者。

 煌帝国の第1皇子、炎帝が認めるほどの実力を持っているらしい男は、しかしその許嫁を守護する役を誰か別の人に渡したがっているように見えた…………そんなのは気の所為だったと、この日、光雲は知った。

 

 主とも見定めている者が、思った以上に独占欲の強い人物だということを、光雲は骨身に染みて実感したのであった。

 

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 風の大槍が迫る。

 目に見えぬはずの風が確かな指向性を得て形ある槍となって光へと振るわれた。

 

「はあっ!」

「ふっ!!」

 

 振るわれた大槍を桜花で受け、流水のごとくに体を捌いて流した。

 白瑛は大振りの一撃を流されたとみるや、振るった三つ又の槍を背中を通しで左手から右手に持ち替え、縦に振り下ろした。

 

「ちっ!」

 

 受け流しからの接近を狙っていた光は、しかし回避行動に回らざるを得なくなり、真上から迫る風を避けた。

 離れた距離にいるのは暴風を支配する女王、白瑛。

 開いた距離での戦闘では分の悪い光が接敵を試みるのは定石といえた。

 光は攻撃を躱しつつ、隙をついて桜花の刃紋に気を集中させつつ、身体の気を練った。振り下ろしの一撃を大きく避けた光は、着地した足に力を集約した。

 何度も接近を許した展開に、白瑛は光の足が地を蹴る前に縫い付けるように追撃を放った。

 

「! 桜花、一閃!」

 

 一気に接近するつもりが、許されずその場に押し留められた光は、しかし追撃の風を操気術で切り払った。

 

 以前に比べて風を操る練度が格段に向上し、光の攻撃のパターン。白瑛の隙を衝いた動きを読んできている。

 

「! パイモン!」

 

 今までと同じでは接近できないと踏んだ光は、一気に距離を縮める歩法ではなく、地を駆けて距離を詰めた。

 走り寄る光に対し、白瑛はパイモンの力を行使して旋風を巻き起こして寄せ付けまいとした。

 うねりを上げて薙ぎ払わんとする風。光は腰に差していた鞘を引き抜き、桜花との二刀に見立てて弾き飛ばした。

 右手に桜花、左手に鞘を持ち、接近戦の距離にまで持ちこんだ光。

 ただの金属器だけであった以前であれば、白羽扇から剣へと持ち替えなければならなかったが、武器化した魔装を持つ白瑛は、操気術で金属器を断ち切られないように風で武器を覆ってそれを振るった。

 

「ん。ふむ……」

「はぁっ!」

 

 流石に金属器を割るつもりはなかったが、それでも自身の一閃を阻む風の旋風に光は目を瞠った。だが、感嘆の声は白瑛の鋭く吐いた息に掻き消えた。

 振るう腕力だけでなく、風の威力で底上げされた威力に光が弾き飛ばされた。いや、飛ばされることを察知した光が一瞬早く、飛ばされるに身を任せてダメージを抑えた。空中でくるりトンボをきって着地した光だが、体勢を整える間を与えず白瑛は切り込んだ。

 

 

 

「皇女の金属器。以前よりも上達しているようだが、よく生身で相手ができるなあいつは」

「和刀と鞘に魔力を流して防いでいるようですけど、やっぱり剣の技量はとんでもないですね」

 

 離れた位置から光雲と青舜は二人の試合を見ていた。

 青舜も双刀を使う剣士だ。そして白瑛の魔力にひかれる眷属でもある。ゆえに白瑛の操る暴風の威力はよく分かっている。

 

「しかし、あいつはなんで自分の金属器を使わないんだ?」

「使う必要があれば使うと言っていましたが……」

 

 左手の鞘で受け流しつつ、右手の桜花で攻める。

 光の武器化魔装、風花・叢雲は二刀で苛烈に攻める接近戦主体の武装だ。それに対して疑似二刀の今は光の攻防は左右の手ではっきりと分かれているように見える。

 今の所防いではいるが、今の姫様に対していつまでも魔装なしで相手できるものではあるまい。青舜はそう見ていた。

 

 

「潰せ、パイモン!」 

 

 正面から突っ込む光に対し、白瑛の呼び声とともに放たれた轟風。

 渦を巻きながら殺到する風は、光を押し潰さんばかりに迫り、光は風の流れ、気の流れを読むように瞳をこらして視た。

 以前よりも風に通う気が精緻になっている。

 魔装まで習得したことで完全に風を支配下に置いているのだろう。今であればおそらく密集地帯においても白瑛の識別力の許す限り、複数の敵味方を分けて蹴散らすことも可能なはずだ。

 殺到する風に素早く目を走らせた光は取り囲む風の綻びを探り

 

「はぁっ!!」

「なっ!!」

 

 桜花を奔らせた。

 囲う風が一瞬で切り裂かれ、流石に白瑛も驚きに目を見開いた。だが、光の斬撃の凄まじさはすでに承知済み。振るわれる左腕に白瑛はすぐさま反応した。

 

 ――左!?――

 

 咄嗟に体が反応して防いだが、その瞬間違和感にきづいた。

 右手に桜花、左手に鞘。斬撃が来るとすれば右手だったはずだ。パイモンの槍に噛みついているのは鞘のはず。素早くそれを確認した白瑛は再び驚きを受けた。

 

「桜花!?」

 

 左右の武器を持ち替えている。だが、驚愕はそれだけではなく、噛み合う部分から融けるように白瑛の武器化魔装が解除されていた。

 

 ――武器を通しての魔装解除!!?――

 

「っ!」

 

 気付いた瞬間、反射的に風を操って防御しようとするも、それを貫いて光の右腕から突きが放たれた。

 

「ぐっ!!」

 

 刀では殺傷力の高い刺突。

 それゆえに桜花では今まで使ってこなかったパターンだけに、それを見落としていた。

 鞘のため、殺傷力はないものの、右肩の付け根を打たれた白瑛は苦悶の声を漏らして吹きとばされた。 

 

 

 

「流石に、そろそろキツイな」

「それでも。まだ光殿は魔装を使われないのですね」

 

 試合が終わり、倒れた白瑛に左手を差し伸ばし、引き起こした。

 

「白瑛も魔装は使わなかったからな。使っていればこうはいかなかったさ。っと、肩は大丈夫か?」

「ええ。……っ」

 

 問われて鞘で打ち付けられた右肩の痛みに白瑛は顔を顰めた。鞘であったのをいいことについつい手加減なく打ち込んでしまったために、痣程度にはなっていそうだが、ギリギリで風の防御が働いたのか骨折はしていなさそうだ。光は「治療をしておけよ」と声をかけた。

 白瑛は首肯を返すが、見返すその顔は少しだけ拗ねているようにも見えた。今まで光が刺突を見せてきたのは鍛練ではあまりない。それはつまり今までまだ光の底力を引きだせてはいなかったことでもあり、そのことも白瑛は内心わずかに不満をもたらしていた。

 ただ、1対1の試合という条件下において光は武器化魔装なしで白瑛を倒すことができたがそれは金属器使いとして白瑛が弱いわけではない。

 

「風の使い方が上手くなったな。対軍戦闘ではどういう状況でももう足元にも及ばなそうだ」

「そうですか? では、そういうことにしておきましょう」

 

 不満そうに見上げてくる白瑛に、光は苦笑して彼我の評を述べた。あしらわれたような感はあるが、それでも嘘ではなさそうなので白瑛はひとまず受け入れたように頷いた。そして光と視線が合うとささやかに笑みを浮かべた。

 

 実際、白瑛の戦闘スタイルは光と異なり、というよりも光の戦闘スタイルが金属器使いのそれと違って1対1特化のところがあるのだ。無論光とて集団戦闘が苦手というわけではないが、白瑛のように大軍を一撃で沈黙させるような魔法はそうそう打てない。打てたとしても条件が厳しすぎるのだ。

 むしろ大軍相手や巨大なものを相手として想定した場合、光よりも圧倒的に白瑛の方が優れているだろう。

 

「そうですよ。それに姫様には私が、眷属がいるじゃないですか」

 

 試合が終わり見ていた青舜と光雲も近づいきた。

 白瑛の第一の従者にして眷属器・双月剣を持つ青舜。眷属の言葉に白瑛は淡く微笑んでそうですね。と返した。

 

「そうだな。眷属の規模で言うならパイモンはジンの中でも屈指かもしれんな」

「そうなのか?」

 

 青舜の言葉を受けて光も白瑛の金属器最大の特徴となった眷属の規模を褒めるように言い、光雲が問い返した。

 

 北天山高原に来て数か月が経った。

 その間に多くの部族と交渉を行い時に戦闘を行った。その中で、傘下に下した黄牙の部族は特に白瑛の理想に共感したらしく、今では立派に白瑛旗下の部隊となっていた。平定戦を通じて黄牙の戦士は徐々に白瑛を信頼していき、その証とでもいうように彼らは白瑛のジン・パイモンの加護を受けるに至ったのだ。

 

「第1皇子の眷属ですら4人だからな。一人のジンに対して普通、眷属は多くとも3、4人くらいだと思っていたが」

 

 100余名からなる眷属器部隊。

 3体のジンを有する紅炎ですら2桁に達しないことを考えるとそれは規格外の数といえた。

 二人から褒める言葉をかけられた白瑛は自らに力を貸してくれる者の多さをありがたがるように思い浮かべた。

 紅炎は3人のジンがその器を認め、その覇道を支える者が大勢いる。

 かつての白瑛は皇族直系の血を引く、日の当たる表を堂々と歩く者だったのだ。それがあの事件をきっかけに立場が代わり、多くの者が離れて行った。

 卑屈になることはなかったがそれでも少し前まで兄や自分に優しくしていた者がまるで別の人のようになってしまったこともある。移ろう人の心は悲しいというよりも寂しかったのかもしれない。

流れが変わるようにいつか父や兄の理想としたことまでなかったことになるのではないかという事が。

 大勢の人が自分を認めて、支えようとしてくれる。それは有難かった。

 

「私は、幸せですね。こんなにもたくさんの人が私に力を貸してくれて、進む理想に共感して下さって……」

 

 いつもは将軍として凛としている彼女の幸せをかみしめるような言葉。光たちはその姿に一瞬目を瞠った。

 

「姫様……。姫様、私では力不足かもしれませんが、力の限りお守りします」

 

 嬉しそうに青舜は自らの主に忠義の言葉を述べた。

 たとえ誰が離れようとも決して違えること無き忠義と信頼を持つモノ。それこそが眷属。

 

 主と眷属の揺るがない信頼関係を見守りながら、光もまた思っていた。

 

 

――ああ。守るさ。何があっても、絶対に――

 

 

 違えることなく、心に刻み込んだ誓いを

 

 

 

 

    ✡✡✡

 

    ✡✡✡

 

 

 

 

 未開と呼ばれる極南地域のとある島の近く。

 夢の都として知られるその国からわずかに離れた海洋の上にその二人はいた。

 

 一人は杖を構える仮面の魔導師。一人は額に第3の眼を開眼させた王。

 

黒と白の鳥のようなものが鳴いていた。

 世界の全てに遍く存在する白いルフ。

 世界の全てを拒むために存在する黒いルフ。

 

 相反するはずのその二つが、大極に収められるように飲み込まれた。

 その光景に、その状況を生み出してしまった魔導師は息をのんだ。

 

「まさかっ……!? まさか、お前っ……!?」

 

 黒白の風が吹き荒れる。

 人の姿を借りた魔神によって生み出される風は、膨大な魔力に操られて収束していく。

 

「すでに、半分……堕……!?」

 

 言葉を遮るように王の口元に笑みが浮かぶ。

 

 

 ――風裂斬(フォラーズゾーラ)!!!――

 

 放たれた風は抵抗する余地なく魔導師を飲み込み、その下にあった小島をも砕き裂いた。

 

 ただの一撃で島の姿を変貌させた魔神の男は、その姿を人のモノへと戻して波打つ砂浜に降り立った。

 腰をかがめてその手で拾い上げたのは達磨のような人形。

 欠けた月が見下ろす中、男は厳しい瞳をその人形に向けていた。

 

「“アル・サーメン”は一人として残してはおかん」

 

 人形を握る手に力がこもり力を込められた人形がグシャリと砕けた。砕けた人形をみやる男の瞳は穏やかで死に行くものを見送るようにも見えた。

 

「“この世界”の未来にお前たちは必要ない」

 

 類まれなる王の器をもつ、大王ともなる身の男は世界の異物を一片の慈悲の心もなく排除した。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 白い鳥たちが羽ばたくような白い世界。

 まるで全てを照らす太陽が燦々と輝くような世界に二人の魔導師が向かい合い、交わらぬ会話を交わしていた。

 

 

 なぜ、“この世界”に仇成すのか、と

 

 

 魔導師は答えた。

 この世界に“暗黒”を作るためだと。

 

 誰かに決められた結末へ向けて勧められる抗えぬ道筋。

 支配された監獄のような世界。その世界から逃れる唯一の術。

 それこそが“堕転”。

 傲慢で残酷な運命の言いなりになることを拒むために。

 

 

 魔導師は悲しそうに答えた。

 運命は言いなりになるものではないと。

 

 乗り越えることで前へと進むためのものなのだと。

 前へと進む力をなくした世界は滅びてしまうのだからと。

 

 

 遥かな昔。断絶された世界から幾億と繰り返されてきた交わらぬ議論。

 

 

「アリババくんから、出ていってくれるかい?」

 

 魔導師は告げた。

 友の体から出て行けと。

 彼を蝕む呪いを消せと

 

「そう念じろ。それだけで私はあとかたもなく消えるだろう。

 シンドバッドに本体を屠られ、もはや私は弱った単なる呪いの核に過ぎん。その上マギの意識にかかればひとたまりもなかろう。

 せっかく植え付けた“別の芽”も枯れることになるが仕方あるまい。あちらの賭けは痛み分け、といったところだろうがな」

 

 魔導師は答えた。

 自らの意志で、私を消せと。

 

 

 そして……………

 

「“―――――――”!!!」

 

 奇蹟を行う全知の力。

 その御業は黒い思いを白へと変えていく。

 

 

 呪いを振り撒く魔導師は消えた。

 二度と顔向けできないと覚悟したあの方の元へ。穏やかな心へと戻されて。

 彼の振り撒いた呪いの全てを浄化されて…………

 

 

 

 

    ✡✡✡

 

    ✡✡✡

 

 

 

 

「国王! 閃王子!」

「融か」

 

 和国ではとある異変が起きていた。

 

「――――に変事があったと伺いましたが!?」

 

 国にとって大きな変事。だがその存在を知る者は僅かな数だけだった。

 その一人、立花融は、父である達臣から“それ”に異変が起こったという報せを受け、血相を変えて駆け込んだ。

 室内にはすでに“彼”の父である国王と兄である閃が深刻な面差しでやってきており、閃は眉根を寄せ、気を集中させていた。

 

「ああ。今、閃が視ているところだ」

「そんな……魔法的に停滞していたはずでは……」

 

 操気術、魔力操作には自身の気の流れを操るだけでなく、ある程度他者の気に介入することができ、それを応用すれば、多少の診察・治療のようなことも可能であり、閃はそれを使って、その異変を捉えようとしていた。

 

「まさかアレになにかあったのでは?」

「……どうだ、閃?」

 

 “それ”はある力を受けて時を停滞させられていた。

 “それ”を蝕むモノはどうしようもないものだったはずだ。

 ただ“それ”を切り離すことしかできなかった。

 

 診察を終えたのか、閃は訝しげな表情のまま顔を上げ、国王が問いかけた。

 

「こちらからは追いきれませんでしたが、絶えず流れ込んでいた呪いが消えています」

「!!」

 

 父の問いに、閃は固い声で答えた。

 

「ただなぜ消えたのかは探れませんでした」

「むぅ……」

 

 それは呪い。

 器を穢し、闇へと転じる堕転の誘い。

 かけられたそれは、どのような手段を以てしても取り除くことができなかった。

 

 一時的に進行をとめることならば魔力に介入し、直接その流れを操る操気術でできなくはない。だが、外から注がれ続けるそれを取り除くことはできなかった。唯一、強大な力をもって切り離すことで、そして切り離されたそれを魔法で留めておくことで事なきを装っていた。

 

 それが消えた。

 

「ならば、元に、元に戻る。ということですか!?」

 

 興奮を隠せない様子で融が閃に問いかけた。

 呪いが消え、元に戻る。

 それは融だけでなく、閃や国王にとっても喜ばしいことだ。だが、

 

「いや、元には戻らないだろうね」

「! なぜです!?」

 

 元に戻ることはない。それが閃が顔を険しくしている理由だ。

 

「外部からの流れが途絶えたのは、大元が消えたのではないかと推測はできます。ですが、元には戻らないでしょう」

「ガミジンの力、か……」

 

 全てが戻ることはない。

 

「はい。呪いが消えても、変じたものまでは戻らないでしょう」

 

「それでも……それでも……」

 

 それでも、目覚める可能性が生まれた。

 消えゆく運命が一つ、覆されたのが唯一の希望だ。

 

 一度限りの筈だった願いが奇蹟の恩恵を受けて運命を乗り越えた。

 

 だがそれは、本当に幸福への道のりだったのだろうか?

 それがより大きな悲しみを生まないと誰が言えるだろう。

 

 

 




今回、本編部分は日常的な話でしたが、本編と別のところで重大イベント進行中です。ちらりと出てきたあの人たちの方はほぼ原作準拠なのですが、関連のあるところだけ少し変えて描いています。

ちなみに現在から次の話までの白龍さん

白龍さんは 友人を得た。変態仮面レンコン野郎を従えた。左手を失った。
白龍さんは 自信を7上げた。

白龍さんは 劣等感を35上げた、嫉妬を18上げた、憎悪を10思い出した。



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